evil/live
わたしは、六本木でバーテンダーをしているハテナという若者を知っている。ハテナという名前は偽名で、彼曰く、コードネーム、と言うやつだ。本名は知らないけれど、本名なんて、些末な情報――プロフィールのたった一項目に過ぎないんだと思う。二十代前半で、黒縁の眼鏡がトレードマーク(つまり黒縁の眼鏡という地味なアイテムでさえ、彼にとっては最高の自己主張となるのだから、彼がどんな人間かだいたい想像がつくだろう)。たぶん、学生時代は休み時間は机に突っ伏しているけれど誰かが話しかけてくれるかもしれないと一縷の望みを抱いている系男子だったのだろうと勝手に妄想する。
ハテナは、いつも不思議を探している。ハテナにとって、酸素と不思議は同価値。適量で扱わないと生きていけない、多すぎると破滅する、けど少なすぎても破滅する、つまり何事もバランスが肝心ってこと、とはハテナの口からよく聞く言葉だ。ハテナは、不思議を追及するに当たっては猛禽類よりもしつこく、子供のようにはしゃぎまわるけど、それ以外の物事では全て中庸を求めた。中途半端っていうとかっこ悪いだろう、とハテナは笑いながら言う。中庸というより、成り行きに全て任せて、まるで不思議以外には全く興味がない、お前らが何を楽しもうが何で悲しもうが何で怒ろうがどうせ理由は些細なものだ、とでも言いたげに振舞った。わたしの主観から見れば、そう。
ハテナは今、不思議を探している最中だ。時折、目を瞑りながら、街路樹に衝突しながら、当てもなく歩いているのだろう。明確な到達点がない、という意味で「当てもなく」という言葉を使ったけど、ハテナには不思議という精神的な到達点が存在している。だから、座標で表すのならば、到達点はどこにも存在しないし、どこでも到達点になりうる。
ハテナは考える。ハテナが思考回路のスイッチをOFFからONに切り替えると、世界がONからOFFに切り替わる。
ハテナと世界はずれる。
切り離す。
ハテナが生きていることを実感する瞬間。思考回路のON/OFF、世界のON/OFFがそう。人の睡眠も、ON/OFFの切り替え。人生はあらゆるON/OFFの定期的、或いは不定期な切り替えによって構成されているんだ、定期が平凡、不定期が非凡さ、とかなんとか、彼は定期的に口にする。彼の言葉はかなりの確率でわたしに刻み込まれる。生ける名言集だ。
ハテナは、思考回路に意識を傾けすぎることによって、視界に注意が向けられない状態のことを『断層』と呼んでいる。
ジュツゴカする、と言う。漢字は分からない。とにかく、ハテナが自分用に意味を与えた言葉たち――断層とか、そういうの――は、ジュツゴカされた、っていうらしい。
さて、わたしはハテナをもう知らない。ハテナが今、どこにいて、何をしているのかは知らない。どこかの街路樹に激突するたびに、ハテナはずぶずぶと埋れるのだ。それしか知らない要らない。疑問を解消するためだけに生きているのだ。逆に言えば、疑問を解消できなければ、ハテナはハテナとしての意義を失う。死だ。肉体じゃなくて、精神の。ボディー? ノット。マインド。外殻の死と内部の死、どちらが怖いかなんて、知ってる。
ね?
