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シェルビエント攻防戦5 竜人の誇り

 火炎弾と氷刃がぶつかり合う。

 シェルビエントの砦の前にて、炎を用いる魔族と氷を用いる人族が対峙していた。

 双方の魔導師は開戦当初から全く動いてはいない。

 しかし、その戦いはシェルビエントの戦いにおいて最も熾烈な魔法のぶつけ合いを繰り広げていた。


『氷刃・総連斬!』


『総炎弾!』


 氷の刃と炎の弾丸が正面から激突する。

 それは一つと一つが、ではない。

 相手を飲み込まんとばかりに放たれる魔法は、双方共に数十を数える。


 二人が扱っているのは、魔法の中でもそれぞれの属性の中で初歩とされる代物である。

 だが、それを同時に数十という数を扱うとなると途端に話が変わってくる。

 お手玉の数が増えればその難易度が激増するように、同時に発動することのできる魔法の数はそのまま魔導師の練度を示している。


 並みの魔導師であれば2つ。練度の高い魔導師であっても5つがせいぜいと言った魔法の並列発動を、ジェクト将軍と炎将シャクトは数十個という単位で生み出しているのだ。


『水鳴閃』


『熱波壁』


 初級魔法に交じって、時折高度な魔法も交じる攻防が続く。

 シルディエやバストラングがそうだったように、ジェクトとシャクトのぶつかり合いも拮抗状態となってしまった。


 だが、それも当然と言えば当然のことである。

 人間界に住むジェクトにとっても、魔界に住むシャクトについても、相手の事が何一つわからない中でいきなり勝負に出るのは危険が過ぎるからである。

 

 ゆえに、二人は様子見のために牽制を繰り返す。

 とはいえ、二人の牽制はまともな者であればあっという間に飲み込まれるような猛攻なのだ。

 当然そんな二人の戦いに近づけるものなどおらず、戦場では三組の一騎打ちと、二つの部隊が激突していた。


「「……」」


 そんな中、どちらからともなくジェクト将軍と炎将シャクトが攻撃の手を緩めた。

 一度緩まりだした攻撃は、やがて徐々に勢いをなくしていき、双方はそのまま攻撃の手を止めた。


「やはり凄まじいな。その魔道の腕、魔界でもまず見かけることの無い練達具合だ」


「それはお互い様でしょう。私も単純な魔法の練度で並ばれるのは初めての経験です。いえ、あなたはまだ全力を出してはいないようですので、並ばれるというのは違いますか?」


 ジェクト将軍の一言に、シャクトはニヤリと口元を歪ませる。


「貴様の身のこなしから察するに、魔法なしの戦闘も相当にできるようだ。加えて頭も切れるし、相手の力量を見抜く目もある。なるほど、あそこの軍をお前が率いているのなら恐ろしく手強いのも納得がいく」


 シャクトの賛辞に、しかしジェクトは首を横に振った。


「あの軍隊は私ではなく、別の将軍が育て上げた精鋭軍です。私は後任としてそれを任されているにすぎません」


「ほう? あれほどの部隊を造り上げたのはお前ではないと?」


「……私には無理でしょう」


 シャクトの問いに、ジェクト将軍はそう答えた。

 ドルガー軍は帝国内の治安を維持し続けた最強の精鋭部隊。

 それは猛将ドルガーが帝国内で将軍と言う権限を駆使して造り上げた最強の部隊なのである。

 

 ジェクト将軍は兵士を鍛え上げるより、既存の戦力をいかに生かすかということに焦点が向いてしまうため、ドルガー将軍のように超常の軍隊を造り上げることができないのである。


 ジェクト自体も長年『封隷』の開発のために研究に没頭していた立場であるため、魔導師や軍略家として大成はしていても、ドルガー将軍のように苛烈な兵力を造り上げることはできないと自覚している。


 ゆえに、ドルガー将軍がシルディエに残してくれたドルガー軍は、ジェクトにとってもありがたい遺産だったのだ。

 そこを誤魔化すことは、ジェクト将軍にはできなかった。


「……よく分からぬが、お前が強敵だということは分かった。そして、こちらが強敵だということもお前ならわかっているだろう?」


「ええ。そして、お互い軍を率いる身としては」


「ああ。これ以上の消耗は避けねばならん」


 シャクトがそう言うと、再び示し合わせたように二人の全身から魔力が放出される。


 先ほどまでは小技の連撃によって様子見をしていたが、次の一撃は明らかに必殺の一撃。

 その証拠に、二人の放出される魔力は一か所に集まり、一つの魔法を形成していった。


 シャクトの赤い魔力はすべて右手に集まり、その右手を赤く燃え上がらせる。

 ジェクトの青い魔力は背後に集まり、一匹の氷の竜を造り上げる。


『氷龍弾!』


『獄炎弾!』


 そして、二人の将の必殺の魔法が、真正面からぶつかった。









 トリストスは、長刀を手にしたまま真っ直ぐに北の大山脈目指して疾駆していた。

 目標の敵は未だに見えてこないが、その位置ははっきりと分かる。

 

