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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第十三章 蜥蜴の夢(7)

 村を歩いて困っているひとがいないかを探そうかとも考えたけれど、ミミリの顔に不安と疲労の色が濃いのを見て、僕は一度ミミリの家に帰ることにした。

 ミミリには無理をさせないほうがいいだろう。それにもう一度ゆっくり話をする時間が、僕たちには必要なのだと思う。

 家に帰ると、ミミリはベッドに潜り込んでしまった。それでも彼女の目は閉じられていなくて、床にいる僕をじっと見ていた。

「わたしは生まれつき駄目な子なの」

 ミミリはかすれた声で言った。

「わたしのお父さんが駄目なひとだったからって、お母さんが言ってたもの。お父さんは見たことがなかった。お父さんはわたしたちを捨てて逃げたって、お母さんがいつも言ってた。お父さんはろくでなしで、その娘のわたしはお父さんにそっくりだって言ってたわ。だからわたしはいつもお母さんに叱られてたの。ろくでなしの娘だけに、まともに家事すらできないって」

「それは君がいくつくらいの時から?」

 僕の想像が正しければ。明らかに原因はそれだ。そしてそれはたぶんミミリが悪いのではない。

「覚えてる限り、子供のころからずっとよ。だからわたしは何をしても絶対うまくいかないの。ね? 分かったでしょ? わたしは本当にに駄目な子なのよ。生まれつきなの」

 ミミリの目は渇ききっていた。明らかに望みのない目。絶望ではなく、もとから希望がないと考えている目。

 僕はぞっとした。恐ろしい刷り込みだ。彼女はそんな母親に縋って育つしかなかったのだろう。だからこそミミリは母親の言葉を、当然のことだと受け入れてしまっているのだ。

「村のひとたちは君の母親の言動を諫めなかったの?」

 そして、それが疑問だった。ひょっとすると村のひとたちを頼れない理由がそこにあるのではないかと僕は思った。

「お母さんは裁縫関係の仕事を一手に引き受けながら、村の問題にも知恵を出していた立派なひとだったの。諫めるなんてとんでもない。わたしが悪いの。お母さんみたいにできないわたしが駄目な子だったの」

「たぶんそれは本心ではないよね。本当は助けてほしかったんじゃないの? キミの話を聞く限り、君の母親は、外面は良かったのではないかと思える。そして君は、下手に村のひとたちに助けを求めたら、母親からもっと酷い扱いを受けるのだと勘づいていて、明確に言葉にもできなかった。だから裏で君にきつく当たっているなんて、村の皆は気づきもしなかった。だから、君はきっと」

 僕はミミリに言った。おそらく、間違ってはいないと思う。

「君が助けを求めてサインを出していることに気づいてくれなかった村のひとたちを、信用していないんだ。僕はそう思える」

「お母さんを悪く言わないで。お母さんは立派なひとなの。わたしが駄目だから、お母さんはわたしを叱ったの。それだけなの」

 ミミリは母親の言葉に縛られている、そういう風に見えた。そこから抜け出せれば、彼女は何にだってなれるのではないだろうか。

「なら、いまはそれでいい。でも、もし君が僕と一緒にいることを望んでいるなら、僕にもチャンスをくれないかな。僕は思う。君は駄目なんかじゃない。もし僕にチャンスをくれるなら、僕がそれを証明してみせるよ」

 僕には腕はないけれど、少なくとも家事全般を教えられる自信があった。頭の中にある記憶はないけれど、体に染みついた技術として身についている自信があるのだ。

「僕がついていてあげるから、もう一度家事から練習してみない?」

「蜥蜴さん、でもあなたは蜥蜴でしょう? 本当に、その、家事なんてできるの?」

 ミミリが疑わしげな目をする。気持ちは分からないでもない。お手本を見せることはできないから、僕が彼女を安心させる方法は正直ない。

「今できるかと言われると、できない。腕がないからね。調子のいい言い方ではあるけれど、信じてもらうしかない」

 だから、僕は下手に弁解をしなかった。弁解したところで、意味もない。

「本当に、わたしは駄目な子じゃなくなれるかな?」

 ミミリが迷っている。彼女も変われるものなら変わりたいのだ。ただ心の芯から駄目なこという認識が刷り込まれてしまっていて、結局それが正しいのではないかという惑いが強すぎるだけで。

