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鳳凰記  作者: 新野 正
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驕れる者も久しからず


「誠か!? 誠に鳳ヶ崎の軍を退けたか!」

 翌日、菊美城にて成実の部隊を撤退させた報を聞いた金興は白館城の玉座に座りながら声を上ずらせてそう聞き返し、事実であることを確認すると高らかに笑って見せた。

「だっははは! ざまあみろ賊軍が! 奴らが我らに勝ったなどたまたまに過ぎん! おい! 酒だ! 酒を持てぇ! 今日は我らの勝利を祝い祝宴を開くぞ!」

 お付きの者は金興にそう命じられ、いそいそと準備を始めていると、二人の武将が金興の下にやってくる。

「金興様、此度の勝利を聞きつけお祝いに参りました」

「……おめでとうございます」

 一人はふくよかな体格に柔和な表情が特徴的な中年の男である笹芝ささしば 文蔵ぶんぞう、もう一人は華奢で猫背、人よりも頬が赤いのが特徴的な若い男、篠駒しのごま 蒋字しょうじ、共に金興に仕える武将で文官としての仕事が主なのだが此度は式兵を率いて戦場に出ることになっている。

「おぉ、文蔵に蒋字か! ちょうど良いところに来た。これから宴を催すつもりだ。おぬしらも参加せよ」

「それはいいですな、是非とも参加させていただきます」

「右に同じく」

「そう来なくてはな! しかし、綱森つなもりの奴も中々にやりおるの」

 二人の即答を聞き更に上機嫌になった金興は菊美城を守る城主、直鴻すこう 菊乃咲きくのさき 綱森を褒め始める。

「綱森殿は今でこそ年のせいで霊力が衰え、文官としての業務を主にされていましたが、元々は我々とは違い七條家の武将として前線で戦っておられた方ですからね」

「まだこれ程出来るとわかっておれば、鳳ヶ崎討伐に連れて行ったものを、そうすれば儂を裏切った憎き修立らも儂を裏切らなかったろうに、ええい、思い出すと腹が立つ」

「お怒りをお鎮めに、過ぎたこと言っても仕方がありません、此度勝利し、裏切り者らを捕えそのお怒りをぶつけることをお考えになるべきかと」

「文蔵の言う通りだな、今は素直に綱森の勝利を祝うとするか、蒋字、先ほどから黙っておるがどうかしたか? 何か言いたいことがあるなら申せ」

「……では、一つだけ、此度我々は戦に勝ちました。今後はどうされるおつもりで?」

「無論、菊美城が勝ったのだ。この城に籠り戦うに決まっておる」

「しかし、次も勝てるとは限りません。現に鳳ヶ崎 灯火率いる主力部隊がこちらに向かっているとのこと、ここはこの勝ちに乗じ、停戦を結ぶこともお考えに」

「停戦だと? 馬鹿を言うな! 折角勝ったのだ、わざわざ、停戦など結ぶ必要が無かろう。鳳ヶ崎が攻めてくると言うのなら、こちらも蹴散らせてやればよいだけのこと、そのために二千近い式兵をこちらに集めたのだ。そうであろう文蔵」

「金興様の言う通りでございます」

「……差し出がましいことを申しましたお許しを」

「よいよい、今日は気分が良いのだ。大目に見てやる。蒋字よ、たしかおぬしは酒豪であったな。先のことは聞かなかったことにしてやる。代わりに今宵は大いに飲んで儂を楽しませよ」

「……御意のままに」

 そうしてその夜、勝利に浮かれた七條方の武将たちは酒宴を大いに楽しみ、その宴の笑い声は城外にも聞こえるほどだった。


「なんだって? 坊やが負けた? どういうことだい」

 白館城南側近辺に野営を築いていた灯火たちの下に陽奈率いる菊美城攻略部隊が敗戦したとの知らせが届き、灯火は予想外のことに眉間にしわを寄せて修立を見る。

「あんたの話によれば、坊やたちの部隊が負けることはないはずなんだがねぇ、治意、なんとか言ったらどうなんだい?」

「我が王、私は嘘を言ってはいません。確かに菊美城を守る直鴻 菊乃咲 綱森は、元は良き武将ではありましたが、今や霊力は衰え、赤眼軍師殿らの敵ではありません。更に言えば、綱森は七條 金興が都落ちした際、誰よりも早く我らに寝返りたいと書状を送って来た者、故に赤眼軍師殿らが負けることなど、ありえぬ話」

