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後編

 ネリオの結婚式当日の朝、自宅にてターニャは頭を抱えていた。


「神子様、眉間の皺酷いですよ」

「誰のせいだと思ってるんだ……ネリオお前いいかげんにしろ」

「そうは仰られても貴方を迎えに行くのは僕の役目ですから」


 悪びれた様子のないネリオにターニャはいっそう眉を顰めた、頭が痛い。長年付き合ってきた幼馴染相手だというのに彼の思考回路が全く理解できない。私何か間違ったこと言ってるか?

 いつもより早く起きて準備を整えたターニャがちょうど婚儀の会場となる祭壇へ向かおうとした時だった。おはようございますと普段と変わりない様子でネリオが現れたのは。

 神子としての業務が滞りなく行えるよう手伝うのが世話役の仕事で、祭壇までの付き添いも仕事のうちと言えば仕事のうちなのだが。まさか自分の婚儀の日まで働くとは思わないだろ、普通。

 色々言いたい事はあったが、それで遅れては元も子もない。彼に先導される形で祭壇へとターニャは歩いて行く。


「だいたいお前だって準備があるだろう」

「男はそれほどかかりませんよ。女性の方が色々と大変でしょう」

「……そうだろうな」


 花嫁の話が出たさいターニャは一瞬動揺したがすぐに取り繕った。

 ターニャは花嫁になる自分が想像できない。けれど憧れたことがないと言えば嘘になる。婚礼衣装を纏い、愛する男の隣で微笑む姿は皆美しかった。あの美しさの裏で多くの者が力を貸していることも知っている。この村において結婚式は女児が生まれるのと同じ位めでたいことなのだ。


「花嫁衣装はとにかく奮発しましたから楽しみにしていてくださいね」


 村人達はもっと着飾るよう勧めてくれるが、ターニャはそれを良しとしない。衣装も装飾品も安い物ではないのだ。村人達にいらぬ負担をかけたくないが為にターニャの装いは神子として体裁を整える程度に控えている。

 贅沢を言える立場かと自制しているだけで興味が無いわけではない。だから華やかな婚礼衣装を見られるのはいつも密かに楽しみにしていて。

 例えそれはネリオの花嫁でもきっと変わらない、仲睦まじい様に胸は痛んでも結局その美しさに感動してしまうんだろう。


「僕の衣装は父のお古ですけど」

「なんでそこで手を抜いた!」

「結婚式の主役は花嫁ですから。どうせ皆花嫁しか見ませんよ。男は添え物です」

「せっかくの息子の晴れ舞台だというのに……お前のご両親が悲しむだろう……」

「いえ両親もこの案に全面同意でしたけど」

「どうなってるんだ、お前の家は」


 自分はいつもの調子で接することができているだろうか、これだけ軽口が叩けてるなら大丈夫だと思いたかった。

 前を行く彼の掌は空いている。だからといって当然手を伸ばしたりはしない。彼の手はもう彼の花嫁のものなのだから。


「……って、おいネリオ。私の待機場はこっちじゃないだろ」

「間違ってませんよ。右の突き当たりの部屋に行ってくださいね。後は中の女性陣に任せていただいて大丈夫ですので、ではまた後で」


 そうこうしているうちに祭壇に付く。だがターニャが連れてこられたのはいつも使っているのとは反対にある出入り口だった。言うだけ言うとネリオは廊下の左へ、花婿の控え室へと去って行く。

 不思議に思いながらもターニャは彼に言われた通り右の部屋へと向かう。こっちにあるのは花嫁の控え室だけだというのにどういうことなのか。もしかして今まで隠してきた花嫁をこのタイミングでお披露目をするつもりなのか。

 それに女性陣とは一体……。祭事では普段の神子装束より少し華やかな物を纏うが、だとしてもそこまで人の手は借りずとも身に付けられる為、ターニャはただただ首を捻った。ひとまず入ればわかるか。


「えっ」


 扉を開けたところ、中に村の女達が全員集合していた。ターニャが声を上げると全員の視線が一斉に向けられたが、心なしその目は血走ってるように見える。

 あまりの迫力にターニャは思わず後ずさるが逃げることは叶わなかった。固まっているうちに、丁寧かつ迅速に部屋の中央へと連れてこられてしまったからだ。更に逃げ道を塞ぐかのよう取り囲まれる。尋常じゃない圧迫感にターニャの背筋に冷たい汗が流れた。


