初めての異世界
何かをくぐるような感覚が続く。
俺はファーレンベルクの背中に乗りながら周りを眺めていた。
神鳥は、恐らく時空か何かを越えているのだろう。
今更ながら体を持たない俺が異世界に行っても大丈夫なのかと思うが、恐らくレンシアがすでに何かしてくれているのだろう。
考えなしに俺を送り出すような人(女神か)には見えなかったからな。
……っていうか嫌だぞ?
幽霊になって異世界転生なんて。
「くぅ…」
あほなこと考える俺を余所にファーレンベルクがより一層強く羽ばたくと、何かを抜けた感覚になった。
その直後、俺は目に飛び込んできた光景に息をのんだ。
ファーレンベルクは転移に成功したらしく、俺の眼下には緑の美しい大地が広々と広がっていた。
モンゴル平原……みたいな感じというのだろうか?
何というか、上空から見ると凄く目を見張る光景だ。
「これが、滅びに瀕している世界だってのか」
コンクリートジャングルに囲まれていた日本にいた時には考えられない幻想的な光景に俺は感動を覚えた。
上空から眺める平原にはたくさんの生き物が走り回っており、とある恐竜の映画を実際に目の当たりにしたような感覚に陥る。
こうしてみる限りではここが地球だといわれても信じられなくはないが、ファーレンベルクに乗っている現状を鑑みるに、ここが俺の知る世界じゃないのは確かだろう。
『夢でよかった~~~』
とはいかなかったらしい。
「って、いつまでも感動に浸っている場合ではないな」
レンシアの話が本当なら、今俺のいるこの世界は滅びに瀕しているという。
だとしたらのんびりしてたらあっという間に詰みになってしまう。
詰んだ盤面をひっくり返す方法はないので、詰みにならないように上手に立ち回らないと……。
「……っていうか、俺はこの世界で何をすればいいんだ?」
今更そんなことに思い至った。
女神レンシアは世界を救うために俺が何をするべきかを教えてくれなかった。
俺はそのまま安請け合いしてしまったが、いざこうして放り出されるとマジで何をどうしていいのか分からない。
「……とりあえず気ままにやれってことか?」
いくら滅びの因果を内包している世界と言っても、さすがにそれが今日明日というわけではないだろう。
そんな状態なら完全に手遅れであり、俺が送り込まれてもどうにもならないはずだ。
のんびりしている暇があるわけではないだろうが、まずはここがどんな世界なのかを知ってからでも遅くはないだろう。
というか知らないことには行動方針が定まらん。
「ん? あれは?」
そんなことを考えいると、俺の目にある光景が飛び込んできた。
この世界に来てから、ファーレンベルクはずっと一定方向へと飛び続けており、俺の目に映る平原の光景は目まぐるしく変化しているのだが、そんな俺の視界に集落のようなものが映ったのである。
「……ファーレンベルク。あそこに行ってくれ」
情報収集の基本は町や村で!
RPGの鉄則である!
……いや、RPGじゃなくて異世界なのはわかってんのよ?
そんなことを考えている俺を余所に、ファーレンベルクは俺の指示に従って羽ばたき加速した。
ものすごく急速に。
「って、おい! は、速い! 速すぎる!」
いきなり急加速したファーレンベルクは、俺の呟きを拾ったのか速度を落としてくれた。
ったく、振り落とされると思ったぞ。
「……あれは、村?」
遠目から見えた人里が、近づいていくにしたがってはっきり見えてきた。
町というよりも村と言った方がしっくりくる感じだ。
「ん?」
さらに近づくと、俺はその村の様子がおかしいことに気が付いた。
争っている。それも人同士が。
まだ人が点に見える距離だが、まず間違いない。
恐らくだが盗賊か何かが村人を襲っているように見える。
「……これって、世界の滅びと関係あるのか?」
そんなことを考えたが、俺はその考えを頭から叩きだす。
まず間違いなく無関係だろう。
どう見てもただの小競り合いだ。
何でもかんでも世界の滅びと関連しているなんて見方してたらいろいろ見落とす可能性の方が高い。
……とはいえ、襲われている村人から見れば深刻な問題か。
「ファーレンベルク。村人を助けよう」
「クルル」
俺の指示に、ファーレンベルクは軽く頷き高度を下げた。
俺自身の戦闘能力は皆無なので、女神レンシアの眷族とか言ってたファーレンベルクがどのくらい戦えるかも確認しておきたいし。
「な、なんだありゃあ!」
突如上空から飛んできた俺たちを見て盗賊どもが慌てふためいている。