ハテナとわたしの出会いは、彼が『断層』にずぶずぶと埋まりながら歩いているときのことだ。
「πはどうして3.14なのかな」
すれ違い様に、ハテナはわたしにそう問いかけた。問いかけた、というニュアンスだとハテナが意識的にわたしに話しかけている感があるけど、どうやらハテナは呟いたつもりらしい。
わたしが何て答えようか、グーグルで調べてみれば、文明の利器を使わないてはないわ、なんてアドヴァイスしてあげようかしら、それとも走り去ろうか、なんて考えているうちに、ハテナはすでに次の不思議へ向けて歩みを進めていた。ふらふらと、時折街路樹と衝突しながら、私から離れていった。
変質者ってやつかな、それとも、あれが哲学者ってやつかな――私は数秒間だけそう思ったけれど、思考の対象をハテナ/仕事へとすぐに切り替えた。キャリアウーマンって呼ばれるだけのメンタルは持ち合わせているつもりだし、赤の他人にすれ違う回数なんてもう数十万回以上なのは確かで、その中のたった一人に割く時間はないんだと思ったから。で、これがハテナとわたしの、ファースト・コンタクトになる。セカンド・コンタクト、つまりわたしとハテナが次に出会うのは、六本木のバーテンダーとしてのハテナだ。バーテンダーの時のハテナはハテナじゃなく、いわばしがないバーテンダーという背景に過ぎない。したがって、しがないバーテンダーとしてのハテナは1/Xと呼称させてもらうことにする。Xのうちの、一つ。
わたしがどうして深夜にバーなんかに行ったのかというと、その理由は、魔が差しという言葉がぴったりだ。少女から女性へのステップについての一覧表があるとするならば、哀愁を漂わせながらバーでグラスを傾けるという項目が必ずあると思う。だから行こう、くらいの些細な気持ち――つまり、魔が差した、ということ。
店名である『dance』というカタカナのネオンライトがコンクリート製の壁に設置されている。
青白い光がダンスしている。輪郭がぼやけ、時折、蛾をおびき寄せてはダンス・パーティーを催している。蜘蛛が忍び寄る。あああ、喰われた。
青白い光で、『dance』の五文字が浮かび上がる。淡い光。オトナって、わたしが想像してるオトナって、まさしくこんな感じだった。
象徴。
象徴が欲しいと思った。オトナならオトナの象徴、子供なら子供の象徴、とにかく、証が欲しいと思った。
学生は制服。校章――とか、そういうものがわたしにはなかった。わたしはわたしであることを証明するための証拠を自我という不安定なものしか持っていない。我思う故に我在りだなんて、デカルトさん、それは不安を抹消したいがためのキョセーにしか聞こえないから。
「いらっしゃいませ」
1/Xは、わたしが店内に入るや否や、視線をめまぐるしく移しているわたしに歩み寄り、丁寧に一礼してから、そう言った。
そこは、わたしの想像している通りの空間だった。カウンターがあり、カウンターのゆるやかな曲線に沿うように等間隔で椅子が十個ほど配置されている。カウンターの奥には、数百種類ものお酒が銘柄ごとに奇麗に陳列されてあり、ガラス製のボトルは天蓋に取り付けられた色とりどりの照明の光を反射し、きらきらと輝いている。宝石店に陳列された宝石を眺めるよりも、きっと価値のある光景だ。
店内のBGMは、想像していたカジュアルなジャズではなく、いわゆるアシッド・ジャズというやつ。頭がかき回されて、眼球が回転しそうになり、世界が歪んで見えるような、混沌とした音楽が室内を駆け巡っている。完全な空間に、その音楽はまさしく不協和音。
ずれている。
わたしは1/Xのエスコートに従い、カウンターの端の席に座る。アシッド・ジャズを流しているスピーカーから一番近い席だ。
「すいません」
「ご注文がお決まりになったのでしたら、難なく申し付けください」
「そうじゃなくて、今日、わたし、あなたと会いました……よね?」
1/Xは黙る。
自分の記憶を逆再生しているのだろう、瞳を閉じて、こめかみの辺りを左手で抓んでいる。かつかつ……と、靴を鳴らしてリズムを刻む。それを三十秒ほど保ち続け、ハテナは「ああ」といって、わたしに視線を向けた。
「もしかして……それは、歩道ですか?」
「そうですけど」
「そのときの私は、すいませんが、今の私とはギアが違います」
1/Xは申し訳なさそうに肩を竦めた。
ギア。
