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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第十四章 忘却の村(1)

 何日が経ったのか、実際の所良く分からない。ルナの村には昼がないからだ。一日中ずっと夜で、月の光の強弱だけが時間の移り変わりの唯一の手掛かりだった。けれどそれも一日単位で変わっているものなのか判断する材料がなく、ロンザスやペザがいうには、一応日付の区別はあるらしいけれど、本当に皆がどうやって時間を知っているのか僕には理解しづらかった。

「日付とか、時刻とか、気にしたことがないから。だって、今日が何の月で何日だとしても、ルナの村では何も変わらないもの」

 ミミリもそう言って、日数の経過を知りたがる僕を逆に不思議がっていた。

 少なくとも僕たちは暇があるときはペザとメネイの手伝いをして、疲れたら寝て、ペザたちの手伝いをしていいない時は家の修繕や必需品の調達などをして暮らした。もう一〇回以上は睡眠の時間を重ねていると思う。

 そんな風に暮らしていたある日、村の職人から意外な言葉を聞いた。

「月時計ならあるけど使うかね?」

 なんでもミミリのように時間や日付を気にしない住民が大多数を占めるルナの村ではあまり使っているひとがいない不人気な品らしい。

「邪魔だから引き取ってくれるなら逆にありがたいぐらいだよ」

 と言われたので、有難く持ち帰ることにした。当然僕は持てないので、運ぶのはミミリだ。月の光の強弱をもとに、時刻と日付を知る仕組みとのことで、月時計と照らし合わせた結果、月の光の増減は日付の移り変わりとは一致していないことが分かった。月の光の強弱はゆっくりと一〇日ほどかけて満ちていき、また一〇日掛けて引いて行くようだ。ただ、聖蝋花の蜜を燃やさなければ影の獣が襲ってくるのは、最も月の光が弱まる日のうちでも、極限まで光が弱まる数時間の間だけだということも分かった。

 僕たちの家は少しずつだけれど、家らしくなってきている。壁の隙間も埋めてもらったし、煤払いもしてもらった。

 木の実を分けてもらえるようになってから、ミミリには意外な才能があることが分かった。果実に近い実だけをミミリにより分けさせて、絞り汁の作り方を教えたところ、めきめき上達し始めているのだ。最初のうちは絞りが足りなくて出枯らしのようだったり、絞りすぎで雑味が多かったりしたものだけれど、器にとって僕が味見をしながら、程よく絞れたと思える味加減を教えていったところ、二、三日も練習したら安定した味が出せるようになった。

 ルナの村で出回っている果実は、絞り汁にしつこくない甘みとほんのりとした酸味があって、原液のままでも飲めるくらいだった。

 ペザたちの話ではルナの村ではごく一般的に家庭で絞られて飲まれているという話ではあるけれど、専門でそれを扱っている職人というのは特にいないそうだ。いわゆる家庭の味、というものらしかった。

「もう少し練習したら、たくさん絞って村のひとたちに配ったらどうだろう」

 僕がテーブルの上で提案すると、

「まずはペザさんたちとか、バムじいに試飲してもらって、意見を聞いてみたいわ」

 テーブルに向かい、絞り汁を鉢から陶器の器に注ぐミミリから、そんな前向きな意見が飛び出した。陶器の器の横にはもう一つ鉢があり、その中には果実の絞りかすが入った笊が置かれている。果実の絞り汁は、ミミリにとって初めて村に提供できるかもしれない品だ。不安と期待が入れ混じった顔をしていた。

「そうだね。まずは一歩一歩だ。一足飛びに考えすぎたよ。気負わずにいこう」

 ほんの簡単なことなのだ。信用でも信頼でも何でもいい。信じてくれる、それだけでいいのだ。それだけでミミリのようなひとは変われる。けれど、ミミリのようなひとにとって、その信じる、ということが一番難しいのだ。だからこそ、こうして変わりつつある現状が、僕を信じてくれているのだという証のようで、僕はとても嬉しかった。

「ミミリ、少しだけど顔色良くなってきているよ」

 僕が告げると、ミミリは少しだけ頬を赤らめた。

「ええ。今、暮らしがとっても楽しいの」

 それはとてもいいことだ。潤いがない暮らしには苦痛しかない。っそれは生きているとは言えない。

 僕は自分がルナの村にいる間に、ミミリにどれだけのことをしてあげられるのだろうと考えていた。どれだけの期間、ルナにいることになるのかが分からないから、一日一日を無駄にできなかった。

