第23話 計画書
セレナが、動いた。
宰相の書斎に忍び込んだのは、深夜。義父が寝入った後、合鍵を使った。合鍵は、幼い頃から持っていた。「何かあった時のために」と、宰相自身が、セレナに渡したもの。
その鍵が、いつか自分に向けて回されるとは、宰相も想定していなかっただろう。
書棚の奥。隠し引き出し。
計画書があった。
『第一王子排除計画 最終版』
指が、震えた。
これを持ち出せば、もう戻れない。
脳裏に、リーゼの言葉。
——選べる日が来た時に、自分で選ぶということを。
懐に、計画書を入れた。
書斎を出る。廊下。自室。
誰にも見つからなかった。
それでも、知っている。朝、宰相が書斎を確かめれば、すぐに気づく。
逃げるしか、ない。
* * *
夜明け前。
セレナは、リーゼの客間に駆け込んだ。
「リーゼロッテ様——持ち出しました」
「よく、やったわ」
リーゼが受け取った。目が見えないので、マリアに読ませた。
計画の全貌が、朝日より早く、部屋に広がった。
——収穫祭の夜、地下の火薬庫に着火。担当、宰相の私兵三十。
——混乱のさなか、暗殺者五名がアレクシスを狙う。毒と刃、二段構え。
——同時に、国王の寝室へ「アレクシスの反乱」の偽報。
——第二王子ルートヴィヒに宮殿の制圧を命じる。
——翌朝、ルートヴィヒを新王として宣言。宰相が摂政。
「……完璧な計画ですわね」
声は、冷静だった。
胃は、ひっくり返りそうだった。
「セレナ嬢。今すぐ、エルヴィン様の元へ。王都の拠点で匿ってもらえます」
「リーゼロッテ様は」
「残ります。計画書を殿下に届けなければ」
「でも、宰相が気づいたら」
「大丈夫。未来視で、宰相が書斎を確認する時刻はわかっています。それまでに、手を打ちます」
セレナが、躊躇った。
「リーゼロッテ様」
「何」
「ありがとうございます。私に——選ぶ機会を、くださって」
「お礼は、生き延びてから言いなさい」
セレナが、去った。
リーゼは計画書を握りしめた。
あと三時間。宰相が目覚めるまでに、これを殿下に届け、対策を組む。
「マリア。殿下の元へ」
「はい!」
見えない目のまま、リーゼは走り出した。マリアの腕に、しっかりつかまって。
王宮の廊下を、暗闇の中を、二人で走った。
* * *
アレクシスの私室。
「これが——宰相の、計画書だと?」
「セレナ嬢が、持ち出しました」
「セレナが」
「ええ。あの方は、自分で選びました」
アレクシスが、読み進めた。顔から血の気が引いていく。
「収穫祭の夜。——あと、一ヶ月」
「対策を練る時間はあります。ですが——宰相は、今朝のうちに計画書の紛失に気づきます。気づけば、前倒しか、別の手段か」
「どうする」
「二つ。一つは、計画書を陛下に提出し、宰相を告発する」
「父上は、信じるか」
「わかりません。陛下は宰相を信頼していらっしゃる。計画書だけでは、『偽造だ』と言い逃れされる余地があります」
「もう一つは」
「計画書の存在を隠し、宰相に気づかせないまま——収穫祭の夜、罠で現行犯を押さえる」
アレクシスが、考え込んだ。
「現行犯。危険だが、確実だな」
「ええ。ただし、失敗すれば、殿下の命はありません」
「構わない」
「構いますわ。——八年守ってきた命を、最後にあなた自身が捨てるのは」
リーゼの声が、途切れた。
「——許しません」
アレクシスが、リーゼを見た。
「わかった。死なない。約束する」
「王子の約束ほど、信用ならないものはありませんわ」
「今のは——王子ではなく、アレクシスとしての、約束だ」
リーゼは、見えない目を伏せた。
伏せた目の裏で、何かが、少しだけ震えた。
セレナがスパイ映画みたいなことしてる。書いてて楽しかった。
「アレクシスとしての約束だ」って王子が言うの、成長した。第1話のこいつと同じ人物とは思えん。




