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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第十一章 モンスター(7)

 洞窟を出て、まだぬかるみが残る荒野を歩く。あちこちに狂戦士の集団が散らばって敵を探しているのが見えるけれど、僕が彼等に見つかることはなかった。

 彼等の気配はひどく分かりやすいし、彼等の目を避けるのは難しくない。

 半日も歩くと、前方に集落が見えた。キウガの村だ。村民の姿はすでになく、崩れた建物の間を狂戦士たちが徘徊しているのが見えた。僕は村を素通りし、都への行程を急いだ。

 空は曇天から雨模様に変わり始めていた。水の精霊の影響はなくても、もともと雨が多い次元だという話を、僕は思い出した。

 食事は可能な限り歩きながら済ませた。僕はもう持久力に問題を抱えた仔蜥蜴ではなかった。夜の帳が降りた後も、僕は夜通し歩いた。

 そして翌日の日が昇る前に、地面に穴を掘って短時間だけ眠った。それで十分だった。

 サリアの秘密基地を出た翌日ごろに都に辿り着いた。美しかった街の壁はあちこち破壊され、見るも無残に穴が開いていた。街並みもほとんどが瓦礫と化していて、その中に原形を保った大きな建物が何件か残っているというありさまだった。建物のほとんどは中途半端に破壊されていて、身を隠す場所に困ることはなかった。

 都に入ってほどなく、異変に気が付いた僕は移動するのをやめて、瓦礫の中に身を潜めた。

 大量の狂戦士が行進している。中にはニューティアンが何人か混じっていた。シーヌが着ていたローブと似た模様の衣装を纏ったニューティアンの姿もあった。

 レダジオスグルムの手下と意見が合わず軋轢が生まれていると聞いていたけれど、ひょっとしたらついに決裂したのかもしれない。夥しい数の狂戦士を引き連れて都を出て行くニューティアンたちの様子を窺いながら、ほとんどの狂戦士がガリアスの支配下になるのだろうかと僕は訝しんだ。

 それからふと気づく。二、三軒奥の建物にも誰かの気配がある。僕は瓦礫を鳴らさないように移動して、その気配の主が誰かを確かめに向かった。

 ニューティアンだ。革の軽装鎧を着ているあたり、ガーデン軍だろう。僕は情報を持っているかもしれない兵士に接触を図った。

「僕はエレサリアの味方だ。何があった」

 小声を掛けて兵士に並ぶと、

「ラルフ殿」

 と、兵士は驚いていた。それでも小さな声しか上げないのは、流石訓練された斥候といったところか。

「侵略軍の幹部とガリアスの意見が一致せず、敵軍はマヒ状態になっていたのですが、ガリアスが兵士の支配権を獲得したようです。ガリアスは兵をレデウ攻略に出兵させるべきだと主張していました。一方侵略軍の幹部はより確実な勝利のためにゲートを再建するべきで、それまで兵は都の防衛に回すように主張していました。結局溝は埋まらず、ガリアスが無理矢理侵略軍の幹部から兵の支配権を奪い取ったのです」

 斥候から情報をもらい、僕はなるほど、とつぶやいた。

「なら、今なら再建中のゲート破壊はたやすいな」

「はい。もしやそのために?」

 斥候の言葉に、僕は頷いた。

「侵略軍の首魁は退けた。あとは残った幹部、グレイオスを退け、ゲートさえ破壊してしまえば、話はガリアスの邪な野望を挫く戦いという単純なものにできる。僕はそうすべきだと考えている」

 それから、斥候に礼を言い、僕はその場を離れた。都にはすでに敵兵の姿なく、僕はかつては街並みが並んでいた通りを歩いた。狂戦士の軍が通るために瓦礫は取り除かれていて、道を塞いでいるようなものは特にない。前方に焼け落ちた神殿が見えてきた。ケセレンシル神のシンボルを描いた旗が、焼け焦げて揺れていた。

 神殿の前に誰かが立っている。半竜半人の姿をしていて、体は深紅の鱗に覆われていた。赤熱した杖を手に持ち、深い紅のローブを纏っている。

「何者だ?」

 僕が近づく前に、半竜半人が、憎々しげにこちらを睨んだ。炎の色の双眸を睨み返して、僕は名乗った。

「聖騎士レイダーク」

「貴様が……」

 半竜人の顔がゆがんだ。そして忌々しげに何かをつぶやくと、杖をこちらに向けてきた。

「もはや私に戦力はない。このまま戦っても犬死になるだけだ。ゲートは好きにするがいい。もはや私は知らぬ。だが、忘れるな。必ず貴様だけはこのグレイオスが息の根を止めてやる。貴様を殺さねば、レダジオスグルムの怒りを私が買うのだ」

