大人の男性です
「お待たせしました。本日はお誘いいただきありがとうございます」
グリーンのグラデーションのドレスは軽やかで、イヤリングと首飾りはスミレの花をモチーフにしたものを身につけるルビナ。
「待たせてもらっている間は子爵と話をさせてもらっていました。本日の装いはとても軽やかでお似合いですね」
ジェイ様は場慣れしているようでサラッとドレスを褒めてくれた。確かこういう場合は相手の方も褒めるんだよね?
「ジェイ様もとても素敵ですね」
素敵だと思ったのは本心からの言葉でテールコートを着ていておでこ全開で、お店で見る雰囲気とは全く違い、ザ・紳士がそこにいました。
「そう? レディに褒められるのは悪い気がしないね。さてお手をどうぞ」
すっと差し出された手の上にそっと手を添えた。お兄様以外のエスコートで出掛けるのは初めてのことでした。ディートとはそういう感じじゃなかったし……
ジェイ様が用意してくれた馬車に乗り会場に向かう。
「そのイヤリングと首飾りのモチーフはすみれ?」
「はい。私の好きな花です」
すみれが好きと言われると地味だとか思われるかな……
「すみれが好きなんだ。ルビナ嬢にピッタリの花だね」
「ぴったりですか?」
地味だから? 目立たないから? その通りなんだけど、そんな失礼な事を言うような人ではないと思い首を傾げる。
「謙虚で誠実。そんな花言葉だったよね」
「知りませんでした……香りが良い品種もあって、何より可愛いので好きです」
優しい香りが鼻に抜けるとリラックス出来るしお花も小さくて見ているだけで癒されるもの。庭師にはもっと大輪の花もあるのに花壇の隅々までよくご覧になっていますね。と言われたことがあった。たしかに主役の花ではないかもしれませんね。
「すみれは優しい香りがするけれどさっき手を触れて近寄った時にふわっと石鹸の香りがした。ルビナ嬢からは優しい香がするね」
「か、香りって……ジェイ様! 変な事を言わないでくださいませ」
「ははっ。ごめんごめん。ルビナ嬢は本当に可愛らしい。令嬢のイメージは華やかな花とか好きじゃない? バラとか百合とか」
……バラや百合も好きです。でもグリーンだけのお庭もシンプルだけど癒されると思います。
「バラや百合は特別な感じがします。日常だと目に優しいお花やグリーンが好きです。すみれとバラでは全然違いますよね……でもお花にはそれぞれの良さがあると思います」
「特別感か……それもそうだね」
そう言ってジェイ様は何かを考えているようでした。
「実は今度レディース部門を展開しようと思っているんだ。まずは香水と小物関係を考えているんだけど、ルビナ嬢にピッタリの物があるからプレゼントするよ」
「いえ! 貰ってばかりです。今日のお礼もしなくてはいけないのに、頂けません!」
キッパリと断るルビナ。貰っても返すものがありません。
「こちらにもメリットはあるんだよね」
にこりと笑うジェイ。メリットとはなんでしょうか? 怪しい事をさせられるのはごめんです……と思い眉を顰めた。
「相変わらず警戒心が強いね! いい事だよ! でもやましい事なんてないから安心して」
余計怪しいですよね……今日のお誘いはやっぱり断れば良かったのかもしれません。でも馬車からは降りられない……と思い窓の外を見る。このスピードで飛び降りたら怪我をしてしまいますね。
「うん。やっぱりルビナ嬢は可愛いね!」
「! 何を……」
ふふっと楽しそうに笑うジェイ様に、頬を膨らませた。馬鹿にされているような気分になりました。
「ごめんごめん。悪い意味じゃないんだ。さっき言ったプレゼントを贈るから、次に会った時に感想を聞かせて欲しい。怪しいものは送らないから安心して。届いてからのお楽しみ、約束」
片目を瞑りウィンクして小指を出してきた。大人のこういう仕草はズルい……
「はい。約束ね。ちょうどいいタイミングで会場に着いたね」
ガタンと馬車が止まり、トントンとノックされ扉を開けられてジェイ様が先に降りて手を出してきた。その手を借りて馬車を降りた。
「わぁっ、」
会場は煌びやかでシャンデリアに赤いふわふわの絨毯……夜の大人の世界でした……
着飾った紳士淑女にザワザワと聞こえる声に胸がドキドキとしてきました。
「行こうか?」
「はい。あの……良いんですかね? 私がここにいても……」
こんな華やかな場所に私は不似合いじゃないかしら?
柔らかい絨毯の上を緊張しながら歩き二階の席へと案内された。
「え? ここですか?」
ここ? ……ここって……
「会場が一望出来るから舞台も観やすいよ」
た、確かに……下の席がよく見えます。初めての私でも分かる。この席はいい席ですよ? 一階席の頭が並んでいる席だとばかり思っていたのに。
「……こんないいお席に私なんかを招待しなくても、大切な方と過ごせば宜しかったのに……勿体ないですよ」
本心だった。ここは噂に聞くボックス席??