謎の襲撃者
シェルビエント。
人間界の東端。大陸の中央に位置するこの国家は、北の大山脈と南の大森林に挟まれた天嶮の地であり、魔族の襲撃を防ぐための砦が作られている人間界防衛の要となる土地である。
ゆえにシェルビエントは魔界からの襲撃を抑えるような構造となっており、東部からの襲撃を抑えることに非常に特化している。
また、時折発生する北部からの竜種襲撃に備えるために北側の防衛体勢もかなり整っている。
しかし、対照的に南部の防衛形態はザルそのものと言っていい有様だ。
その理由はただ一つ。シェルビエント建国以後、南部の大森林からは一度として襲撃が発生した試しがないからである。
シェルビエント南部には、大森林と呼ばれる広大な森林地帯が広がっており、極度に濃密な魔力の立ち込めるこの地域は植物が魔物化してしまっている。
肥沃すぎるがゆえに生命の生存を許さぬかの地は、魔界とは真逆を言っていいその土地柄から、魔族でさえも踏み入れぬ危険地帯と化しているのである。
そして、魔物化した植物たちは濃密な魔力の満ちる大森林の内部からはい出ることはない。
ゆえに、シェルビエントは南部からの襲撃を受けたためしがないのだ。
「ったく、なんだって大森林の方から襲撃があるってんだ?」
ありえないはずの南部からの襲撃を知らせる鐘の音を聞き、トリストスが悪態を吐きながら真っ直ぐ南下していた。
「あり得ぬと思うのは勝手じゃが、襲撃者がいるのは間違いないぞ」
「別に女王を疑っているわけじゃあない」
「セレスティーナ様の能力は誰もが存じ上げています。今頃、全軍が南部の防衛に当たっている事でしょう」
トリストス、セレスティーナと共に、シルディエとバストラングも並走しながらシェルビエントの街並みを縦断していた。
何者かが南部から襲撃を仕掛けてきたとを察知したのはセレスティーナであり、即座にシェルビエント内に南部から襲撃者有という鐘の音を鳴らしたのはほかならぬ彼女の差配である。
魔族はともかく、連合軍側はセレスティーナの実力を嫌という程思い知っているため、誰もが即座に対応したことだろう。
ゆえにトリストス達は真っ直ぐに現場目指して駆け出しているのだ。
「女王。襲撃者の数は?」
「うむ。数はおよそ1000といったところじゃな」
「1000? それっぽっちか?」
セレスティーナの説明に、トリストスは眉を寄せながら問いを返す。
今現在、フォルシアンには魔族も含めて万単位の戦力が集結している。
それもただ数を揃えただけの戦力ではなく、ドルガーによって鍛え上げられた獣人族の部隊と、シェルビエントの精鋭魔導師。さらには魔界を生き延びた5万近い魔族たちだ。
魔族全員が戦闘を得意としているわけではないが、それでも彼らの戦力は相当なものがある。
敵が何者かまでは分からないが、1000程度であれば問題視するような問題もないのではないかという考えがトリストスの脳裏をよぎる。
しかし、そんな慢心を見抜いたのか、セレスティーナが釘をさす。
「油断する出ないぞトリストス」
「ん?」
「襲撃者は1000程度じゃが、どうも妙な気配がする」
「妙な気配、ですか?」
シルディエの疑問に、セレスティーナは歩を緩めることなく頷き答えた。
「直に見ぬと詳しいことは分からぬが、何とも言えぬ嫌な気配がするのじゃよ。少なくとも、このような気配は感じたことがない」
「……分かった。心してかかろう」
セレスティーナの一言に、トリストスは頷き先頭を走った。
考えてみれば、敵は魔物化した植物のたむろする大森林から襲撃してきたのだ。まず間違いなく普通ではないだろうと思案し直したトリストスは、しばし後にその眼に敵の姿を映した。
「ん? あいつらは?」
が、その敵の姿を目の当たりにした瞬間、トリストスは足を止めて眉をひそめた。
「竜人族?」
そして、それは残った三名も同様であり、襲撃者の姿を確認したシルディエも同じ疑問を抱いた。
南部からやってきた襲撃者たちは、先日同盟を組んだベヘルとよく似た姿をした魔族たちだったからである。
「……なんにせよ、敵には変わりない。やるぞ!」
