第33話:奇跡の勝者(☆)
「……お待たせしました」
「いえいえ」
「ふ、ふ♡」
「……ぅ」
三者三様の反応だ。
が、俺は気にしない。
そのまま小さなテーブルの横を通り過ぎようとし――照明が消えた。
「「「……!」」」
全員が狼狽える。
が、俺はその隙にテーブルにあるものを――拝借する。
次の瞬間には、電気が再びついた。
みっちゃんたちは周りを見ていた。
オリアナさんだけが俺の方をジッと見ている。
俺は動揺したように装いながら、そのまま席へと戻っていった。
徐に鞄を掴み、中身を漁る。
そうして、探し物が無いように装い、そのまま鞄を開けた状態で机の上に置いた。
俺は自らのポケットを調べて――端末を出す。
「あ! あったあった。えっと時間は……もう9時かぁ。早いなぁ」
《……加賀様、ゲームを再開してもよろしいですか》
「え? あ、あぁ! すみません……それじゃ、再開しますね!」
「えぇ、お願いします」
俺は端末を裏向きにした状態で机に置く。
そうして、目の前に並ぶカードに手を伸ばす。
あの机の上から拝借したものは既に別のポケットに隠しておいた。
後は二回目を待つだけで――
#
手番は巡っていき、残りカード枚数――50枚。
「……ぅ、ぅぅ……」
「……ぅ、ぁ……」
此処まで粘っていたコウちゃんとみっちゃんだが。
コウちゃんは既に眠りにつき、みっちゃんも机に突っ伏していた。
みっちゃんのショット回数は6回で、コウちゃんは7回だ。
よく耐えた方だと思う。が、もうダメであり……此処からだ。
「……っ」
「加賀様、お疲れのようですね。どうぞ、横になってお休みください。朝になれば――全てが終わっていますよ」
オリアナさんは微笑む。
彼女を見つめていれば、彼女の姿が三重に見えていた。
俺自身も、ショットは回避しようと思ったが……無理だった。
既にスリーショットを決めていた。
睡魔に襲われており、気を抜けば意識は飛んでいってしまいそうだ。
根性で耐えているだけであり、俺は彼女を警戒する。
みっちゃんとコウちゃんの獲得枚数は24枚。
オリアナさんは72枚で、俺は42枚だ。
脱落した島月さんが8枚で……クソ。
17巡目が終わり、散々な結果だ。
それもその筈であり、オリアナさんが本気を出してきた。
8巡目では一組で終わらせていたところを。
彼女は次から二組を取るようになった。
最後では三組も取っていき、完全に仕留めに来ていた。
それも、俺が記憶できていた簡単なものを優先的に取っていくのだ。
結果、俺は三回連続でショットを決めて、みっちゃんたちもアルコールとショットの影響で集中力を失ってしまった。
非常にまずい。危険な状態だ。
このままでは脱落してしまう……いや、まだだ。
残り枚数50枚。
カードも歯抜けの状態で――勝負を決めるのなら、此処だッ!!