無理もないだろう。
いきなりこんな神々しい巨鳥が現れればパニクらない方がおかしい。
「ファーレンベルク。盗賊だけ追い払え!」
「ピィィァァァアアアアア!」
甲高い鳴き声を上げ、ファーレンベルクは翼を広げて盗賊どもを威嚇した。
「ヒィ!」
ファーレンベルクの威嚇に盗賊たちは怯え腰になった。
その隙にと村人たちは盗賊たちから距離を取っていた。
直後、ファーレンベルクが大きく羽ばたいた。
その巨体から爆風が放たれ、盗賊どもがひっくり返っていた。
すごい威力だ。
「ば、化け物だー!」
そんなことを抜かしながら、盗賊どもはほうほうの体で逃げ出した。
「ありがとうございました」
「いえいえ。お気になさらず」
テンプレな方法で盗賊どもを追い払った俺は、そのままファーレンベルクもろとも村の中に降り立っち、案の定というか村人たちからお礼を言われまくっていた。
でもって俺は目の前の光景に、ここが異世界なんだと痛感していた。
何しろ村人たち全員が人間ではない。
いや、人間ではないと言えば語弊がある。
ありていに言えば全員の体に特徴的な尻尾や耳が付いている。
ファンタジー的なRPGとかによく出てくるような獣人たちばかりなのだ。
初めはファーレンベルクにおもっくそ面喰っていた彼らだが、その背中から俺が飛び降りるや否や。
『し、神鳥様と御使いじゃー!』
などと言って年寄だと思われる獣人がひれ伏してきたのである。
いや、神鳥に御使いって……と突っ込みたかったが、ファーレンベルクを借りて異世界に来たんだから間違ってはいないのか?
ファーレンベルクが女神様からの借り物だって看破したわけではないだろうが、炎を纏った強大な鳥が突然現れて危機を救えば……なるほど神鳥とも言いたくなる、か?
などという疑問を抱きながら、訂正するのも面倒なのでそういうことにした。
こういう場合、ありがたがられていた方がいろいろ話も早いだろうし。
……ただ、今現在俺には些細な不満がある。
そう。
獣人族と出会ったことで『そう、ここはケモミミパラダイソ!』となるはずだった俺の元には……悲しいかな、ファーレンベルクを崇める老人と、俺たちに興味と警戒心を抱いているむさくるしい連中ばかりなのである。
いや、うん。
世界を救うには関係ないんだけどね。
「獣人は珍しいですか?」
そんな中、一人の獣人が俺に話しかけてきた。
他の獣人に比べると若干身なりと姿勢がよく、物腰が柔らかい感じがする。
……というか、言語が通じない可能性も考慮していたので、言葉が通じるのが確認できて俺は内心超安堵している。
でもって男と老人ばかりとはいえ、獣人が珍しくて目が向いていたのは確かだ。
「あー。はい」
「この土地にいて獣人を知らないとは珍しいですね」
……やっぱり獣人が普通に生息しているらしい。
となると、やはりここはレンシアのいう異世界で、俺の常識は通用しないと肝に銘じておく必要があるだろう。
……ドッキリとか夢オチとか、まだ少し期待してたんだけどな。
「すみません。何しろ遠いところから出てきたもので」
「そうでしたか。
しかし、そうでもなければあなたほどの方が我々を助けようとはしないでしょうね」
「えっと、あなたは?」
「おっと、これは申し訳ありません。
私の名はメサト。この村の村長を務めさせていただいております」
村長と名乗ったメサトさんが俺に向かってどこかさびしそうにそう告げる。
事情はよく分からないが、いろいろあるのだろう。
「本来なら恩人相手におもてなしの一つもしたいのですが…」
そう言って目の前の村長は口ごもった。
そう言われ、俺は改めて村の中を見渡してその理由を理解した。
一目見てわかるほどに全員がやせ細っているのだ。
俺のことを警戒している男衆も、体格は良い癖によく見てみると全員が細いし、遠巻きに俺のことを観察している獣人たち(こっちには可愛らしいケモミミが混じってる)も頬が削げているように見える。
まるで、長い間飢餓にさらされていたかのように。
「……見ての通り、私たちも今日食べる者にも困っている始末でして」
「……この辺りでは何を主食にしているんですか?」
俺の質問に、村長は少し目を瞬かせて答えた。
「作物か、魔物を狩猟しておりますが?」
その答えを聞き、俺は少々思案した。
これが世界の滅びに繋がっているとは思えない。
しかし大事の前の小事という言葉もあるくらいだし、まずはここをどうにかしてみようと、俺は考えた。
