恥辱の茶番
翌日の明朝、七條方残党狩りとして鳳ヶ崎軍は菊美城、白館城にそれぞれ兵を進めた。
菊美城を攻める部隊は出陣から約一日で菊美城南側近辺に到着し布陣を終えていた。
「いよいよですね、高桐さん……高桐さん? どうかされましたか? 昨日から調子が優れないようですが?」
互いに式馬に乗りながら、体が重そうにしている紅夜に向けて陽奈はそう尋ねる。
「(あの稽古が終わって翌日には出陣、馬に揺られて疲れが取れてるわけがないだろう! と言いたいが、そんなことを言えば陽奈が落ち込みかねないし、そもそも言う利点もない)長く床に伏せていたせいで疲れが出ているだけだ。気にするほどのことじゃない」
若干の恨めしい感情を含ませた視線を陽奈に向けながら紅夜は素っ気なく答える。
「陽奈様! 偵察から戻りました」
そんな二人の微妙に噛み合わない空気を破るような成実の声は式馬が駆ける音と共に近づいてくる。
「成実! 早かったですね! それで七條方はどのような布陣で?」
「はい、偵察兵と共に見て回ったので素早く敵情を見て来られました。七條方は我らを警戒し城に近づけさせないようにと菊美城、城外、南側に三百の部隊を三つに分けて横陣を敷いていました。武装は変哲の無い歩兵武装で我らとの距離は半里ほどです」
式馬から降りた成実は嬉しそうに陽奈に駆け寄り、偵察の首尾を伝える。
「ありがとうございます、成実。よくできました」
陽奈はそう言って式馬を近づけ、馬上から成実の頭を撫でると、成実は飼い主に撫でられる子犬のように、満足そうな顔で『勿体なきお言葉』と返す。
成実を褒め終えると陽奈は紅夜に向けて、視線を移し、今後の方針を促す。
「治意から三つの書状を受け取っている。三つとも菊美城を防衛するにあたっての中心となる武将ばかり、こちらが寝返りを許可する書状を送り返せばそれでこの戦は終わる。とりあえず明日の日が落ち次第、伝令兵にこれらを持たせて城外の部隊に書状を送る」
「そうすれば、三つの部隊はすぐにわたしたちに投降するのですか?」
「いや、まずは明日一戦交えるのだが、その役目は鬼島に任せる。そしてその二日後に、こちらに降る算段になっている。」
「ふんっ、前線に出るのは構わないが、降る相手と何故我々が矛を交わせる必要がある? 無駄だろう?」
「この残党狩りは七條 金興が逃げないようにしないといけない、菊美城は白館城よりも近い分早くに布陣できているが、おそらく白館に向かっている灯火さんたちはまだ布陣できていないだろう。そんな中、早々に菊美城が味方の裏切りにより落城した、なんて知らせを聞けば七條 金興が逃げ出しかねない、七條方の大半はこちらに付くと言ってはいるが中には最後まで七條 金興に忠義を示す者らもいるようだからな」
「と言うことは、成実は戦いながらも勝っては駄目ということですね」
「……ああ、その通りだ。鬼島はある程度戦った後、敗戦したように見せかけて撤退すればいい、そうすればその知らせは白館城内に広がり、七條 金興は勝てると思い籠城を決め込むだろう。そうしている内に灯火さんたちの部隊は布陣を終え、それと同時期に城外の部隊を寝返らせる。それを合図に菊美城は降伏する。恐らく治意は菊美が降伏するのを確認したのち白館の部隊を次々寝返させるはずだ」
「そうなれば、敗色濃厚と気づいたところで七條 金興らは逃げられないか、なるほど、さすがに貴様が考えた策だ。相手の首をじわじわと締め付けるような、なんとも言えない性格の悪さが滲み出ているな」
「お褒め頂き恐悦至極だが、生憎これは俺の考えた策じゃない、ほとんどは治意の策略だ」
皮肉めいたことを言ってやったと言わんばかりに得意顔の成実はそう言ってどんな反応が返ってくるかと楽しみにしていると、予想外にも紅夜はため息交じりに少しばかり、しおらしく皮肉を込めてそう返してきた。