これも、ハテナがジュツゴカした言葉の一つ。スイッチはON/OFFの二択がほとんどだけれど、例えば多重人格をもつ人なら生真面目/熱血漢/嘘吐き、エトセトラ……といったように、二つより多い分岐が存在する。それが、ハテナのいう『ギア』だ。
けれど、当時のわたしはそれを知らないので、曖昧な相槌を打って、会話を終了させることによって無知をごまかそうとした(思い返せば、それは決して無知ではなかったのだけど)。
「あの」
「はい」
「お勧めとか、あります?」
「あります」
このような特筆するようなことでもない普通の会話を数回繰り返し、繰り返すごとに私の体内のアルコール濃度は次第に上昇を重ねた。アシッド・ジャズが身体の中で波打って、脳からはドーパミンが出血大サービスを開催していた。その言葉通り、脳の血管がゆっくりと破れているような感覚を覚える。これが癖になるのだろう、ということは容易に推測できた。波打ち、途切れ途切れになる思考のなかでも、十分感じ取れた。店内にいる客の顔が、みんな、熱せられたゴムのように、どろんとしていて、火照っている。そのまま、溶けて赤いカーペットの床にしみこんで、暖房の風に吹かれて蒸発してしまうのではないかと思われた。
わたしはそろそろ帰らなくちゃ、帰宅途中で倒れるか、もしくはタクシーの運転手に恥ずかしい長話をつらつらと語りつづけてしまうかもしれないと思って席を立った。いきなり席を立つと眩暈がするのは知っていたけど、そのときの眩暈には快感を覚えた。全てが回っていて、しかもそれがわたしを中心としているのだから、悪い気がするはずがない。自己中心とはまさにこのことだな、と、わたしは溶けながら思う。
会計は現金で済ませた。バーに寄る前に、ATMで現金を卸してきた。あのときほど、現金を卸すのに緊張感を覚えたときはないと思う。いくらあれば足りるのかも分からず、五分ほど思案し、結局、多ければ多いほうがいいと思って財布に詰め込めないくらいのお金を卸してしまった。
精算すると、意外とリーズナブルなお値段だった。清算と精算の違いが分かる女よ、わたしは、と会計係のスーツを着た女店員に肩を叩きながら言ったのは、一生忘れられない思い出に登録されること間違いなし。酔いが回っていたからだろうか、セイサンとセイサンって言っても、通じるはずがないとはどうやら思っていなかったらしい。
店を出る前、わたしは酔いを言い訳にして――いや、酔いを良い機会に、酔った勢いで――1/Xの肩をぱんぱんと叩きながら(実はこれがわたしの酔ったときの癖らしい)、こう尋ねた。
「あなた、名前はなんていうの?」
「私の名前はハテナです。歩道を歩いているときの名前はハテナ。今はしがないバーテンダーです」
1/Xは、しがないバーテンダーらしい営業スマイルを顔に貼り付けて答えた。蝶ネクタイが斜めに二十度ほどずれていて、シャッター街の傾いた看板を想起させる。斜めに傾く、というと、没落――とか、転落――とかを連想するけど、そういって点ではまさに1/Xはしがないバーテンダーにぴったり合致していた。身なりが整っていない、ダサい――ではなく、1/Xは、意識して転落の印象を作り出しているのだろうということは、1/Xの底の見えない澱んだ瞳からも容易に想像がついた。
「てーへんだー! って、バーテンダーとなんとなく響きが似てるわね、ねえ?」
「え?」
やはりわたしはオトナどころか、卑猥な言葉に異常な関心を抱く小学生以下だわあっはっは、と大声で言ってわたしは店を後にしたんだと記憶している。そのせいで他の客の酔い(ゆがみへのダイブ!)から引きずり揚げてしまい(救出作業なんて望んでないわバッキャローとあいつらの瞳が叫んでいた)、冷ややかな視線を向けられたのも記憶に新しい。みんなラリってるわ、とか何とか呟きながら、わたしは店内を循環するアシッド・ジャズを口ずさみ、タクシーを捕まえ車内で爆睡。激しい頭痛で目を覚ますのは、家に到着したのに車内から出て行かない迷惑なお客様をドライバーの方が引きずり降ろしてくれた時だ。
そんなこんなで、これがハテナとわたしのセカンド・コンタクト。宵/良い/酔いは、眠っているときのように、瞬間的に過ぎ去ってしまった。翌日、玄関で大の字になって倒れていたわたしは五時きっかりに起床し(まさしく床から起きる)、上司の雷はわたし飛行タイプだから効果は抜群ねー、とかぼやきつつ普通に出勤した。