「待ってましたよ、ターニャ様!」

「ようやくこの日が来たんですね!!」

「もう私張り切ってすごいの作っちゃいましたよ、フエッヘッヘッ!!!」


 なんかめっちゃくちゃぐいぐいくる、なんで全員こんなにテンション高いんだ。女性陣のただならぬ雰囲気に思わずターニャはひえ……と怯えた。

 ターニャがネリオの花嫁だろうと予想していた娘に至っては奇声を漏らしている、恐怖のあまり彼女が手にしているドレスが明らかに村の女が着ればはじけ飛ぶ事にターニャは気付かない。彼女達は肩幅も凄いのである。

 『この村の人間は男女ともに体格に恵まれている』との情報を聞いた場合、一般的にはどういった姿を想像するだろうか。おそらく男性はがっちりとした筋肉隆々な体を、女性ならば胸や尻はボンッだがウエストはキュッと締まったワガママセクシーボディになるのではないだろうか。

 実際は半分正解で半分ハズレだ。この村の女は男性と同じく左を見ても右を見てもマッチョである、この村では胸が大きい=胸筋が鍛え上げられているという意味だ。そして魅せ筋とかじゃなくて実用性タイプのマッスルボディである。

 旅人が多い村は荒れやすい傾向にあるが、この村が異様に平和なのはそういった事情だったりする。もし命知らずな旅人がおいたをしようものなら、林檎片手に「次は貴様の頭だ」\グシャァ/という光景を見せつけられるのだ。筋肉は全てを解決してくれる。

 なおターニャが仕える女神もまた、素晴らしい肉体美を誇り、鋼のような肉体を持つ夫の戦神を一方的にボコボコにしてからジャーマンスープレックスを決めるような女傑であった。

 ターニャの母と浮気してからというものの、女神の夫は文字通り椅子的な意味で女神の尻に敷かれ、そろそろ何かに目覚めそうなのは余談である。

 村人達が愛情深いゴリラなのはだいたい彼女のせい、正しく健全な精神は健全な肉体に宿るの体現である。

 ターニャの母はそんな中での突然変異であり、少なくとも外見は触れれば折れてしまいそうなほっそりと儚げな風貌をしていて。屈強な村人達にとってその大いに庇護欲をかきたてる姿は最高に好ましかった、それを全て台無しにするレベルの性悪だったのだが。

 それに対しターニャはピンクブロンドと赤眼は父から受け継いでいたが、それ以外の外見は母と瓜二つだ。ドンピシャの外見、これまた村人好みの清淑な性格とくれば彼女が村のアイドル的存在になるのも致し方ないだろう。


「着替えたらドレスの最終調整しますんで、さあ!」

「お化粧は任せてください、私が持つ技術を全力で出し切りますからね!」

「ターニャ様を着飾れる機会が生きてる間に来るなんて……! ああ神様!!」


 今のターニャが置かれた状況はさながらゴリラの群れに放たれた子ウサギのようであった。

 鬼気迫る表情でじりじりとにじり寄ってくる女性陣にターニャは身を縮めて震えることしかできない。圧倒的な戦力差を前にターニャはなすすべもなく激動に身を任せるしかなかった。



「とても綺麗です」


 頬を染め、とろけるような微笑みで賛辞を口にするネリオにターニャは青筋を立てる。そんな彼女が今身に付けているのは上等な布を惜しみなく使った真白いドレスであり、それはどこからどう見ても花嫁衣装であった。

 何をされるのかと怯えていたターニャは女性陣の連係プレーにより、あれよあれよという間に飾り立てられた。そしてそれが完了するやいなや、同じく婚礼衣装を纏ったネリオが尋ねてきたのだった。タイミングを考えるに終わるのを見計らって誰かが呼びに行ったのだろう。

