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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第十三章 蜥蜴の夢(3)

 ルナの村。

 妖精の村というものがどういうものなのか、実際の所僕はよく知らない。けれどそこは、間違いなく、標準的な妖精の村ではないのだろうなという確信が持てるものだった。

 ルナの村は、灰と煤が積もったような、白と黒の空間だった。地面は黒くて、粉のようなさらさらしたもので覆われている。

 家はすべて白っぽい何かの欠片のようなものを、黒っぽい樹脂のようなもので固めたドームのような建物だ。ルナの村は、とても質素で、悪く言えば、味気ない景色、という印象だった。

「地味でしょう? びっくりした?」

 ミミリに聞かれて、僕はすぐに返事ができなかった。思ったことを見透かされた気分。彼女はそんな僕に、

「いいの。みんな分かってるわ」

 と、笑った。

「それでもちゃんと住めるし、月の雫からも身が守れるから、安心して」

「月の雫?」

 僕には分からない言葉だった。雨のようなものだろうか。

「ここでは、水の雨は降らないわ。代わりに、月のかけらが雫のように降ってくるの。それが月の雫」

 ミミリが教えてくれる。彼女は僕に言い聞かせるように言った。

「月の雫の降る日は外に出ては駄目。月の魔力は狂気の力よ。月の雫の魔力に触れると、みんな怪物になってしまうと言われてるの」

「なるほどね」

 なんとなく、僕は大丈夫な気がした。根拠はないけれど、僕はもうこれ以上怪物にはなりようがない、そんな気がしていた。

 ミミリは僕を抱えて、一軒の建物の前に辿り着いた。大きくはない。むしろ他の家よりも少し小さい気がした。村の中央からすこし東寄りにあって、周りの家はとてもきれいに掃除されているのに、その建物だけかなり煤が残っているように見えた。

「さあ、着いたわ。ここが私の家よ」

 両手が塞がっているのにどうやって入るのだろうと思ったら、建物には入口がそもそもなくて、壁をすり抜けて彼女は中に入った。彼女に運ばれている僕も中に入れたけれど、僕だけだと出入りできるのだろうか。急に不安になった。

「大丈夫よ」

 ミミリは笑った。

「わたしたちの家は、家に住民かお客さんと認めてもらったひと以外は壁を通り抜けられないの。あなたも入れた以上、ひとりでも出入りできるわ」

「そうなんだ」

 不思議な話だ。僕はゆっくりと家の中を見回した。家の中もほとんど白と黒の世界で、家と同じような何かの欠片を組み合わせたテーブルや椅子、衣装入れや棚、ベッド、唯一白でも黒でもないチューリップ型の透明な入れ物に、白っぽい液体が浸されたものがテーブルの上に置かれていた。

 ミミリが僕を床に降ろす。真っ黒な樹脂のようなもので覆われた床は、思ったよりもふかふかだった。

 ミミリが指先に小さな炎を出現させ、液体が入った容器に飛ばした。炎は放物線を描いて飛んでいき、容器の液体の真ん中に納まった。液体が燃える静かな音が立てはじめると、容器の中で揺れる炎が部屋の中を照らした。蝋燭かランプのようなものだろう。

 部屋の中は寒くも暖かくもなくて、とても静かだった。飾りになるようなものは何もない。それどころか竈や水瓶のような、生活に必要だろうと思われるものも、いくつか見当たらなかった。

「わたしたちは魔力さえあれば生きられるから、食事はしないの。水も飲まないわ。けれどあなたはそうはいかないわね。明日、入れ物とかを貰いに行きましょう。今日は疲れちゃった」

 ミミリはそう言うけれど。

 僕は周りの匂いを舌で嗅いで気が付いていた。村の中からは、木の実だとか果物だとか、おいしそうな匂いが漂ってきている。

 匂いがする?

