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ティーゲル外伝~奪われた母性と黒い野望~  作者: 4代目ている


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第三話:地上の猛獣と、白衣の悪夢(中編)

 王立科学開発局、地下最深部に位置する『深層ラボ』。 分厚い防音壁と特殊な魔道結界によって外界から完全に隔離されたその空間は、冷たい金属の壁と無機質な計器の電子音だけが響く、血も涙もない科学の聖域であった。


「……ほう。あの筋肉だるまの雌虎が、地上から野生のアムールトラを捕獲してきたと?」


 純白の白衣を纏った医療・科学局長ピューレルは、部下のスパイから上げられた報告書を読み上げ、インテリジェンスな眼鏡のブリッジを中指で静かに押し上げた。


「ええ。ティーゲル参謀は医療局の人工授精を完全に拒絶し、自らの肉体と野生の獣を直接交配させることで、本能のままに強靭な命を宿す腹積もりのようです。現在、トラ族本邸の地下修練場にて、巨大な交配用の檻の設営が急ピッチで進められております」


 報告を聞き終えたピューレルの口元が、ゆっくりと、ひどく歪な三日月型に吊り上がった。


「フフッ……アハハハハッ! 傑作ですね。度重なる流産で子宮が悲鳴を上げているというのに、今度は野生の獣に股を開いて直接孕もうというのですか。野蛮なトラ族らしい、惨めで滑稽な足掻きです」


 ピューレルは報告書を握り潰し、その爬虫類のような冷酷な瞳を青白く光らせた。


「ティーゲルが私(医療局)の管轄外で妊娠しようというのなら、話は簡単です。交尾で宿ったその胎児ごと、あいつの子宮を再び地獄に変えてあげましょう。……通常のシリンジでの直接投与ができないのであれば、交尾の最中に吸い込ませる『空気感染型』の流産ウイルスを創り上げればいいだけのこと。それも、母体には一切のダメージを与えず、受精・着床から数ヶ月後に『胎盤と胎児のみ』を正確に腐らせて殺す、至高の絶望(遅効性ウイルス)をね」


 ピューレルは白衣の裾を翻し、ラボの奥に鎮座する巨大な培養設備へと歩み寄った。


「さあ、急ぎなさい。完璧なウイルスの完成には、大量の『生きた臨床データ』が必要です。第4居住区(繁殖センター)にいる『妊娠中』のキャレットどもを、片っ端からここへ連行してきなさい。……ええ、もちろん『お腹の赤ちゃんのための特別な栄養検診』だと、優しく騙してあげるのですよ」


 数時間後。


 深層ラボの冷たい金属の床の上には、およそ二百匹の『妊婦キャレット』たちが、一糸纏わぬ全裸の姿で並ばされていた。


 首には個体識別用のタグがついた冷たい首輪だけが巻かれている。彼女たちは皆、一本尻尾のイエネコ族であり、人間齢にして全員が十三歳。その下腹部は、すでに新しい命を宿して大きく膨らみ、はち切れんばかりに丸みを帯びていた。


 フェリディア王国において、一本尻尾のキャレットは虫けら同然に扱われる。前線で肉の盾として消費され、あるいは狂気の実験材料として命を散らすだけの存在。だが、この『繁殖センター』で妊娠を許可されたキャレットたちだけは、唯一「新しい労働力を産むための苗床」として、ほんの少しだけ良い食事と休息を与えられていた。 彼女たちにとって、自分の腹に命を宿すことは、この過酷な王国で生きる上で唯一の「誇り」であり、「幸せ」な時間だったのである。


「にゃぁ、みんにゃ! ピューレル様が、にゃーたちの赤ちゃんのために特別なお薬をくれるんだってにゃ!」


「うれしいにゃん! これでおにゃかの赤ちゃん、きっと強くて元気な子ににゃるにゃ!」


「にゃー、早くママににゃりたいにゃぁ……♡」


 冷たいラボの空気に身を震わせながらも、二百匹の妊婦キャレットたちは皆、自分たちの大きく膨らんだ愛おしいお腹を両手で優しく撫でながら、無邪気な笑顔でキャッキャとはしゃいでいた。自分たちがこれから、想像を絶する生き地獄のモルモットにされることなど、微塵も疑っていなかったのだ。


