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魔王と従者

「明日ですか?」


 唐突にそんなことを口にする師匠に対し、俺はそんなことを口にした。


「いくらなんでも急すぎませんか?」


 師匠の提案に対し、ジェクト将軍もそう口にした。

 先ほどの戦いで俺たちの陣営はかなり手痛い打撃を受けている。

 ジェクト将軍は魔力が切れかかっており、バストラングは重傷を負っている。

 ドルガー軍も現在部隊の再編成を行っている真っ最中で、明日魔界に攻め込むのはかなり厳しい気がしてならないのだ。


 が、そんな俺たちの懸念に対し、師匠は首を横に振りながら答えた。


「魔界に進軍するならば不可能だろう。だが、面々を絞れば十分に可能だ」


「……では、ロウセイ様はどなたと共に向かわれるおつもりなのですか?」


 ジェクト将軍の問いに、ロウセイ師匠は答える。


「わし、クウヤ、フィナリア、イルアム、セレスティーナ。それとファーレンベルクじゃな」


「……その人選についての理由を伺っても?」


 師匠の真意を察しきれなかったのか、そう問いかける。

 俺にしても師匠の意図がよく分からないし、他の面々も同様なのか師匠の言葉を待っている。

 それに対し、師匠は頷き答えた。


「わしがイファールと一騎打ちするために必要なのがその面子だからだな」


「師匠が、あの魔王と?」


 師匠の一言に、俺は再度疑問を抱く。

 

「左様」


「……ロウセイ様は、かの魔王と一騎打ちをされるおつもりなのですか?」


「うむ。あ奴とは、わしが話を付けねばならんからな」


 話を付ける。

 その表現に、俺たちは師匠が何をしようとしているのかをわずかばかり理解した。

 言動から察するに、師匠は魔族と正面からぶつかり合うことを良しとしていない。


 つまり、師匠は魔王と自分の一騎打ちで勝負を付けようとしているのだ。


「なるほど。セレスティーナ様であればイファール殿の位置を特定できる。イルアム殿は魔界の地理に詳しい。ファーレンベルクを用いれば足も確保できる。そういうことですか?」


