第四十九話「修羅」
「うおおおお! ちょっと待てぇ!」
無数の触手を腕で防御しながら必死になって後退する。
こちとら大事な大事な馬車を引いてんだよ!
まずはこの馬車を退避させろ!
「――出でよ、『神の雷』」
そして俺が後ろへと下がった瞬間、空から極大の雷が落ちてきた。
で、でたぁ!
フィルお得意の、人が話している最中に極大魔法準備しておいて、戦いが始まったと同時に放つヤツだ!
さすが勇者だぜ!
やり方が汚い!
ホント、敵にすると厄介だが仲間にすると頼もしいなフィルは!
「……ほう、これはどうして、中々のものだな」
だがしかし雷の柱が消えた時、巨大グバルビルはおろか、その上に立っているローブの男さえもダメージを食らっている様子は見受けられなかった。
「ほれ、僅かだが返すぞ」
そう言ってローブの男は手のひらをこちらへ向け、雷を放ってきた。
「って俺ぇ!?」
馬車を守るため避けるわけにもいかず、俺は雷をその身に受けた。
直後、体の芯まで突き抜けるような痛みと痺れが走る。
ぐっ……本家ほどではないが、それでもシンドイなこれは……!
「二人とも下がりな!」
スラシュが両手を前に突き出して叫ぶ。
「『極大暴風』!」
巨大グバルビルを中心に風が渦巻いていく。
頼もしいことにスラシュも極大魔法を準備していたようだ。
魔法のチョイスから鑑みるに、おそらくは敵を足元からひっくり返して空へぶっ飛ばそうという狙いだろう。
「な……なんだいこれ……魔法が発動できない!?」
急に困惑し始めた様子のスラシュ。
魔法が発動できない?
「どういうことだ!?」
「わかんないよ、なんだかあのグバルビルの近くだとアニマが霧散して……くっ!?」
巨大グバルビルから迫りくる触手に対して、咄嗟に『風の衝撃』を放ちながら背後に飛ぶスラシュ。
だが触手はそれにもまったく怯まない。
「だらあああ!!」
そこに馬車を後方へ置いて来た俺がスラシュの前に立ちはだかるよう体を割り込ませる。
そして触手が俺の体に突き刺さる絶妙なタイミングでの『剛気』!
「ぐおおぉぉぉ!?」
刺さってる刺さってる触手メッサ刺さってる!
少なくとも十数本ぐらいは刺さってる!
両腕で頭だけは守れてるけど、心臓とかも貫いてるしこれ普通の人間だったら死んでるぞ!
「イグナート!!」
「イグナートさん!?」
スラシュがローブの男を風の矢で攻撃、フィルは剣で俺に突き刺さってる触手を斬りつける。
触手は非常に硬く切断することは叶わなかったが、斬りつけた反動で突き刺さった先端を体から抜くことはできた。
「ぐっ……がぁ……これは、ヤバい」
口から血を吐きながら即座に治癒魔法を発動させる。
いや、正確にはあの黒い触手が刺さっている間も治癒魔法を発動させようとしていたのだが、アニマが形にならず使えなかったのだ。
もしかしてあのグバルビル、アニマを無効化してるのか……!?
「フィル! スラシュ! 男を狙え! グバルビルは無視だ!」
「わかりました!」
「こっちはもうやってるよ!」
今の短いやり取りで俺の意図を汲んでくれたのだろう、二人はグバルビルの左右に展開するよう動きながらローブの男に対して魔法攻撃を続ける。
俺はそれに合わせて『限界突破』からの『縮地』で一気に間合いを詰め、ハルバードに一点集中の極大アニマを込める『修羅』、それを振り下ろす際に筋力を増大させる『剛力』など、この一年半で覚えた技を駆使して巨大グバルビルに対し渾身の一撃を叩き込もうと、最後の一歩を踏み出した。
その時。
「えっ?」
一本の黒い触手が俺の足をスパン、と払った。
「おおおぉぉぉ!?」
勢いのまま俺はその場で前にぐるりと半回転。
しかも巨大グバルビルはちょうど俺のハルバードを避けるよう、そのデカイ図体に見合わない異常な速さで後ろへと下がった。
あ、これダメだ、避けられた。
そう思って気が抜けたのか、俺は無意識に『修羅』の制御を解いてしまった。
結果。
耳の中に直接ミサイルが飛んで来て爆発したかのような凄まじい爆音と共に地面が消滅し、俺は空へと吹っ飛んだ。
「うおおおおああぁぁ!?」
飛んで飛んで飛んでいや飛んでる場合じゃねぇ風魔法!
「し……死ぬかと思った……」
風魔法でなんとか減速し、ゆるやかに背後の森へ下降しながら俺は眼下に広がる惨状を確認した。
「え、えぇ……ウソだろ……」
直径五十メートルにも渡るであろう巨大な穴を見て、俺は目を疑った。
これは多分、というか確実にさっき俺がやったアニマ暴発が原因だろうが……いくらなんでも規模がデカすぎるだろ。
……元々実戦で使うのはこれが初めてだったが、こりゃ当分の間は『修羅』使用禁止だな。
危なすぎる。
自爆で死亡とか目も当てられない。
それに今回は大丈夫だったみたいだが、相棒が壊れたら大変だ。
幾多の戦いを共に生き抜いてきたコイツがダメになったら、俺の精神的ダメージは計り知れない。
「って、スラシュとフィルは!?」
巨大な穴付近に降り立ち辺りを見回すと、タイミングを見計らっていたかのようにスラシュとフィルが左右の森から出て来た。
「イグナート、アンタ……アタシらを殺す気かい?」
「そうですよ。あんな技があるなんて聞いてません」
「わ、わりぃ、ワザとじゃねぇんだ。さっきのは事故で……あ、そういやグバルビルは!?」
あからさまに話題を変えた俺をジト目で見ながら、スラシュは足元にある巨大な穴を指差した。
「穴の中に落ちてったよ。どれくらい深いのかはわからないけど、あの図体じゃ当分は登ってこれないだろうね」
「そうか。どうなることかと思ったが、つまり結果オーライってわけだな! いやぁ、よかったよかった」
「イグナートさん」
「う……すまん……」
フィルの笑顔が怖い。
「もう、次はちゃんと言ってくださいね?」
「いや、もう次はないと思うぜ……」
少なくとも完全に制御できるようになるまで『修羅』は封印するつもりだ。
「でもさっきの、凄い威力でしたよ。上手く使えばきっと切り札に……」
「二人とも! 穴から離れな!」
スラシュが弓を構えて叫ぶのと、前方の穴から黒い球となった巨大グバルビルが飛び出してくるのはほぼ同時だった。