 僕は匂いが流れてくる元を探した。すぐに分かった。壁の一部の樹脂がはがれていて、隙間ができている。

「なんでこんなに家が傷んでいるの?」

 やはり彼女は何か問題を抱えているのではないのか。僕は心配になった。煤だらけで、穴も開いていて、他より小さいミミリの家。

 こういうのを示す言葉を、僕は知っていた気がする。ああ、そうだ。

「お金、ないの? こういう聞き方しちゃいけないんだろうけど、こういう聞き方しか僕には分からなくて、その、貧乏なんじゃないの? 僕がいて大丈夫? 負担にならない?」

「ルナの村にお金はないわ。みんな物々交換。でもわたし、みんなにあげられるもの、もってないの。だから、ね。でも、大丈夫よ、心配しないで。蜥蜴さん一人くらいなら平気よ」

 ミミリは図星を突かれたと露骨に分かる顔をしてから、慌てて取り繕ったように笑った。それが可哀想で、僕は何かできたらいいと思った。だから、聞きにくいことだから、しっかりルナの村の物々交換のシステムを聞くことにした。

「お手伝いとか、そういうので返すことはできる?」

 僕が聞くと、ミミリはうなだれた。きっとうまくいかなかったから今の生活なのだということは分かっていた。

「できるけど、わたし、村でいちばん力もなくて、不器用で、覚えも悪くて。そもそも、お母さんは、裁縫が得意で、村のみんなのお洋服を作って暮らしていたけど、わたしは、不器用でだめだったの。お母さんが死んでから、わたしはなにもできてないの。いつも村に居辛くて、それでいつも、村の外をふらふらしてるの」

「なら、僕が村の手伝いをするよ。それで泊めてもらうお礼をミミリに返すよ。蜥蜴だって、荷物の配達の手伝いとか、何かできることはあるはずだ。明日、村を案内してもらっていい?」

 僕はそう決めた。けれど、ミミリは激しく首を振って反対してきた。

「そんな。だってあなた。あなた自分の大きさがきっと分からないのね。少し待って」

 ミミリが言うように、僕はとても小さいのだろう。それは自覚していた。けれど、僕には小さいながらにできることがある、そういう確信があった。

 ミミリは棚からひびの入った鏡を持ってきた。そして僕の前に置いてくれた。

 鏡に映った蜥蜴を見る。初めて見る自分の姿だった。赤っぽい、小さな鱗がびっしり並んでいる。体調はミミリの半分ほどで、体の後ろに、体と同じくらいの長さの尻尾が生えている。どこから見ても蜥蜴だった。

 まじまじと鏡に映った自分の姿を見つめた。首回りが寂しい。とても大切なものがあったように思う。けれどそれが何なのかが思い出せない。それだけではない。僕は大切な品をいくつか身に着けていたように思う。蜥蜴が何かを身に着けるわけがないけれど、間違いなく身に着けていたと思う。でもそれも何なのかが思い出せない。

「僕は大切な何かを忘れてしまっている。とても大切だったのに」

 つぶやくと。急に寂しくなった。

「だめだ。思い出せない」

「蜥蜴さん、慌てないで。大丈夫。自分が忘れてるってこと、分かっていれば自然に思い出すわ」

 ミミリが僕の隣に来て、僕の背中を撫で始めた。僕は自分のことよりもミミリの暮らしの心配をしてあげなければと、我に返った。

「うん。ありがとう」

 お礼を言って。僕は鏡から視線を外して、ミミリの顔を見上げて続けた。

「それと、おかげで確信できた。僕は鍛えていたはずなんだ。普通の蜥蜴よりも力が強くて、体も頑丈なはずなんだ。それだけは確かだ。だからきっと僕は君の役に立てるはずだと思う」

「ありがとう。でも今日はもう外に出ないほうがいいから、それだけは気を付けて。今日のこれからあと、鐘が鳴るまでは、月の光が弱すぎるから。月の光が弱まる時間帯は、月の影から影の怪物がやってくるの。外に出なければ平気だから。テーブルの上で燃えている液体があるでしょう? あれは聖蝋花の蜜といって、あれに火がともっている限り、家の中には影の怪物は入ってこられないわ。だから安心して」

 ミミリが笑った。けれどその顔は少し不安そうで。

「大丈夫、もしもの時は、僕が君を守るよ」

 僕は思わずそう約束していた。

「あら」

 ミミリはくすくすと笑って、

「随分頼もしいのね。さっきまで頭上が怖いって言ってたのに」

 冗談めかしてからかうように彼女が言うので、僕だって万能じゃないのだから、こわいものくらいある、と言い返そうとした。

 けれど丁度その時に。

 壁の穴から隙間風が吹いて。

 テーブルの上の火を消してしまった。


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