 なぜなら、敵はこちらに向かって風弾を叩き込んできているからである。

 高速で叩き込まれる風弾を、トリストスは手にした長刀で真っ二つに切り裂く。


 手にした長刀は、父ガインがトリストスのためにのみ造り上げた特殊な武器。

 フォルシアンの東部で稀に発見される魔力を帯びることのないという特殊な鉱石を加工して造り上げられた名刀『断魔』


 トリストス自身は生まれつき魔法が苦手だったが、武器の扱いには天賦の才を持っていた。

 そしてその才はガインがもたらす武器に導かれるように磨き上げていった。

 

 今手にしている長刀『断魔』はその集大成である。

 魔導師としての芽がほとんどなかったトリストスに対し、ガインは魔力を霧散させる特殊な刀を造り上げた。


 かつて悪魔族が作り出した魔法障壁を切り裂いたのは、トリストス自身の技量ではなく、トリストスの持つ長刀の特性ゆえ。

 白兵戦に置いて無類の強さを発揮するトリストスにとって、魔力を霧散させる名刀『断魔』は、まさにうってつけの武器だったのだ。

 

 人間界にいる戦士たちのほとんどが魔法を用いるために、このような剣を手にしていては魔法や奥義の発動を阻害しかねないのだが、あいにくトリストスには魔法に対する適性がない。

 

 ゆえに、長刀『断魔』は、文字通りトリストスのためにのみ作られた武器なのである。


 敵の狙撃手は、風弾を切り裂くトリストスを止めるのは無理と判断してか、こちらに対する攻撃をやめて逃亡をここ見ているのか、突如風弾での攻撃をやめる。

 だが、そんな敵に対して、トリストスの後方から風の矢が敵の位置を知らせてくる。


「ありがたいな」


 そのおかげで敵の位置を見失うことなく、トリストスは真っ直ぐ矢の行き先へと向かう。

 トリストスにも気配察知の心得はあるが、さすがにセレスティーナのような規格外の探知能力はない。

 迷わず真っ直ぐに敵に向かえるというのはありがたい話だった。


 案の定、再び敵はセレスティーナの風の矢を迎撃しだした。

 そのせいで足を止めているため、トリストスにもその位置が分かる程度には接近できた。

 

 そして、そこまで近づけば最早トリストスにとっては最早目と鼻の先である。

 大山脈の麓は荒れた岩場が多く、それゆえに身を隠す場所も多い。

 だが、そんな隠れ蓑などトリストスにとっては無いに等しい。


「そこだ!」


 スパン!


 トリストスが手にしていた長刀を振るった直後、目の前にあった大岩が豆腐のように切り裂かれ、その岩陰に潜んでいた狙撃手の姿が現れた。


「ん? 女か?」


 その姿をみて、トリストスは思わずそんなことを口にした。

 

「女なら、どうかするの?」

 

「いや、こっちの射撃手も女なんで、少し驚いた」


 そう言って、トリストスは手にしていた長刀を構える。


「いずれにせよ、追い詰めたぞ」


 長刀を手にそんなことを口にするトリストスの前で、しかし烈将セネルはフッと笑みを浮かべた。


「追い詰めた? 誰が? 誰を?」


「俺が、お前をだ!」


 そう言ってトリストスは手にしていた長刀を振るった。

 

「ん?」


 が、セネルに対して振るったトリストスの長刀は空を切った。


「遠距離攻撃を得意とする私を、接近戦なら下せるとでも思ったの?」


 セネルがそう告げると、その周辺に無数の風の刃が現れた。

 

「期待に沿えなくて悪いけど、それは勘違いというものよ」


 そういって、セネルは指を鳴らした。

 直後、周囲に浮かぶ数多の風の刃がトリストスめがけて飛来した。


 が。


 スパパパパパパパパパン!!!!


