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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第十二章 失意の勝利(4)

 グレイオスは言った。

「この場所は狭間の空間だ。そして、この離宮のレプリカを出現させたのは私ではない。私はあの後、不覚にもガリアスの罠にかかり、幽閉されたのだ」

「仲間割れか」

 僕は吐き捨てた。グレイオスは鷹揚に頷いた。

「断じて仲間などではない。私はレダジオスグルムさまの命令によりその計画を補佐していたにすぎぬ」

「そのレダジオスグルムから僕の抹殺を命じられていたのではなかったのか」

 僕が問うと、

「その通りだ。だが、それは次の機会としよう。今は貴様を生かして返し、ガリアスを討伐させる方が有益と判断した。奴には地獄へ落ちてもらわねばならぬ。私の手勢を乗っ取り、私をこのような辺境に幽閉してくれた意趣返しと言ったところか」

 グレイオスはそう答えた。それからシーヌを一瞥し、ひねくれた笑いを浮かべた。

「聖女の扱いも愚の極みであった。もっと早く始末すべきであったのにな。全く愚かなことよ」

「逃がすと思うか?」

 僕は剣を抜いた。そして。

「良いのか?」

 斬りかかろうとする僕に、グレイオスは平然と問いかけた。

「ここにはレインカースへ繋がるゲートはまだない。私を殺せば、貴様たちは帰還出来ぬのだがな。貴様がそれで良ければ私を斬るがいい」

 そう言われては、斬ることができない。僕は剣を引き、グレイオスをにらみつけた。

「では、ゲートを出してもらおう。次は、僕も容赦はしない」

「良かろう、ほれ。通路の一番奥にゲートを出現させたぞ。急ぐがいい。分かるか? 振動が近づいておる。外での激しい戦いの余波が迫っているのだ。直にこの建物は崩れるかもしれんぞ。廊下が崩れたらゲートに辿り着けんぞ。ほれ、走らんか」

 言われて。

 直後に建物全体が揺れた。嘘は言っていない、と感じた。

「行こう、シーヌ。急がないと」

 僕はシーヌの手を掴み、右手に剣を握りしめたまま駆け出した。僕たちの背中に向かって、グレイオスが呪いの言葉を吐いた。

「その手をゆめゆめ離すなよ。離せばどちらかが取り残されると思うがいい。では、此度はさらばだ」

 僕はシーヌの手をきつく握りしめた。

 廊下に出る。即座に結晶の獣が二体襲ってきた。僕はシーヌを左手で引き寄せると、剣で斬り裂いた。

 振動はさらに激しくなっている。天井から細かい破片が降っていた。

「大丈夫?」

 シーヌに聞く。

「ええ。大丈夫、走れる」

 シーヌは頷いた。けれど、僕たちがいくらも走らないうちに、また獣が襲ってきた。呪いの言葉を知っているように、僕たちの間に結晶を降らせてくる。シーヌがグレイブの柄尻で払い飛ばしてくれた。

 僕は獣を斬った。そして、また走る。

 突き上げられるような振動。まともに立っていることも難しいほどの揺れに、僕たちは壁に背中を付け、腰を落として耐えた。今はいるのはまずい。急がなければいけないけれど、無理に走ると怪我をしかねない。

「嫌だ……私、こんなところで、離宮で死ぬのだけは嫌だ」

 シーヌが震えている。僕は彼女を引き寄せた。そんな時ではないのかもしれないけれど、僕は彼女に体を寄せて言った。それでも左手はつないだまま、離さない。

「大丈夫、大丈夫だから。僕が一緒だ。必ずレインカースへ帰ろう。僕たちもガリアスを止めるんだ」

 振動は止まない。それどころか大きくなり。

 僕たちの行く手、廊下の壁を巨人の真っ赤な手が突き破った。廊下の床を三分の二ほど削り、巨人は手をついている。巨大な紅い顔が僕たちを見下ろした。醜悪な笑いが、張り付いている。

 その肩に僕でない僕が飛び乗って。

「今は動くな」

 手にした白銀の剣を巨人に突き付けた。彼は僕たちを見ずに叫んだ。まるで僕たちがここにいるのだということは、見なくても知っていると言いたげに。

「立て。そして行け。この場所が崩れる前に抜けるんだ。泣きごとを言っている暇はない。シーヌが怯えるなら君が支えればいい。そうすればシーヌはまだ走れる。迷うな。生きたければ、走れ」

「分かった」

 僕は立ち上がった。シーヌは震えてうまく立てないようだった。僕は彼女を抱きかかえて立たせた。そして、崩れかけの通路を進んだ。ところどころ、シーヌが足を乗せると穴が開いた。そのたびにシーヌが悲鳴を上げた。階下に、シーヌが放り出したグレイブが落ちて行った。