オリアナさんの手番となる。
彼女はカードを取ろうとする。
一枚目を捲り、次のカードを選ぼうとし――声が響く。
「4番ルーム、3名様! チャーシュー麺、5人前です!!」
「……これに――!」
彼女が手を伸ばす。
が、俺も同時に手を伸ばす。
瞬間、互いの手は一枚のカードの上で止まった。
「何のつもりでしょうか?」
「――ダウト、だよ」
俺は笑う。
瞬間、サンが俺に告発の内容を聞いて来る。
「告発の内容は――協力者によるカードの位置の特定だよ」
「……協力者? そのような存在はいませんよ。やはり、疲れているのでしょうか。ふふ」
「いや、いるよ。彼女の協力者は、店の従業員……いや、それに扮した彼女の身内だろうね」
「……証拠は?」
オリアナさんが目を細めて薄い笑みを浮かべる。
俺はすかさず端末を取り、録音データの一部を再生する。
《4番ルーム、3名様! チャーシュー麺、5人前です!!》
「……? これが、何か? 注文を伝えているだけでは……?」
「あぁ普通はそう思うよ。現にメニュー表を調べたら、ちゃんとそのメニューは存在している」
「でしたら、この告発には意味など」
「――そう、日付が書かれた写真付きでね」
「……何がおっしゃりたいのですか」
俺は足元のメニュー表を取り出す。
そうして、それをオリアナさんに見えるように開ける。
チャーシュー麺は8ページ目の2行目に書かれている。
が、重要なのは写真が掲載されている事だ。
俺は小さく書かれた曜日付きの日付を指で示す。
「此処には2056年の8月18日金曜日と書かれているよね……これこそが、君に対して正しいペアを示す暗号さ」
「……ふふ、そうなのですか? 私にはさっぱり分かりませんが……他でもない貴方様の推理であればお聞きしましょう」
オリアナさんは余裕そうに微笑む。
俺はたらりと汗を流しながらも自らの考えを伝える。
「先ず、店員さんが言っていた部屋の番号。これは、それぞれを区切る部分。いわば、“数字の部屋”を指しているんだ。1番であれば年の個所を、2番であれば月を、3なら日で、4なら曜日だ。だけど、今までの店員さんの声から1は出てきていない。だからこそ、2から3こそが――カードの縦列の何番かを示すものなんだ」
「……つまり、2番でメニューの写真が5月なら、縦から5番目。3で日付で、そうですね……7日なら7番目といいたいのでしょうか……ですが、それなら曜日はどう説明を?」
「それは簡単な事だよ。月曜から日曜までを数字に変換すればいいだけさ。単純だよ。暗号を解くまでが面倒だけどね」
「……では、横は? どう考えても、3と5の数字ではつじつまが合いませんよ?」
オリアナさんはにやりと笑う。
恐らく、単純な計算では辿り着けない。
が、老紳士は日付が重要だと念押ししていた……つまり、だ。
「人数と何人前かのコールは、決まって上限は8。それ以上は存在しない。何故なら――いらないからだ」
「……ふふ」
「3名と5人も、人間としての数え方。つまり、それら自体には何の仕掛けも無い。単純にそれらは、どこの順番かを示す数字でしかないんだ……つまり、この日付の3番目と5番目、5と8で……足せば、13……つまり、今、君が取ろうとしたカードだ」
「……」
オリアナさんは沈黙する。
が、俺は畳みかけるように言葉を吐き続けた。
「お手洗いから帰ってから、全ての記録は取っておいたよ。少し焦ったのは、単純な足し引きだけじゃなく。掛ける事も割る事もしていたことだけどね。でも、そういう時は決まってコールの仕方が異なっていた……例えば、コールをする時の順番を変えたり、ね」
「……!」
俺は一つずつ再生し、答えを提示し。
彼女が取っていったカードの場所を指し示す。
全て覚えており、記憶に残していた。
写真は撮っていない。が、この場には俺以外にもサンや黒服たちもいる。
彼らが全員、彼女に買収されていたのならそれで終わりだが……それだけはあり得ない。
何故なら、彼女もゲームが大好きな人間で。
イカサマはしても、一方的なゲームなんて絶対にしないだろう。
ゲーマーならば、99パーセントの理不尽は愛せても。
100パーセントの不可能だけは許せない。
