表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
114/419

第十一章 モンスター(4)

 話し合いが終わった後、僕はサリアの秘密基地を出ることにした。

 一応シーヌにもついてくるか聞いてみたけれど、しばらくサリアのもとで自分のことをゆっくり考えたいというので、残してきた。

 僕はもう一度秘密の通路を都方向に進み、大空洞の中で座り込んだ。遠く、近くと徘徊しているモンスターの姿を光の小部屋の中で眺めながら、ただ座っていた。

 弱っていたとはいえ、僕の一撃はレダジオスグルムに通じた。その時点でおそらく僕はもう、だたのコボルドではない。だからこそ、僕とレダジオスグルムの間には敵対意識が共有された。そしてそのことこそがシーヌを怖がらせてしまっている。救うべき相手に恐怖を与えるのは聖騎士としてあるまじきことだ。だとしたら、今僕に必要なものは何なのだろうか。

 目を瞑る。モンスターたちが歩き回り、這いずり、徘徊している音が聞こえてくる。時折唸る声も。光の壁は音を遮断しない。

 僕は彼等との間に線を引かなければいけない。でなければ僕は人類と共には暮らせない。けれどそれは考えて答えが出るようなものなのだろうか。

 目を開ける。光の壁のすぐ向こうに、一匹の巨大蜘蛛がいた。黒い体をしていて、足が長く、胴体が細い。ジャイアント・ケイブ・スパイダーだ。複眼でじっとこちらを伺っている蜘蛛と、目があった。

 こちらには入ってこられないのは分かっている。僕はもう一度目を閉じた。けれど、目の前に何かの気配を感じてすぐに目を開けた。

 蜘蛛だ。黒い体に、紫と、橙と、黄色の鮮やかな模様をもった、僕の倍はあるだろう蜘蛛が目の前にいた。足は長くはなく、胴体は太い。ジャイアント・ケイブ・スパイダーではない。

 蜘蛛は僕の目と鼻の先で、僕を複眼でじっと見ている。襲ってくる気配はなかった。図鑑などでも見たことがない模様の蜘蛛だった。

 蜘蛛に言葉が通じるはずがない。分かっているはずなのに、僕はなぜか話しかける気になった。

「何かな?」

《悩んでるね、少年》

 頭の中にテレパシーが響いた。まさか、目の前の蜘蛛が? それしか可能性は思いつかなかった。

《難しく考えるのはおよしよ。あんたはもうずっと前から知ってるはずだ。深く考えても答えが分からないのは、もう答えがあんたの中にあるからさ。もう一度目を閉じて。ゆっくり、ゆっくり、思い出していけばいいんだよ。もっと簡単なことさ。急がなくていい。ゆっくり休んでおくれだよ》

 テレパシーの声に言われるままに、僕はもう一度目を閉じた。周囲の音が聞こえる。蜘蛛の気配がその中に溶けていく。僕は周囲の音に耳を傾け、自問をやめた。

 空腹を感じて目を開ける。結構な時間目を閉じて座っていたらしい。見える周囲にいるモンスターの姿が完全に入れ替わっていた。目の前にはもう蜘蛛はいなかった。背負い袋から食糧を出して、ほんの少しだけ食べた。ひどく空腹だったはずなのに、ほんの少し食べただけで満腹になった。

 使命も、しがらみも、喧騒もない空間。何もないのに満ち足りた気分だった。僕はこのまま飽きるまでこの大空洞で暮らすのも悪くないような気までしはじめていた。

 ふと気になった。おそらく気の迷いなのだろう。僕はランディオから預かった指輪を指から外した。僕を守っていた光の壁が消失する。僕はそれでも座っていた。

 大空洞を闊歩するモンスターが、何匹も寄って来た。匂いにつられたようだ。けれど、彼等は不思議なことに僕のにおいを嗅いだだけで、興味を失ったように皆離れて行ってしまった。

 思い出した。ここのモンスターがモンスター同士争っているところを見たことがない。僕は彼等にとってそんなモンスターの一匹に過ぎなかったのだ。

 光の壁などなくても、僕の周りは平穏だった。まれに近くを通り過ぎていくどんなモンスターも、一度においを嗅ぐと、あるいは、触覚で僕の気配を探ると、僕には全く興味を示さなくなった。

 僕はただ座っていた。僕はその大空洞でずっと座り続けているだけの、しばしの住民になった。眠くなった眠り、それ以外は座り、けれど、不思議と空腹感が訪れることはなかった。

 光の壁がなくなると、いろいろなことが分かった。

 遠くから匂いが漂ってくる。大洞窟のどこかに餌場があって、モンスターたちはそこに生息している生物を捕食して生きているようだった。水の匂いもする。水場もちゃんとあるらしい。外敵が入り込むことがないこの空間では、モンスターたちは無用な争いを避けているようにも感じられた。本来ケイブワームを捕食する関係にあるケイブドッグも、ケイブワームを襲う気配はなかった。