「君が言うほど、僕は君の駄目なところを見ていないから、今のところ普通の子という印象しかないよ。正直、むしろ何処が駄目なのか理解に苦しんでいるくらいかな」

 僕は答えてから、考え込んだ。そもそも僕は蜥蜴で、ミミリとロンザスとバムじいくらいしか妖精に会っていない。普通って何だろう。

「蜥蜴に普通と言われても」

 ミミリも困惑したようだった。

「そんなにわたしたちのこと知らないでしょう?」

 その通りだ。けれど多分僕が外の世界で見てきたひとたちと、きっと変わらないのだろうと、その感覚が僕の中に残っていて、それを通してミミリを見ているのだろうと、そう思うのだ。

「でも君やバムじいが言っていたことは正しいんだと思う。僕はたぶん、ただの蜥蜴ではないんだ。思い出せないけれど、外の世界では君たちのように腕もあって、普通に暮らしていた誰かなんだ」

「普通、じゃないと思うわ」

 ミミリはベッドの上で起き上がり、首を振った。

「だって、普通のひとならルナの村を求めたりしないもの。それに、バムじいがいうことが正しいなら、ルナの村に呼ばれるなんて、それこそ普通のひとじゃないわ」

「ならそれでいいや。普通じゃない蜥蜴なんだから、騙されたつもりで、君もちょっとその気になってみてもいいと思わない?」

 ミミリが救われるのであれば、僕が普通か普通じゃないかなんてことは些細なことだ。大事なことはそこではないと思う。

「そうね。そうかも。あなたに騙されてみる。それに、昨日、蜥蜴さんがいてくれなかったら、わたし、死んでたんだもの。そうよ、当たり前のことだったわ。影の化け物を追っ払った蜥蜴さんが、普通の蜥蜴のはずがないじゃない。普通の蜥蜴があんなことできるはずがないもの」

 ミミリは何故気が付かなかったのだろうという顔をした。言われてみればそうだ。化け物と戦える蜥蜴なんている訳がない。答えは決まっていた。僕はただ鍛えていた訳ではない。僕は戦う訓練を積んだ誰かだ。

「僕は、思ったよりも多芸みたいだ」

 自分のことなのに。改めて気づいて驚く。

「覚えてないっていうのも、難儀よね。自分ができることも、体が自然に動いてから気づくんだものね。でも、あなたは、とっても強いひとなんだわ。そう思うと、頼っていいのかなって思えてくる」

 ミミリは出会ったときと同じ顔で、明るくくすくすと笑った。やっぱりふさぎ込んで伏せた顔より、そっちのほうがずっといい。僕はそう感じた。

「よし、じゃあ、まずは部屋の掃除からだ。さあ、ベッドから出て。体を動かせば、気分も晴れるよ。じっとしていると、心にも埃は溜まるんだよ」

 僕は彼女に言って、テーブルの上に這い上がった。床にいるとミミリが掃除するのに邪魔になるからだ。

「誰かの受け売り?」

 ミミリが聞くので、

「記憶がないんだ。誰かの受け売りかどうかなんか覚えちゃいないよ。だから言ったもの勝ちさ。僕の言葉ってことにしておいて」

 僕は冗談半分に答えてみせた。ミミリはベッドから出てきて、また笑った。

「そうね。じゃあ、それでいいわ。蜥蜴さんの言葉なら、わたしも信用しとく」

「ありがとう。さて、と。まずはどこからかな。壁……は穴が開いているけど、悪くはないね。床……この床は材質何だろう。織物のようでもあるけれど、僕が知っている織物とは違うみたいだ。まあ、箒は駄目だね。間違いなく生地が傷むだろう」

 僕は床を見下ろして言った。

「これは君のお母さんの手作りかな?」

「うん、そうなの」

 ミミリは頷いて言った。

「でも私は基本的な掃除の仕方もできなくて、お母さんから手入れの方法を教えてもらえなかった」

「いや、普通、逆だって。手入れの方法の注意点とかを教えてもらわないで、基本的にでもちゃんと手入れ出来たら奇跡だよ」

 だんだん可哀想になって来た。これはあんまりだ。

「でも困ったね。そうなると、適切な掃除方法は分からないな。一般的な織物素材の掃除方法でやるしかないか」

「あ、でも、うち、掃除道具なかったわ」

 ミミリが困ったように笑った。


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