そういう人間であり――サンは頷く。
《……オリアナ様。私の記憶でも、加賀様の申してくれたカードの位置は、確かに貴方様がお取りになったカードの位置と一致します……異議申し立てはありますか?》
「……ふ、ふふふ……いえ、ありませんわ。完璧なほどに――見抜かれてしまいました」
彼女は微笑む。
瞬間、待機していた黒服は何処かに連絡をする。
すると、廊下の方で女の人の慌てる声が聞こえて来た……これで、第一段階だ。
別の黒服が彼女のグラスにドリンクを注ぐ。
彼女はそれを両手で掴み、一気に飲んだ。
「……っ♡ ふふ、美味しいですね」
「……っ」
まだたったの一杯。
思考能力は落ちても、優秀な彼女なら十分だろう。
《それでは、不正を見抜いた加賀様には――10枚を進呈します》
「……よ、し!」
俺の総枚数はこれで52枚。
が、オリアナさんとの差は歴然だった。
彼女はそのまま自分の手番だからと、取ろうとしていたカードを捲る。
すると、そのカードはやはりペアのカードだった。
彼女は手を動かし、そのまま別のカードを捲っていき……失敗か。
「ふふ、それではお次を……あら」
「ぅ、ぅ、ふ……っ」
今にも眠ってしまいそうなみっちゃん。
彼女の体は揺れていて、手は震えていた。
が、何とか最後の力を振り絞って彼女はカードを捲ろうとし――体が倒れる。
「「……!」」
瞬間、何枚かのカードが捲れる。
俺はそれよりもみっちゃんの方へと駆け寄っていった。
彼女の体を抱き寄せて、顔を確認すれば……寝ている。
「……ん」
「……良かった……でも、これじゃ……」
みっちゃんは眠ってしまった。
俺はゆっくりと彼女を仰向けにする。
そうして、後の事は黒服の方に任せた。
《みっちゃん様――失格です》
「……サンさん。このカードは、どうなるんですか?」
俺は敢えて聞く。
次の順番はコウちゃんだが、コウちゃんは既に眠りについていた。
続行は不可能であり、自然と俺の手番となる。
既に十枚以上が見えていて、これでは完全に俺が有利だ。
命がけの戦いではあるが、フェアにいきたい。
そういうつもりで聞けば――オリアナさんは笑みを浮かべた。
「どうぞ、引いてください。これはゲームです。アクシデントでさえも、ゲームを盛り上げる要素ですよ」
「……後で後悔しても遅いからね」
「ふふ、さて、後悔をするのは私でしょうか?」
彼女は微笑む。
俺はそのまま席に戻る。
そのタイミングでコウちゃんの失格が宣告された。
俺の手番となれば、10枚以上のカードは戻される事も無く固定されていた。
俺はそれを見て、ペアになっているものを優先的に取っていく。
取って、取って、取って取って――
「……中々に、いい勝負、ですね……ふふ♡」
「あぁ全くだよ……は、はは」
彼女は呼吸を乱しながらも笑う。
俺も目を閉じながら、小さく微笑んだ。
場に残ったカードは――10枚だ。
ラッキータイムによって俺は16枚のカードを獲得。
そこからはワンショットもありながらも、カードを獲得していき。
互いのカード枚数は、俺が80枚。オリアナさん92枚だ。
俺は自らの分析力をフルに使って何とか1組を完成させていき、追加のショットは一回に留めた。
オリアナさんは果敢に2組を取っていき3組を獲得した瞬間もあったが。
攻め急ぐが故にミスも目立ち、合計で二回のショットを決めていた。
次はオリアナさんの手番。
現在の持ち札の数であれば、確実に俺は負けるだろう。
彼女のミスを狙うのもいい。
が、彼女が失敗する姿が――想像できない。
彼女は微笑む。
そうして、呼吸を乱しながらも札に手を伸ばし――俺は机の下で合図を送った。
「……!!」
瞬間、またしても照明が落ちた。
俺は瞬時に手を全力で動かす。
汗を指で拭い、ポケットからあるものを出し。
カードを動かして、僅かに布の擦れる音が響き――再び照明がつく。
「…………なるほど、お父様、ですか……全く……ふ、ふふ」
「……さぁオリアナさん――引きなよ」
俺は彼女に行動を促す。
すると、彼女は静かに頷き、カードに手を伸ばし――捲った。
1枚目を捲り、続いて2枚目を捲り――揃う。
