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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第十三章 蜥蜴の夢(8)

 結局、掃除については、ちゃんとした掃除用品を手に入れるのが先と判断した。そのためにも村の手伝いをしなくてはいけない。

 僕とミミリは手伝えることがありそうなペザの家をお邪魔してみることにした。

 僕たちが家に着いた時、ペザは家の外にいた。暗い青の髪と翼のムーンシャードの女性が一人いて、ペザが集めてきた枝を、刃物で短く刻んでいる。

「やあ、ペザ。何か手伝えることはないかと思ってきたんだけど、どうかな」

 僕が声を掛けると、ペザだけでもなく、女の人も手を止めて僕の方を見た。

「あら、新しく村に来た迷い人さんかしら。私はペザの妻のメネイよ。よろしくね」

「よろしく。名前が思い出せない、名無しの蜥蜴です」

 僕がそう答えると、メネイはにこやかに笑って言った。

「来たばかりのひとはみんなそうよ。気にしないことね」

 それから彼女は僕の後ろにいるミミリに気づいて驚いた顔をした。

「あら、ミミリじゃない。来てくれてうれしいわ」

「こんにちは、メネイさん。いつも心配かけてばかりでごめんなさい」

 ミミリがぺこりと頭を下げる。思ったほど、村のひととは、仲は悪くないのかもしれない。

「一緒に来たってことは、ひょっとしてあなたの家でこちらの方も暮らすのかしら?」

 メネイがミミリに尋ねる。世話を焼きたがる近所のお姉さんといった感じの様子に、僕は彼女にもあとで話を聞こうと、覚えておくことにした。

「う、うん」

 ミミリは気後れしたようにあいまいに頷いた。それから取り繕ったように一言だけ付け加えた。

「野原で会ったんです。それで」

「へえ、そういうこと。それはとってもいいことだわ」

 メネイがうんうんと頷いて。そして、ミミリにもう一度笑顔を向けてから、僕を見た。

「蜥蜴さん、ミミリはちょっと難しいところもあるけど、とってもいい子なの。よろしく頼むわね」

「僕の力が及ぶ限りは」

 僕はメネイにそう答えると、ペザとメネイに本題を切り出した。世間話で終わるわけにはいかない。

「ミミリから村のために働くことがあまり得意でないという話を聞いたもので、居候させてもらうお返しに僕が働いて返せればなと思うんだけど、何か手伝えることはないだろうか?」

「なるほど。そういうことね」

 メネイが腕を組んだ。蜥蜴にできることが思いつかないのかもしれない。

「何か得意なことってある?」

「彼はものすごい実力者だ。昨日蜥蜴の身ひとつで闇の化け物五体をわずかな時間で退けている」

 ふと、僕たちの背後から声が上がった。ロンザスがいた。

「入れ違いが続いたようだな。随分探した」

「すまない。ミミリがロンザスを待たずにバムじいの所へ行きたいと言ったものだから、彼女の意思を尊重したかったんだ。昨日あまりに怖い思いをしたはずだからね。あまり負担を掛けたくなくて」

 僕はロンザスを振り返って謝った。彼は僕の言葉を手で制してきた。

「それならば理解できる。余計な気苦労をかけてしまった。こちらこそすまん」

「どういうこと? 昨日何があったの?」

 メネイに聞かれ、僕はミミリの顔を思わず見上げた。やはりすこし顔色が青い。これ以上思い出させたくなかった。

「詳しい話は、また、ロンザスから聞いてもらってもいいだろうか。ミミリがとても怖い思いをしたことだから、できるだけ忘れさせてあげたいんだ」

「任された」

 と、ロンザスはすぐに了承してくれた。

「へえ」

 メネイは僕を値踏みするように眺めて、言った。お眼鏡に適ったなら良いのだけれど。

「こりゃ拾い物だわね。蜥蜴の姿なんてとんでもないねちっこい奴か、とんでもないロクデナシが本性かと思いきや、気配りのできるいい男じゃない。うちの旦那と同じくらい良い迷い人を拾ってきたわね」