トリストスの一言に、バストラングは戦斧を、シルディエは槍を、セレスティーナは弓を構える。
「セア!」
シェルビエントの街中で剣閃が光る。
振るわれるのは長刀、振るうのは剣士トリストスである。
「はっ!」
その隣で、雷を纏った槍が突きだされる。
槍を放つのは元ドルガー軍の指揮官、シルディエ・グランガイス。
「……」
さらにその場から離れた場所で1人の巨漢の獣人が無言で戦斧を振るう。
大気を叩き切らんばかりの轟音を響かせる斧使いはバストラング。
三人はシェルビエントの街中にて突如攻め込んできた敵を迎撃した。
「チィ! 何なんだこいつらは!」
しかし敵を両断しながら、長太刀を振るうトリストスは舌打ちをする。
トリストスの刀は、突如襲撃をかけてきた竜人たちを一刀の元で両断することが出来ている。
だが、にもかかわらずその表情は苦い。
なぜなら、敵は両断されながらも戦闘を続行しているからである。
「どうなってやがる! 竜人族ってのはどいつもこいつもこんな馬鹿げた生命力を持ってるもんなのか?」
トリストスは眼前に迫る竜燐を帯びた襲撃者たちを両断している。
竜燐を帯びた襲撃者たちは、ベヘルという名の竜人と酷似した容姿をしているため、一目で竜人族だということは察しがついた。
現在、駆けつけたドルガー軍獣人部隊が正面から迎撃しているが、全身を強固な竜燐に覆われた竜人族相手に攻撃が上手く通らないのか、現在各所で拮抗状態となっている。
攻撃の効果が薄いにもかかわらず盾兵を並べて抑え込んでいるのは流石というべき練度の高さではあるが、それだけでは致命的に決定打に欠ける。
ゆえにトリストス達が中心となって敵を屠る必要があるのだが、竜人たちは明らかに普通ではなかった。
表情らしい表情を浮かべず、機械的に動く竜人族の動きには、おおよそ人らしい生気というものが抜け落ちており、それ以上に敵は異常だった。
「……心臓を貫いた手ごたえはあるのに、まだ動けるなんて」
「こっちも同じだ。首を落としてなんで生きてんだよこいつら」
竜人たちを屠りながら、シルディエとトリストスが悪態を吐く。
襲撃者である竜人たちは首を落とそうが、心臓を貫こうが、雷に打たれようが、それらを斟酌することなく攻撃を続行してきたのだ。
「踏ん張れ! 陣形を崩すな!」
あちらこちらから獣人族たちの苦悶の声が上がる。
襲撃してきたのはベヘルと同種の竜人族。
人族の常識を外れる身体能力を持つ獣人族たちでさえ梃子摺る戦闘力と、体を覆う竜燐に守られているせいか、獣人族たちも大いに苦戦している。
おまけにその竜人たちが四肢を切断してもなお戦闘を続行してくるのだ。
バストラングとトリストスの二人は問題なく四肢を切断できているが、切断した手足さえも蠢く状況から獣人部隊も徐々に押し込まれている。
「ちぃ、このままじゃジリ貧だぞ! おい女王、手を貸せ」
「……トリストス」
長太刀を振るいながら加勢を求めるトリストスに対し、セレスティーナが声をかけてきた。
「少し時間を稼いでくれ。妾に敵を近づけんでくれ」
「あ? 何だ突然?」
「試してみたいことがある」
セレスティーナは突如そういうと、弓を背負い合掌をして瞑目した。
「おい! ったく、しょうがねーな!」
突然意味の分からない行動をとったセレスティーナに対し、トリストスは仕方なく彼女の元へと迫る竜人たちを屠る。
そして迫り来る竜人を10人ほど細切れにした時、セレスティーナを中心に光の輪が広がった。
直後、トリストスとバストラングが両断した竜人族と、切断した手足や首の動きが止まった。
五体満足の竜人族はそのまま動き続けていたが、手傷を負った竜人族は目に見えて動きが悪くなっている。
「女王。これは……」
セレスティーナが行った行動がもたらしたらしい結果に、トリストスは問いを投げかけた。
その問いに対し、セレスティーナはやや息を荒げながら答えた。
「精霊魔法の一つ『浄化』を用いたのじゃよ。死せる魂をあるべき場所へと返す秘術をな」
「死せる魂、だと?」
端的な説明に含まれていた奇妙な表現に、トリストスは眉をひそめた。