「ええ、その通りですよ。可愛い子猫ちゃんたち」


 重厚な扉が開き、ピューレルが数匹の医療キャレット(助手)を従えて姿を現した。彼女は極めて優しく、慈愛に満ちた(ように見える)笑みを浮かべ、妊婦たちを見渡した。


「貴女たちのお腹にいるのは、王国の未来を担う大切な命。だからこそ、私直々に、最も優れた『栄養剤』を投与してあげます。さあ、順番にこちらの処置台へ仰向けになりなさい」


「はーいっにゃん! ピューレル様、ありがとうございますにゃ!」


 先頭にいた、ひときわお腹の大きなキャレットが、嬉しそうに尻尾を振りながら処置台へとよじ登り、無防備に大きく股を開いて仰向けになった。


「では、少しチクッとしますよ」


 ピューレルは、毒々しい赤黒い液体が詰まった極太の注射器を手に取った。それは、先代アルティグラの細胞から抽出した因子をベースに急造された、プロトタイプ第一号の『胎盤破壊・細胞腐敗ウイルス』である。


 ブスッ!!


 太い針が、キャレットの大きく膨らんだ下腹部――子宮の真上へと無慈悲に突き立てられ、赤黒い液体の全量が直接胎内へと注入された。


「にゃっ……? ちょっと、熱いにゃ……?」


 処置台のキャレットが、不思議そうに首を傾げた。


 だが、次の瞬間。


「……あ、れ……? お、おにゃかが……痛い、にゃ?」

 ドクンッ!!


 少女の腹部が、まるで内側から蹴り上げられたように異様に波打った。


 それは元気な胎動などではない。注入された狂気のウイルスが、母体の中にいる胎児の細胞を瞬時に「急速腐敗」させ、強酸性の壊死ガスを発生させ始めたのだ。


「あ、痛い……痛いにゃ! いだあぁぁぁぁッ!! おにゃかが、おにゃかが焼けるように痛いにゃあぁぁぁッ!!」


 キャレットの少女は突如として発狂したように絶叫し、処置台の上で背中を弓なりに反らせて激しくのたうち回り始めた。


「あかちゃんが! にゃーのあかちゃんが、中で、中で溶けてるにゃあぁぁっ!! たすけて! ピューレル様、たすけてにゃあ!!」


「ほう。試作一号はウイルスの増殖速度が早すぎるようですね。羊水が一瞬で沸騰し、胎児がドロドロの汚泥に変わってガスを発生させている。……観察を続けなさい」


 ピューレルは少女の絶叫をBGMに、冷徹な目でホログラムの電子カルテにデータを打ち込んでいく。


「いやだあぁぁッ! 熱い! 熱いにゃあぁぁッ!! おにゃかが、破れちゃうにゃあッ!!」


 急速に発生した腐敗ガスと液化した胎児の体積によって、キャレットの膨らんだ腹部は、通常の臨月の限界を遥かに超え、風船のように異様なサイズへとパンパンに膨張し始めた。極限まで薄く引き伸ばされた腹部の皮膚の下には、どす黒い静脈が網の目のように浮かび上がり、内側で溶け崩れていく赤黒い肉のスープが透けて見えている。


 限界を超えた痛みに発狂した少女は、自らの両手で、そのはち切れそうな自分の腹を狂ったように掻き毟り始めた。


「あぐッ、ああああッ! 出て! あかちゃん、外に出てにゃあッ!!」


 自らの合金の爪で腹の皮膚を引き裂こうとするが、それよりもウイルスの進行による内圧の膨張の方が早かった。


 パンッ……!! メチャァァァァッ!!!