 役目を終えると彼女達はまたしてもあっという間に部屋から出て行った。その為この部屋には今ネリオとターニャの二人きりである。でもそんなことはどうでもいい。


「ネリオ。いったいこれはどういうことだ、簡潔に説明しろ」

「僕と貴方が結婚します」

「確かに簡潔にとは言ったがそれでわかると思ってるのかっ?! なんで、私がお前と結婚することになってるんだ!!」


 部屋の外まで響いてしまっているだろう。多少気になるものの、ターニャは声を張り上げずにはいられなかった。深呼吸しても全く気持ちが収まらない。

 荒ぶるターニャを前にしたネリオだが、彼女とは対照的に彼は落ち着き払っていた。ターニャはなまじ美人なせいか、今のように怒っている時は凄みが出る。大抵の者は怯んでしまうだろうが、生憎ネリオもあのゴリラ連中の一員である。この現状も彼からすれば子猫にじゃれつかれているようなものだった。怒ってる顔もかわいいなーと場違いな事を考える余裕すらあった。


「ターニャ様が結婚すると約束してくださったので」

「何を言ってる、そんなことを了承した覚えはない!」

「十年経っても愛してるなら結婚してもいいと仰いましたよ」

「はあ? いったいいつ、そのような……」


 反論しようとしたターニャの唇が中途半端な形で止まる。そのあからさまな反応にネリオは目をキラキラさせながら、思い出しました?と追い打ちをかけてきた。やっぱりコイツいい根性してやがる、思わずターニャは拳を握りこんだ。

 彼からの告白は嬉しい思い出だが、同じ位辛い記憶でもあった。だからなのか、うやむやになっている部分もあったが、まさかよりにもよってその部分で抜け落ちてるなんて。

 というか、なーにが断腸の思いで断っただあ? 保留してるじゃないか、あの時の私の馬鹿野郎!

 更によくよく考えれば、言質は取りましたよなんて子供らしかぬ発言しながらニッコニコガッツポーズを決めてるネリオの姿も思い出してしまった。すごく良い笑顔だった。


「子供の口約束だなんて言わないで下さいね、僕この約束だけを頼りにしてきたんですから」


 どうも彼は徹底的に逃げ道を塞ぐつもりらしい。あの時と同じ満面の笑みを向けながら罪悪感を利用し釘を刺してくるネリオにターニャは言葉に詰まった。

 平静な分、混乱している自分より彼の方が圧倒的に有利だ。それでも何とかこの状況を覆そうと回らない頭をターニャは必死に働かせる。


「愛してるならなんだろ、だったら」

「もちろん愛してますよ」

「せめて最後まで言わせろ!!」


 食い気味に遮られ、ターニャは心から叫んだ。尚その顔は真っ赤である。怒りやら羞恥やら喜びやら、ともかくターニャの内心はもうぐちゃぐちゃだった。


「今までそんな素振り一切見せなかったくせに……!」

「少しでも好意を匂わせたら告白した時の反応とターニャ様の性格からして絶対逃げるなと思って」

「だったらなんで今になってそんなぽこぽこ言い出すんだ!!」

「その衣装は動きづらいじゃないですか、そういうことです」

「すぐ捕まえられるってか! 舐められたものだな! その通りだよ、この野郎!」


 畳みかけられ、ヤケクソになりながら応えるターニャはもう自分でも何を言ってるのかわかっていない。パニックのあまり、ぐるぐる目を回している。

 ターニャが評価した通りの性質を持つネリオはもちろんこんなチャンスをみすみす逃すような真似はしない。ここぞとばかりに、しっかり彼女の手を握ってネリオはずいと彼女へ言い寄った。


「子供の頃から貴方を思う気持ちに変わりはありません、僕はずっと貴方が好きです」

「う……」

「愛してます、ターニャ様」


 村人達に嫌われようと尊大な態度を取るターニャだが、本質は気弱で内気な性格である。ただでさえ押しに弱いのにそれがネリオ相手ともなれば全く抵抗できず。

 なお本人としては高圧的に振る舞ってるつもりでも根が善良なため、ちょっと口が悪いだけに収まってしまっているので村人達からは「ツンデレかわいいよね」「わかる」としか思われておらず、彼女の努力は村人達の間にギャップ萌えの概念を生み出しただけに終わっていた。