深く問いただしたいという衝動に駆られながらも、しかしトリストスは即座に考えを変える。
「つまり、あんたはこいつらを仕留められるってことだな?」
迫り来る竜人族を両断しながら、トリストスは再度問いを口にする。
それに対し、セレスティーナは頷いた。
「うむ。とはいえ、流石に無傷の敵を浄化するのは厳しい。一人や二人ならともかく、この数が相手では」
「なるほど。そういうことなら任せろ。シルディエ! バストラング!」
「了解!」
トリストスの一言に頷き、シルディエとバストラングが周囲の竜人族への攻撃を続ける。
先ほどまで両断された竜人族の腕や首などに足元を取られそうになっていたため、それを気にする必要のなくなった二人は次々と竜人族を屠っていく。
獣人部隊も要領を得てきたのか、少しずつ竜人たちを押し返して行っている。
そして重傷を負ったであろう竜人たちはセレスティーナの精霊魔法によってその動きを完全に奪われる。
同時に、切断された手足も動きを止める。
未だに存命の竜人族が多いのは確かだが、このままならば殲滅できるとトリストス達はさらに攻撃の手を増やす。
「……ッ!」
だが、セレスティーナは5度ほど浄化の魔法を発動した時、突如苦悶の表情を浮かべて膝を折った。
「女王!」
「セレスティーナ様!」
トリストス、シルディエと共にバストラングも、突如苦しみだしたセレスティーナの方を向いた。
「トリストス! セレスティーナ様を!」
「分かった!」
シルディエに指示され、トリストスは周囲の竜人族の相手もそこそこにセレスティーナの元へと駆け寄った。
「どうした女王!」
「くっ……魔力を、消耗しすぎただけじゃ。安心せよ」
「魔力の消耗のし過ぎだと?」
見れば、セレスティーナの表情は青く、呼吸も荒い。トリストス自身には経験のない話だが、恐らくは魔力欠乏症の一歩手前といったところだろう。
僅か数分の魔法行使でセレスティーナがその症状を起こすという事実に驚きながらも、トリストスは周囲の竜人を切り捨てながらセレスティーナを抱え、近くの建物の屋上へと飛び移った。
「今の精霊魔法ってのは、そんなに魔力を消耗する代物なのか?」
「いや、本来ならばこれほど消耗する代物ではない」
「なら」
「……奴らは、普通ではない」
しばし休んだおかげで呼吸を整えたセレスティーナが、立ち上がりながらトリストスの問いに答えた。
「浄化の精霊魔法は、死せる魂をあるべき場所へと誘う秘術じゃ。迷う魂を浄化することで死者を昇天させる作用を持っておる。だが、奴らは違う」
眼下の竜人族を見ながら、セレスティーナは話を続けた。
「あの竜人族たちが死霊に近い存在だということが見えた故、妾は浄化すれば解決すると思い、精霊魔法の秘術を紡いだ。しかし、あ奴らの魂はおそらく縛られておる」
「……なんだと?」
セレスティーナの説明を聞きながら、トリストスは半信半疑になりながら問い返した。
「言ってる意味は半分も分からねーが、要するに連中は元々死んでいて、無理やり生き返らせられているってことか?」
「うむ。そのような不自然な存在でなければ、そもそも浄化という精霊魔法は意味をなさん。お主らに効果がなかったようにな。しかし、死霊と呼ぶには奴らの存在は安定しすぎておる。ゆえに浄化の効きが悪かったゆえ、妾も魔力を使いすぎてしまった」
「……つまり、もうやらない方がいいってことだな」
一言つぶやき、トリストスは立ち上がった。
「否じゃよ。あの連中を止めるには、妾がこれを使うしかあるまい」
「もう何度も使える手じゃないんだろ? しばらく無理せず休んでろ。援軍も来たらしいからな」
「ぬ?」
トリストスの一言に、セレスティーナはその視線を追った。
その視線の先には、巨大な炎鳥と、その背に乗った三人組。クウヤ、フィナリア、ベヘルの姿があった。
セレスティーナの探知力は非常に優れてはいるものの、魔力を欠乏寸前まで用いてしまった状況でその集中力は極度に落ちており、ファーレンベルクの接近に気が付かなかったのだ。
「トリストス! 女王様! 状況は?」