 直後、トリストスめがけて襲来した風の刃は、一本も残さずにトリストスの手にしていた長刀によって叩き切られていた。


「確かに予想外ではあったが……」


 そう言って、トリストスは再び長刀を構え、口を開いた。


「お前も俺のことを侮ってないか?」


 長刀を手にそんな軽口をたたくトリストスに対し、セネルは無言のまま再び多数の風の刃を生み出した。









 炎を纏ったファーレンベルクが、真っ直ぐにベヘルめがけて突撃する。

 俺のことを気にするなと言ってあるため、ファーレンベルクはこれまでにない急加速をしてのけた。


 一瞬でも気を抜けば振り落とされそうになるファーレンベルクの突撃を前に、しかしベヘルも黒竜も全く怯んではいない。


「ハアアアアア!!!」


 黒竜に向かって真っすぐ突撃するファーレンベルクに対し、竜人ベヘルは黒竜の腹を蹴って雄叫びを上げる。

 

 その雄叫びに呼応するかのように、ベヘルを乗せた黒龍が大きく口を開ける。

 直後、黒竜の口元から火炎が放射される。


 充分な魔力が含まれたそのブレスは、ファーレンベルクのそれと異なり恐ろしく荒々しい。

 恐らく、以前のファーレンベルクであればただでは済まなかっただろう。


 だが。


「ピュアアアアアアア!!!!!!」


『祝福の儀』によって大きく強化されたファーレンベルクは、現在強固な魔法防御を身に纏っている。

 その恐ろしく強固な守りを前に、黒竜から放たれた火炎放射は見事に防がれていた。


 だが、黒竜の放つ火炎の威力はまともな魔導師では及びもつかない威力なのか、徐々にファーレンベルクの守りを貫きつつある。

 また、ブレスの勢いも相当なものがあるのか、突撃の勢いが大きく殺されている。


 やはり目の前の黒竜は凄まじい。

 ファーレンベルクの炎でも即死しない竜燐の強度と、攻撃を察知して回避する反射神経。

 それに加えてこれまでの戦いで全く息を切らしていない体力と、未だにこちらに向かって鋭い殺気を放ってくる捕食者の目。


 あれは他の飛竜とは一線を画する怪物だ。

 他の飛竜など、あの黒竜の前では相手にもならないだろう。


 だが、俺が乗っているのも間違いなく怪物だ。


「ピィィィィィイイイイイイイ!!!!!」


 ファーレンベルクは突撃の勢いを殺されながらも、その口内に火炎を蓄えていた。


 その口内から、一筋の熱線が放たれる。


「グルァ!?」


 ブレスを吐きながら、黒竜は驚愕する。

 ファーレンベルクの熱線が、魔法障壁によって威力を大きく削がれた黒竜のブレスをまっすぐに突き破り、そののどを貫いたからだ。


「ピュアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 その直後、ファーレンベルクは口内から放射されていた熱線を火炎放射に切り替えた。

 黒竜の口内から放たれていたブレスとファーレンベルクの炎が激突し、片方の火炎がもう片方の火炎が飲み込まれる。


 飲み込んだのはファーレンベルクの火炎であり、飲み込まれたのは黒竜の火炎であった。

 

「グル、グルァァァァアアアアアア!!!!!」


 熱線に咽を焼かれてもなお攻撃を続行していた黒竜は全身をファーレンベルクの火炎に包まれ叫び声を上げる。

 大山脈の一角を束ねる竜の長は、それでもなお戦いを放棄していなかったが。


「ピュアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」


 だが、それは攻める側のファーレンベルクも同様。

 黒竜に火炎放射をぶちかました直後、ファーレンベルクはその全身を大きく燃え立たせ、黒竜目指して真っ直ぐ突撃する。


 そして、火炎放射を凌いだ直後に全身に炎を纏わせたファーレンベルクの体当たりを真正面からその身に受けた黒竜ののど元にファーレンベルクの嘴が迫る。


 ファーレンベルクの嘴が黒竜の咽を穿ち、その咢が、黒竜の咽を喰いちぎった。


「ゴ、グルルルルルラアアアアアア!!!!!」

 

 胴体と別れた首から先だけが、断末魔の叫び声を上げる。


 俺の眼前で行われた二匹の超獣の戦いは、ファーレンベルクの勝利に終わったのだ。


 だが。


「ガアアアアアアアアアア!!!!!」


 直後、ファーレンベルクが巻き起こした爆発の中から一つの人影が現れる。

 この状況下で、この場にいる人物など一人しかいない。


 ファーレンベルクの火炎でその全身を焼かれながらも絶対的な闘志を滾らせた竜人ベヘルは、ファーレンベルクめがけて手にしていた棍棒を振り上げる。

 