 シーヌの足は進まず、なかなか崩れかけた場所を抜けることができない。このままでは間に合わないかもしれない。僕は剣を腰に戻して、シーヌを右手で抱きかかえた。左手を繋いだままの苦しい姿勢。けれど、泣きごとを言っている暇はない。足元が崩れるのも無視して走った。足元は頼りなく、走った反動で廊下は崩れていく、僕は歯を食いしばり、半狂乱になって悲鳴を上げるシーヌを抱えて走った、

 そしてまだ崩れていない場所に跳んで転がり込んだ。

「ありがとう」

 僕でない僕に背中越しに言うと、僕は立ち上がった。繋いだ左手を引き、シーヌを立たせると、僕はまた走り出した。空いた手で胸を押さえながら、シーヌはそれでも走ってくれた。

 僕たちの後ろで、通路が崩れる。巨人の腕が、崩している。僕でない僕の斬撃を受けながら、建物を崩そうとしている。彼を倒せなくても、建物ごと僕たちを叩き潰せれば勝ちなのだと確信しているように。

 けれど、僕たちが走る限りそれはならないはずだ。彼が、巨人を斬っている彼の存在がそれを証明している。だから僕は、シーヌの手を引いて、彼を信じて走った。

 前方にゲートが見えた。廊下の終わりだ。けれど大きな問題も見えた。廊下が途中からない。先に巨人に崩されたのだろうか。扉が見えた。部屋を経由すればたどり着けるかもしれない。僕は廊下から部屋に飛び込んだ。

 部屋の床も抉れている。壁ごと一部なくなっていた。その脇、何とか床がある場所の、ひびが入った壁を蹴って崩し、僕たちは隣の部屋に移った。そして次の難問。

 鍵がかかっていて、通路への扉が開かない。部屋の中側は、回転式のレバーで開閉するようだけれど、中で鍵がひしゃげてしまっているのか、回らなかった。当然鍵穴もなく、こじ開けることもできなかった。

 このままでは部屋が崩れたら一巻の終わりだ。扉を叩いてみる。固い。木製ではない。

「開きそう?」

 心配そうにシーヌが聞いてくる。

「このままでは開かない。何か扉を壊せるものがあれば」

 そんな都合のいい物は、ありはしない。部屋の中は空っぽで、空き箱一つない有様なのに、どうすればよいのか。

「体当たりくらいしかないな。建物自体がだいぶダメージを受けているし、ひょっとしたら二人でぶつかれば外れるかもしれない」

 それしかないと思った。でも。

「ごめんなさい。それは難しいかも」

 シーヌが首を振った。はっとして彼女の姿を見る。彼女には口がなかった。その顔は半透明で。あまりの恐怖で人型を保つことができていなかったのだ。そして、その影響で。

 彼女はブーツを履いていなかった。おそらくこの形態になると、ブーツに足が入りきらないのだ。彼女の足は素足で、破片が一杯の床の上をその足で必死で走ってきていて。

 すでにシーヌの足は傷だらけだった。

「ごめん、気が付いてあげられなくてごめん」

 僕は彼女の足の破片を右手で取り除こうとした。彼女はその手を掴んだ。

「そんな時間はないよ。たぶんそんなことをしていたら建物は崩れる」

「うん……」

 僕は頷いた。廊下の穴の幅はだいたい四メートル。直接飛べる幅ではない。かろうじてあちこちに残った足場を伝って跳ぶ。それしかない。シーヌはこの足では跳べないだろう。僕は彼女を抱えて跳ぶ決心をした。

「廊下に戻ろう。僕が君を抱えて穴を跳んで渡る」

「分かった」

 シーヌは頷いてくれた。言い争っている暇はないと思ってくれたのだろう。

 僕たちは来た道を戻り、廊下に出た。外が見える。巨人は僕たちを叩き潰すのに失敗したと判断したのか、建物のすぐ外で必死の抵抗を続けていた。その上体を飛び移りながら、僕でない僕が雄々しく戦っている。僕も彼になりたいと思った。だから、覚悟を決めた。

 シーヌを右手で抱え上げて、跳んだ。途中の足場へ。足場は崩れない。シーヌもしっかりとしがみついてくれている。あともう一回跳べばゲートだ。さっきより距離はあるけれど、跳べない距離ではない。僕は跳んだ。

 ゲートの前に着地する。そして。

 あろうことか、ゲートの下の床が抜けた。僕はゲートに転がり込んだ。シーヌを抱えた右手が離れる。左手でシーヌを引き寄せながら、僕がゲートを潜った。僕の体はぬかるみを転がって。力いっぱい左手でシーヌを引っ張った。そして。

 ゲートから僕の左手が抜けようとした時。

 僕の左手の中にあった温もりが指の間からすり抜けていった。ゲートが消える。僕の手は誰の手も掴んでいない。

 最後の最後で。

 僕の手から、シーヌの手は離れてしまった。


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