「こんな暮らしが僕の生涯であったらなあ」

 思わずつぶやいた言葉を、僕は自覚していなかった。

「そうね。わたしも、あなたがずっと住んでくれればいいのに、って思い始めてる」

 ミミリにそう言われて初めて口に出していたことに気が付いた。けれどそれだけはきっと絶対に果たせないのだ。僕は、自分がルナの村を求めてやって来た迷い人ではないという確信が、日に日に強くなっているのを感じていた。

「でも、できない話は虚しくなるだけだからやめよう?」

 ミミリは、笑顔で言った。けれど、その目が笑っていないこと、少し濡れた色をしていることに、僕は気づいていた。

「そうだね。でも」

 と、僕はミミリの顔を見上げた。

「僕がここにいる限りは、君にできる限りの協力をする。それだけは約束するよ」

「ありがとう、蜥蜴さん」

 ミミリの手の中の鉢が空になる。ミミリはそれをテーブルの上に置くと、絞り汁で満たされた器に草の繊維を編んだような蓋を嵌めた。

「できた。だいぶ溜まったし、今日のお手伝いの時に持って行ってみる」

「そうだね。ペザたちも喜ぶと思うよ」

 僕は賛成の言葉を口にして、テーブルから床に這い降りた。

「君はたぶん、自分で思っているよりもずっと器用なんだと思うよ」

「そうなのかも。まだ、分からないわ」

 少しずつ笑顔が増えてきたミミリだけれど、自信なさげなところはなかなか直らない。こればかりは短期間で改善する訳でもないのかもしれない。長い目で見ていく方がいいのだろうか。ミミリがテーブルの上の器を片付けようとしているのを眺めながら、僕は思案していた。

「……」

 部屋の中に、無言の時間が生まれる。

 ミミリは何度か器に手を添えたり、離ししたりしている。そうやって何度か繰り返したあとで、彼女は半べそをかいた顔を僕に向けた。

「どうしよう。重くて持ち上がらないわ」

 忘れていた。ミミリはとんでもなく非力なのだ。かといって僕も腕がなくて運べないし、とても困ったことになった。

「少し何かで掬って減らせないかな」

 僕が聞くと、ミミリも、

「探してみる」

 と答えた。とりあえずそれしかないだろう。

 結局、掬うものはなくて。

 僕が完全に倒れないように器の脇を体で支えながら、器を倒してもらって鉢に移しなおすことで事なきを得た。

 鉢に移した分は小さな水差しに入れ、それでペザたちの所に持って行こうという話になった。

「一時はどうなることかと」

 ほっとしたようにミミリが笑う。ここまで頑張って運べないからペザたちの所へ持って行けない、は哀れに過ぎる。僕も何とかなったことにほっとした。

「うん、良かったよ。枝を拾っている最中に飲みたくなるかもしれないし、小さいコップも持って行った方がいいかもしれない」

「そうね、用意する」

 ミミリの楽しそうな様子に、僕はこのままうまくいけばいいなと思った。何となくうまくいきそうな気がしている。

「でもその前に。蜥蜴さん、あなたに一つ話しておかなきゃいけないことがあるの。あなたの滞在は長期化しそうだから、知っておいてほしいの」

 僕の前まで降りてきて、ミミリはしゃがみ込んで僕の目を覗き込んできた。

「ルナの村を歩き回るのは問題ないし、平原の南を歩き回るのも問題ないわ。けれど村から北側は気を付けて。フクロウ男爵が支配している土地だから、捕まっちゃうかもしれない」

「フクロウ男爵? 国があるの?」

 僕は聞いた。貴族制度があったとは驚きだ。人間たちの国の話で、妖精たちには関係ないと思っていた。

「え? 国?」

 でも、ミミリには僕が言っている意味が分からないようだった。僕は聞いた。

「だって爵位は国から任命されるものだ。男爵がいるなら国があるってことでしょ?」

「え? 国なんて知らない。フクロウ男爵はフクロウ男爵よ? だって本人がそう名乗ってるんだもの」

 ミミリはそう言って、首を傾げた。

「まあ、村の北側には行かないようにするよ」

 ひとまず、僕はそう答えておいた。


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