「――なんだ、そうだったのか、鳳ヶ崎家の筆頭軍師は貴様だと思っていたがいつの間にかお株を奪われたようだな。まぁ、床に伏せて怠けているからそう言うことになるのだ。情けない」
「成実、言い過ぎですよ。高桐さんは――」
「いや、いいんだ。鬼島は馬鹿でむかつく奴だが、これに関してはそう言われても仕方がない」
普段の成実なら馬鹿だのむかつくだの言われれば頭に血が上るのだが、どうにも覇気のない紅夜を見て張り合いがないと言わんばかりにため息を漏らす。
「(ここまで傷が深いとはな)一つだけ言っておく、私は貴様が嫌いだ。貴様の策に従うのは今でも抵抗がある。だが、治意の奴は貴様以上に嫌いだ。それに貴様が低く見られれば陽奈様も低く見られる。だから、その――貴様は一応陽奈様の家来なのだろう。それなら治意如きに後れを取るな。……馬鹿め」
少し照れくさそうにそう言い残すと成実は陽奈に軽く一礼をしてその場から離れて行った。
「鬼島の奴にあそこまで言われるとは俺も落ちたもんだな」
「違いますよ高桐さん。あれは成実なりに高桐さんを励まそうとしたんですよ」
「は? あいつがそんなことするわけないだろう。陽奈だってあいつがどれだけ俺を嫌っているか知ってるだろう?」
「ん~、どうでしょうか? わたしにはそこまでには見えませんが」
「それは、あいつが陽奈の前では猫を被っているからだ」
「ふふっ。それじゃあそう言うことにしておきましょう」
含みのある陽奈の笑顔と言葉に紅夜は面白くないと言わんばかりに表情を歪めながらもこれ以上言っても無駄だと思い、口を真一文字に結んだ。
翌日、紅夜の指示通り、成実は全体の三分の二に当たる二百の兵を率いて城外の七條方部隊と矛を交え、二刻が経とうとしていた。
「っち、何だと言うのだ。こいつらやる気があるのか!?」
成実自身無傷であり、成実の率いている式兵たちもほとんど被害が出ていない、にも拘らず、成実が苛立ちを隠せず剣を振うのは圧勝しすぎてしまっているからだ。
まるで、農民に武具を持たせたかのような七條方の式兵たちの動きに呆れるを通り越して怒りが満ち満ちて来ていた。
「(こんな奴らを相手に敗戦を装うなど、難題過ぎるだろうが、それにこんな奴らに後れを取ったと言われるなど、一生の恥辱だ)」
半分涙目になりながらも、上手く敵方の式兵をいなす成実と指揮下の式兵、調練のなっていない霊力も極小の式兵らを葬ることなど造作もない中、二刻もこんな茶番を演じ続けている。
「(昨日の話によれば、城外の武将ら(奴ら)は、まだ寝返りの書状に対するこちら側の返書を受け取っていないはずだ。つまり、奴らは本気で迎撃している? これで? ……戦をなめるなぁ!!)」
眉間にしわを寄せ、あまりにお粗末な部隊指揮を披露している七條方の武将たちを潤む目で見ながらもこめかみに血管を浮き上がらせる。
それでも苛立ちに任せて『突撃、奴らを皆殺しにしろ!』と喉まで出かかりながらも「て、って、撤退する!!」と屈辱に瞳を滲ませ恥辱により頬を染めながら撤退を命じた。
「…………」
「お帰りなさい、成実! 無事で何よりで――す? 成実、泣いてます?」
陽奈は撤退を終えた成実を迎えに来たのだが小刻みに震え、口の端を強く結び、涙を堪えているその姿を見て、そう尋ねる。
本来なら『成実! どこか斬られたのですか』と心配するところだが、その姿が何故か事態が深刻ではないように映った。例えるなら自分が悪くないにも拘らず、頭を下げなくてはならなくなった子供のような。そんな姿をしていた。
「ご心配はいりません、私はだいじょ――」
「おう、戻ったか、その様子じゃ予想通り楽な戦だったんだな。退き際もよかったし、お前にしては――」
「貴様! 貴様、貴様、貴様、貴様、貴様!!」
陽奈に対してなんとか取り繕った毅然とした態度も、紅夜に声を掛けられたことで豹変し、抑圧してきた感情をぶつけるように成実は紅夜に詰め寄った。
