第四十七話「甘さ」
「ぐ……うぅ……母ちゃん……母ちゃん……」
雷撃を受けて変身が解けたのか、豹は元の豹型獣人の姿に戻っていた。
「……最後になにか、言いたいことはありますか?」
フィルは右手のひらに雷球を生み出し、足元の豹型獣人へ問いかけた。
「なんで……なんで母ちゃんを殺したんだ……」
嗚咽を漏らしながら言葉を綴る豹型獣人。
「返してくれ……返してくれよニンゲン……オレの母ちゃんを……返してくれよぉ……」
「…………それはできません」
「ぐぅ……う……うぅ……」
「ですが、あなたの想いは受け取りました。せめて安らかに……眠ってください」
フィルがそう言うと、雷球が一際強く光を放った。
「待て」
俺は今にも雷球を落とそうとしているフィルの前に、遮るよう手を出した。
「俺がやる」
「イグナートさん……」
俺はもう殆ど虫の息である豹型獣人を右手に掴み拾い上げた。
「イグナート、アンタ……できるのかい?」
「ハッ、俺を誰だと思ってやがる?」
右手の握る力を少しだけ強くする。
「ぐぎゃあ!?」
指の隙間からポタポタと血が流れて落ちた。
「いくら温厚な俺でも、二度殺そうとしてきた相手を生かしておくほど優しくはねぇ。それにちょっと試したい技があってな」
俺は右手にアニマを集めながらその場を離れる。
「ちょっと、アンタどこ行くんだい?」
「離れてろ。巻き添え食うぜ」
「なにを言って……」
スラシュがハッと気づいたように立ち止まる。
「アンタ、それ」
「スラシュ、技を借りるぜ。いや、技っつーか術か?」
俺を中心に風が渦巻き、やがて巨大な竜巻へ変化していく。
「いくぜ、『暴風』……!」
そして俺は思い切り右腕を振りかぶり、全力で豹型獣人を森に向かって投げた。
「『突撃』!!」
竜巻は豹型獣人を中心に凄まじい速度で飛んでいき、森を切り開いていった。
「おー……飛んだなぁ……」
「ちょっと、イグナート」
「なんだ?」
「今のなんだい。『暴風』はともかく、『突撃』って。アタシあんなのやったことないけど」
スラシュが訝しげな表情で聞いてくる。
「ああ、今のはだな、俺のアニマを敵に込めて『暴風』の中心地にしたうえで、思いっ切りぶん投げる技だ。つまり敵を突っ込ませるから『突撃』。合わせて『暴風突撃』だな。投げた敵も、投げられた敵も最終的には暴風に巻き込まれて死ぬ」
「……とんでもないね」
肩をすくめて苦笑するスラシュ。
「いい技だろ?」
「まぁね。力技すぎてビックリしたよ。あんなのアンタにしかできないわ。ねぇフィル?」
スラシュは隣でうつむいているフィルの肩を抱きながら同意を求めた。
「……ええ、そうですね」
「さーて、敵も片付いたことだし、先に進むとしようかね。ほら、フィル、馬車に乗んなよ」
フィルを馬車に乗せ、自分も後方の馬車へと戻っていくスラシュ。
それを見た俺も定位置に戻るため、スラシュに続いて歩き出した。
「甘いな」
そこで今までずっと黙っていたディナスが口を開いた。
「甘い。甘すぎるぞ、イグナート」
腕を組みながら馬車に背を預け、俺を睨みつけるディナス。
「……なんのことだ?」
「『暴風』で隠しながらの治癒魔法、そして硬化のアニマ付与……バレないとでも思ったか?」
「…………」
うーん……完全にバレてる。
上手くやったと思ったんだが。
「イグナート、貴様……これから先の戦いでも敵に情けを掛けていくつもりか?」
「そりゃ時と状況によるな」
話が通じるような種族は基本的に殺したくない。
とはいえ、さすがに自分たちの身が危なくなるような場面で情けを掛けたりはしないつもりだ。
「ふん……まあいい。貴様は人間で唯一、神の頂へと至れる資質を持つ男だ。くれぐれも、くだらないことで死んでくれるなよ」
「わーったよ」
神の頂とやらに至るつもりはまったくないが、俺も前世みたいな死に方は絶対にゴメンだからな。
◯
獣人の町を出てから一年半の月日が経った。