「加賀様、いえ、ホワイトレコード様……やはり、貴方は素晴らしい方でした」
「……どうも」
彼女は続いて3枚目を捲り、4枚目を捲って――また、揃った。
「だからこそ、このような結末は私自身認めたくありません。貴方なら、どんな逆境であろうとも……ですが、認める他ありません。今宵、貴方様は――私に敗北する」
5枚目を捲り、6枚目を捲って――揃う。
「……随分と、運が良いんだね」
「ふふ、幸運の女神が微笑んでいる……信じられないのなら、ダウトを宣言してくださいね?」
「自身ありってか。はは――でも、断るよ」
俺はきっぱりと断った。
すると、彼女は小さくため息を吐き――ペアを揃えた。
「さぁ残すカードは2枚。何が残っているかは――分かりますね?」
「……いや、まだ、分からないよ。捲ってみたら?」
俺は彼女を挑発する。
すると、彼女は微笑みながらカードに手を伸ばし――
「サン、質問があります。一度捲ったカードが――不正に加えられたカードの場合、どうなりますか?」
《……不正を行った人間が分かれば、ダウトを宣言してください。正解であれば、ルール通りに進行し、実際に捲る筈だったカードが不正な品であれば手番の消費はありません。が、分からない場合は、カードを捲った時点でそれらは除外。手番は失います》
「――と、いう訳です。ですので――ダウト♡」
彼女はにこりと笑う。
ダウトの宣言に対して俺はたらりと汗を流す。
瞬間、サンが告発の内容を聞く前に――彼女がカードを掴んだ。
「加賀様、このような仕掛けを施すなんて――悪いお人ですね」
「……!」
彼女はそう言って、爪でカードを――“剥がす”。
一枚のカードだと思わせたものは実際には2枚。
彼女は裏を向けたまま2枚を置き、続いてもう1枚の方にも手を伸ばす。
それも、彼女の力によって簡単にはがされた。
彼女は微笑みながら、片割れを掴んでオープンする。
それらの絵柄は、どれも最初の黒服の方たちが使っていたものに酷似していた。
「サン、これらは不正な品であっていますか?」
《――確認しました。不正なもので間違いございません。そして、証拠は加賀様の指紋ですね?》
「……!」
「ふふ、えぇ、そうです。タイミングは停電直後、残された指紋は――カードに残されています」
その発言と同時に、扉を開けて別の黒服たちが入って来る。
彼らは白い手袋を嵌めていて、専用の道具でカードを調べる。
そうして、何かの資料を確認し――黒服が頷く。
《調査の結果――加賀様が不正を行った人物であると結果が出ました。よって、ペナルティとオリアナ様へのカードの進呈を行います》
「く、ぅ!」
彼女には追加の10枚が。
そして、俺にはドリンクが注がれる……まだだ。
まだ、倒れる訳にはいかない。
此処で負ければ、全てが無駄になる。
俺は何とか勇気を振りしぼり――飲み干す。
「ぅ!」
瞬間、どっと眠気が襲ってきた。
意識は完全に千切れかけていた。
一瞬で気を失いそうであり――唇を噛み切る。
鋭い痛みが走り、口内に血の味が広がった。
噴き出した血が口から少し垂れていた。
痛みによって何とか意識を保つ俺。
すると、オリアナさんが――悲し気な声を出す。
「……そこまで……嫌ですか」
「あぁ嫌だよ。絶対に、死んでも嫌だね」
「……っ」
彼女は唇をきゅっと噛む。
俺は血を垂らしながら笑みを浮かべる。
「間違いで結んだ関係なんて――真実の愛じゃない、からね!」
「……!」
俺は血を拭う。
そうして、ゲームを続けようと彼女を促す。
彼女は目を丸くしていたが、すぐに微笑み。
1枚目を捲る。すると、当然ながら、それは――ジョーカーだ。
書かれている絵柄は、俺の愛機であったフライハイトに似ている。
切り札なんて中々に味な真似だ。
そう思っていれば、彼女はもう1枚に触れる。
それを捲れば、全てが終わる。
勝者と敗者が決まり、ゲームに幕は閉じる。
俺は心臓をどくどくと鼓動させながら、彼女の動きを見つめて――
「――なぁんちゃって♡」
「……ぁ?」
彼女は捲るのを辞めた。
そうして、再び――ダウトを宣言する。
「サン、このカードは――不正です」
「……!」
《……なるほど。まだ、存在していたのですか……では、オープン!》