「お、おう、なんだ、どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもあるか! なんだあの腑抜けた部隊は!? 貴様の話では今晩、寝返りを許可する書状を送ると言っていたな! それなら、あいつらは全力で私と対峙したわけだな!?」
「あ、ああ。本気で迎撃してもらったほうが七條 金興にこちらの策を感づかれないからな、それがどうした? (何だこいつ、いつもとは違う意味で怖いな)」
怒りを抑圧しすぎたせいか、眉間にはしわ、こめかみには浮き出た血管、潤む目の焦点は合ってない、まるで狂気とも取れるようなそんな表情に紅夜は若干ひいていた。
「あれで、全力だと、ふざけるな! 私が本気で戦えば一刻も立たないうちに半壊させていたぞ! それをなんだ! あんな奴ら相手に敗走しろと!? 貴様にはわかるか!? あんな奴らに背を向けてきた私の気持ちが!?」
「お、落ち着け、楽な方がいいと思っていたからわざわざ七條方の弱さを言わなかったんだ。そ、そこまで気が回らなくて、悪かったな」
答えろと言わんばかりに紅夜の両肩を掴み前後に揺らしてくる成実に紅夜は初めて恐怖以上のなにかを感じ、いつもなら『知るか、楽だったんならいいだろ?』とでも言って、いつもの言い争いが始まるのだが、目を逸らしながら心にも思っていない謝罪をしてしまう。
「っ、――貴様ぁ」
紅夜が謝るとは思ってなかったらしく、不意を突かれたように一瞬驚いた表情になり固り、目の焦点も合い始めたのだが、今更引っ込みがつかないと言わんばかりに、再び紅夜の肩を揺らし始める。
「まぁまぁ、成実、その辺にしてください。これは戦ですし、作戦なんですから、そう言うこともあります。それに高桐さんだって〈珍しく〉謝ってくれましたし、そろそろ許してあげてください」
「おい、今小さい声で〈珍しく〉って言っただろ?」
聞き逃してないぞと言わんばかりに二人の間に割って入り仲裁してくれている陽奈に対して、細めた眼を紅夜が向けた。
「そ、そんなことよりも、ねっ、成実、ここはこれまでということで」
「……陽奈様がそう言うのなら、致し方ありません、ただ――」
陽奈は紅夜を強引に無視して成実を再度宥めると、成実は紅夜から手を離し一歩下がる。
「武人の気持ちを一切考えない貴様はやはり嫌いだ。……いずれ、武人に配慮出来るようにその体に教え込んでくれる」
人差し指で紅夜を指し示しそう言うと踵を返し「この馬鹿が」と言い残し、成実は足早にその場から離れて行った。
「なぁ、陽奈」
「なんですか?」
「あいつ、泣いてなかったか?」
成実の狂気に気圧されていたせいか、さっきまでは気づかなかったが、冷静になって思い出してみると確かに、成実の目には涙が溜まっていたことに気づく。
「……さぁ? わたしにはそうは見えませんでしたけど」
「いやいや、嘘をつくなって、あいつ絶対――」
「〈泉千さん、稽古〉」
成実をからかう良い材料が見つかったと言わんばかりの表情をしていた紅夜だったが、陽奈の小さなつぶやきが聞こえ、黙り込んでしまう。
「わたしはなにも見てませんよ。『両方とも』ね?」
屈託のない笑顔とはこのことだが、状況が状況なだけに紅夜には素直にそうは見えず、冷や汗をたらしながら片膝をつく。
「ぎょ、御意のままに」
「もう、止めてくださいよ高桐さん。それじゃあまるでわたしが脅してるみたいじゃないですか」
声を震わせながらも冗談交じりそう言って見せた紅夜に対して、陽奈は冗談を聞いて笑う少女のように純粋な笑顔を浮かべながら紅夜を立たせる。
「(うわぁ、この笑顔からして天然でやってるんだろうな。これ、自覚してやり始めたら……やめよう。陽奈に限ってそんな、そんなわけ)」
陽奈のこれは単なる主としての優しさなのだと純粋なものだと紅夜は自分自身に言い聞かせながら精一杯の苦笑いを返すのだった。
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