 修立はさほど驚く様子もなく、つらつらとそう言いのける。

「ありえないも何も現に負けたと言ってんだが?」

「先のことらを考慮に入れてみれば、恐らくこれは赤眼軍師殿の策かと、菊美城はすでに城主である綱森が寝返りを申し出ている以上、落城は避けられません。ましてや赤眼軍師殿にもその書状は渡してあります。つまり、わざと負けて見せたのでは?」

「わざと負けた? そんなことする必要があるのかい?」

「我々に気を遣ったのでしょう、白館城は菊美城よりも遠く、布陣するのも余計に時が掛かると思い、初戦はわざと負けて七條 金興を調子づかせることにより、皇領内への逃亡を考えさせないためかと、……赤眼軍師殿の策通りなら今頃、白館城、城内ではそうとも気づかず七條方の武将たちは大宴会が開いていることでしょう」

「その、話、正しい」

 七條方を偵察していた泉千が、灯火たちの下に帰ってくると、そう切り出す。

「おう、泉千、ご苦労さん。っで、どうだい? って聞くまでも無いかね」

「治意の、言う通り、菊美の、勝利を祝って、大宴会を、開いてるみたい、まだ明るかったし、間違いない」

 月も顔を隠すほどの暗い夜にも拘らず白館城近辺はまるで、太陽が出ているが如く煌々と辺りを照らしていた。

「なるほど、やはりそうか、剣乃殿の報告を聞くだけで、ここまで七條 金興の耳障りな高笑いが聞こえてきます」

「――治意、耳いい」

「いや、泉千、こいつは実際に聞こえてるわけじゃないぞ、あくまでも例え話だ。――それでこれからどうするんだい?」

「わざと負けてもらえるとは予想外でしたが、どちらにせよ。あと二日後には内通者たちを一斉に寝返させるよう赤眼軍師殿には伝えてあります。万が一に備え、急ぎ行軍してきましたが、こうなれば必要なかったですね。一先ず我々は当初の予定通り、菊美城落城の報を聞くまでは待機するほかないかと」

 金興の逃亡を危惧した修立は一刻も早く白館城へと向かうべきと灯火たちに進言し、結果として予定より一日も早く着いていたのだが紅夜の機転により式兵らを休ませる時間が出来ていた。

「面倒、今は七條方、酒に酔ってる。私が、三百の式兵を、率いれば、皆殺しに出来る」

「たしかに、我が王や泉千殿の武勇があれば今の白館城を落とすなど造作もないこと、しかし、白館城にいる七條方の武将のほとんどが寝返りを申し出ている現状を考えれば無理に攻め込み犠牲を出すこともないでしょう。焦らずとも、よい結果になります」

「個人的な好みとしちゃ、泉千の案だが、無駄に抵抗される訳にもいかないね、ましてや白館城内にはまだ七條 金興に心から仕える者もいるみたいだしね」

「我が王の言う通り、他の者らが寝返りたいと書状を寄越す中、笹芝や篠駒は停戦を申し出て来ました。こういった者らもいることを考えれば、あまり下手に動かないほうが賢明かと、我々は赤眼軍師殿がせっかく作ってくれた時を使い式兵や式馬を休ませるのが上策かと」

「治意、あんたの話が確かなら、坊やはあたしらのためにわざと負けたわけだ。そして、敗戦は芝居だから、あんたが事前に決めておいた日時通りに菊美城は落城する。それに乗じて白館城内の内通者たちが一斉に寝返る。その混乱の隙を突きあたしらは刃向かう敵を蹴散らし、白館城を包囲し金興を逃がさないようにする。これでいいんだね?」

「その通りにございます。……ただ」

「なんだい?」

「出陣の際、赤眼軍師殿は些か精彩を欠いておられました。床に伏せておられたのもそれが影響しているのだろうと思っていましたが、この機転の利かせ方を見るに復調の兆しがあるように思います」

「そりゃあ、重畳だね。坊やに元気がないと張り合いがないからね。あたしはてっきりどこかの馬鹿に稽古と言う名の拷問を受けて心が折れたんじゃないかって、心配してたんだが……」

「そんな馬鹿、居たの? 紅ちゃんを、いじめるのは、私が許さない」

 いや、お前のことだよという灯火の視線は泉千には届かず、灯火は深いため息を漏らすのだった。


最後まで読んで頂きありがとうございます。

誤字脱字ございましたらご報告いただけると幸いです。

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