「蜥蜴さんはそんなひとじゃないわ。とっても格好いいのよ」

 ミミリが自分のことのように機嫌を損ねた顔をする。その様子を見て、メネイは忠告するように僕に向かって言った。

「見たところ、あなたひとところに落ち着くタイプのひとではないわね。あまり深入りしすぎないことよ。残される者の気持ちも考えてあげてね」

「肝に銘じるよ。……僕はひとの気持ちに鈍感なところがあるらしいから。……おぼろげに、以前そう言われたことがある気がするんだ」

 僕はメネイに答えた。とても懐かしい気分になった。きっととても大事な思い出があったのだろうと思う。

「あなたには難しいことでしょう。うちの人と一緒よ。心が強いひとはみんなそう。心が痛んで、つらい時でも前を向けるひとには、そうでないひとの気持ちは想像することしかできないものなのよ」

 そう言ってメネイは笑った。ペザにはペザの事情があるということか。

「孤独なものよ。心が強いからひとを惹きつけ、心がとても強いばかりにひとに疎まれ、心が強すぎることが原因でひとが離れていくの。それで、生きにくい世間が面倒になっていくの」

「ここの暮らしの方が性に合っているというのはそういうことか」

 僕には選べない生き方だと思った。僕は誰かに嫌われることも、疎まれることも怖くない気がした。むしろそれは僕にとって普通のことで、だからこそそうでない出会いを大切にしていきたいと決めたのだと感じる。

「メネイが言うとおり、僕はいつかこの村を出ることになると思う。自分のことを思い出すからか、別の理由からかは分からない。たぶん僕にはそういう生き方しかできないんだろうと思う」

「そうか、きみは」

 ペザが何かに気づいたように口を挟んだ。

「きみの生まれはおそらくオールドガイアだな。隣国の話だから詳しくはないが、きみの話はぼくも聞いたことがある。そうか、蜥蜴か。なるほど」

「何か知っているの?」

 メネイが不思議そうにペザに尋ねる。ペザは喉を膨らませて答えた。

「ああ。きみが彼だとするならば、確かにきみは蜥蜴だ。正確には人型の爬虫類のモンスターだ。だが、想像の通りであれば、モンスターだということについては心配いらない。きみが彼なら立派な少年なはずだ。きみがここにいること自体、何か意味があるのだと思う。きみが自分のことを忘れていることも。余計な憶測をひけらかすのはこのくらいでやめておこう」

「そうだね。この状況には何か意味があるのだと思いたい。バムじいも僕はルナの村に呼び寄せられたと言っていた。だとしたら、きっと僕にできることが何かあるのだと思いたいな」

 僕は答えた。それがすべてだ。

「ふうむ……なるほどな。カルダンが何かあった時は自分が責任を取るとまで言った訳だ……たいした秘蔵っ子だ」

 ペザがつぶやいた言葉に、僕は何かを思い出しかけた。けれどやはり思い出せない。つまり今は気にすることではないのだと、僕はそう考えることにした。

「それで、手伝えることは何かある?」

「聖蝋花の蜜が昨日一斉に消費されたから、聖蠟花の蜜をたっぷりと絞らなければいけない。不純物を取り除くために、熱して上澄みを集める必要があって、火を燃し続けるために木の枝がたくさんいる。まだまだ足りないから、ぼくたちと一緒に取りに行って運んでくれると助かる」

 なるほど。ペザの説明に僕は納得した。

「分かった。ミミリも行こう。僕は腕がないから木の枝を拾い集めることができないし、一緒に手伝おう」

「分かったわ。そのくらいならわたしにもできそう。逆に運ぶのはわたしには無理だから、お願いね」

 ミミリが頷く。力が必要な部分を僕が、腕が必要な部分をミミリが分担して、二人一組で働けばできるだろう。

「そうだね。なんなら運んでいる最中は木の枝の上で休んでくれていいよ。あまり体力に自信がなさそうだし、いきなり張り切りすぎるのも良くない」

 僕はそう答えた。

「そうね、そうさせてもらおうかな」

 ミミリは笑った。

「良いコンビじゃない」

 メネイも満足げに笑っている。ただ少しだけ不服そうだった。

「惜しいわね。うちのひとみたいなら、捕まえちゃいなさいって言ってるとこなのに。蜥蜴の坊やは下手に捕まえようとするときっと逃げるわね」

「そうだろうね」

 と、ペザも頷いていた。

 そのあと、僕たちはペザとメネイを手伝って、大量の木の枝を集めては、ペザの家に運んだ。いったい何往復したかは覚えていない。

 もう十分と言われて運ぶのをやめたあと、聖蝋花の蜜が入った容器と、籠入りのたっぷりの木の実を貰った。

 家の修繕も、ペザから職人に頼んでれると言うので、お願いしておいた。

 それが、労働初日に僕たちが得たお返しだった。


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