……どの道、俺はここ以外にはどこに集落があるのかも知らないしな。
「ファーレンベルク。もう一仕事頼めるか?」
「クルル」
俺の意図を察したのか、ファーレンベルクは俺を乗せるために背を向けた。
「な、何を」
「ちょっと待っててください」
そう言って俺はファーレンベルクの背にまたがる。
俺を乗せたファーレンベルクは、大きな翼をはためかせてみるみる高度を上げる。
高くなるにつれて極度に良くなる視界を得て、俺は周辺に目を向ける。
そんな俺の視界に黒い点の群れが移動しているのが見えた。
「あっちに行ってみよう」
「クルルゥ」
先ほど盗賊団を威嚇したときと比べてかわいらしい鳴き声を上げてファーレンベルクは俺の指示した方に飛んで行った。
見る見るうちにゴキブリのようだった黒い点は大きくなっていき、黒いヌーの群れ(らしきもの)が確認できた。
「ビンゴだ。ファーレンベルク。二匹くらい捕まえて持って行こう」
「ピァア!」
そんな返事をして、ファーレンベルクは翼をはばたかせてヌー(らしきもの)の群れに突っ込んでいく。
突然現れたファーレンベルクに混乱したヌーの群れは、走りながらもその隊列に乱れが見て取れた。
その中からさらに二匹が群れから大きく外れた。
「あいつだ。行け!」
俺が指差した二匹をファーレンベルクが両足の鉤爪で確保する。
ファーレンベルクの馬力は尋常では無いようで、二匹のヌーを捕まえたまま飛び上がった。
足元で捕まえた二匹が暴れているようだが、全く問題にしていない。二匹合わせて数百キロはありそうだが平然と羽ばたいている。
「持って帰れるか?」
俺の質問にファーレンベルクはコクリと頷く。
「よし、なら帰ろう」
「ピュア!」
ファーレンベルクは返事をしたかと思うと、滞空するために起こしていた体を水平に倒して、そのまま滑空するように村の方に真っ直ぐ飛んで行った。
「ささ、クウヤ様ももっとお召し上がりください」
村に戻って肉をプレゼントしたところ、村人たちは暫しキョトンとしており、中にはヌーに鼻を寄せてスンスンと匂いを嗅いでいる連中もいた。
これ本当にもらっていいの?
誰もが警戒しながらも期待に満ちた視線を送っていたため、俺が可能な限りのジェントルスマイルと共に頷くと、大喜びの後にあっという間に調理してしまった。
うん。たぶん俺のジェントルスマイルのおかげだ!
そういうことにさせてくれ!
……コホン。
ちなみにファーレンベルクが仕留めたヌーのような生き物はブラックバイソンというらしく、群れで移動中だと仕留めるのがかなり難しい魔物らしい。
んでもって、今俺は村人たちが調理したブラックバイソン料理をふるまわれているというわけだ。
ちなみになんでクウヤと呼ばれているかというと、九条隼也という名前の発音に獣人連中が揃って苦戦していたため俺がクウヤでいいと妥協したからだ。
「いや、俺はもう十分ですよ」
「しかし、村を救っていただいた上に食料まで与えていただいた御恩を、我々はどう返せばいいのかわかりません。
せめてお腹いっぱい召し上がっていください」
とは言うがすでに満腹を通り越して爆発しそうだ。
リバースしないためにもこの辺りで止めてもらわないといろいろ拙い。
というか獣人の皆様はかなり健啖なようで、さっきから全く手が止まっていない。
少なくともすでにブラックバイソン一匹分のお肉が平らげられている。
「皆さん随分と食が進んでますね」
「ええ。ブラックバイソンの肉なんて珍しくて、みんな歯止めが効かないようです。
ただでさえまともな食事をとるのは久しぶりですから…」
見れば泣きながら食っている奴らもいる。
確かにやせ細るほど食事をとっていなかったなら相当腹が減っていたことだろう。
空腹時にいきなり肉なんて腹に叩き込むのはあまり良くないんだが、泣きながら頬張る連中を目にしてはそんな無粋な横やりを入れるわけにもいかない。
「なら存分に食べさせてあげてください。必要ならまた取ってきますから」
「何から何まで本当にありがとうございます」
そう言って村長さんは俺に頭を下げてきた。
そんなこんなで食事は進み、この世界に来て初めてゆっくりできる時間が出来たので、俺はファーレンベルクの世話をしていた。
とはいえファーレンベルクはさっきブラックバイソンの肉を差し出しても全く食べようとしなかった。
単純に好みの問題なのか、それとも霊獣というのは食事をとる必要がないのか判断に困る。