「さすがに察しがいいな。ノーストンの将軍よ」


 ジェクト将軍の指摘に、ロウセイ師匠は意を得たりといった様子で頷いた。


「……一つ質問、いいですか?」


 恐る恐るといったふうに、俺はその会話に口を挟む。


「なんだ?」


「俺は、ファーレンベルクと一緒にってことなんですか?」


「まあそれもあるが、恐らくお主の白魔導師としての腕も必要になると見越しての話でもある。イファールと戦う以上、わしも一切の加減が出来んだろうからな」


「では、私はクウヤさんの護衛ということでしょうか?」


 フィナリアの問いに、師匠は腕を組んだ。


「それもある。だがまあ本音を言えばあの炎鳥に関わる者を同行させるべきだと思うが故だ」


「……ファーレンベルクの力、か」


 師匠とイファールの力は明らかにファーレンベルクを上回っていた。

 である以上、これから先はファーレンベルクでも立ち入ることのできない戦いとなるのだろう。


 幾度も一緒に戦い抜いてきたファーレンベルクの力を疑うわけではないが、この一戦に限って言えばファーレンベルクは完全に移動役に徹することになる。


 女神レンシアに借りた霊獣ファーレンベルク。

 強化される前だというのに、イファールが敵対することを避けたヴィラルドを滅したというのに、強化された後であるにもかかわらずイファールやロウセイには勝てそうにない。


 ……どうにも腑に落ちない部分があるが、考えても仕方のないことだ。

 いずれにしても師匠とイファールの戦いには関係がないのだから。


「出発は明日の朝。問題は?」


「ありません」


 師匠の問いにジェクト将軍がそう答え、他の面々にも異存はなかった。












「これが、魔界か」


 魔族と激しくやりあった翌日、朝日が昇るころに集まった俺たちはそのままファーレンベルクの背に乗って真っ直ぐに魔界へと向かった。


 シェルビエントの砦は人間界と魔界を隔てる土地であったため、その近辺はまだ多少の緑が見て取れる土地だった。

 だが、東に向かえば向かうほどにその緑はなくなっていき、少しもしないうちにファーレンベルクに乗る俺たちの視界にはひび割れた荒野が広がって行った。


「魔界って、確か人間界と同じくらいの広さがあったよな?」


 この世界に来たばかりの時の記憶をたどって、カーナイルに見せてもらった地図を思い出す俺の問いに、フィナリアが頷いた。


「地図の上ではその通りです。あの地図は災害戦争以前に作られたものですが、大陸の形は変わっていないはずですので、間違いはないでしょう」


「……こんな土地が、魔界全土に広がっているってのかよ」


 魔界というのは人間界とほぼ同じ面積を持っているのだが、人間界とは比べ物にならないほどに荒れ果てた荒野が広がっていると聞いていた。


 だがそれは5000年に大陸の南東に隕石が衝突したからであり、今はそんなことはないだろうと、俺は心のどこかで思っていた。


 しかしそれは誤りだった。

 ファーレンベルクの背から見渡す魔界は、到底人が住めるような土地ではない。

 ただひび割れた荒野の中を、吹きさらしの風が吹いていただけだった

 

 そんな光景に圧倒される俺に対し、イルアムが声をかけてきた。


「ここは魔界においては安全に部類される土地です。魔界の奥地であれば、このようなものではありませんよ」


「安全? ならなんでこの辺にはだれも住んでいないんだ?」

 

「魔物の一匹さえいないこの土地に、誰が住み続けることが出来るのですか?」


 言われて俺は気が付いた。

 今眼下に広がる大地には何もないのだ。

 文字通り、命の気配が。


「魔界には大きく分けて二つの区域が存在します。

 一つはこのようにただひたすら何もない荒野が広がる不毛の土地。

 そしてもう一つは……」


 そう言って、イルアムは魔界の地平線を指さした。


「あのような曇天に覆われた危険地帯です」


「……あれは」


 イルアムが指差した先の魔界の空が黒い雲に覆われている。

 ただの黒雲といえなくもないが、その黒雲が恐ろしく嫌な感じがする。


「あそこは、一体……」


 疑問を抱く俺に、イルアムが詳細を説明する。


「魔界の西部一体はこのような荒野が広がるのみですが、東部から中央部にかかるおよそ8割はあのような黒雲に覆われた黒くひび割れた大地が広がっています。そして、その大地には……」


「瘴気が満ちておるのだろう?」


 イルアムの説明を遮り、ロウセイがそんなことを呟いた。


「……その通りです」


 ロウセイの呟きに、イルアムが頷いた。


「あの暗雲に覆われた魔界の本土は、まともな者であれば呼吸することさえ苦痛となる瘴気に満ちています。

 そして、その瘴気を糧にする凶悪な魔物たちが跋扈している危険地帯でもあるのです。

 ですが、魔界に生きる者はこの危険地帯の魔物を食さねば生き残ることが出来ません。

 ゆえに、魔界にあるのは弱肉強食というたった一つの法則だけなのです」


「……」


 イルアムの口から語られる魔界の存在に、俺は恐ろしいものを感じた。

 師匠の言った通り、魔界という土地に住む人々は全員が全員苛烈な生存競争を勝ち残らなければ生き残ることの許されなかったのだ。


 ただ呼吸するだけでも困難な中で、凶悪な魔物たちと戦うことを日常としながら。


 そして、魔族たちが生存できるのが東部と中央部の危険地帯であるということは、彼らが人間界に攻め込もうと思えば、必然的にこの何もない荒野を横断しなければならなくなる。


「そして、その頂点に君臨する者が魔王イファールということじゃな?」


 イルアムの説明に耳を傾けていたセレスティーナが、突如そんなことを口にした。


「ええ。その通りです」


「どうやら、お主らの主はあの暗雲の近くで妾たちを待っているようじゃ」

 

