第34話:大型イベント“屍たちの狂宴”
グリード内の自室。
“新しい部屋”であり、今はピカピカのシャワールームで――体を洗っていた。
ゆっくりと時間を掛けてシャワーを浴びる。
ほどよい温度であり、冷えた体が温まっていく。
たった今、今日のノルマのランク戦を終えた。
指を虚空で動かせば、メニューが表示される。
そこにあるお知らせを表示すれば――ランクアップを祝う定型文があった。
「……」
狂気のオフ会を乗り越え。
帝国ホテルのスィートで目覚めて。
至れりつくせりのもてなしを受けて、帰り際にカードを貰った。
差出人は、山城重工の社長夫人で……オリアナさんのお母様だ。
メッセージにはただ一言――“これからも娘と仲良くしてください”、だ。
言われずとも仲良くするつもりである。
が、メッセージは金の刺繍付きで。
明らかに金がかかったそれからは別の意図を感じた。
少しだけビビった。けど、これからのお付き合いに変化はない……多分。
オフ会後は、全員ともちょくちょくリアルで会う様になった。
島月さんと映画に行ったり、みっちゃんの買い物に付き合ったり。
コウちゃんと一緒にカジノ場へ行った事もあったな。
オリアナさんとはレストランで食事をしたり、俺の車でドライブして海を見に行ったりした。
中々に充実した日々。
友達が少ない俺としては、絵にかいたリア充生活だろう……が、それで満足は出来ない。
何故ならば、現在の俺はVtuberである。
そこそこに個人勢としては知名度が出て来た頃で。
配信による収益で、半額の総菜を買いあさる日々ともさよならだ。
此処からが正念場であり、グリードでの活躍によって――トップへと駆け上がる!
シャワーを止める。
そうして、シャワールームから出た。
床が自動で俺の体の濡れを検知して、一気に床下から温風が噴き上がる。
それにより体は乾いて、俺は指を動かして部屋着である“熱血Tシャツ”と短パンに一瞬で着替える。
パタパタとスリッパを鳴らして歩いて、ベッドの縁に腰を下ろした……だが、まだ遠いな。
「ランクは一気に上がったけど……まだ、Cランク……最低でもBまで……最終的にはSだけど」
最低ランクの昇格の為の特種任務から中々にハードだった。
中でもCランクの特殊任務では、三十機の高機動タイプの無人機との戦闘を強いられた。
それも、暴風による視界不良の中で、海上での任務だ。
15分間、一切のダメージを負う事無く敵をその場に留めておくように指示された。
相手はビット兵器を多様する上に、迷いなく死角から攻めて来る。
所謂、陽動系の任務であり、癖があるとすれば適度に攻撃をしなければすぐに敵は戦線を離脱していくところだろうか。
そうなれば、任務は失敗であり、昇格も一から振り出しだ。
大変ではあった。が、問題なくやり遂げた。
「Aまで上がれば、いよいよ公式戦にも……いや、今の時点でも公式戦には出れるか」
出ても良い。
経験を積む意味では出た方が良いだろう。
でも、公式戦に出るよりもやりたい事は沢山ある。
その一つが――“ワールド”に本格的に参戦する事だ。
主に三大勢力の戦争に加わったり、イベントを進めて行く。
勿論、三大勢力以外とも関りを持つけどね。
今までも多くの陣営から依頼は飛んできていた。
が、それらは無視していた状態だ。
何故ならば、ランクを上げる事が先だったからだ。
……今なら、問題ないね。
何処の陣営に所属するとかではない。
溜まった依頼を消化していくだけだ。
中には、期限が切れているものもあったが。
それを除いても、50件は依頼がある。
俺自身は毎日がフリーみたいなものだが。
世間では今日から5連休だ。
グリード内でも二月ほど前に発表された大型イベントが今日から全世界で同時開催される。
予想では、十万を優に超える新規勢がログインし。
サーバーの増設はあるが、それでも不具合の発生による緊急メンテがあるのではないかとさえ心配されていた。
まぁ万が一にも、グリードで緊急メンテが発生する心配は無いだろう。
過去にも大型イベントはあったらしいが、そんな事例は無かった筈だ。
心配するとすれば、新規勢が古参プレイヤーに目をつけられて。
手厚い歓迎を受けないかどうかだ。
別にいじめのように執拗に狙ってくる事は少ないだろう。
逆であり、アドバイスに協力プレイなど。
積極的に最初の内は助けてくれる筈だ。
タイタングリードでは玄人たちが異様に新規勢に対して優しいからな。
が、彼らには明確な目的がある。
それは育てた傭兵と全力で――死闘する事だ。
彼らは自分たちを殺せるほどの強者を常に求めている。
命を懸けた闘争こそが、タイタンシリーズの傭兵にとって最も重要な要素だ。
相手が強ければ強いほどに燃える人間が多く。
例えそれで、育てた人間が自分たちを超えたとしても、彼らは笑顔で――もっと強くなろうとする。
正解なんて無い。
狂気の中でこそ、求める強さが得られる。
狂えば狂うほどに、常識を超えた力が得られる――それがタイタンシリーズだ。
「……ふっ」
まぁいいさ。
新たな傭兵たちは歓迎する。
例え、彼らが最終的に心が折れたとしても。
残る傭兵は絶対にいるんだ。
育成は他の傭兵に任せて、俺はイベントに全力で臨もう。