ただ、撫でてやると気持ちよさそうにしているので俺は今のんびりとファーレンベルクの首筋を撫でている。
「お前、食事はいらないのか?」
俺の質問に、ファーレンベルクは軽く頷いた。
盗賊との一件や、ブラックバッファローの狩りの時におおよそ見当がついていたが、こいつはどうやら言葉がわかるらしい。
理屈は今ひとつわからないが、俺もこの世界の言葉がなぜかわかる。
まあ言葉がわからないよりはずっとましなので正直ありがたい。
「ん? あれ?」
と、そこで俺は一つおかしなことに気付いた。
女神レンシアから借りたファーレンベルクは、借りた時は全身に炎を宿していた。
にもかかわらず、現在ファーレンベルクにはその炎が消えている。
そして炎に代わって非常に綺麗な羽根が全身を覆っているのだ。
「ファーレンベルク。お前炎は?」
「ピィ!」
俺がそう問いかけると、ファーレンベルクは無造作に全身に炎を纏ってのけた。
「うわ。もしかして、お前」
突如熱血スポーツ漫画みたいに燃え出したファーレンベルクに対し、俺はまた一つ命令をしてみる。
「もういい。消してくれ」
「クルゥ」
俺の命令に頷き、ファーレンベルクは纏っていた炎を消した。
どうやらこいつは纏っている炎を自在に操れるらしい。
……となると。
「お前、もしかして変に目立ちすぎないように炎を消してたのか?」
「クルゥ」
俺の問いに、ファーレンベルクは頷いた。
「……やるな。お前」
既に目立ちまくりなのは仕方がないが、燃えない炎まで纏っているような不思議な巨鳥なんてものが村にいたら獣人連中も落ち着いていられないだろう。
こいつなりに気を効かせたということなのだろう。
……いやもういろいろ手遅れな気もするが。
などということを考えていると、村の中で何やら一団が話し合いをしていた。
村長も交えてなかなか深刻そうな顔で話し合いをしており、何やら厄介ごとのようだった。
「どうかしたんですか?」
「ああ、クウヤ殿。いえ、その」
俺に気づいた村長が歯切れ悪くそんな返答をした。
「何か言いにくいことですか?」
「村長、俺が代わりに説明するよ」
言葉を濁す村長に、一人体格のいい男の獣人がそういってきた。
「あなたは?」
「俺はヌーア。この村で狩人をやっている。
さっきはいろいろとありがとう。助かったぜ」
そう言ってヌーアは俺に手を差し出した。
握手という文化はこの世界にもあるようだ。俺も迷わずその手を取った。
「それで、何事ですか?」
「ああ。今日、あんたが追い払ってくれた盗賊なんだが、あいつらはかなり規模の大きい盗賊でな、逃がした以上、今度はもっと大人数で攻めてくるんじゃないかと思ってな」
「……そんなに有名な盗賊なんですか?」
ただのチンピラかと思っていたが、どうやらそういうわけではないという話らしい。
「ああ、連中はこの辺りじゃあ知らない奴のいない荒くれ者たちだ」
「そんな連中を放置しているんですか?」
そんな厄介な連中なら軍か何かが放っておかないと思うんだが。
「これまでは軍がにらみを利かせていたので彼らも派手に動けなかったようなのですが、どうも最近軍が他の案件に手をこまねいているようなので、彼らを止めることができないのです」
俺の疑問に村長がそう答えてくれた。
つまり、鬼の居ぬうちにと山賊どもが調子に乗っているということか。
「それで、さっきは何を話していたんですか?」
「ああ。あいつらがもし俺たちを狙っているとすると戦わないといけないんだが…」
「兵力が足りないと?」
俺の予想に、ヌーアは首を縦に振った。
「それで、今あんたに力を貸してもらおうと考えている俺たちと、これ以上迷惑をかけられないと考えている村長とで話し合いをしていたってことだよ」
ヌーアがそういうと、村長は恐縮したようにこちらを向いていた。
「そういうことですか。なら、話合いはここまでですね」
「というと?」
ヌーアの問いに、俺は迷わず答えた。
「俺も防衛に加わりますから」
「よ、よろしいのですか?」
村長の問いに俺は頷く。
世界の滅びについて調査しなければいけないのは事実なのだが、俺はまずこの世界にて足場を固めなければならない。
ならばまずはこういった細かいお悩みを解決するのが一番の近道だろう。
幸い、こっちには盗賊団を吹っ飛ばす力を持ったファーレンベルクがいる。
やってやれないことはないだろう。
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