 もしここで僕が剣を抜き、走り出したらどうなるだろう。ふと興味がわいた。彼等は襲ってくるだろうか。

 彼等を動かしているものが闘争本能でないとするなら、彼等は外の同種と比べれば弱いだろう。僕は彼等をすべて叩きのめしてこの空間の王になれる程度の力はあるだろうか。僕はそれでも目を閉じていた。馬鹿なことだ。彼等の楽園の平和をそんなつまらない興味で破壊していいはずがない。

 目を開ける。

 僕は指輪を嵌めて立ち上がった。それこそが答えだった。光の壁が復活する。僕と彼等の間には線などなかった。

《頑張りな。おばちゃん応援してるからね。また、いずれあった時はよろしくだよ》

 どこからかテレパシーが届いた。蜘蛛の姿は見えなかった。

 秘密の通路を抜けて、サリアの秘密基地に戻ると、サリアがすぐに出迎えてくれた。すでにドネはいなかった。サリアの話では祈り子の求めがあり、去ったという。別れの挨拶ができなかったのが少し残念だった。

「おかえり……ん?」

 サリアは僕の顔を見て怪訝そうな表情を浮かべた。そして言った。

「ちょっと、久しぶりに手合わせしようか」

 僕は誘われるままに応じた。久々の手ほどきの誘いに、けれど、何も感じなかった。

 以前のようにサリアが用意した空間で、僕とサリアは向かい合って立っていた。

「いいの?」

 とサリアが言う。

 これまで通り、三メートル程度の間を開けてサリアが向かいあおうとしたので、

「近すぎるよ。もうすこし離れよう。五メートルから一〇メートルくらいでいい」

 と僕が返したからだ。結局、僕が言った一番長い距離、一〇メートルの距離で僕たちは向かいあった。

「いつでもどうぞ」

 言ったのはサリアではない。僕だ。

 サリアは答える代わりに無数の光弾を飛ばしてきた。僕は歩きながら、それを上半身だけですべて避けた。軌道が見えたわけではないけれど、勘のようなものでそうしていた。サリアまでは、あと七メートル。

 次の呪文までにタイムラグができることを素早く悟ったサリアが泥の塊を連続で五発飛ばしてきた。当たるのは二発。あとは無視していい。僕はそれも歩いて避けた。

 サリアまでは、あと四メートル。

「なんで? なんで?」

 サリアが悲鳴を上げるように声を上げながら電撃を放った。僕はそれを聖神鋼の剣で上から叩き伏せた。サリアまではあと三メートル。

「なにこれ? なにこれ? なんで?」

 サリアが半狂乱になったように飛び掛かって来た。僕はそれを右足でサリアの泥の体の根元を蹴飛ばしてひっくり返した。僕は何も考えていなかった。ただ、そうなるという確信めいた流れだけが体を動かしていた。僕は剣を鞘に納めた。

 ひっくり返ってべちょっと潰れたサリアに手を伸ばして助け起こす。サリアまでは〇メートル。僕の手はサリアを掴んでいた。

「満足してくれた?」

 サリアを助け起こした僕はただ笑った。彼女を傷つけるつもりは最初からなかったし、傷つけたいとも思わなかった。だから斬りかかるつもりも、剣を突き付けて勝利を宣言するつもりもなかった。それは虚しいことだ。

「大丈夫? 怖がらせてごめんね」

 僕が謝ると。

「なんで? どうして?」

 この世ならざるものを見る目で、サリアは僕を見ていた。

「僕は君を傷つけたりはしない。絶対にしない。大丈夫、僕は君の敵じゃない、大丈夫」

 僕が泥の体を抱きしめると、サリアは、

「そう、なんだ。そういう、こと」

 と、漏らした。

 それから秘密基地に戻り、僕はサリアが落ち着くまで待ってから、言った。

「ただいま」

「おかえり。取り乱してごめんね。ボク……負けたんだな。本気だったのに」

 サリアが何故そんなことになったのか分からないといった風にこぼすので、僕はまた笑ってしまった。

「負けていないよ? 僕も勝っていないよ?」

「一発も当たらなくて、無様にひっくり返されて、どう見ても負けてるじゃないか」

「いいや、負けていないよ。君の方が強いし、僕は君と勝負したつもりなんかないもの」

 僕は次元宇宙にいる一匹のモンスターだから。その楽園を破壊するだけの勝負ならば、僕自身には必要ない。

「君はどうして優劣を決めたいの?」

「もういい! 降参! 誰だこいつ!」

 サリアが悲鳴を上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