146.唯一の策
「――死に物狂いじゃな」
「そんな事を言っている場合ですか! ひとまずは逃げますよ、フェナリ様!!」
オルウェイヴとギルダムが協力して、魔力源となっていた魔獣を討伐したのとほぼ同時刻、フェナリらのいる王都では火の手が上がっていた。
黒狼狗という魔獣を火に近づけてはいけないという話があるが、その理由を、フェナリはまざまざと見せつけられていた。一体だけならば問題はないのだ。大きな布があれば、十分に消火が可能だろう。
――では、群れならどうか。
「恐らく、騎士団が取り逃がした魔獣じゃな。いや、数が多すぎる……これのために準備させられていた個体もいるか」
「どうしますか、フェナリ様。流石にこの規模の火災では近づくこともできませんよ」
「……私も、こんなに大きいと折り畳めないですっ」
黒狼狗の黒い影が重なって駆けていく。はじめは一体だけだった纏い火が伝播し、延焼し、群れ全体に広がりつつあった。それはもはや、大火の山だ。魔獣が駆け、その上に魔獣が重なり、火によって混じるかのように、その影は肥大の一途を辿る。
それは業火で、近づくだけで皮膚を焼き、喉を爛れさせ、肺を煤けさせる。フェナリの花刀も、まるで手の届きそうにないところまで剣先を届かせる異能は持ち合わせていないし、シェイドの『騎士術』は噴煙によって妨げられる。シオンの能力も、これほどの規模で引き起こすには難しいらしい。
「――まずは、この火の山を王都から出すのが先決か……いや、違うな。シェイド、南門に行け」
「南門ですか? ですが、南門周りの魔獣はほとんど王都に入って……――なるほど、魔力源ですね?」
フェナリの意を汲み取ったシェイドが彼女の考えを言語化する。現在、魔獣の魔力源は順々に討伐されており、残っているのは南門だけだ。まだ緑の狼煙が上がっていないところを見るに、魔力源の魔獣を見つけるのに苦労しているか、もしくは魔力源の存在すらも伝令が行っていない可能性すらあった。
先程赤の狼煙が上がっていたことを考えるに、王都で火炎を振りまいている黒狼狗は南門から侵入した個体がほとんどだろう。数を考えるに、それ以外の個体も存在はしているだろうが、南門の魔力源を潰せば多少、状況が好転するであろうことは間違いなかった。
「南門に行ってきます。シオン――最初の任務だ、フェナリ様が怪我しないように守れ!」
「はいっ……!!」
「守られんでも、私はどうとでもするが……」
シェイドは言ってすぐ、駆け出した。その背中を追う暇もなく、火を纏った黒狼狗の群れが突貫してくる。それを軽い身のこなしで避け、周囲に延焼しかけた炎の部分だけを花刀で斬り捨てた。
ここまでは魔獣の魂を吸い続けていたために気にしなくてよかった『八花の拘束』――その制約が、ここにきて存在感を主張する。
「――早めに終わらせねば、厄介なことになるな」
◇◆◇◆◇
「あの火の塊……まさか、すべて魔術か」
「そうなのか? 俺には分からんな。――炎魔術についてはからっきしだ」
「これも、父上の策の一つだったのだろう。魔獣が集まって文字通りの一丸になっていることからも、間違いはあるまい」
オルウェイヴとギルダムが王都へと向かいながら状況をそう分析する。しかし、オルウェイヴの分析結果を聞いてギルダムは苦い顔だ。その表情の意味を理解しながら、オルウェイヴはしかし気遣いなしにギルダムに指摘する。
「ギルダム――お前の水魔術で、あの炎を消せるか?」
「出来ないことくらい分かるだろうが。――魔術同士の相性は物理法則に囚われない。それは厳密には魔力だからだ。俺の水魔術が弱いのではなく、だ」
「そうだろうな。分かっていた。――ならば、あれをどうするか……」
「テレセフでは騎士が炎魔術の中に飛び込んで悪魔を斬ったそうだ。どうだ、オルウェイヴ――お前もやってみるか?」
「水魔術を纏い、『騎士術』による身体強化をして、そしてその場に最上級の治癒術師がいたからこそ出来たのだろう。――その覚悟には称賛を送るべきだが、同じことを他人に求めることは出来ないぞ」
「まあ、そうだろうな。魔術師は騎士とは違って体をそこまで強く仕上げてはいない」
シェイドがアーミルを相手にしたような捨て身の特攻。あれは、様々な要素がどうにか絡み合って、奇跡的にうまくいったという特例だ。当然だが、同じことをやっていくらかの負傷だけで済むという確証はどこにもない。良くて全身大火傷、悪ければその場で焼死だ。
特攻は、恐らく最終手段だ。護国の為に命を散らすことを躊躇はしないが、しかし勇敢と無謀の違いくらい、オルウェイヴも理解している。
「何にせよ――あの炎は、私がどうにかする。ギルダム、お前は魔術師や騎士たちの救援だ」
「雑用を任されるのは気が進まないが、いいだろう。その役目は我ら第二師団が引き受ける」
「頼んだぞ」
「お前こそ、焼け死ぬなら私の目の前にしておけ」
言葉を最終的には二三交わして、オルウェイヴとギルダムはそれぞれ別の道を行く。オルウェイヴの視界の先に据えられているのは、先程と変わらず――否、徐々に火勢を強めているらしい魔獣の山だ。