 セレスティーナの一言に、俺たちの間に緊張が走る。


「……魔王イファール」


 溶岩という稀有な魔法を扱い、溶岩龍を9つも形成してのけた文字通りの怪物。

 魔界を支配していた三大勢力の内、竜人王と悪魔王を打ち破った最強の魔王。


 そして、イルアムが俺たちと被ると言っていた弱者救済のために立ち上がった魔界の英雄。


「戦う前に、お主らに言っておくことがある」


 突如、イファールについて考えを巡らせていた俺……ではなく、俺たちに対して師匠が真っ直ぐに前を見据えたまま話しかけてきた。


「もし魔王イファールと戦いになれば、あ奴とはわしが戦う。お主らは手を出すな」


「……分かっています」


 師匠の言葉に、俺たちは頷いた。

 もとより師匠以外に戦える相手ではない。

 それがわかっているからこそ、俺たちは何も言うつもりはない。

 

 しかし、そんなロウセイ相手にイルアムが一言口にした。


「ロウセイ殿。私は、あなた方と魔王様に戦ってほしくないのです」


「分かっておる。お主が説得できるのなら無理に戦おうとは思っておらん」


 師匠の言葉に、イルアムはやや安堵の表情を浮かべた。

 だが、そんなイルアムに対し、師匠はさらに一言付け加える。


「だがな、まず間違いなくあの男とは拳を交えねばならなくなるぞ」


 ロウセイ師匠がそう言うと、いつの間にか暗雲に覆われた魔界が眼前に迫っていた。

 そして、その暗雲に突入する前にファーレンベルクは体勢を変えて大きく減速する。

 その眼下には、鋭い目つきでこちらを睨む魔王イファールと、5人の側近たちがいた。


「イファール様!」


 その姿を目視した直後、イルアムは自らの主の名を呼んだ。


「……イルアムか?」


 こちらを睨むような眼光をそのままに、イファールはこちらに向かって問いをかける。

 そんなイファールを見ながら、イルアムは俺の方を向いて口を開いた。


「クウヤ殿。ファーレンベルクを下げていただけませんか?」


「え? でも……」


 ファーレンベルクにとってのアドバンテージは上空を舞うことにある。

 である以上、下手に地上に降りるのは危険な事である。

 だが、そんなことを考える俺に対し、ロウセイ師匠が頷いた。


「クウヤ。下ろせ」


「師匠…」


「あいつは、魔王イファールは不意打ちやだまし討ちをするような輩ではない」


 真っ直ぐ眼下の魔王を見下ろしながらそう言う師匠の言葉は、反論を許さぬほどに重みを帯びているように感じられた。


「……分かりました」


 そう言って、俺はファーレンベルクに降りるように指示する。

 魔界の大地に降りたファーレンベルクの背からイルアムが飛び降り、イファールの元へと歩み寄る。


「イルアム。何故人族と共にここへ来た」


 そんなイルアムに対し、イファールは無表情のままそんな問いを口にした。

 が、その瞳には殺意や敵意こそ宿ってはいなかったが、下手な反論の一切を許さない威圧感が含まれていた。


「……魔王様」


 そう言って、イルアムはイファールの前に跪く。


「私は、あなた様の命を受け、人間界に潜入し、これまでの日々を過ごしてきました」


「……」


 無言のまま先を促すイファールに応じるようにイルアムは言葉を続けた。


「魔族の未来のために人間界を制圧しようとしているイファール様の考えは理解できます。ですが、私にはそれが必要だとは思えません」


「おいイルアム、何を言って……」


 イルアムの言葉に、シルディエと戦っていた雷使いの魔族が口を挟もうとして、それをイファールが片手を上げて制した。

 