ファーレンベルクに乗って駆けつけたクウヤの質問にトリストスは端的に状況を説明する。
「竜人族の連中がいきなり大森林の方から襲撃をかけてきやがった。で、どんな理屈か知らないが連中は頭を吹っ飛ばしても、真っ二つに両断しても戦闘を続行してきやがる。おいベヘル! 竜人族ってのはどいつもこいつもあんな馬鹿げた生命力してるもんなのか?」
「そんなはずなかろう。我らとて貴様らと同じ生命体。切られれば血も出る。首を切られれば命も失う。そもそも、俺以外の竜人族はイファール様によって滅ぼされたはずなのだ」
「……こりゃあ、女王の話に信憑性が増してきたな」
ベヘルの返答に、トリストスは長太刀を肩に当てる。
クウヤ達に状況説明をするついでにベヘルに当てた問いだったが、どうやらセレスティーナの言う通りで竜人族は既にベヘルを除いて息絶えているらしい。
なぜベヘルだけが生き延びているのかという疑問が過るが、トリストスはそこを差し置いて周囲を見渡した。
シルディエとバストラングが竜人たちを攻撃しているが、その体からは血の一滴さえも流れ落ちていない。
なるほど。こうして離れた場所から見れば確かにいかれた状況だとトリストスは思い至った。
「とりあえず、人手がいる。手を貸せ」
「……よかろう」
そう言って、ベヘルはファーレンベルクの背から飛び降りた。
「かつての同胞の亡骸を何者かが利用しているという事実は、俺にとっても容認できることではない」
「うし。やるぞ!」
「フィナリア。俺たちも!」
「ええ!」
トリストスとベヘルの二人が屋根から飛び降りるや否や、ファーレンベルクにまたがっていたクウヤもフィナリアと共に戦闘体勢に移った。
「ファーレンベルク! 焼き払え!」
「ピュアアアアアアアア!!!!!」
クウヤの指示に従い、ファーレンベルクが口内の火炎を放つ。
「ん?」
だが、直後トリストスは奇妙な光景を目の当たりにした。
ファーレンベルクの火球を受けた竜人が、一瞬で焼け焦げた後に動かなくなったのだ。
「ファーレンベルク! じゃんじゃんやれ!」
クウヤの指示に従い、ファーレンベルクは次から次へと火球を放って竜人族を屠っていく。
そして、火球を受けた竜人族は、どういうわけか二度と動かなくなった。
「おいベヘル。竜人族ってのは、炎が弱点だったりするのか?」
近くにいた竜人を細切りにしなが、トリストスは浮かんだ疑問をベヘルへと投げかける。
それに対し、ベヘルは同様に近くにいた竜人族の頭部を握りつぶしながら答えた。
「いや、決して弱点という程のものではない。確かに強力な火球ではあるが、こいつらを一撃で消し炭にするほどの威力があるようには見えん」
「……火魔法が弱点でないなら」
ベヘルの話が確かなら、竜人族は別段火魔法を苦手としているわけではないという。
そのことを認識した瞬間、トリストスはフラッシュバックのようにある光景を思い出した。
かつて、シェルビエントの砦が破壊された直後に魔族たちが流れ込んできたとき、トリストスは今の竜人族よりもはるかに厄介で強力な敵と遭遇した。
吸血皇王ヴィラルド。
切れども切れども即座に再生する上に、肉片を瘴気に変えてしまうというあの化け物は、イファールさえも戦いを避けたという魔界屈指の怪物とイルアムが言っていた。
トリストス自身もヴィラルドと戦い、瘴気に侵され、危うく殺されかけたところをクウヤとファーレンベルクに救われたのだ。
……状況は違う。
今対峙している竜人族は、あの時対峙した魔王ヴィラルドと比べて驚異的とは言い難い。
だが、この状況は、あの時と非常に酷似している。
そのことに気付いたトリストスは、大きく声を張り上げた。
「クウヤ! そいつの攻撃はこいつらにかなり有効らしい! 多少無茶しても構わん! ためらいなくガンガンぶっ放せ!」
「分かった!」
トリストスの指示が聞こえるや否や、クウヤはファーレンベルクに指示を下す。
そして指示が下るや否や、ファーレンベルクは火球に火炎放射や熱線を交えて竜人たちを攻撃し始めた。
「全軍! 無理に抑え込まなくて構わない! 敵を一か所に集めるように取り囲みなさい!」
