ツンデレ令嬢愛を叫ぶ
セシリア・エヴァンローズの頭の中は、その瞬間、完全に大惨事だった。
――君が俺を好きすぎて暴走しているのは知っている。
いや待ってほしい。
待ってほしい。
待ってほしいですわ!!!!?
心の中で絶叫が弾け飛ぶ。
理解が追いつかない。
何故なら今、レオンハルトはとんでもないことを言った。
“知っている”と言ったのだ。
つまり何か。
今まで全部バレていたということか?
あの嫉妬も?
あのツンツンも?
あの意味不明な情緒不安定も?
全部?
全部ですの???
(し、死にますわ〜〜〜〜〜!!!!)
セシリアの脳内で鐘が鳴る。
終わった。
人生が終わった。
いや人生は終わっていないが、乙女としては終わった気がする。
好きな男へ「好きすぎて暴走している」と看破される羞恥がどれほどのものか分かるだろうか。
しかも本人はそれを、責めるでもなく、困ったように微笑みながら受け止めているのである。
優しい。
優しすぎる。
そして顔が良い。
近い。
待って近い。
撫でないでくださいませ。
そんな優しい顔で髪を撫でられたら心臓が爆発しますわよ!?
セシリアの思考は既に滅茶苦茶だった。
(ど、どうしましょう……!)
ここで素直に認めるべきなのでは?
そうだ。
きっとそうだ。
「はい、好きです」と言えばいい。
「好きすぎて頭がおかしくなっておりました」と謝罪すればいい。
むしろ謝るべきでは?
絶対重い女だと思われている。
嫌われてはいないようだが、それはそれとして面倒臭いとは思われているはずだ。
うわ嫌だ。
でも実際面倒臭いので否定できない。
(ご、ごめんなさいぃぃ……)
心の中のセシリアが土下座した。
だが同時に別の自分が叫ぶ。
(待ってくださいませ!? 何を素直になろうとしておりますの!?)
無理だ。
そんなことを認めたら死ぬ。
恥ずかしくて死ぬ。
「レオンハルトが好きすぎて嫉妬で暴走しました」など口にした瞬間、その場で蒸発する自信がある。
いやだって。
そんなの。
そんなのもう。
愛が重い女そのものではないか。
しかもレオンハルトは今、完全に“可愛いものを見る目”をしている。
あの目が駄目だ。
優しい。
甘い。
どうしてそんな顔をするのだ。
そんな顔をされると「嫌われてないのかも……」と期待してしまうではないか。
いや実際嫌われてはいないのだろう。
だが問題はそこではない。
セシリアは羞恥で死にそうなのだ。
しかも横にはアシュレイがいる。
全部聞いている。
最悪だ。
この性格の悪い男、絶対あとで弄ってくる。
想像できる。
『好きすぎて暴走しているのは知っている、か。良かったな』
とか絶対言う。
腹が立つ。
ものすごく腹が立つ。
だいたい全部こいつが悪いのでは?
こいつが余計なことを言うから!!
セシリアはカッと顔を上げた。
羞恥と混乱と八つ当たり先を見つけた安心感で、瞳がうるっと潤んでいる。
「だ、だいたい貴方が余計なことを仰るからでしょう!?」
勢いよく指差されたアシュレイは、眼鏡の奥で呆れた目をした。
「何故そこで私へ飛び火する」
「余計なことをしましたわ!!」
「理不尽だな」
「うるさいですわね!! 貴方がレオンハルト様へ変なことを吹き込むから!!」
「私は事実しか言っていない」
「それが余計なんですの!!」
半泣きだった。
だがセシリア本人ももう、自分が何に怒っているのかよく分かっていない。
羞恥が限界を超えると、人は逆ギレするのである。
そしてレオンハルトはというと。
そんな婚約者を見ながら、完全に口元を緩めていた。
可愛い。
どうしようもなく可愛い。
真っ赤になって、涙目で、必死に誤魔化そうとして、でも誤魔化しきれていない。
好きな男へ好意を知られた羞恥に耐えきれず、八つ当たりで逃げ道を作ろうとしているのが丸分かりだった。
愛おしすぎる。
「セシリア」
レオンハルトは苦笑混じりに彼女の名前を呼ぶ。
するとセシリアの肩がびくっと跳ねた。
反応が小動物すぎる。
「……そんなに慌てなくても、俺は君を嫌ったりしない」
柔らかな声だった。
責める響きは一切ない。
むしろ安心させるような声音だった。
その優しさが、今のセシリアには致命傷だった。
(む、無理ですわぁぁぁ……!!)
心が限界を迎える。
好き。
好きすぎる。
こんな優しくされたらもう駄目だ。
しかも顔がいい。
何故そんな穏やかに笑うのか。
何故そんなふうに見つめるのか。
何故そんな自然に頭を撫でるのか。
心臓がもたない。
セシリアは数秒わなわな震えたあと、
「〜〜〜〜〜っ!!」
真っ赤な顔を両手で覆い、そのまま勢いよくレオンハルトの胸へ額をぶつけた。
逃げ場がなかったのである。
顔を見られたくない。
でも逃げるのも恥ずかしい。
結果、突撃した。
「……セシリア?」
レオンハルトが目を瞬かせる。
セシリアはその胸へ額を押しつけたまま、消え入りそうな声で叫んだ。
「う、うざくて重くて面倒臭い女で申し訳ありませんわぁぁぁ……!!」
レオンハルトは数秒黙った。
それから、
堪えきれなかったように笑った。
静かな閲覧室に、優しい笑い声が響く。
アシュレイは思った。
ああ。
駄目だこれは。
この温厚腹黒貴公子、完全にこの婚約者へ惚れ込みきっている。