「僕には、たくさんのギアがある」
「ギア――多重人格ってことかしら?」
「違う」
この時のハテナの語気ときたら、それはもうわたしが三歩ほど後退してうろたえ、唇を小刻みに震わせながら「あわわわわ」と漫画のテンプレート的な常套句を発するほどだった。
自分を否定されたと勘違いしたのだろうと、後になって気づく。多重人格≠ギア、ということは、以後の説明を聞けばだいたい(ハテナの説明するギアの、ぼんやりとした輪郭部分が)理解できると思う。
「ここからは、精神分析学の話が交じるから、楽しい比喩を用いて説明しようか――無意識を海、人格を島、と例えることにしよう。無意識、というのは、人格よりも広義で、文字通り無意識的な――環境や言語、宗教によって形成されるものだ。人格がいくら多くとも、その土台、基礎となる部分の無意識は変わらない。人格という島は、無意識の海を漂っている、ということにする」
「バカンスでもするの?」
「まあ、そう思ってくれても構わない。で、だ。もともと、人格ななんてもんは数個あって当然だという考え方をまずは理解して欲しい。人格なんて、きっかけがあればころっと変わっちまうもんだろう。島が数個あって、多重人格者は、そこに橋を掛ける能力を有しているだけに過ぎないんだ。違う島と繋がってしまったに過ぎないのさ、そう考えると多重人格者はあんまり珍しくもないね」
「で、ハテナは、それとどこが違うっていうの?」
「僕の海には、島が一つしかない。その代わり、海が多い」
待ってましたといわんばかりに胸を張り、鼻息を荒げ、えっへんと口に出すハテナは新鮮だった。
話を噛み砕くのに数十秒の時間を要して――成る程、その考えはなんとなく理解できる。
ハテナには、いわば、人格の数だけ、その基礎となる無意識が存在しているのだ。人格というには似合わないのかもしれない――地味な男一人の身体に、何十人もの人間が同居していると考えたほうが分かりやすいかもしれない。
まるで別人。
いや、比喩ではない。
本当に別人。
記憶を共有しているだけの大家さんが、この、ハテナという居住人の役割なのかもしれないと、彼の脳内で何十人もの住人が争っているこっけいな様を想像して噴出しながら思った。
「海を切り替える。世界を切り替える――それがギア。島と島は繋がっていないけれど、海と海の間には歩道が整備されてある。神経細胞見たいに、色々な場所へと蜘蛛手のように繋がっている。その道が記憶だ」
「本当に楽しい比喩ね」
ハテナはありがとう、と言って、闇夜に溶け込んでいった。雑踏が聴覚を支配するような大通りでの会話だ。
ところで。
わたしは、ハテナをハテナという名前以外で呼んだことがない。ハテナには、バーテンダーのとき、哲学者のとき以外にも、色々とギアがあるんだな、とは気づいているけれど、その話を聞きたいとは思わない。
わたしはハテナに興味をもっている。
「ハテナ」
「なんだい」
「出会いは偶然ね」
「別れは必然ってか?」
「対偶は真よ」
「数学じゃないぞ、現実は」
「テレビは1と0の出力なのにね」
「だとしたら、それは第二次的現実っていうんだ」
「テレビは現実を映すわ」
「液晶を割れば虚空さ」
「現実を映しているのは虚空?」
「君は、液晶に映るうすっぺらいリアルで泣き笑いするだろう」
「現実よりも面白いわ」
「面白いものは虚構かい?」
わたしは答えないでおく。
「じゃあ、僕は?」
わたしは答えないでおく。
ONはOFFに切り替わる。物語は延々と続いている。敷かれたレールに沿って進む人生がいやだ、という人が居るけれど、脱線すれば見知らぬ土地に放り出されるわ。けれど、脱線しなければ、列車に轢かれることは間違いないわ、とわたしはハテナに言う。ハテナは幽かに瞼を上下させる。じゃあ、僕のレールは分岐している。分岐したレール分の一の確率で僕は轢死するね、けれど列車が通るレールは分かっているんだ、君も知っているだろう? とハテナが言う。
ハテナ、それはハテナね。
ギアが切り替わることなんて、犬でも予感できた。
ここからは、わたしとハテナの物語に絶対欠かせない部分、つまり出会いと別れのうちの別れを記述しようと思う。
そこまでのプロセスを重視するのが人生?
結果よりも過程を重視しなさいよと言う?