「……イルアム。お前は一体人間界で何を見聞きした?」


 イファールの問いに、イルアムは跪きながら口を開いた。


「人族と魔族の共存の可能性を」


 イルアムの一言に、魔族側の数名が驚きに表情を変えた。

 変えたのは雷使いの魔族と、セネルとかいう名前の女性魔族の二人である。


「……」


 魔王イファールはそのイルアムの言葉に、なおも変わらぬ鉄仮面を貫いていた。


「魔王様。

 我々魔族は、人間界に住む者達からこの不毛の魔界に閉じ込められ続けてきました。

 しかし、それは人間界の総意ではありません。

 そして、先日報告した通り、人間界の勢力はこの魔界同様に一新されました。

 新たな勢力を代表する者達が、あの炎鳥と共にいる者達です」


 そう言って、イルアムは一度言葉を切り、立ち上がり、イファールに向かって毅然とした態度で口を開いた。


「あの者たちは魔族の敵ではありません。

 彼らは、真摯に我々との共存を望み、その道を模索しています。

 ですから、魔王様、彼らと争うことは、おやめください」


 そう言って、イルアムは頭を下げた。

 しばしの間、その場に重苦しい沈黙が降りる。


「イルアム。表を上げろ」


 そしてその沈黙は、イファールによって破られた。


「イファール様」


「イルアム。お前に1つ問う」


 顔を上げたイルアムに対し、イファールが問いかけた。


「それは、人間界の総意なのか?」


「……」


 無表情のままのイファールの問いに、再び場に沈黙が降りる。

 問いかけられているのがイルアムである以上、俺たちに口を挟む余地はない。


「……総意ではありません」


 そして、イルアムはそんなことを口にした。

 

「ですが、イファール様」


「イルアム」


 何かを告げようとしたイルアムを、イファールは片手を上げて制した。


「お前がその目で見て、その耳で聞いたその結論を疑うつもりはない。

 その者達には、我らと共に生きる覚悟があるのだろう」


「イファール様」


 イファールの言葉に、イルアムはやや意表を突かれたような表情を浮かべた。

 そしてそれは俺たちについても同様だった。


「だが」


 その直後、魔王イファールはファーレンベルクの背に乗る俺たちの方を向いた。


「人族よ。イルアムがこういった以上、貴様らが我々と共存を考えていることに対して疑いを抱いてはいない」


 こちらを向いてそう口にするイファールに対し、しかし俺たちは喜ぶことが出来なかった。

 なぜなら、そのイファールの言葉にはこちらを威圧するような重さが色濃くにじんでいたからである。


「だが、私はこの場でお前たちに一つ聞いておかなければならないことがある」


「……」


 イファールのその一言に、俺は思わず喉を鳴らした。

 そんな凄まじい緊張感の中、イファールは口を開いた。


「仮に我々がお前たちと共存したとして、お前たちと我々が死去したのちにもその共存が維持される保証はあるのか?」


「!?」


 その問いに、俺は息が止まるような感覚に陥った。

 現在、人間界は俺たちが中心に立っている。

 だが、トルデリシア帝国が5000年という年月をかけて築き上げてしまった差別と偏見の風習は未だに色濃く残っている。

 

 俺自身は直接目の当たりにしてはいないが、フォルシアンの民の中には未だに人族に対する嫌悪感を抱いている者達も、未だに獣人族を差別する人々も多いと聞いている。

 

 同じ大地で交流していた者達でもそうなのだ。

 魔族と共に共存したとしても、それが俺たちの代だけで終わる可能性がないわけではない。

 というより、その差別意識を取り除けなければ間違いなく魔族と人族はもとよりフォルシアンや獣人族の間にも亀裂が走る。


「……」


 突きつけられた事実に、俺はただ閉口した。

 それはフィナリア達も同様で、応える言葉を持ち合わせていないということを如実に示していた。

 

