第六十二話「弱点」
俺はその場で大きく跳躍し、魔王に対してハルバードを打ち込むべく飛び掛った。……ように見えるはずだ。
だが実際は、俺に魔王を攻撃する気はない。
直前で目標を変えて魔法陣そのものを破壊するつもりだ。
そして邪神の取り込みとかいう物騒な脅威が無くなったところで、とことん魔王と話し合う。
人類に対して宣戦布告するような存在を相手に甘ちゃんと言われるかもしれないが、そこは曲げられないところだ。
つーか俺自身、もう今の時点で心身ともに限界が近いからできる限りガチで戦いたくない、というのが本音でもある。
「おおおぉぉ!!」
そんなことを跳躍している間の加速した意識の中で考えながら、両手に握られたハルバードを振り下ろそうとした次の瞬間。
「ぐはぁっ!?」
俺は腹に凄まじい衝撃を受けてそのまま後方へと吹っ飛んだ。
「ぐぶっ……なんだ……!?」
十メートル近く吹っ飛んだところで体勢を立て直し着地、そのまま自分が何をされたのか状況把握に努める。
「……あれは」
魔法陣の近くにあった床のタイルが剥がれ、さらにそこから少し離れたところに砕けたタイルの破片が落ちていた。
状況から察するに、どうやら俺は石造りのタイルを腹に撃ち込まれて吹っ飛ばされたようだ。
しかも無詠唱で即座に。
……ってことは。
「アンタ、土属性持ちだったりすんのか?」
石造りのタイルが『土』に含まれるのなら、だが。
「そうだ」
「そうか。……なんかアレだな。随分と素直だな、アンタ」
「隠すようなことでもない」
「なるほどね。王者の風格ってヤツだ。んじゃついでに聞いてもいいか?」
「答えられることなら答えよう」
「アンタの弱点を教えてくれ」
「我に弱点はない」
「言うねぇ……じゃあ、邪神の取り込みを中止させる方法は?」
「我を倒すことだな」
「その魔法陣を壊せば中止できるんじゃねぇのか?」
「この魔法陣を壊しても中止はできない」
「そうかい」
返事と共に俺は『縮地』を使って十数メートルの距離をゼロにした。
そしてハルバードをそのまま魔法陣に思い切り突き立てる。
「無駄だ」
だが、魔法陣が描かれているタイルは異常な強度を誇っておりビクともしない。
これも土属性持ちの力なのか。
「ぐおぁ!?」
横っ腹に複数のタイルが飛んできて、俺は再び吹っ飛ばされた。
だが今回は初見ではない。
ちゃんと命中する瞬間、タイルに込められたヤツのアニマを『意識』していた。
「安心しろ。邪神をこの身に取り込んだところで貴様らを即座に殺すわけではない。無論、向かってくるのならその限りではないが」
「へっ……随分と優しいんだな、魔王様は」
「人間の強者は貴重だからな。人類を従えたあとのことを考えれば、良質な駒は手元に置いておきたい」
「おー、そんときゃよろしく頼む。俺も命は惜しいからな。だが今は――」
新しく手に入れた『力』を行使して、魔法陣が描かれているタイルを全面剥がしていく。
「――抗わせてもらうぜ!」
「……無駄なことを」
魔王が腕を振ると、剥がした数十枚のタイルがすべて俺の制御から離れこちらに向かって襲い掛かってきた。
やはりにわか仕込みの地属性魔法じゃ本家には敵わないか。
「ぐぅぅ!!」
一時的な体前面に対する『剛気』で防御。
通常より多くのアニマ消費に胸の奥が焼けるような激痛が走る。
だが、これで魔法陣は……。
「なに!?」
防御を開いて見ると、剥がしたタイルの下には未だ光を放つ魔法陣があった。
「諦めろ。貴様に我を止めることはできない」
「……そーかよ」
そう言われて簡単に引き下がるぐらいだったら、最初からここまで来てないっての。
「さて……」
どうするか。
実のところ、邪神の取り込みってヤツを中止させるのに有効そうな手はあるが、それを実行するには大きな隙が必要だ。
だったらその隙を作る為に頑張ればいいだけの話なのだが、いかんせん俺はもう本当に限界が近い。
このままだと隙を作ってそこで力尽きるってことになりかねない。
フィルはまだ目覚める気配はないし、スラシュもあのヴァンパイアが相手じゃこちらに来ることは難しいだろう。
「こんな時にディナスがいれば……」
そう呟いたと同時に左側の壁が突き破られ、白銀の全身鎧を身につけた銀髪の戦女神――ディナスが現れた。
「呼んだか?」
「……おまえ狙ってんのか?」
タイミング良すぎだろ。
「なんのことを言ってるのかわからんが、助太刀しに来たぞ。……貴様が魔王か」
ディナスは魔王に向き直り、左手に持っていた黒騎士の兜を放って投げた。
魔王はその兜を片手で受け止める。
「その黒騎士……素晴らしい使い手であった。だが、最後まで私は其奴の名を知ることができなかった。教えてくれないか、魔王。其奴の名を」
「……ディナイアル」
魔王が呟くと、黒騎士の兜は黒い粒子となって霧散した。
「ディナイアル・サン・アストラット。それが死して尚忠義を尽くした、我が騎士の名だ」
「ディナイアル・サン・アストラット……その名、刻ませてもらった。神の御許へ逝ったら挨拶しに行こう。素晴らしい戦いだったと」
「我が騎士は戦神宮殿になど逝かぬ。我も奴も、滅びた時は邪神の腹の中よ」
「ではその時になったら迎えに行くとしよう。邪神に食わせておくには勿体無いからな」
「…………フッ、強引な奴だ」
魔王が小さく笑う。
それに対してディナスは不敵な笑みを浮かべた。
「よく言われる」
「して、戦神の使徒よ。貴様も我を止めに来たのか?」
「少し違うな。私は――戦いに来たのだ!」
ディナスの姿が消え、魔法陣の上に現れた時には魔王も腰の長剣を抜いてそれを迎え撃っていた。
そして、そのまま二人による神速の剣戟が始まった。
これはチャンスだ。
俺は限界ギリギリまでアニマをハルバードに注ぎ込み超高密度に圧縮を、
「それは看過できんな」
する直前で突如、目の前に現れた魔王が剣で俺の腹を一閃した。
「んな……」
バカな。
そう思った時にはすでに俺は前のめりになって地面に倒れていた。
二つの塊が遅れて倒れる音がした。
横一閃で真っ二つにされ、上半身と下半身が離れたのだ。
急激に大量の血が流れていくのを感じる。
即座に回復魔法を全開にするが、そのせいで起こる魂の酷使が俺の意識をさらに遠退かせていく。
「よそ見をするな魔王ぉぉぉ!!」
ディナスの叫び声が聞こえる。
「ぅ……ぁ……」
口から弱々しい呻き声が漏れる。
視界が揺れて目の前が真っ暗になっていく。
ダメだ。
意識を失ったらすべてが終わる。
俺は回復魔法で真っ二つになった体を再生しながら、気力を振り絞って首を上げた。
「ディ……ナス……?」
そこで見たものは口の中に剣を突き刺され、今まさに崩れ落ちる瞬間のディナスの姿だった。