そんなものは全く持って完全に間違いだ。
機械は結果至上主義なの、と反論する。
ココロがどこにも組み込まれていないから。
だからわたしとハテナの邂逅という機械は。
わたしとハテナの運命論者ロボ『人生』は。
矛盾を孕みながら起と結だけを記述する。
ハテナと親密になるのには、そう時間は掛からなかった。週に一回、バーに顔を出し、アシッド・ジャズに耳を傾けた(ここでも、傾いている!)。飲む量を調節したおかげか、お金も大して使わずに済んだ。ここでわたしとハテナが親密になえる過程での会話を抜粋しても良いが、そうすると原稿用紙換算で万は下らない長大な作品が出来上がってしまうので、しかもそんなに喋り倒すほどわたしの声帯は強靭ではないので、ここでは控えておこうと思う。起承転結で例えるとするならば、それはまったくもって不要、冗長な部分だと確信している。
親密になる過程で、わたしはハテナに惹きつけられて行った。アシッド・ジャズよりもゆっくりと、けれど確かに、ハテナはわたしの思考を侵食していた(侵食だと、表現が正しいけど響きが悪いので、恋とでも言い換えておこう)。
親密になる過程で、ハテナが仕事に来ない日が多くなってきたことを、セイサンとセイサンの話をしたあの女店員から相談された。何か知りませんか、って。わたしは、いいえ知りません、と苦笑いしながら答えた。
親密になる過程で、ハテナとは本当に色々な話をした。細かにテーマを区別すれば、数百にもなると思う。
そして現在、あの歩道にわたしとハテナは立っている。
わたしは、ハテナがしがないバーテンダーよりもハテナに傾いていることを必然的に悟った。段々と、歩道をふらふらと歩いているハテナを見る割合が多くなり、それに反比例してバーテンダーの仕事を休む日が多くなっているのだ。
ハテナはわたしとすれ違い様に言う。
「中学校の頃、柱の体積は面積掛ける高さと習った。錘の体積はそれに三分の一を掛けるとも習った。けれど、面積に高さなんてないじゃねえか、とそのときは思ったね」
「積分、習ったでしょう? 子供の抱くような疑問を偉そうに解消してマスターベーションに浸る馬鹿よ、今のは」
「ああ、君か」
ハテナは、すれ違った後、わたしから五メートル後方の街路樹に頭をぶつけたときにわたしのことを思い出したのか、ゆっくりと振り返りながら言う。
「また断層に埋まってたの?」
「バーテンダーをやってるときの僕は、アシッド・ジャズに埋まっていた。埋もれてばっかだな、僕は」
「不思議なことを追っているの? どうして仕事を休んだりしているの? 上司がかんかんだそうよ」
「ギアが故障したのさ」
「メンテナンスを怠るからね。で、直せるの?」
「無理だ」
ハテナはきっぱりと言った。そこに悲しげな表情はなく、むしろ笑みを浮かべてさえいた。
ギアの故障。
道路の破壊。壊滅、それはずれだ。
原因がなんであれ、仕事を辞めるのだろう。
原因は分からない。
ハテナは後悔していない。
わたしはもうバーには行かない。
最初の二つ――原因が不明なのと、ハテナが後悔していない理由については明白だ――ハテナは、わたしが知らない仮面のせいで、しがないバーテンダーという仮面の一つを捨てたに過ぎないのだから。十二変速のギアを搭載している自転車の、十二分の一を切り捨てても利便性にほとんど影響がないのと同じで、ハテナのX変速のうちの一個を切り捨てたとて問題は生じないのだ。どこかのコンビニで店員をしているかもしれないし、諜報機関のスパイとして働いていかもしれない。なんでスパイなんて虚構じみたことを考え付いたんだろうと思って、わたしはクスリ、と笑ってしまう。
仮面の取捨選択。
わたしはもうバーに行かないというのも説明するまでもない。わたしは象徴を得たのだ。ハテナの秘密を知ったことにより、わたしは謎多き女に――なったのだから、それで満足しておこう。わたしは勘違いしていた。アシッド・ジャズに浸かって嫌なことを忘れることがオトナの象徴なら、オトナになんてならなくていい。そもそも、自分がオトナと子供の境界線について疑問をもっている時点で、私はまだ十分に子供だったけど。しかしだけどけれど、わたしの脳内にはアシッド・ジャズがこびりついている。剥がれない。メッキみたいなやっすい塗装なら爪でも剥がせるけど、しかしアシッド・ジャズは、ハテナと過ごした時間は、わたしの深くまで根付いている。引っこ抜けば、確実に、後遺症が残るのだろう。ぽっかりと穴が空いてしまうのだろう。