サンの言葉と共にカードは開かれた。
すると、その絵柄は――醜い豚だった。
《――不正であると断定。調べなさい》
残っていた黒服たちが調べる。
結果は当然ながら俺のクロで――ドリンクが注がれる。
「……く、そ」
「ふふ、何故、分かったのか。そうお思いですね? ならば、特別に――種を明かしましょう」
彼女はそう言って、自らの目に触れる。
瞬間、彼女の目は――色を変えた。
「……! それは」
「えぇ、これは――義眼です」
機械的な色になった目。
義眼であり、機械化された目だった。
つまり、今までの失敗も、それまでの仕込みも――全てフェイク。
《オリアナ様。自ら種を明かされたのであれば……よろしいのですね》
「えぇ、当然――ワンショットですね」
彼女は微笑む。
そうして、彼女のグラスにもドリンクが注がれる。
彼女はグラスを両手で持ち、目の前に掲げる。
微笑んでいる。が、その目はギラギラとしていた。
野生の目、獣の目だ。
獲物を前にして涎を垂らしている。
そういう類の危険な目で……俺は震える手でグラスを持つ。
「それでは、真実の愛というものを得る為に――乾杯♡」
「ふ、ふ、か、かん、ぱ、ぃ」
互いにグラスを軽く当てた。
そうして、中身を呷る。
瞬間、今までの比ではない眠気が俺を襲ってきた。
俺は一瞬で意識が持って行かれそうに、な、り――――…………
○
「……終わり、ですね」
「……」
加賀様は……いえ、ホワイトレコード様は眠りについた。
机の上に倒れて、そのまま静かになった。
私はこのような形で手に入れてしまった勝利に悲しみを覚える。
誰であろうとも夢に見た勝利。
生身であろうとも、私よりも遥かに格上のこの方に勝てたのだ。
普通なら泣いて喜ぶべき瞬間なのに……でも、構いません。
他のケダモノたちを出し抜いた。
そして、私こそがこの方にもっとも相応しいパートナーであることを――証明した。
他の誰でもない。
私こそがホワイトレコード様の隣に立つに相応しい伴侶。
死ぬほど焦がれた席であり、この後はそのまま私たちを待っているお母様の元へと……ふふ。
《……オリアナ様。ゲームの続きを》
「あら? その必要はもう……いえ、そうね。途中で投げ出すのは……真のゲーマーではないわね」
私は納得し、そのまま彼が隠した――鞄の下のカードを取る。
上手く隠したつもりでしょう。
彼の作戦は、不正に入手した2枚をジョーカーの下につける事。
が、実際にはカードは3枚入手していて。
1枚だけを私の近くにあるジョーカーに被せて偽装。
残り2枚を繋げる事で、罠を仕掛けていた。
そのまま油断した私を嵌めて、不正のカードを捲らせる。
その瞬間に、私は手番を失い。
彼は何食わぬ顔で、カードが鞄の下に入っていたと嘘をつく。
勿論、ワンショットのリスクはあった。
が、確実にその手番で勝つ事が出来ていただろう。
「肉を切らせて骨を断つ……流石です。でも、私には、一歩――届きませんでした」
サンが何かを言っている。
が、私の耳にそれは届かない。
不正も、何もかも、どうでもいい。
今はただ、このカードを捲り、全てを終わらせたい。
勝利を掴み。
臨んだ席を手に入れて、私は誰よりも早く幸せになるんだ。
「あぁ、ホワイトレコード様。きっと、私は、貴方様に相応しい存在に――」
私はゆっくりとカードを捲る。
そうして、書かれている栄光のフライハイトを、この目で――手が止まる。
「………………ぇ」
捲られたカード。
そのカードは――――“胡散臭い顔のキツネ”だ。
「え、ぁ、ぇ、ぃ、ぁ、どう、し……ぇ?」
《……どうやら、それは“間違って混入したもの”のようですね》
「ちが!? これは不正に!!」
《――例えそうであっても、貴方は宣言しなかった。それが全てです》
「……っ! だったら、カードは、ジョーカーは何処に!? 加賀様!!」
「……」
激しく混乱した。
が、彼は答えない。
サンは私の手番は終わったと加賀様に繋ぐ……いや、まだよ。
加賀様は完全に眠っている。
あの状態から目覚める事は不可能。
外部からの刺激でもない限り、絶対に彼が起きる事は――気づいた。
彼の頭の位置。
