第六十三話「代償」
ディナスは俺が手も足も出なかったあの黒騎士を倒した。
そんなディナスが、魔王の前ではいとも簡単にやられてしまった。
おそらく時間にして三分も経ってないだろう。
口から大量の血を流しながらビクンビクンと痙攣するディナス。
普通の人間だったらこの時点で出血死しているところだが、彼女はその身に着けた全身鎧の効果によってほぼ不死身の存在だ。
十秒と経たずに血は止まり、二十秒と経たず痙攣は止まり、三十秒経つ頃にはゆっくりと立ち上がっていた。
「……再生能力か。厄介だな」
「すまないな。我が神は中々私を逝かせてはくれないのだ」
「気にするな。だとしたら再生するまでに動きを封じるまでだ」
魔王が再びディナスの頭部に神速の突きを放つ。
「私に二度同じ技は効かない!!」
だがディナスはそれを首だけで躱し、逆に魔王の頭部へ剣による突きを放った。
突き技に対する突き技でのカウンターだ。
「問題ない」
魔王は短く答えながらその突きを同じく首だけで躱し、そのままディナスの腹へと蹴りを入れた。
ディナスは吹き飛び壁へと激突する。
「ぐはっ! ……む!?」
壁にめり込んだディナスがそこから抜け出そうとするが、なぜか彼女の体は逆に壁へと沈んでいった。
「戦神の使徒。貴様は事が終わるまでそこで眠っていろ」
そう言いながら魔王はディナスに対して背を向けた。
だが、
「む……むんっ!!」
一瞬だけ莫大なアニマを放出し、ディナスは壁を壊しながら抜け出した。
「……生半可な拘束では捕らえられんか」
「捕らえるなど生温い! 私を殺し切ってみせろ魔王!」
ディナスと魔王が再び剣戟を繰り広げる。
時折ディナスが魔王に一撃を食らうが、先ほどまでとは違って上手く致命傷になるのを避けながら戦っていた。
それでもただ戦闘不能にはならないというだけで、誰がどう見てもディナスが魔王に敵わないというのは明白だった。
魔王を相手に一撃も入れることができず、剣こそ交えているもののほぼ一方的にやられているディナス。
だがしばらくしてその状況に変化が訪れた。
少しずつ、少しずつだがディナスが魔王の攻撃を食らわなくなってきたのだ。
そして。
「ハァ!!」
「ぬ!?」
ディナスの袈裟斬りを魔王が腕の小手で防いだ。
魔王が始めて、『受け』に回ったのだ。
そこからは徐々に、徐々にだが形勢は逆転していった。
ディナスはここぞとばかりに惜しみなく奥義を連発して魔王を追い詰めていく。
魔王からしてみれば悪夢だろう。
今さっきまで瞬殺できたような敵が、いつの間にかこちらに対して互角以上の戦いを繰り広げているのだから。
「秘奥義……『無明剣』」
ディナスの剣が突如として消え、魔王の目と鼻の先で現れる。
「ぬぅ!?」
それを魔王は間一髪で避けるが、その頬には一筋の血が流れていた。
魔王は自らの手で拭ったその血を険しい顔で見つめる。
「魔王よ、不思議か。私がなぜこの短時間でここまで貴様に対抗できるようになったか」
「…………」
「似ているのだ、貴様の剣は。私が焦がれ、求めた騎士、ディナイアルに」
「……そうか」
その呟きには、万感の思いが込められているようだった。
「次の技で決める。受けるがいい、魔王ゼタルよ。騎士ディナイアルと貴様によって高みに上げられた、我が最高の奥義を!」
ディナスの目が赤く光り、その全身から研ぎ澄まされた刃のような鋭いアニマが放出される。
「最終奥義! 『無限連斬』!!」
その刹那、無数の剣閃が魔王に向かって襲い掛かった。
最終奥義『無限連斬』。
無限にも思えるほどの斬撃を、相手の息が続く限り神速で放ち続けるという、ディナスの最強にして最後の技。