「あなたは、ハテナであることを止めないの?」
「まだ、このギアは故障してないからね」
「ここで会えるの?」
「会えるね。いつかは消えるけど」
「他のあなたはどこにいるの?」
「どこにでもいる。諜報機関のスパイとして暗躍しているかもしれないし、コンビニでレジ打ちをしているかもしれない。ひょっとしたらアニメに出てくるような盗人とか殺し屋かも。君をいつか盗みに、殺しに行くぜハニーとか気取っちゃってさ」
わたしはまた、クスリ、と笑ってしまう。
「君こそ――」
ハテナはその先の台詞を笑って誤魔化した。
わたしとハテナは、ただ、ギアが噛み合っているだけなのだ。ちょうど、上手く噛み合った歯車――ギアのように。ハテナがギアを変えれば、たちまちギアは噛み合わなくなり、ぎこちない動きを続け、最後には壊れてしまう。人間と人間の間における関係、なんてものはよく糸で表現されるけれど、このとき、それは糸のように脆いものだから関係は糸と表現されるのだと分かった。
ギアにずれ。
ずれは断層。
断層に埋れ。
這い出でる。
新たな仮面。
新たな名前。
新たなギア。
X変速の彼。
1/Xの彼。
さらに一つ。
増減の連鎖。
関係の構築。
関係の破壊。
果てには死。
「――ああ、言わないでおこう」
「人の気持ちを読むのね」
「一言で表せる性格は多いけど、そんな単純な性格の持ち主はそうはいない」
「わたしが単純だから腹の内が読める、って言いたいの?」
「単純のほうが含みがあるだろう? しかし一方で、複雑というのは丁寧に絡み合った糸を解けばあら不思議、単純よりよっぽど分かりやすい馬鹿だ」
「馬鹿はないわ」
「阿呆だ」
「阿呆はないわ」
「馬鹿と阿呆の補集合は空集合」
「この世には馬鹿と阿呆しかいないのね」
「愚かじゃなかったら人間じゃないからね――ところで君は、どうしてほとんどの神様が人間の形をしているのか、知ってるかい?」と唐突にハテナは質問した。
私は、この質問には正確な答えよりも沈黙が必要なのだと悟ることができた。ここに答えは必要が無い。ハテナは、自分の口から質問に対する答えが始めて空気の振動と化し、わたしの鼓膜を震わせ、リンパ液の振動へと変化し、その他の過程を経て最終的にわたしの聴細胞へと届くのを心から望んでいる。
沈黙をもって回答と為した。
「人間より高度な生命体を、僕たちが見たことが無いからさ。つまり想像が不可能。どうしても、最大の知能、文明をもつのが人間だという常識に幽閉されている。例えば、他の動物――爬虫類とか――は神の使いとか呼ばれるけれど、どんな神にせよ、この世の生命体に倣った姿をしている。神の姿なのに――下等生物であるはずの僕のような姿さ」
「あれ、何が言いたいんだっけ」
「僕は宇宙人だということ」
「それはギアの一つなの?」
わたしはハテナに問う。
問いかけたのだけれど。
けれど答えはいらない。
興味が湧き続ける――その蛇口は捻りっぱなしのほうがいい。興味を液体と表現するのは比喩だから、水の出しっぱなしは環境問題に発展するぞ馬鹿野郎と、日々呼吸することによって地球温暖化に積極的に貢献している人間たちに言われはしない。
興味が途切れる――その瞬間、液体が枯渇したとき、何故か怒りを抱くのは何故だろうか。わたしのどこから怒りが出てくるのだろうか。間脳視床下部? 腎皮質? 脳下垂体? すい臓ランゲルハンス島かどこか? そもそも、どうして怒るの? 興奮の調達がとめられたからだとすれば、それは、いつも楽しみにしている番組が野球の中継のせいで中止になるようなものだな、とか、埋れてゆく思考の中、あのときのアシッド・ジャズのような恍惚の中、ゆらゆらと考える。
ハテナは『?』だ。
『?』は疑問だ。
わたしは沈む。
疑問の海に。
光は無い。
未知数。
宇宙。
死。