そう、大型イベント――“屍たちの狂宴”にな。
公式が発表した設定では、過去の大戦によって死んだ筈の歴戦のメック乗りたち。
機体を棺として眠りについた彼らが、何の因果か蘇り。
本能のままに、ワールド内の全てを破壊し殺し尽くそうとしている。
傭兵協会はこの事態を重く受け止めた。
彼らは緊急事態を宣言し、多くの傭兵たちに対して未確認敵対勢力――“リビングデッド”の掃討を依頼した……だったか。
イベント限定のランキングも導入し。
多くの傭兵たちがリビングデッドの討伐ポイントをこれから集めていく。
単純な計算では、雑魚であれば1ポイント。
隊長クラスと呼ばれるような強さのエネミーであれば50ポイント。
ボスと呼べるような敵は300ポイントで、他にもレアエネミーも存在している。
噂では一体で、軽く1000ポイント以上が得られる存在もいるらしい。
他にも、リビングデッドの討伐によってドロップする素材もおいしい。
イベント限定の新素材であり、武器の製造やメックの開発においても重要らしい。
レアなものになれば、ドロップ率はかなり低く。
グリード内に存在するトレーダーたちも高値で取引しているらしい。
何故、大型イベント中に協会からの依頼ではなく。
組織からの依頼を受けるのか。
それには理由があり、“協会だけの依頼”を受けてリビングデッドの討伐に行くよりも。
組織からの依頼を受けて領域内で活動する方がはるかに効率が良いからだ。
何故ならば、傭兵協会はあくまで討伐の依頼を出すだけで。
その土地を支配する勢力が許可を出さない限りは、その領域内で自由に戦闘する事は出来ない。
つまり、制限を受けた状態での戦闘になり、効率よく獲物を狩る事が出来ないのだ。
因みに、自由探索領域内にもリビングデッドは発生する。
しかし、自由探索領域内のリビングデッドたちは恐らく新規勢たちの狩り場となってしまうだろう。
自由探索領域内では、制限が無いからこそ時間の許す限り狩りが行える。
メリットは十分に存在するが、自由な狩り場はそれだけ同業者が多いからねぇ。
傭兵協会の依頼は受ける。
そして、それと同時に組織からの依頼を受ける。
これこそが、ある一定のランクに到達した傭兵たちにとって、最も効率のいい狩りだろう。
更に言えば、組織は組織で、腕の立つ傭兵を一人でも多く雇い。
より多くのエネミーを討伐させて、自分たちの陣営のポイントを稼ぎたいのだ。
だからこそ、金払いも良くなっている上に。
予測のつかない新規勢を無駄に警戒する心配もないのだ。
今回の大型イベントでは、個人のランキングと組織のランキングの二つが存在する。
俺は個人としてより多くのエネミーを狩りたい。
三大勢力を筆頭に多くの組織が可能な限り上位のランクに入る事を目指す。
何方のランキングにも報酬が存在するが。
ランキング100位内に入れば、その報酬も目玉が飛び出るほどに美味い。
資金だけでもかなりの額で。
希少なアイテムや高級ショップで使える引換券など。
素人が見ても涎を垂らすほどのラインナップで……ぐへへ。
まぁイベント期間中でも、組織同士の争いは発生するだろう。
特に、三大勢力はこのイベントを利用した計画を発表時点で立てているかもしれない。
リビングデッドは闘争本能の塊のような存在だが。
どうにもPVを見る限り組織的な動きをする節がある。
始まったばかりで何とも言えないが、あまりリングデッドを放置すれば……当然ながら、領地の支配権は奪われる。
運営からの説明では、領地が一時的にでもリビングデッドたちに奪われれば。
敵の攻勢は強まり、そこを起点としてより多くのリビングデッドが周辺の領域へと侵攻していくらしい。
三大勢力はその習性を利用し、リビングデッドたちを使って敵陣営を壊滅させようとしているとか。
噂だとは思ったが、実際に俺の元に届いた依頼の中には……まぁ、うん。
やるかやらないかで言えば――やるかもしれない。
これはゲームで、俺は傭兵だ。
別にどこかの陣営に肩入れしている訳でもない。
だからこそ、メリットがあるのならば依頼は受ける。
それがタイタンシリーズの基本的な傭兵の立ち回りだからだ。
……それに、ランキングでトップをとれば……例のあれが出るかもしれないしな。
それは公式からの発表が無い敵についての噂が関係している。
PVでも存在は明記されておらず。
情報と呼べる情報はほとんど無かったが。
三か月前の運営の広報担当の呟きが関係している。
――“不滅ノ王ハ魂ノ解放ヲ、破壊ノ権化ハ骸ノ城デ頂キヲ”――
呟きは一時間ほどで削除されたが。
運営からは特に謝罪も説明も無かった。
だからこそ、その呟きは最初こそ多くの人間が考察していた。
大型イベントが発表されて、登場する敵に関しての一部の情報が出回れば――ある考察が有力視された。
【不滅の王、つまり、不死の王って事ならさ……リビングデッドたちに明確な支配者が存在するんじゃないの?】
つまり、だ。
このイベントには隠された何かがある。
多くの人間が考察していたが。
恐らくは最も多くのリビングデッドを倒す事が出来れば……王とやらが現れるのか。
分からないが、確実に王なんて呼ばれる存在ならば――強いだろうな!