 グレイオスの足元にどす黒い渦が出現し、グレイオスはその中に消えて行った。刃を交えることもなく、グレイオスは逃げ去った。

 ここで倒しておければよかったのだけれど、倒せる距離ではなかった。どちらにせよ、目的はグレイオスを倒すことでなく、建造中のゲートを破壊することだ。僕は過ぎたことを気にしないことにして、破壊された神殿の跡地に足を踏み入れた。

 まだ何かがいる。

 そう感じて剣を抜く。降る雨に打たれている楕円形のオブジェの前に、瓦礫でできた人型が二体立ちふさがった。

 問答無用で拳を振り上げ、二体の人型は襲ってきた。さしずめラブル・ゴーレムとでも言ったところか。重そうな図体に反して、意外なほどに速い。

 反撃はたやすい。けれど、魔法で強化されているようで、聖神鋼の刃が弾かれる。少し前までは無敵に近い強さを誇っていた聖神鋼の剣も、このところ勝率が悪い。僕は剣を鞘に戻した。レウダール王国の陛下からいただいた大事な剣だ。こんなところで、こんなもの相手に壊すわけにはいかない。

 うなりを上げるゴーレムの腕が当たることはない。僕はしばらく攻撃を避け続けながら、二体のゴーレムを観察した。

 それから、おもむろに一体の体を蹴って跳び、もう一体の頭に飛び乗った。そして、そこからなら丸見えのコアを引き抜いて握りつぶした。まずは、一体。

 乗ったゴーレムが崩れる前にもう一体に飛び乗る。こちらは頭の上からではコアに届かない。僕は逆さになって背中にぶら下がると、そちらのコアも引き抜いた。

 ゴーレムから飛び降りながら握りつぶす。

 二体のゴーレムは、瓦礫に還った。

 手に付着したコアの破片を、両手を打ち合わせて笑い落し、僕は建造半ばのゲートに歩み寄った。今度こそ剣を抜き、まず横に、それから縦に斬り裂いた。ゲート装置は刃を弾き返したりはしなかった。

 ゲートはこれで解決だ。グレイオスも去った。今なら呼んでも問題ないだろう。

「ムイム」

 と、久々に名を呼んだ。スケープ・シフターはすぐに現れた。

「イエス、ボス」

「ガリアスが動いた。すぐにサリアのところに戻る必要がある。洞窟入り口まで次元跳躍を頼めるか」

 僕の言葉に対するムイムの反応は相変わらず早い。答える前に亀裂を開いていた。

「どうぞ」

「ありがとう。君はレデウに知らせてくれるか? すぐに守りを固めるべきだと思う」

 僕はそう言ってから亀裂をくぐった。出た先は秘密の脱出路入口の岩壁前だった。流石はムイムだ。しっかり座標を合わせてくれたようだ。

 僕は岩壁をすり抜けて走った。石橋を駆け抜けて、螺旋通路を転がるように降りる。そして、最下層まで降りて愕然とした。

 通路を隠していた岩壁がない。サリアの秘密基地に続く通路がぽっかり穴を開けていた。

 嫌な予感がする。僕は走った。武器庫の扉を開ける。秘密基地の隠し扉は開いていた。

「サリア? シーヌ?」

 名前を呼びながら秘密基地に入る。サリアはいた。秘密基地の壁に突きたった、紫がかった色の結晶に貫かれて。彼女の体からは、泥が血のように滴っていた。

「サリア!」

 もう一度名前を呼ぶ。

「ラる、ふ?」

 弱々しくだけれど、返答があった。僕は慌てて彼女に駆け寄り、結晶をすべて引き抜いた。サリアほどの存在が何故。何が起きたのか想像もつかなかった。

 サリアを抱えて、僕は彼女を癒しの光で照らした。けれどサリアは、その手を、力のない泥の腕で払った。

「いい。もう遅いから。ごめんね」

「何があった?」

 尋ねると。

「分からない。ボクにも、分からない」

 サリアはそう言ってまた謝った。

「でも、シーヌ、は、ちゃんと、守ったよ」

 サリアの体が崩れていく。ゆっくりと僕の腕の上から零れ落ちてゆく。サリアの命が、流れ出ていってしまう。

「一五〇〇年も、悪魔やっといて、こんな、ざまで、ごめんね」

 そう言い残して、サリアは、床にたまっただけの泥になった。


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