――こういう、難しいことを考えるのが、考えてくれるのが、ハテナの役割なのだろう。ハテナは、わたしが放棄しているハテナを――『?』を――疑問を、全て簡潔に言語化する術を、自信を、全身から噴出させている。
ハテナが断層から抜け出せているのも、そのおかげなのだろう。ずぶずぶと平凡に埋没するような人間ではないのだ。かといって非凡に埋没することによって非凡を平凡へと馴化するような阿呆でもない。ギアをチェンジすることによって、いつだって、どこからだって、どこへだって飛んで行くのだろう。
「それはお楽しみだ」
「お楽しみって、たぶん、わたしが次に会うときは、あなたはもう違うギアになっているでしょうね。迷宮入りよ」
「謎は解けないほうが良い――君は、少しでも、こう思考したはずだ。数学の問題で、解法を間違えれば莫大な計算をしなくてはならないときがあるだろう。最短距離の解法を知れば、快感を覚えると共に、きっと残念な気持ちになるんだ。自分が必死に追い求めていた答えが、数分で求まるのだから」
「あなた、数学の話で例えるの、好きよね」
「このギアは、幼少時代に追加されたものだからね」
そう言って、ハテナは自分の頭を人差し指でこんこんとノックした。ハテナは再び歩行を始める。埋没、脱出のプロセスを延々と繰り返し、そして必要になればギアをチェンジする。
そういえば、とハテナが言う。
ハテナは、首だけ、ふくろうのように(さすがに百八十度は回転しなかったけれど)回転させる。
Πはどうして3.14なのかね、中学校に通っていたときは、そんなことも知らずに公式を使っていたなあ、理解もしない公式を適用するのって、病気に罹るプロセスを知らないで寝れば治るっていうみたいなものではないだろうか、自分の身体の仕組みを理解せずに生きているって、実はとても不思議なことではないだろうか、そう考えると吐き気がするな、自分の身体がまるでエイリアンに憑依されたかのような気分だ、けど僕はエイリアンなんだったね、エイリアンはどんな姿をしているのだろうか、きっと僕のような人間には想像もできないんだろうな、あれ、僕は人間なのかエイリアンなのか分からないな、けどそんなことって実はどうでもいいんだ、πの円周率が3.14であることの理屈を理解するくらいどうでもいいんだ、自分の身体の動作のプロセスを理解するくらいどうでもいいんだ、この世の中、不思議ばっかりだね、けれど理解した気になって生きてゆくのが賢い選択だと思うなあ、だって人の感情とか行動は理解した気になって優越に浸ってなんぼだからね、あれ、ここでも浸るんだね、溺れるんだね、僕は埋れるんだね、ずぶずぶと。
ハテナの口から吐き出される疑問と、それに対する自己の回答の嵐。わたしはその嵐に身を任せる。うんうんと、一つずつ、丁寧に頷いてやる。ハテナの、ハテナとしての会話の相手をするのも、これで最後かも知れないから。
ハテナは踵を返し、ふらふらと歩いて行った。
街が死んだと錯覚する。どこかから、演奏が聞こえる。天から、はたまた地から。脳から、全身から、ハテナから、蛇口から。あのアシッド・ジャズに違いないと、ハテナと正反対の方向に歩みを進めながら確信する。アスファルトの地面にわたしの身体が溶けて、染み渡って、ぐるぐると地球を回る、今日はそんな夢を見れそうな気がした。
「そういえば、ハテナ、わたしたち、夢を見たわね」
「僕は見ていないけどね」
「ああ、ごめん、ごめん……わたしとハテナが、高層ビル群の中の一番高いビルで、夕日を眺めながら、不思議を追求、追究するの」
「太陽を裸眼で直視するのは危ない」
「夢の中なんだから、カンケーないの。で、そこで流れるBGMは、あのアシッド・ジャズではなくて、時計が針を刻む音なの。カチ、カチって」
「それは世界中のギアがずれる音だ。歪む音だ」
「出会いは必然」
「別れは偶然、これは逆だね」
「対偶は真とは限らない、とは前にも言ったね」
「だから出会いは必然なのかもしれない。運命の赤い糸よ」
「糸みたいな細いもんでしか繋がれないんだよ、僕たちは」
「そうね……わたし、たぶん、今日も夢を見るわ」
「僕もそろそろずれる頃だ」
「え?」
「何でもない」
(這い上がれ)