戦っている敵に対してディナスが持つすべての奥義を使ってからでなければ発動させることができないという『魂の制約』が掛かったこの技は、本気で放ったが最後、たとえ使用者本人の首が取れようが、腕の一本になろうが相手が死ぬまで攻撃を続けることができるという恐ろしい技だという。
「ぬおおおぉぉ!?」
無数の剣閃を受け、躱し、凌ぎ続ける魔王。
だが次第にその身に受ける傷は多く、深くなっていく。
このままいけば、勝てる。
俺が虚ろな意識の中でそう思った次の瞬間。
「ぐはぁ!?」
魔王の腹を一本の黒い触手が突き破った。
「久しいな、レオン」
魔王を複数の触手で拘束しながら、玉座の後ろにある壁一面をぶち破って巨大な漆黒のグバルビルが現れた。
「ぐっ……バルドか……」
「レオン、ぬしを止めに来たぞ。……いや、今はゼタルと名乗っているのであったか」
「はぁ……ぐ……こんな、ところで……」
「貴様ぁぁああぁあああぁああああぁああ!!」
ディナスが魔王を拘束する触手を斬り捨てながら、バルドに向かって叫び声を上げる。
「我らが戦いを汚すなああぁああぁああぁあぁあああぁああああ!!」
「……なんと、愚かな」
触手から解き放たれた魔王は即座に巨大グバルビルから離れ、それを見たバルドが落胆したように呟いた。
「千載一遇の好機を……」
「バルド。どうやら我はまだ、神に見放されてはないらしい」
バルドとディナスから距離を取った魔王が腹の傷を押さえながら笑う。
「うむ……レオンよ、かつての我が弟子よ、認めよう。ぬしほど神に愛された男はいない。ぬしは正しい。ぬしは世界の意思そのものよ。……だが、その正しさがゆえにぬしは負けるのだ!」
「だろうな。我はいつか負けるだろう。だが――それは今ではない!」
魔王が触手に貫かれた腹の傷口に自らの長剣を突き刺した。
そして血に濡れたそれを即座に腹から抜き取ると、今度は魔法陣の中心にその長剣を突き立てる。
次の瞬間、魔法陣から放たれる光が黒色に染まっていく。
「この力は……莫迦な! もう既にここまで!?」
バルドが腕を振るい、無数の触手を魔王へと向かって襲わせる。
だがそれらの触手は魔王の前へと飛び出したディナスによって斬り払われた。
「我らが戦いを汚すなと言っている!!」
「おのれ戦神の使徒……ぬし、自分が何をしているのかわかっているのか!?」
魔王はそんなディナスとバルドのやりとりを見ながら、口の端を吊り上げて言った。
「闇の神よ、『喰らえ』」
直後、床から巨大な闇が大きな口を開けて現れ、ディナスとバルド、グバルビルらを抵抗する間もなく一瞬で飲み込んでいった。
その後、巨大な闇は少しずつ薄れるようにして消えてゆき……そして、静寂が訪れた。
「そんな……嘘、だろ……」
俺は目の前の光景に目を疑っていた。
あのディナスが、バルドが、漆黒のグバルビルが……あんないとも簡単に、跡形も無くやられるなんて。
「ぬ……ぐはっ……」
魔王が腹の傷を押さえながら魔法陣の上で膝をつく。
その顔は苦痛に歪み、体を覆うアニマは非常に少なく弱々しいものとなっている。
どうやら魔王は今の闇を召喚するのに、それ相応の代償を払ったようだった。
一方、俺は真っ二つにされた体も回復し、意識もさっきよりは大分ハッキリしてきている。
魔王は満身創痍。
となれば今がヤツを倒す最大のチャンスだ。
……なのに。
「なん、で……」
俺は床に這いつくばったまま動けなかった。
勝てない。
ヤツに勝つビジョンが、イメージが、想像できない。
「くっ……動け……動けよ……!」
「イグナートさん」
俺の後ろから声が聞こえた。
「助けてくれて、ありがとうございます。ここからはボクがやります」
そう言って俺の前に現れたのは、魔王と同じくらい弱々しいアニマを纏った勇者フィルだった。