 おぞましい、水風船が弾けるような破裂音が深層ラボに響き渡った。


 少女の腹部が内圧に耐えきれず、大爆発を起こしたのである。


「ア゛ッ――――――――!?」


 悲鳴は途絶えた。


 極限まで膨張していた腹部が内側から弾け飛び、腐敗して強酸性のドロドロのスープと化した胎児の残骸、黒い羊水、そして母体の千切れた腸や内臓の破片が、ラボの天井や壁、そして順番待ちをしていた他の妊婦キャレットたちの顔や身体に、凄まじい勢いでぶちまけられたのだ。


 処置台の上には、下腹部から胸にかけてポッカリと巨大なすり鉢状の大穴が空き、そこからピンク色の臓器をダラダラと床に垂れ流しながら痙攣する、無残な少女の肉の残骸だけが残された。


「ひ……っ?」


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっっ!? にゃ、にゃにこれえぇぇっ!?」


「おにゃかが! おにゃかが爆発したにゃあぁぁっ!!」


 顔面に、親友の腹から飛び出した生温かい汚泥(赤ん坊だったもの)を浴びた妊婦キャレットたちが、一斉に恐怖の悲鳴を上げてパニックに陥った。


 彼女たちは悲鳴を上げながら逃げ出そうと、重厚な扉へと殺到する。


「……逃がすわけがないでしょう? 貴重なモルモットどもが」


 ピューレルが指を鳴らすと、扉には強力な高圧電流の結界が張られ、触れたキャレットたちが「ぎにゃぶッ!?」と黒焦げになって弾き飛ばされた。完全に退路を断たれ、密室のラボは逃げ場のない処刑場と化した。


「さあ、実験を続行します。次は試作二号、遅効性と腐敗のバランスを調整したものを打ち込みなさい。助手ども、そこの逃げ回っている雌豚たちを処置台に縛り付けるのです」


「は、はいっにゃん!」


 恐怖で涙目になりながらも、ピューレルに絶対服従を強いられている医療キャレットたちが、パニックになっている妊婦たちを無理やり引きずり倒し、冷たい金属のベッドへと次々に拘束していく。


「やめて! やめてにゃあ! 注射しにゃいで!」


「にゃーのあかちゃんを殺さないでぇぇっ!!」


 いくら泣き叫ぼうが、哀願しようが、狂気の白衣の悪魔には一切届かない。


 拘束された妊婦たちの腹に、次々と試作ウイルスが打ち込まれていく。


 試作二号を打たれたキャレットは、腹の破裂こそ免れたものの、胎児が内側で「強酸性の毒液」へと変質する地獄を味わわされた。


「が……あ、あァァ……っ」


 少女の下半身から、どす黒く濁った毒の羊水が止めどなく溢れ出す。その強酸性の液体は、母体の子宮壁を溶かし、膣肉を爛れさせ、少女の太ももを骨が見えるまでドロドロに溶かしながら流れ落ちた。


「ぐるじいにゃ……あかちゃん、ごめんにゃさい……ママがよわいから……死にたくにゃい……」


 彼女は自らの内臓を溶かされ、口から真っ黒な血反吐と内臓の破片をゴボゴボと吐き出しながら、絶望の涙を流して息絶えた。


 試作三号を打たれたキャレットは、胎盤が「無数の鋭い棘を持つ腫瘍」へと異常変異し、内側から子宮をズタズタに串刺しにされる激痛に見舞われた。


「ギャアアアアアッ!! 痛いにゃ! おなかのなかで、針がいっぱいにゃあッ!!」


 彼女は拘束具を引きちぎらんばかりに暴れ狂い、自らの口の端を裂くまで絶叫し続け、最後は痛みのショックによる急性心不全で、白目を剥いて絶命した。


「失敗、失敗、これも失敗……。どれもこれも、母体へのダメージが大きすぎます。即効性が高すぎては、ティーゲルに毒を盛ったとすぐにバレてしまう。私が求めているのは、数ヶ月間は正常な妊娠を偽装し、最後に確実な『絶望』だけを与える洗練されたウイルスなのです」