いえ、精確には耳の辺りに――端末が置かれていた。
何故、そこに、いやどうして――タイマーが見える。
「……まず!」
私は動く。
が、僅かな差で――タイマーが起動。
瞬間――凄まじい爆音で下手な歌声が部屋中に響き渡る。
《ぼえぼえぼぇぇぇぇああぼえぇぇぇ!!!!!》
「う、ぁああ!? な、に、これはぁ!!?」
私は思わず両耳を塞ぐ。
眠っていた人たちも苦しそうに呻き声を上げていた。
私はハッとして加賀様を見る。
すると、彼はゆっくりと体を起き上がらせて――鞄の中に手を入れた。
「――予想、していた」
「え!?」
「君は、俺が会った人間の中でも、トップクラスに優秀な人間だ」
彼は私を褒める。
気づけば、殺人級の歌声は止まっていた。
鞄の中を探る彼、取り出したのは――小さなポーチだ。
「それ、は……! まさか!?」
「優秀である君が、無策のまま、この戦いに望む筈がない。一手潰されても――二手、三手を用意している筈だ」
彼は告げる。
もしも、カードの内容が分かるとすれば。
それは機械的な何かを使ったトリックであると。
「可能性は低かったよ。でも、みっちゃんの時と同じように――電波による特定以外に考えられない」
「……中から、カードが!?」
彼はポーチを開ける。
瞬間、薄っすらと見えていたカードの電波が一気に解放される。
車のスマートキーや端末の電波の漏洩を防ぐ目的で開発された特殊防波バック。
ハッキングによるサイバー犯罪。
中でも、リレーによって車が盗難されないように作られたもの。
その特性は中にある電子機器の電波を外部に漏らさない為のもの……なるほど。
「鞄の下にあったカード。その電波が完全に見えず。混ざり合ったように見えたのは、それのせいでしたか……ふ、ふふ、ははは!」
「……やっぱり、君は優秀だ。こんな事でもしなければ、知恵比べでは君には勝てなかっただろうさ……だからこそ、伝えるよ――ありがとう」
彼はカードを掴む。
そうして、天へと掲げた。
「君との戦争は最高に――楽しかったよッ!!!」
「……!」
彼はそう宣言し、カードを机に叩きつける。
掌をどければ、そこには――フライハイトの絵が。
《……! おぉ、おぉ! 素晴らしい!! 今宵の神経衰弱。その決め手は、ラストのジョーカーの成立!!! よって、ゲームの勝者は――加賀芳次様となります!!!》
「うぅ、おぉぉぉぉぉ!!!!」
彼は両手を天高く掲げる。
その姿は雄々しく、どんな英雄よりも輝いていて――彼の腕がだらりと下がる。
「……加賀様? 加賀様……まさか」
私はふらふらしながも立ち上がる。
そうして、彼の顔を確認して……立ったまま、気絶している。
「――」
「……凄い。流石……いえ、想像を遥かに超えていました」
私は微笑む。
自然と笑みが浮かんでくる。
私は負けた。
最高の結果を得られなかったのに……無性に嬉しい。
清々しい敗北。
こんなにも気持ちよく負けられる日が来ようとは。
私は小さく息を吐き……扉が開かれた。
「……! お母様。それと……お父様?」
「……負けたのね。それも逆転されて」
「……お、オリアナ、す、すまない。ぱ、パパを、ゆるして……ひぃ」
お母様は持っていたセンスをぱたりと閉じる。
顔中がぼこぼこになっているお父様は怯えた声を出していた。
秘書であるキミエは黙ったままで……。
「……帰りますよ」
「……! いいのですか? 私は負けて……」
「ふっ、山城の女は一度の敗北で諦めるのですか? 違うでしょう――リベンジなさい」
「……! はい!」
「……キミエ、ご友人の方々の送迎は任せます。特に、婿殿は丁重に帝王ホテルのスィートへ」
「かしこまりました」
「え? べ、別にカプセルホテルでも」
「――では、アナタは今日はそこで反省してください」
「えぇぇ!? そ、それは……はぃ」
お母様は踵を返す。
そうして、三人は先に外へと行ってしまった。
サンもいつの間にか消えていて、私も言われた通り帰ろうとし――加賀様に近づく。
ゆっくりと顔を近づける。
そして、頬に唇を……私はそのまま小走りに去る。
「……ふふ」
何時の日か、リベンジを――山城の女は諦めない。