想像を絶する絶望に、理不尽の塊のような強さ。
絶対に勝てないと思わせるような存在であり……俺が求める敵だ。
戦いたい。
戦って――勝ちたい。
命を懸けた全力の戦いで、死力を尽くしてやり合うんだ。
一分一秒たりとも気が抜けず。
一撃でも貰えばそれで終わりと思えるほどの緊張感。
考えただけでぞっとする。
髪の毛が全部抜けるのではないかと思える特大のストレスで――たまらない。
あぁ、楽しみだ。
楽しみで楽しみで仕方がない!
依頼のほとんども不死の軍勢の掃討だ。
全ての陣営が自分たちの領地を優先的に守るようにと。
どの依頼も報酬はばかうまだ。
新規のプレイヤーたちも参加しやすいように、三大勢力以外も依頼を出している。
誰しもがこのイベントにワクワクしていた。
イベント限定の新しい素材も追加されて、それで作る武器や機体はきっと素晴らしいものになるだろう。
竜一自身も、それらの素材で新たな武装の構想を練っていて、俺の機体のアップデートも考えてくれていた。
リリアンさん……いや、オリアナさんもそうだ。
彼女自身も、新素材はどうしても欲しいらしい。
中でも、ドロップ確率が低いものは優先的に集めに行くと言っていた。
トレーダーたちも動く可能性は大であり、市場の流れも加速するだろう。
誰しもが行動を起こしている。
イベントは午前8時の時点で開始されて……現在は、午前9時か。
俺は乗り遅れた事になる。
が、そんな事は問題じゃない。
俺には切り札となる新兵装――“ハルマゲドン”がある。
竜一が新たに作り出したものだ。
それは、かつて都市一つを消滅させたロストウェポンをベースに作ったもので。
アイツからの説明で、どのような結果になるかは大体想像できた。
確実に言える事があれば……絶対に、“悪い意味”で運営に目を付けられる、ってとこか?
都市一つを一瞬で消し去るようなものではない。
使う場面は限られている上に、タイミングもかなり難しいだろう。
全ての条件さえ揃えば、かなり……いや、とんでもない戦果を生み出せるがな。
かなり、ピーキーなものだ。
奴の構想によって、使い辛さも少しは緩和されているが。
俺のセンスが問われるもので……アイツらしいよ。
『ま! お前なら使えるだろうよ。信頼してっからさ! はは!』
「……ふっ」
俺は思い出して笑う。
昔からそうであり、凄いものを作ったとしても。
最後は俺たちの腕を信じてくれていた。
どんなにピーキーで、どんなに難しいものだったとしても。
アイツは少しの不安も心配も無かった。
全幅の信頼を置いて……アイツらしいな。
竜一も、アイツも……だったら、応えるしかねぇよ。
「……うし! 行くか!」
準備は整った。
ハルマゲドンの使用はまだ先だが。
今はとにかく、少しでも多くポイントを稼ぐ。
そして、可能な限り強い敵を倒してレアなアイテムもゲットしていく。
リリアンさんと竜一の為であり――俺はパイロットスーツに着替える。
手には新調したバイザー付きの白いメットがある。
パイロットスーツも白を基調としている。
新たな装いであり、これで俺はVtuber……いや、傭兵の根黒万太郎として配信する。
「ランキングを上げる、配信も盛り上げる……両方やるのは大変だが――やってやるさ」
俺は両手でメットを掴み、頭に装着する。
側面のボタンを押せば、バイザーが展開された。
俺は立ち上がり、扉へと歩いていく。
扉は開かれて、俺は大型イベントへと――参戦する。