「わ、私はお前のことなんて」

「ターニャ様も僕のこと好きですし、相思相愛である以上何の問題も無いですよね」

「何、僕はわかってますからねって顔してるんだ! 私の気持ちを勝手に決めるな!」

「僕は貴方の口から『ネリオが好き』と聞いているので」

「そんなこと言うわけないだろう!」


 ターニャはネリオが好きだ、それは変えようのない事実だ。

 だからといってターニャには言える訳がないのだ。何があっても口にする訳にはいかない。ネリオの幸福を考えれば言えるはずがない。この想いは何があろうと一生秘めたままにするべきだ。彼女はそう強く決心していた。

 よってネリオの発言は眉唾でしかない。そんなこと正気じゃない限り、口にするはずが……。そこまで考えてターニャはハッとある可能性に気付いてしまった。勢いよくネリオの視線へターニャが向き合う。


「お酒って便利ですよね」

「お前、おまえッーー!!!」


 いけしゃあしゃあとネリオは酔わせて聞き出したことを認めた。もちろん迂闊に飲み過ぎた自分が一番悪いのだが、ちょっとぐらい責めたって許されるはずだ。

 咄嗟にいつの間にか自由になっていた手でターニャは彼の胸を殴る、だが鍛え抜かれた筋肉の前には余りにも無力。ただ自分の手が痛くなるだけで終わった。

 叫び暴れた末、ターニャはぜーぜーと肩で息をする。彼女とて神子として舞う為にそれなりに体力を付けているのだ、だが精神的な疲労はどうしようもなかった。

 ネリオはその間、口を噤んでいた。それからターニャが落ち着くのを見計らって話し出す。


「ターニャ様が僕のことを好きじゃないなら考えました、考えるだけで諦めないですけど」

「そこは嘘でも諦めるというべきじゃないのか」

「さすがにターニャ様が他の人を好きなら身を引きますよ、ただ不幸にするような相手なら遠慮なく奪いに行きますけど」

「なんでそんなに好戦的なんだ」

「僕もこの村の人間なんで。争いは嫌いですけど時と場合によってはやむなしってだけの話です」


 想像以上に手の付けられない存在へと進化していた幼馴染にターニャは思わず遠い目をしてしまう。小さい頃はあんなに可愛かったのになあ……とそんな場合ではないのに彼女は現実逃避していた。

 この何とも言えない雰囲気を作り出したのはネリオだが、一変させたのもネリオだった。一際真剣な表情を浮かべると彼はきっぱり言い放った。


「でもターニャ様が僕を好きなら絶対に諦められない。その為なら使えるものはなんでも使いますよ」


 ネリオは澄んだ瞳でまっすぐターニャの徴を射貫く。その眼差しに含まれた熱にターニャは息を呑んだ。逸らしたいのに逸らせない。彼の瞳に映る自分は今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「何度だって言います、僕は貴方を愛しています。僕と結婚して下さい」


 その言葉に素直に頷けるなら最初からそうしてる、きゅうとターニャは唇を噛みしめた。彼の気持ちを疑ってるわけじゃない、痛い位に彼の想いは伝わってくる。だからこそ首を横に振るう。


「だめだ、私と結婚なんてしちゃだめだ。不幸にならないでくれ、ネリオ。お願い、幸せになって」

「ターニャ様」

「お前と夫婦になれたら私は幸せになれる。でも私はお前に普通に幸せになってほしいんだ」


 言うつもりのなかった言葉が次々とあふれ出す。ターニャはそれをいけないと思いながらも止められなかった。昨晩は一向に出てこなかった涙がぼろぼろと目から零れていく。


「後ろ暗いところなんてない女を愛して、同じように年を取って、子供を抱いてくれよ」

「お断りします」

「ッ、私のこと好きなら、」


 続けようとしたターニャの言葉は重ねられたネリオの唇に飲み込まれる。かき抱いてくる体をターニャは突っぱねなかった、それどころか彼の背中に腕を回す。もうこれ以上、心に嘘はつけそうになかった。


「それは言っちゃだめです」


 ターニャの唇に指を添えながらネリオは諭す。幼子をたしなめるように優しく、けれどきちんと言い聞かせて。はらはらと静かに泣くターニャの涙を拭って、もう一度ネリオは彼女を抱きしめる。