 否、正確にはファーレンベルクの背にまたがる俺めがけてである。


 ファーレンベルクには物理的な攻撃は効果がない。

 ゆえに、ファーレンベルクを倒せない今、せめて俺だけでも叩き潰しておこうというつもりなのだろう。


 そして、そのために黒竜を焼き殺さんばかりのファーレンベルクの火炎に全身を焼かれながらも、こちらに向かってきているのだ。


 敵ながら、その闘志には感服するしかない。


 だが、残念だったな。


「なに!?」


 ファーレンベルクの上方にて棍棒を振り上げたベヘルは、その目に映った光景に唖然となる。

 なぜなら、ファーレンベルクの背にいるはずの俺の姿がなかったからである。

 

「……残念だったな」


 ファーレンベルクの上方で棍棒を構えるベヘルを遠目に見ながら、俺はそんなことを呟いた。

 本気のファーレンベルクの突撃は相当な勢いがあり、俺はしがみつくだけで精一杯だったわけだが、先ほどのブレスのぶつかり合いによる爆発の余波で完全に振り落とされてしまったのだ。


 爆炎が目くらましになったせいでベヘルはそのことに気付いていなかった。

 振り落とされるのは想定内だったが、俺自身振り落とされるつもりはなかったからな。


 だが、どうやら振り落とされたのは正解だったらしい。

 もししがみついていれば、俺はベヘルの一撃で間違いなくザクロになっていただろう。


「グッオオ!!!!」


 俺を叩き潰せないと察したベヘルは、せめてものあがきとばかりにファーレンベルクをその棍棒で叩きのめす。

 その一撃でファーレンベルクは大きく弾き飛ばされたが、翼をはためかせて体勢を整えようとしているため問題ないだろう。


「……問題はこっちだよな」


 ファーレンベルクが体勢を整え切れていないとなると俺を空中で回収するのが厳しくなる。

 もっと上空から落ちれば大丈夫だろうが、今の高さだったらファーレンベルクが間に合うよりも早く地面に激突しかねない。

 

『浮遊!』


 そして、俺も地面に激突する前に自分の体を軽くするために風を纏う。

 が、俺はこの魔法をまだ十全に扱えない。

 ヴァルシアの時のように飛び降りるなら問題はないのだが、今回のようにドッグファイトの最中に振り落とされた状態では体勢が定まらないのだ。


 歯を食いしばって、俺は覚悟を決める。

 激突時に即死さえしなければ俺の魔法で自分を治療できる。

 恐らく戦闘不能にはなるだろうが、元より俺に戦闘力など皆無だから問題はないだろう。


 眼前に迫る地面を前に、俺は思いっきり歯を食いしばる。

 数秒後に来るであろう衝撃に備えて覚悟するために。


 地面が、もう眼前に………。


「クウヤさん!」


 だが、来るはずの衝撃は訪れず、代わりに柔らかい二本の腕が俺を受け止めた。


「…フィナリア?」


 地面に激突する直前で俺を受け止めたのは、先ほどまで連合軍の戦いに加わっていたフィナリアだった。


「いきなりクウヤさんが空に放り出されるのが見えて……私が間に合わなかったらどうするつもりだったんですか!?」


「……いや、地面に落ちた後に回復しようかと」


「無茶をしないでください! ……ほんとに、生きた心地がしませんでしたよ」


「……すまん」


 いつもお淑やかなフィナリアらしくない口調でそう言ってくる彼女に対し、俺は素直に謝罪した。

 なぜなら、その口調に対してフィナリアの表情は今にも泣きだしそうだったからである。


 連合軍の攻防に加わっていたのは俺にも見えたから、恐らく『浮遊』による加速で俺の元まで駆け寄ってきたのだろう。

 俺の落下を察知できたのがたまたまなのか、それともずっとこっちを見ていたのかは定かではないが、とにかく助かったのだけは事実だ。


 ……全く。

 本来なら俺がフィナリアを受け止めたりする方だろうに。

 