どこまでが、レイルス伯の策略だったのだろうか。オルウェイヴは移動の裏で思案する。オルウェイヴに対抗するかのような策謀を張り巡らせていたことから推察するに、レイルス伯はオルウェイヴが自分に盾突くであろうことを予想していた。
「しかし、ならば何故グラルド卿の捕縛を私に……? ギルダムにでも任せればよいものを」
考えられる理由はいくつかある。そもそも、グラルド卿を捕縛しようとした段階ではギルダムを説得していなかった、もしくは出来ていなかった、とか。もしくは――そこでオルウェイヴを動かすことで、彼を縛りたかった、か。
それが裏目に出たのか、オルウェイヴはレイルス伯を疑惑の目で見、そしてその策略を暴くために動き出したわけだが――もしも、それが裏目に出たのではないとしたら。
「いや、そんな、まさかな……」
ここが戦場だということを忘れてはならない、とオルウェイヴは自戒する。
思索にふけるのは結構なことだが、今すべきことではない。そう自分に言い聞かせて、思考を中断。改めて、オルウェイヴは王都の門をくぐった。この先で、最後の戦いが待ち受けていることを、彼は理解している。
◇
「――黄花一閃・向日葵!! ……ッ、と!」
鋭い突きの一閃、しかしそれも中断してフェナリは背後へと飛び退る。妖刀『花刀』は本来なら切れないものを斬る。それは炎であり、空気であり、空間だ。その特性を生かし、どうにか魔獣の身体まで刃を届かせようとしたフェナリだったが、あまりに炎の壁が厚く、ちょうど失敗に終わったところだった。
「――メイフェアス嬢」
「おぅ、ぁっ、オルウェイヴ師団長……!」
炎の壁に揺らぎを生み出すことも出来ない現状に歯噛みしていたフェナリ――その隣に、オルウェイヴの長身が立った。今さら、気配探知なんてしているかしていないか分からないようなものだ。その存在にも、隣に来られるまで気づけなかった。
しかし、ここで来たのがオルウェイヴでよかった、とはフェナリも思う。ここで来るのが、フェナリが戦うことを知っている人間でよかった、と。
「グラルド卿から事情を伝えられた時にはあの馬鹿が嘘をついていると思い、アロン殿下からお伝えいただいた時にはまるでそんなことがあるのかと驚くばかりでしたが――本当に、メイフェアス嬢は戦われている」
「まあ、あまり気にしないでください。そう珍しいことでもないと思いますから」
「少なくとも、私が関わってきた多くの貴族や貴族令嬢の中で、戦場に立つ令嬢は一人もいませんでしたが」
それは、オルウェイヴの見識が狭かったと言わざるを得ない。なぜなら、その反例が、残念にもこの場にいるのだから。まあ、恐らくこの世界の令嬢の多くが戦うことを日常としないことは、まず間違いないのだが。いや、戦う令嬢だっているかもしれない、いるかも……しれない、か。
――さてと。閑話休題である。
「それで、どうしますか――オルウェイヴ師団長」
「どうしたものか、と先程から頭を抱えているところです。――が、一つだけ、策を見出しました」
「と言いますと!」
まるで打つ手なし、と思われた状況でのオルウェイヴの言葉に、フェナリは体ごとにオルウェイヴに向き直ってその続きを促す。オルウェイヴはその問いかけに、視線を黒狼狗の方から外さずに答えた。
「あの炎は、魔術によるものです。近くで分析してみれば間違いありません。魔術であるなら――つまりそれは、魔力で出来ているということです」
「更に詰まるところ?」
「――上手くやれば、魔力の操作権を奪うことが出来ます」
何度だって言おう、オルウェイヴは魔術の神に愛されているのだと。
常時開通してはいないものの、オルウェイヴと大気の魔力の間には常にトンネルが引かれている。『魔限突破』はそのトンネルを開通させることに他ならない。――であれば、だ。その逆もまた、オルウェイヴならばできると、そう考えられないだろうか。
大気中の魔力を、オルウェイヴという中継点を通して魔術にして放つ。それが出来るのならば、逆に、オルウェイヴが操作権を得た魔力を大気中へと還すことだって、出来るはずだ。
「残る問題は、魔力の操作権を得るには魔術の核に触れることが前提であるということ、そして――その核は間違いなく、黒狼狗に最も近いところにあるであろうということです」
「あの炎の壁を突破できなければ、炎を消し去ることが出来ない、と――」
フェナリのまとめに、オルウェイヴが「そういうことです」と頷いた。
改めて、二人で炎の塊を見る。あの炎を何の術もなしに突破するなどと言うのは、まず無理に思われた。あまりに絶望的な状況だ。
しかし、何としてもそれをやり遂げなければならない。それが出来なければ、勝つのは結局――レイルス伯ということになってしまうのだろうから。
「――あのっ、はい……っ!! 私に、任せてもらえませんか……っ!!」
絶望的な状況を噛みしめる二人の隣から、ふと膨れ上がった小柄な気配が声をあげた。
またもチョーカーを外したシオンが、怖気づいた様子を隠さないままに手を上げている。彼女の目には、しかし覚悟と確信が籠められていた。
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