だが俺たちは驚くべきことにまだ魔王城に辿り着いていなかった。
なんてことを言うと、生命の森を進んでいた時と同じような感じがするが、実際はまるで違い随分と密度の濃い一年半だった。
徒党を組んだ狼牙族との戦い。
人間の女を多数、奴隷にして飼っていた獅子族との戦い。
虎牙族の大男との一騎打ち。
妙な技を使う猿人族との出会い。
端的に言えばたったこれだけの話ではあるが、実際は山あり谷あり、それはもう波乱万丈な一年半だった。
そして今現在。
「森、森、森……森ばっかだなぁ、おい」
俺たちは森の中をひたすら進んでいた。
「シンドイかい? 悪いね、あともうちょっとでこの森も抜ける予定だから、それまでの辛抱だよ」
「いや、別にシンドイってわけじゃねぇんだけどな。これぐらいだったら」
「イグナートさん……それ、本当ですか?」
「おう。持ちにくいは持ちにくいが」
「貴様はなんというか、つくづくバケモノという言葉が似合うな」
「おまえにだけは言われたくねぇよ」
頭上から聞こえてくる三人の声にそれぞれ返答する。
なぜ頭上かというと……。
「しかし、ホント悪いねぇ。馬車ごと運んでもらって」
「まあ今さら三人ぐらい加わったところで大した違いはないからな」
というわけだ。
つまり俺は今、三人を馬車ごと一緒に運んでいる。
ちなみに馬は一頭が狼牙族との戦いで殺され、二頭は獅子族のところに囚われていた人間の女たちを獣人の町まで送り返すために使った。もちろん馬車とセットだ。
だから現在、俺たちに残されたのはこの馬が存在しない馬車一台のみとなっている。
んでもってそもそも俺がなぜ馬車ごとこの三人を運んでいるかというと、それはこの森がちょい特殊な環境であるためだ。
軍隊蟻の森。
正式名称はわからないが、名付けるとしたらそんな感じだろう。
理由は言わずもがな。
そこら中に軍隊蟻っぽい直径五十センチぐらいの魔物がひしめいており、歩いただけで殺到してくるからだ。
そんな森の中を俺は硬化のアニマ使用、及び火魔法で足元を常に焼き払うことにより進んでいる。
でなければすぐにコイツらが足元から体へとよじ登ってくるからだ。
おかげでこの森を進んでいる間は常に足元から、昆虫を焼くような香ばしい匂いが立ち上っている。
うーん、非常に食欲を減衰させる匂いだ。
食料の節約になる。
「イグナートさん、森の終わりが見えてきましたよ」
「おお、とうとうか」
もう森は飽きたぜ。
軍隊蟻の森に入る前もずっと森続きだったからな。
そりゃ山とか谷とかよりはいいのかもしれないが、最近は軍隊蟻の森みたいに厄介な森も多かったから難易度的には似たようなもんだ。
「お、おお川だ……って、また森かよ」
やっと森が終わって川が見えたと思ったら、またさらにその先は森だった。
……まさかまた軍隊蟻みたいに厄介な魔物がいる森じゃねぇだろうな。
「一見、普通の森に見えますが……あ、下ろして頂いて大丈夫ですよイグナートさん。ありがとうございました」
三人それぞれが俺に礼を言ったあと、川の向こう側に渡り一旦そこで休憩に入った。
そしてしばらく休んだあと、今度は普通に見える森の中を進み始めた。
「あれだな、この森は普通っぽいな」
「そうだねぇ」
「大丈夫そうですね」
「うむ、特に違和は感じられない」
馬車を人力で引きながら進む俺の言葉に、周りを囲むように歩く三人がそれぞれ同意する。
「やっぱ何事もないのが一番だなぁ」
生命の森をひたすら真っ直ぐ進んでいた時はあまりに暇すぎて、最後の方では『魔物でもなんでも出てくればいいのに』とか血迷ったことを考えたりしたこともあったが、実際こうして波瀾万丈だと何事もないことを望む気持ちが前面に出る。
「おや、なんだいあれは?」
そんな風にボンヤリと考え事をしていると、スラシュの言葉で現実に引き戻された。
スラシュが見ている右斜め前方に視線を向けると、そこには不自然な形で森の開けた空間があった。




