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鳳凰記  作者: 新野 正
24/33

消えぬ痛み

 

 

『あの日俺は負けた。驕りがあったわけじゃない、慢心していたわけじゃない。それでも負けた。つまりは実力で負けた。戦火によって闇夜は照らされ仲の良かった皆々は斬られ、嬲られ、あちこちで上がる断末魔を背に受けて俺は逃げた。陽奈や成実、灯火さんに泉千さんの顔があの日の村人らと重なっているのは今回の戦も下手をすればこうなっていたからだろうな。あの日の恐怖を、後悔を忘れたことなど一度としてない、だからこうして定期的思い出す、戒めのように、だからこそ今になって思う。よく戦場に立ったなと、それだけあいつの存在や言葉が大きくて眩しくて、手を伸ばして追いかけたかった。例え、もう一度あの光景を見るようなことになったとしても、それでも一緒に歩き出したい。そう思えた[はず]なんだよな』


「……本当に酷い夢だ」

 鳳凰旗団の面々が久谷村の村人たちと重なって見えてしまった夢だった分、嫌悪感をより強く感じ、最悪の目覚めだと言わんばかりに頭を押さえながら瞼を開くと見慣れない天井が広がっていた。

「ここは?」

 状況を理解しようと上体を起こすとようやく自分が布団の中で寝ていたことがわかり、更には腹部に重りが乗っているような圧迫感の正体もわかった。

「陽奈?」

 自分の両手を枕のようにしながら紅夜の腹部に倒れ込むように寝ている陽奈の寝顔がそこにはあった。

「んっ、んん? ――あれ、高桐さん? …………高桐さん!!」

 寝ぼけた様子で瞼を擦りながら起き上がった陽奈は、上体を起こした紅夜の姿を見て驚きの声を上げる。

「よかったです!! 心配したんですよ! 治癒しても全然も眼を覚まさなかったんですから!」

 心から安堵しているような声で、嬉しくて涙が零れそうになりながらも陽奈は紅夜に話しかける。

「(ああ、そうか、鬼島に会った後、気が抜けてそのまま倒れたのか、それで、熊木城の一室に連れて来られて陽奈が治癒してくれたと)」

 治癒されたお陰で痛みどころかあれだけの深手を負ったとは思えないほど、何の違和感もない左腕に紅夜は視線を動かしながら状況を把握する。

「(正直、後遺症が残ったり使い物にならなくなったりする覚悟はあったんだが、相変わらず常識外れの治癒術だな、これが凡庸霊術なんだから底が知れないな)ああ、そうなのか、治癒してくれて助かったよ」

「いえいえ、わたしはこれぐらいしか出来ませんから、それより成実や、八重田殿から聞きましたよ。随分と無茶をしたとか、本当ならお説教が必要なんでしょうけど、今日は止めておきます。何せ三日ぶりですし、今日はゆっくりと休んでください」

「…………三日ぶり?」

「ええ、高桐さん三日間も寝てたんですから」

 陽奈の言葉を聞いて一瞬理解できなかったが、理解すると同時に全身に滞っていた血液が一気に流れるような感覚になり、跳び起きるように布団から起きると歩き出す。

「高桐さん!? いきなり、どうしたんですか!? ま、待ってください、どこに行く気ですか!?」

「三日も意識が無かったんだぞ! ゆっくり何て休んでられるか、急いで戦況を確認しないと」

「七條方との戦はお姉ちゃんたちに任せておいて、高桐さんは休養を――」

「必要ない、十分休んだ」

 紅夜は陽奈を振り切るように早歩きで熊木城の廊下を駆ける。

「何をそんなに焦っているんですか!? 七條方はこの熊木城を取られ、王位も失いました。だから――」

「そう簡単には攻めて来ないか? 逆だな、七條方は必ず早いうちに仕掛けてくる」

「どうしてですか!? 敗戦したばかりで七條方は士気が低く部隊を立て直すのに時間が掛かるはずですよ」

「ありえないな、何故なら今我々は王位を受け継ぎ、この地の支配者になっている。それはつまりこの地の始万霊の加護を受けているということだ。始万霊の加護を受けた王は莫大な霊力を得ることが出来る。その使い道として一番多いのは式兵の生成だ。式兵は式符に王の霊力を与えることで王からの命令系統を実行する。つまり、式兵の生産量が飛躍的に向上するということだ」

「ええと、そうですね。式兵を生成する際に仕上げとして霊力を与え式符は完成しますから霊力が必要になります、だから必然的にそうなりますけど、それがなにか、関係あるんですか?」