「好きな人の幸せな姿を見たいのは僕も同じです。だったらいいじゃないですか、ターニャ様が幸せになったって。今までたくさん頑張って、本当は味わうことのなかった苦しみを貴方は耐えてきたんですよ。ちょっとぐらい欲張りましょう」

「でも私は子供をお前に抱かせてやれない」

「結婚って好きな人と家族になることであって、子供を作るだけが夫婦じゃないですよ。跡継ぎに関しては弟達がいるので心配ありませんし」

「一年後には赤子に戻ってしまうんだぞ」

「本当は見れないはずの赤子のターニャ様が見られるとか役得なんで。そういえば知ってます?村長一族ばっかりターニャ様の面倒見れるとかずるいってすっごいクレーム来てるんですよね、もちろん譲りませんけど。だから面倒かけるとか心苦しく思わなくて大丈夫ですよ、好きでやってるんで」


 往生際が悪いのを自覚しながらターニャは最後のあがきを見せる。だが全て無駄に終わった。的確に欲しい言葉を与えてくるネリオにターニャはもう手遅れなのだと悟る。諦められないのは自分も一緒なのだ。

 ただこのまま素直に降参するのは何となく悔しい。だからターニャはぐりぐりとネリオの胸に頭を押しつけながらぼやいてみる。


「……愛が重い」

「そこは譲れないので諦めて下さい」


 あまりの即答ぶりにターニャはつい笑ってしまった。そして彼女はゆっくりと面を上げて、愛しい男の名と己の本当の気持ちを口にした。

 ターニャの顔は涙で崩れた化粧でぐしゃぐしゃだったが、それでもなお見惚れるような美しい笑みを彼女は浮かべていた。





「――と、これで終わっとけばキリがいいんだが、残念ながらこの話には続きがある。式前に花嫁泣かすなって化粧を崩した事とそのせいでネリオの服を汚した事で、ネリオがしこたま怒られてな。まあ早くに準備に取りかかってたから何とかカバーして間に合ったんだが。神子の結婚だからか、女神様も登場する盛大な式になったんだ。特に祝福の舞は凄い迫力だった。私が踊らない代わりに、私に隠れてこっそりやってた練習で腰を痛めたお前のおじいちゃんを除いた村人全員で祝福の舞……舞と言うにはキレッキレだったけど……踊ってもらって。ちなみにお前のおじいちゃんは血涙でそうな勢いで悔しがってたな。で、更にその後すぐになんやかんやで呪いが解けて、立て続けに子供を授かって、十年後の今やお前を含む五児の母になりました。おしまい」

「締め方が雑ゥ!」


 ツッコミの激しさに血筋を感じるのはどうなんだろうか。といってもこの長女、ネリオに似たのは栗色の髪ぐらいで他は殆ど私そっくりなんだけども。あ、弟妹達の面倒を見るのが上手いのも父親譲りか。

 早足で終わらせたのがスッキリしないらしく、何とも言えぬ表情で娘は手をわきわきと意味もなく動かしていた。


「そこはせめて『愛の力で解けました』とか何とでも言いようあるでしょ! あるいはもっと御伽噺風にして『ねえお母さん、また神子様のお話して!』『お前はその話が本当に好きだなあ』みたいな展開になるよね?!」

「そんなもったいぶろうにも最近の話題過ぎて村中に広まってて嫌でも耳にするし、だいたい親の恋愛遍歴なんて何回も聞きたいか?」

「おじいちゃんとかの言うとおり、お母さんがすごいお父さんのこと好きなのはわかったけどさあ。なんか、こう、モヤモヤする~~!」

「……そろそろ暗くなるから早くおじいちゃんのところに帰りなさい。終わったらネリオとすぐ迎えに行くから」


 話題を切り替えるにしてもちょっと唐突すぎたかとターニャはひやひやしていたが、時間が時間だった為に娘は素直に母の言いつけに従い出て行った。

 舞を踊る日は両親ともに不在となるため、子供達はネリオの両親に預かってもらっているのだ。今日の舞は夜に行われる為、現在ターニャは祭壇の待機場にいる。咄嗟に帰してしまったがまだもう少し開始まで時間があった。