 そんなどうでもいいことを思いながら、俺は照れ隠しに口を開いた。


「こんどから、なるべく無茶しないようにする」


「絶対にしないでください!」


「……なるべく」


 しばし向かい合いながらそんなやり取りをする俺たちだったが、直後、少し離れたところに何かが落下した。

 否、なにかではなく、間違いなく黒竜という足場を失ったベヘルである。


「……クウヤさん」


「ああ。分かってる」


 そう言って、俺は体を起こした。

 落下した場所の砂煙が晴れたのち、その砂塵の中から竜人ベヘルがその姿を現した。


「……タフな奴だ」


 単純な体力だけならバストラングと同等かもしれない。

 さすがにあの爆発に巻き込まれたのちに地面に叩き付けられたとあって無事ではなさそうだが、それでもその双眸に宿る闘志はいささかも衰えていないように見える。


 だが、さすがにこの状況は詰みだ。

 セレスティーナとトリストスが加わったおかげで敵の射手は封じた。

 ファーレンベルクも体勢を立て直し、上空にて俺の指示を待っている。


 いかにベヘルと言えど、手負いの状況でこの戦況は覆せないはずだ。


「……武器を捨てて、投降してください。

 そうすれば、身の安全は保障します」


 同じことを考えてか、フィナリアがベヘルに対してそう告げる。

 だが、ベヘルはそれに対して棍棒を構えた。


「……なんで」


 勝ち目がない中で戦おうとするのか。

 その俺の疑問を見抜いたのか、ベヘルは棍棒を構えたまま口を開いた。


「魔界にあるのは、弱肉強食という不文律のみ。

 俺を従わせたいなら、仕留めるよりほかはないと心得ろ」


 満身創痍でありながら、いささかも闘志を衰えさせずにそう告げたベヘルに対し、フィナリアは頷き剣を構えた。


「ファーレンベルクにやらせるか?」


 俺の問いに、フィナリアはゆっくりと首を横に振った。


「私がやります」


「……分かった」

 

 一縷の不安を残しながら、しかし俺はフィナリアの背を押した。

 

「少しの怪我なら俺が直してやれるから、思いっきりやってこい」


「はい。ありがとうございます」


 そう言うと、フィナリアはベヘルと向き合った。


「お前が、相手をするということか?」


 ベヘルの問いに、フィナリアは頷いた。

 手負いのベヘルは、しかしその闘志をいささかも衰えさせずにこちらを睨んでくる。

 

 だが、なぜだろう。

 足がすくみそうなほどの殺意を受けているというのに、俺の心は自分で想像しているよりもはるかに落ち着いていた。


(ああ、そう言うことか)


 そこまで考え、俺はなぜ自分が落ち着いているのかを理解した。

 これまで、俺も俺で幾多の修羅場を潜り抜けてきた。

 そしてその最後に、ドルガー将軍という人間界最強の猛者の闘士を余すことなく目の当たりにした。


 それに比べると、ベヘルの殺意でもまだ温いのだ。


 あの時の戦いをはたから見ていた俺でさえこれなのだ。

 恐らく、将軍と真正面から対峙していたフィナリアには、ベヘルに対して十分な勝算があるのだろう。


「なら、かかってこい」


「……参ります」


 そんなことを考える俺の眼前で、二人は短くそんな言葉を交わす。


 直後、フィナリアの姿が俺の視界から掻き消えた。

 それに合わせ、ベヘルの棍棒が振り上げられ、真っ直ぐ地面に向けて振り下ろされた。


 恐らく、フィナリアの動きがベヘルには見えている。

 だから正面から突入したフィナリアを叩き潰すためにベヘルは棍棒を振るったのだ。


 が。


「ガハァ!!」


 棍棒が地面に着く前に、ベヘルが後方へとのけぞった。

 竜燐に覆われたその胸板からは、鮮血が舞い散っていた。


 ベヘルの棍棒が振り下ろされるよりもはるかに速く、フィナリアの刃はベヘルの竜燐を切り裂いていたのだ。


「……見事、だ」


 そう言って、ベヘルは仰向けに倒れ伏した。

 

「クウヤさん!」


「任せろ!」


 直後、俺はベヘルに駆け寄り、白魔法を紡ぎあげる。

 ベヘルはこれまで戦ってきた魔族とは異なり、全く話の通じない相手ではないように思える。

 魔界と、魔族のことを知るために、今この場で命を落としてもらうのは困るのだ。


「……これなら、問題はない」


 しばし後、俺は応急処置を終える。

 ベヘルはバストラング並みの体力と回復力を持っており、僅かな治癒だけで深手だった胸の出血を止めることが出来た。


「大丈夫ですか?」


「ああ。これ以上回復させると目を覚ましちまうから、応急処置はここまでだな」


 そう言って、俺は立ち上がった。


「あっちの方は大丈夫……そうだな」


 飛竜の群れと戦っている連合軍の方を見てみると、セレスティーナが手にしていた弓で飛竜どもを打ち抜いていた。

 ここからではよく見えないが、恐らくは眼球やら何やらを打ち抜いているのだろう。


「一応、ファーレンベルクも向かわせとくか?」


「そうしていただけると助かります」


「よし。ファーレンベルク! 飛竜の群れを叩き落とせ!」


「クルルゥ」


 そう返事をすると、ファーレンベルクは真っ直ぐに連合軍の上空を飛び回る飛竜たちの元へと向かった。


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