「大ありだ。今の七條方は城や拠点、そして式兵の数がこちらよりも多い。だが、時間をかければかけるほど、我々は七條方よりも式兵を多く生成できるわけだから差が縮まる。そうなればせっかくの優位性を失うことになる」

「なるほど! つまりは一番差が開いている内にこの城を奪いに来ると言うわけですね」

「ああ、そうだ。七條方の戦力がどれくらいで配置がどのへんなのかを全て把握しているわけじゃないから断定はできないが、部隊を再編制して仕掛けてくるとすれば、俺なら必ず三日以内に仕掛ける」

「……えっと、高桐さん、もしかして評定の間に行こうとしてます?」

 今の話しの流れから状況を理解して、灯火たちのいるであろう評定の間に行こうとしているのを察した陽奈は少し申し訳なさそうに尋ねる。

「そうだが?」

「それならあっちですよ」

 真逆を指差された紅夜は足を止めばつの悪そうに後頭部をかくと『助かった』そう言って陽奈の指さす方へと再び歩き出す。



「……ふっ、どうやら赤眼軍師殿はまだ寝ぼけておられる様子です」

 評定の間に付き、戦略図(地形や城、式兵の数など戦に必要な情報が書かれた地図)を眺めていた灯火と修立は眼を覚ました紅夜を見て少しからかいながらも体調を心配すると(主に灯火)紅夜はそれよりもと、先ほどの話を同様に、自信を持って言い切ったのだが、修立に鼻で笑われてしまう。

「それはどういうことだ? 俺のどこが寝ぼけていると?」

「まずは状況を把握して頂きたい、こちらの鳳ヶ崎家の式兵総数は元々五百ほど、赤眼軍師殿が寝ておられる間に増生(式兵を生成し増やすこと)し、二百ほど増やし合計で七百ほど、対して七條方は熊木城より西に進みその後北へ逃走、熊木城から見て西方の国境沿いの砦や城から式兵全てを自らの下へ集め、元の北方守備式兵らと合わせて三千五百ほどに膨らみ、菊美きくみ城と白館しろだて城に分けて配置している様子」

「(やはり国境沿いの式兵を全て集めたか、まぁ、この地はすでに鳳ヶ崎が治めているわけだからな、隣国に対して形式上とはいえ国を守るために配置していた式兵を回収するのは当然だがな)聞けば聞くだけ、俺が焦っている理由がわかるはずだが? 五倍以上の兵力差があるにも関わらずこの機を逃すはずもない、急いで迎撃準備をしながら今以上に式兵の増生を――」

「それがなぁ、坊や、動いてないんだわ」

 灯火は少し残念そうと言うかやりがいが無いと言わんばかりに後頭部を掻きながら紅夜に話す。

「はい? 動いてない? 七條方がですか? そんなはず――」

「当然あたしだってね、坊やがいない間それぐらいは考えたさ、だけどねぇ、二日前に菊美と白舘に入ったっきり、音沙汰がなくてね。癪だがこいつ(修立)を呼んでついさっき話を聞いたんだが、どうやらこいつにはこれが予想通りだって言うんだね、これが」

「治意殿のお考えお聞かせいただきたく」

 灯火の言葉を聞いても考えが浮かばず、少し癪だが礼節を持って修立に教えを乞う。

「では、恐れながら、単純な話です。それが七條 金興と言う者なのです。つまり、我が王(灯火)や赤眼軍師殿は金興を高く評価しすぎているということ」

 紅夜は別段金興を高く評価しているつもりはなく、むしろ低く評価していたつもりだったため、修立の言葉は腑に落ちず言葉を失くしていると修立は続ける。

「金興は武才が無く、軍才(軍を動かす才覚)もなければ、智謀も浅く、政も出来ません、加えていざとなれば優柔不断、類まれなる無能と言って差支えがない者です。それでも七條家当主としていられたのは始万霊の加護や大揚を始めとする優秀な部下があってこそ辛うじて人の上に立っていられた者なのです。そして今となっては始万霊の加護もなく、付いて行った武将のほとんどは武才、軍才に乏しく、そのほとんどは文官(国の内政を主に担当する武将)ですので、三千五百もの軍勢を集めたとしても維持するのでやっとでしょう」

「……故に動けないと?」

「付け加えるのであれば、捕えられ命の危機だった状態から辛くも逃れ、城まで生き延びたが故の安堵感から遊興にふけっていると思われ、更に言えば、あの戦力差で負けたのだからまた負けるのではないかという不安感から動かせたとしても動かさずにいるのでしょう。仕えていた私からすればその光景は容易に目に浮かびます。そしてそれを見ている部下たちの心境も」