 そして、その沈黙を以て、魔王イファールは答えを受け取った。


「もしわれわれ亡き後の次世代が血を流す世になるというのであれば、私はお前たちの申し出を受け取るわけにはいかない。

 人族を滅ぼし、我々は人間界に君臨する」


「イファール様……」


 イファールの答えに、イルアムが悲痛な表情を浮かべる。

 そんなイルアムに向かって、イファールは歩を進めた。


「そこをどけイルアム。手始めに私はその者達を始末する」


「……」


 だが、イファールのその命令に、イルアムは首を横に振った。


「……」


 その様子を目にしたイファールは、首を振るイルアムを避けるように俺たちの元へと歩を進めようとする。

 が、その直後イルアムがその前に両手を広げて立ちはだかった。


「……なんの真似だ?」


「……イファール様。

 確かに、魔族はこれまでずっと人間界から見捨てられ続けてきました。

 ですが、今その時は終わりを告げようとしています」


 イファールに立ちはだかり、俺たちをかばうように両手を広げるイルアムに対し、イファールは底冷えするような眼差しを向ける。

 しかしそんな眼差しを向けられながらも、イルアムは毅然とした態度のまま言葉を続けた。


「イファール様の懸念はもっともです。

 そして、彼らがそれを確約できないのは、かれららにとってもこの先の道を模索しなければならないからです。

 失敗すれば、確かに魔族と人族の未来は血に染まるでしょう。

 ですが、失敗はしません」


「……なぜそう言い切れる?」


 イルアムの言葉に、イファールは問いをかける。

 その問いに対し、イルアムは迷いなく答えを口にした。


「彼らも、イファール様同様に、不可能と言われていた人間界の革命を成功させた人物たちだからです」


 イルアムが口にした一言に、俺は背筋が震えた。

 イルアムがやろうとしているのは、魔界の勢力図を書き換えたイファールと、人間界の勢力図を塗り替えた俺たちの共存だったのである。

 

 そして、それを成そうとするためにこうして主イファールに対して刃向っているのだ。


「魔族にも、こんな奴らがいたんだな」


 つぶやいた俺の一言に、隣でフィナリアが頷いた。


 これまで遭遇してきた魔族たちは欲望のままに蹂躙することしか考えていなかったが、今目の前にいる魔族たちは俺などよりもよほど思慮深く、先を見据えている。


 確かに、彼らとは戦いたくない。

 そう思わせるような何かが、確かに目の前の魔族たちからは感じられた。


「……よくぞ、そこまでの意見をものにしたなイルアム」


 そう言って、イファールはイルアムの肩に手を置いた。


「イファール様……っ!」


 だが、直後イファールはイルアムを掴みあげて後方で待機していた魔族たちの元へと放り投げた。


「だが、やはりこの者達と共に歩むことは出来ん」


「い、イファール様! なぜですか!?」


 セネルに抑え込まれながら、イルアムがそんな問いを口にする。

 それに対し、イファールはファーレンベルクの元へと歩みながら口を開いた。


「お前が考えているほどに、魔族たちが人間界に対して抱いている感情は甘くない。

 滅ぼすか、支配しなければ、辛酸をなめさせられ続けてきた魔族たちの溜飲は降りることはない」


「!!!!?」


 イファールの答えに、イルアムは目を見開き驚いた。

 そのイファールの答えは、魔界中で苦汁を味わい続けてきた者達の重みがあった。


「イファール様! いけません! その者達と戦っては!」


 抑え込まれながらも手を伸ばしながらそう叫ぶイルアムに対し、しかしイファールは殺意と敵意をあらわにしながら俺たちの方を向いた。


「イファール様!!!!!」


 なおもイファールのことを止めようと、イルアムは声を張り上げた。

 だが。


「イルアム。そこまでだ」


 それは、いつの間にかファーレンベルクの背から降りた一人の偉丈夫によって遮られた。


「…ロウセイ殿」


 イファールの前に現れたロウセイは、イルアムに対して口を開く。


「こいつは魔界の全てを背負いたつ王だ。

 その王には、王にしか分からぬ苦悩がある。

 話合いは、ここまでだ」


「……」


 そう口にするロウセイを前に、イファールは濃密な殺意を叩き付ける。

 だが、常人であれば呼吸さえ止まってしまうようなイファールの殺意を受けながら、ロウセイは口を開いた。


「この魔界でお前と対峙するのも久しいな。イファール」


「……私たちを滅ぼしに来たか? ロウセイ」


 イファールの問いに、ロウセイは首を横に振った。


「10年来の好手敵であるお主と語り合いたくてな」


 そう言って、ロウセイは拳を構えた。


「それは語り合いを行おうとする者の態度ではないな」


 そんなロウセイを前に、イファールは目の前の地面を溶岩に変えた。


「まあそう言うな。お前とわしの場合、言葉を交わすより拳を交わした方が早い」


「……」


 ロウセイがそう口にしたとき、イファールの眼前の溶岩から龍が三匹生み出された。

 そして、二人の怪物の戦いの火ぶたが切って落とされた。


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