第3話『共犯者たちの夜明け』
私ばっかり、結衣のことが好きなのに。
その言葉が、埃っぽい旧図書室の空気に溶けていくよりも早く、結衣の体は動いていた。
無意識のうちに手を伸ばし、泣き崩れそうになる玲奈の細い腕を強く掴む。そのまま彼女の体を、背後の古い本棚へと力任せに押し込んだ。
ガタン、と背表紙の焼けた全集が揺れ、微かな埃が舞い上がる。
「……結衣?」
突然の乱暴な振る舞いに、玲奈が驚いたように目を丸くする。涙に濡れた長いまつ毛が震えていた。
「ずるいのは、玲奈の方だよ」
結衣の声は、自分でも驚くほど低く、ひどく掠れていた。
何ヶ月も、いや、玲奈とこの部屋で過ごすようになってからずっと、心の奥底に何重にも鍵をかけて閉じ込めていた真っ黒な感情。それが今、音を立てて決壊していくのがわかった。
「私が平気なわけないじゃん。あの男が玲奈に触れようとした時、本当はあいつの腕をへし折ってやりたいくらい腹が立った。他の奴らが玲奈を気安く呼ぶのも、玲奈が誰かにあの一張羅の笑顔を向けるのも、全部……全部、頭がおかしくなりそうなくらい嫌だった」
息継ぎも忘れて一気にまくし立てる結衣の言葉に、玲奈の表情からすっと怯えが消え、代わりに信じられないものを見るような、それでいてどこか期待に満ちた色が浮かび上がる。
「でも、言えるわけないじゃない。私はただの平凡な日陰者で、玲奈はみんなが憧れる完璧な生徒会長なんだから。私が『誰にも笑いかけるな』『誰にも触られるな』なんて我儘を言ったら、玲奈の完璧な世界を、私が壊してしまう」
結衣は掴んでいた玲奈の腕を離し、代わりにその青白いほど透き通った頬に両手を添えた。親指で、目尻から零れ落ちる涙を乱暴に拭う。
「だから、我慢してたのに。玲奈がここに来て、私に縋ってくれる時間だけがあれば、それでいいって言い聞かせてたのに……!」
「……壊してよ」
玲奈の唇から、甘く、熱を帯びた吐息のような声が漏れた。
「結衣になら、壊されてもいい。ううん、結衣に《《私のすべてをめちゃくちゃにしてほしい》》の。完璧な生徒会長なんて、結衣がいないと息もできない可哀想な私を隠すための、ただのハリボテだもの」
玲奈の白い両腕が、結衣の首にゆっくりと絡みつく。
今までの「疲れを癒すための抱擁」とは違う、明確な熱と、逃げ道を塞ぐような重い束縛を孕んだ接触。玲奈から漂うバニラの甘い匂いが、結衣の残された理性を容赦なく焼き焦がしていく。
「……後悔するよ。一度踏み込んだら、もう『ただの息継ぎの場所』じゃ済まなくなる。私、玲奈が思ってるよりずっと、独占欲強いから」
「望むところだよ。結衣が私を独り占めしてくれるなら、私はもう、他の誰に嫌われたってどうでもいい」
玲奈の瞳には、狂気にも似た深い愛情と、底知れぬ執着が渦巻いていた。
結衣は完全な敗北を悟った。この美しく、傲慢で、誰よりも脆い少女には、一生勝てない。そして同時に、自分もまた、彼女という存在なしではもう生きていけないところまで、とうに堕ちてしまっていたのだ。
結衣は観念したように目を伏せ、ゆっくりと顔を近づけ、玲奈の震える唇を塞いだ。
それは、ひどく不器用で、涙のしょっぱい味がして、けれど火傷しそうなほど熱い、初めての口づけだった。触れ合った唇からお互いの熱が流れ込み、重なり合った胸の奥で、二つの心臓が同じリズムで狂ったように警鐘を鳴らしている。
窓の外では、太陽が完全に沈みきり、深い夜の闇が旧図書室を包み込もうとしていた。
明日になれば、玲奈はまた完璧な生徒会長の仮面を被り、結衣は平凡な生徒として彼女を遠くから見つめるだろう。教室での二人は、決して交わることのない別世界の住人のままだ。
けれど、二人の間にはもう、誰にも侵すことのできない絶対的な共犯関係がある。
「ねえ、結衣」
息苦しさに唇を離した玲奈が、甘く蕩けるような声で結衣の耳元に囁く。
「明日は、昼休みもここに来てね。……私に、他の誰も触れられないくらい、いっぱい印をつけて」
結衣は何も答えず、ただ玲奈の細い体を抱き寄せ、その白い首筋にそっと顔を埋めた。
もはやどちらが依存し、どちらが支配しているのかなど、とうにわからない。ただ確かなのは、二人は共犯者として、このどうしようもなく甘く息苦しい地獄に、これからも共に沈んでいくということだけだった。
これまで読んで下さり、ありがとうございました!!
是非「君に本当の夜空を見せるため、私はたった一つの魔法に執着する。」
もご一読下さるとありがたいです!
それでは!!また次回作で!!