 そう言うと修立は懐からいくつかの書簡を取り出し戦略図の上に広げた。

「これは?」

「その部下たちからの書簡です。中には停戦を願い出る物もありますがそれ以外は『与えられた式兵を持参するので鳳ヶ崎家の末席に加えてほしい』といったものです。始万霊の加護があったときは、ほとんどの式兵を金興自らの手元に置いていましたが、今では精々三百が限度でしょう。つまり残りの三千近くの式兵は部下に配分しているということ、その内私のところに八件、大揚殿のところに三件同じような内容の書簡が届いており、全て合わせれば二千近い式兵と共に武将らが次々と寝返る算段になっておりますので、すでに大勢は決しております」

「だが――」

「お忘れですか? そもそも、赤眼軍師殿が私を庇い末席に加えたのはこれを期待したからではなかったでしょうか? その時点で赤眼軍師殿はすでにこの戦況を読みきっていたはず、何故、今更それほどまでに焦っておられるのです?」

 ぐうの音も出ないとはまさにこのことだった。

 紅夜はこうなることを予見し、咄嗟に修立を味方に加え、金興の命と引き換えに王位を奪ったのだ。修立の言葉で冷静さを取り戻した紅夜は少しため息交じりに額に手をやる。

「どうやら、治意殿の言う通り寝ぼけているようだ。灯火様、治意殿、少し休んでくる」

 そう言うと、紅夜は力なく評定の間を後にすると、邪魔になるだろうと思い中に入るのを遠慮していた陽奈が紅夜の後を追い話かける。

「どうでしたか? 七條方に対してなにか――、えっと、なにか、落ち込んでいるように見えますけど?」

「ああ、陽奈か、その話だが俺の思い違いだった。七條方は攻めて来ない、それどころか、少し経てば七條方への掃討戦が始まるだろうが、苦戦はしないだろう」

「そうなんですか? でもどうして?」

 紅夜に全幅の信頼を寄せていた陽奈は何故、紅夜の考えが思い違いだったのかわからず、首を傾げていたので紅夜は評定の間でのことを話した。

「――というわけだ」

「そうだったんですか、でも、どうして高桐さんは七條方が攻めてくると思ったんですか? その話だと高桐さんは前々からこうなることをわかっていたはずじゃ?」

「そのはずだったんだがなぁ、……嫌な夢を見てな」

「嫌な夢ですか?」

「ああ、久谷一揆の負け戦って言えばわかるか?」

「はい、勿論」

「久谷村が焼き払われたあの日、自分の中では慢心なんてものはなかったと思っていたんだが、今となって思えば心のどこかで『大陸最強と謳われた皇軍を、式兵を使わずに退けた』という高揚感のようなものがあったんだろうな。直前まで皇軍の進軍に気づけなかった。そして……地獄が始まった」

 地獄の内容は言わなかった、陽奈に配慮したということもあるが、陽奈自身も似た経験をしているので必要ないと思い省いた。

 陽奈は何も言えずに紅夜の話を聞いていた。ただ頷き、心配そうに紅夜を見ていた。

「その時の状況と似ていると思ってな。圧倒的な戦力差を覆し、自分自身、慢心は無いと思っている。だから、また、負けるんじゃないかってな。……ほんと、情けないな。自分でもここまで負け犬根性が染みついているなんて思わなくてな。まぁ、そんなこんなで落ち込んでいると言うか自分に呆れていると言うか、そんな感じだ」

 心境や戦況が被り、陽奈たちの顔が久谷村の村人たちと被り、あの日刻まれた、二度と消えることない恐怖が蘇った。

 その結果、夢に踊らされ、空回りし、的外れな考えに至ってしまった。

 そんな紅夜を見て、なんとか励まそうと必死になって言葉を探す陽奈だったが、結局何も言えず「悪かったな陽奈、驚かせて。そう言うわけだから、俺は少し休む」そう言われてしまい。先ほどまで寝ていた部屋に向かって行く紅夜の背中を見ていることしか出来なかった。

「……わたしは本当に――」

 落ち込み、ため息が出そうになったところで首を振る。きっと自分にしか出来ないことがあると言わんばかりに陽奈は茜色の空を見上げた。



最後まで読んで頂きありがとうございました

お気づきかもしれませんが、友人の勧めもあり少ない文字数での投稿に切り替えました

文字数が少なくなる代わりに投稿間隔を短くしようと思っていますのでご了承ください

最後にブクマ、感想頂けると励みになりますのでよろしくお願い致します。

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