それに応じるように、シルディエが陣頭指揮を執り、獣人部隊はその陣形の組み方を変え、竜人族を数か所に固めるような陣形を組みかえだした。
その成果は目に見えて現れており、先ほどまでジリ貧になりかけていた状況は、既に竜人族の3割を削り取るに至っていた。
「……」
だが、余裕の生まれた状況下にあってトリストスは。否、余裕が生まれた状況下だからこそトリストスは眉をひそめた。
今回の襲撃は、一体だれが、何の目的で行ったか。
そもそもどうやって、イファールによって滅ぼされたはずの龍人族を従え、人が踏み入ることの許さない大森林側から襲撃を仕掛けるということが出来たのだろうか。
思考がそこにたどり着いたとき、トリストスは咄嗟にある方向を向いた。
その方向から、セレスティーナが駆け寄ってきていたからだ。
「女王! 何やってんだ! 休んでろって……」
「トリストス! あ奴を止めろ!」
トリストスの言葉に応じず、セレスティーナは上空を指さした。
指摘されるがままに指さした先を見ると、トリストスの目にある人物が映った。
「あいつは……ロイルド!?」
その姿を確認するや否や、トリストスは反射的に宙に浮く帝国魔道総帥にめがけて跳躍した。
だが、ロイルドはトリストスの跳躍を読んでいたかのように空を飛びながら回避し、その手から炎の龍を生み出した。
『炎龍弾!』
ロイルドの手から放たれた炎の竜は、攻撃を外したロイルドではなく、竜人たちを焼き払っていたファーレンベルクめがけて放たれた。
「ッ! 避けろ、ファーレンベルク!」
とっさに気付いたクウヤが、ファーレンベルクへと回避の指示を下す。
指示に従い、ファーレンベルクは迫り来る火炎龍を上方へ回避して躱す。
だが、ファーレンベルクに回避された火炎龍は、突如分裂し、分裂した片方が上空へとのがれたファーレンベルク目がけて飛翔した。
「な!?」
その状況に、その場にいた誰もが絶句した。
魔法を分裂させて操るなどという技法など、通常とはかけ離れた戦歴を持つこの面々を以てして異常と言わざるを得ない魔法の行使だったからだ。
しかし。
『風龍弾!』
そんな中で、ファーレンベルクの背にまたがっていたフィナリアは、即座に風の龍を生み出し、追いすがっていた炎龍弾を相殺させた。
「……あいつは」
そんな中、炎龍弾を回避したファーレンベルクの背にまたがっていたクウヤが、突如魔法を放ってきた張本人を見やった。
「お久しぶりですねぇ。炎鳥使いに、ノーストンの姫君よ」
「ロイルド・インディオス」
突如現れた闖入者に対し、クウヤは明確なまでな敵意を向けた。
『風刃・旋風!』
シェルビエント西部にて、迫りくる竜人を相手に裂将セネルは無数の風刃を叩き込んでいた。
「クソ、セネル様! これは一体!?」
「分からない! でも倒さなければ危険よ!」
突如として現れた竜人族を前にセネルは対応を余儀なくされた。
現在、魔族の実力者たちが迎え撃っているのだが、竜人族は魔界内でも屈指の生命力と戦闘力を持つ超越種である。
いかに魔族たちが優れているといってもかつて魔界の覇権を握っていた竜人族に敵うほどではない。
そして、この場にいる魔族たちはイファールの手によって擁護された魔界内での弱小種族。
誰もが獣人並みの戦闘力を持ってはいるが、それでも竜人族を圧倒できるほどの戦力は有していないのだ。
『風弾・五月雨!』
そんな中、裂将セネルは迫りくる竜人族を一人ずつ確実に仕留めていく。
セレスティーナ同様に一撃の威力にかけるセネルには竜人族を一撃で屠れる力はない。
ゆえにセネルは竜燐の一枚に攻撃を集中させ、その一枚から皮下にダメージを与えることで竜人たちを屠っていた。
いかに竜人族といえども、頑強なのは体表を覆うその竜燐のみであり、竜燐の下には他の者達と同じように攻撃すれば傷つく構造をしている。
そしてセネルは打ち抜いた竜燐に風の弾丸を放ち、内側から炸裂させることで手足を破壊するというえげつない方法を取っていた。
(とはいえ、なぜイファール様が滅ぼしたはずの竜人族が、なぜ?)