「ただいま戻りました、ターニャ様」


 娘と入れ違いになるようにして、舞台の準備を手伝っていたネリオが戻ってきた。妙に癇に障る笑みを浮かべながら。なんだろう嫌な予感がする。


「ターニャ様も惚気るんですね」

「……どこから聞いてた」

「ほぼ最初からです」

「お前って奴は! 正直は美徳とはいえ、ちょっとは隠そうとしろ!」

「嘘を吐いて良いことなんて滅多にありませんよ」


 臆面もなく返してくるその図太さは未だにちょっとイラっとくる。でもそんな彼に惚れてしまったのは自分だ。半ば諦めつつ、ひとまず嫌味の一つくらいはぶつけておくとする。


「私と結婚するために村ぐるみで企んでた奴がよく言うな……」

「嘘は吐いてませんよ、隠し事してただけで」

「意図的に騙したのは変えようのない事実だろ」

「ターニャ様も誤魔化したりするのでおあいこじゃないですか、今だって解呪方法うやむやにしてましたし」


 ネリオの発言を理解すると同時にターニャの拳が彼の腹に入る。無論ノーダメージなのだが、分かっていても殴らずにはいられない。わなわなと唇を震わせるターニャの目はつり上がっていた。


「純潔を失ったら呪いが解けましたなんて言えるか、馬鹿!」


 ターニャの解呪の条件『自分を愛してくれる者と共に大人になること』の本当の意味は『愛されてる状態での性行為(※ただし互いに童貞処女の場合に限る)』であった。

 何故そんなことになったのか、やっぱりターニャの母が全ての元凶だった。

 女神はターニャの母による寝取られに本気でブチ切れていた。彼女の略奪愛がもし本気で夫を愛していた上での行動ならまだしも、こんなに美人なのに私がモテないのはお前のせい!と女神を逆恨みした末の当てつけだったのだから。事実外見がバリクソ可愛い分、女神としては余計に憎らしかった。

 女神が呪いを解く気が無かったのは合っている。だがその条件を童貞処女の恋人達の初体験に設定したのは『お前絶対許さないからな!せいぜい自分の尻軽さを恨むがいい!!』という意趣返しであった。

 ターニャは母に対し余罪がまだ出てくることにどん引きだが、あまりの生き急ぎぶりにはもう呆れて物も言えない。いくら気が強いにしたって限度があるだろう。ターニャの母は村人のようにフィジカルゴリラではなかったが、精神面は悪い意味で最強だった。


「それこそ皆に言い聞かせたように愛の力で良いんじゃないですか」

「そう誤魔化した時、条件の文面を知ってた者達が初夜の後に徴が消えてるのを見て『あっ』って顔してたの忘れたのか……あの子は察しが良いから、あのくらいぼかしておくべきだ」

「別に隠すほどのことでも」

「それ以上言ったら寝室別にするからな」


 それは困るとネリオはすぐさま閉口する。すっかり妻の機嫌を損ねてしまったにも関わらず、ネリオはターニャが怒ってるというより恥ずかしがってるだけだと察しているため、さほど焦っていなかった。年上の気質からか彼女が自分にわりと甘いと知っている事も手伝っているだろう。


「離縁じゃないんですね」

「……お前ほど愛が重い奴から逃げられる気がしないからな」

「なるほど、否定できないです。あ、そろそろ時間ですね」


 行きましょうかとネリオはターニャに手を伸ばす。そこへ彼女は自分の手を迷いなく重ねた。きっとこの手は最後まで自分を離さないでいてくれるとわかっているから。

 ターニャにとってさっきの回答は決して嘘ではない、でも全てじゃない。愛は釣り合ってこそ幸せなのだとターニャは思ってる。そしてそれを満たしてくれるのはターニャにとってはネリオだけで――ただそれだけの話だ。

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マッチョ村の林檎ちゃん、「僕を普通にたべて」..」というシンプルかつ存在意義の根源的な願いはかなえられないのかしら。 「又つぶされたあ」という魂の叫びが常に響いているのでしょうね。 ところで聖女のお話…
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