視界内に現れる竜人族を屠りながら、セネルはそんな疑問を抱く。
竜人族はベヘルを除いて5年前にイファールが全滅させたはずの魔界最強種。
それがなぜ突如このような大軍でこの砦の地を攻めてくるのかが、セネルにはまるで理解できなかった。
加えるならば、竜人たちはどういうわけか腕を切り飛ばしても、心臓を打ち抜いても平然と攻撃を続行してきた。
「……敵は、1000といったところか。ベヘル達も動いている。なら、あなたたち! 手傷を負った竜人族を抑え込みなさい!」
セネルの指示に従い、腕を落とされた竜人族を魔族たちが数名掛りで抑え込む。
どういうわけか不死身に近い戦闘力を有している竜人族ではあるが、腕を切り落とされ、足をもがれればそれなりに動きは悪くなる。
万全の状態ならばともかく、その状態であれば抑え込むのは難しくない。
数そのものはこちらの方が圧倒的に有利なために取れる戦法だった。
「さて、状況は……」
あらかた視界内の敵を屠ったのち、セネルはシェルビエント内に潜り込んできた敵の数を探る。
セレスティーナには一歩及ばないが、セネルの探知力もシェルビエント内の大半を多い囲うほどに広大である。
ゆえにセネルはその広大な索敵範囲内の敵の所在と、味方の分布から自分がどこに向かうべきかを割り出す。
(ライオスは同じくこの一帯の竜人族を排除している。南方は人間界側が対処しているようね……っ!!!)
気配を手繰っている最中、セネルは自分の近くにとある気配があることに気が付いた。
その気配の主は、自分たちの主であるイファールを裏切った張本人の気配であった。
「……セネル様、どちらへ?」
無言のまま鋭い怒気をにじませるセネルに対し、近くにいた魔族たちが言葉に窮する。
そんな魔族たちに対し、セネルは一言つぶやいた。
「私が相手をしなければいけない相手が来ている。あなたたちは竜人たちを抑え込んだらライオスに南方へ向かうように指示をして」
「わ、分かりました」
セネルの指示に従い、魔族の一人が頷いて周囲の魔族たちに指示を下す。
それを見て、セネルは真っ直ぐに気配のする方へ向かって駆け出した。
「……シャクト、なぜ、なぜイファール様を」
目的地に向かって走りながら、セネルはそう呟いた。
セネルは魔将たちの中では2番目の古株である。
魔将になった面々を若い順に並べるのであれば、竜人族との戦いの後に魔将となったライオスが最も若く、次いで竜人族との戦いの後に唯一イファールに降伏したベヘル、ゴライアス、セネルと続く。
つまり、シャクトは魔王イファールと最も長い時を共にした魔将であり、側近の中の側近であり、魔将の筆頭と呼ぶべき存在であったのである。
「なぜ」
そう言って、セネルは家屋の屋根に飛び乗って右手に魔力を集約させる。
そして、彼方にいるはずの敵を真っ直ぐに射抜いた。
が、放たれた風弾は事もなく防がれ、セネルの射撃を防いだ張本人は、その身に炎を纏いながらセネル同様に家屋の上に飛び上がってきた。
そして、屋根の上からその人物を見かけた時、セネルは激情を飲み込みながら静かに問いかけた。
「なぜイファール様を裏切ったの? 炎将、シャクト」
問われ、セネルの存在に気付いたであろう炎将シャクトは、無言で無数の炎弾を生み出すことで応じた。
「……応えるつもりがないというのなら、それもいいわ」
そう言って、セネルも自らの周囲に無数の風弾を生み出した。
「イファール様が今どこにいるのか、力ずくでも教えてもらうから」