 ピューレルは、次々と肉塊に変わっていく少女たちの惨状を一瞥もせず、ただ冷酷にデータを修正し、新たなウイルスの調合を繰り返していく。


「つ、次はおにゃたの番にゃん……」


 医療キャレットが震える手で、順番待ちの列の最後にいた、まだ幼さの残る妊婦キャレットを引きずり出した。彼女は恐怖のあまり完全に失禁しており、床に黄色い尿の跡を引きずりながら、ガタガタと震えていた。


「いやだ……いやだにゃ……たすけて、ティーゲルしゃま……!」


 王国の底辺に生きる彼女たちにとって、武の頂点であるティーゲルは、唯一自分たちを下等生物としてではなく、同じ国の兵士として扱ってくれる希望の星であった。極限の恐怖の中、少女は無意識にその名前を呼んだのだ。


 その名を聞いた瞬間、ピューレルの眼鏡の奥の瞳が、ゾッとするような憎悪に歪んだ。


「……虫けらの分際で、あの忌々しい筋肉だるまの名前を口にするとは。いいでしょう。お前には、とびきりの特別製(試作七号)をプレゼントしてあげます」


 ピューレル自らが注射器を握り、少女の腹部へと思いきり突き立てた。


「ひぐッ……! あ……っ」


 注射を打たれた少女は、しばらくの間、何も起こらずに震えていた。


 破裂もしない。溶けもしない。


「あ、あれ……? 痛く、にゃい……?」


 少女がホッと息をつきかけた、その時。


 ボコッ。

「……にゃ?」


 少女の大きく膨らんだお腹の表面に、赤ん坊の手や足の形が、くっきりと浮かび上がった。


 胎動である。しかし、それは命の躍動などではなかった。


 ボコボコボコボコッ!!!


「ギャアアアアアッ!? にゃ、にゃにこれえぇぇっ!?」


 ウイルスによって狂暴化・異常進化させられた胎児が、母親の腹の中で文字通り「暴走」を始めたのだ。腹の皮膚が内側から激しく突き上げられ、胎児の鋭い爪が子宮壁をズタズタに引き裂く。


「あかちゃん! あかちゃん、やめてにゃ! ママのおにゃかを破らにゃいでえぇぇッ!!」


 少女は自分の腹を抱え込み、狂ったように転げ回った。


 だが、暴走した胎児の力は凄まじく、ついに少女のへその横の皮膚を内側から食い破り、血まみれの異形の小さな腕が「ヌチャァッ」と外に飛び出してきたのだ。


「ヒィィィッ!? ギャアアアアアアアアッッ!!!」


 少女は自分の腹から突き出した、自分の子供の異形の腕を見て完全に発狂した。


「ちがう! こんにゃの、にゃーのあかちゃんじゃにゃいっ! 悪魔にゃ! 悪魔だにゃあぁぁぁっ!!」


 彼女は自らの爪を振り下ろし、腹から突き出した我が子の腕を狂ったように切り刻み、さらに自分の腹そのものをズタズタに引き裂いて、大量の血と臓物を撒き散らしながら絶命した。


 狂気。凄惨。阿鼻叫喚。


 深層ラボは、完全な『生き地獄』と化していた。


 床はドロドロに溶けた黒い血、黄色い尿と羊水、そして破裂した肉片と臓器が混ざり合った、足首まで浸かるほどの「死の汚泥」の沼となっていた。むせ返るような強酸と血便の悪臭が充満し、残された妊婦キャレットたちは、完全に精神が崩壊し、自らの排泄物にまみれながら虚ろな瞳で笑い続けていた。


「あはは……あははははっ……あかちゃん、こんにちはだにゃ……」


 生き残った数匹も、ピューレルによって次々と無慈悲にウイルスを打ち込まれ、ある者は腹から血の噴水を上げて死に、ある者は内臓を吐き出して肉の染みへと変わっていった。


 二百匹の妊婦キャレット。彼女たちが宿していたおよそ千の小さな命。


 そのすべてが、たった数時間のうちに、ただのグロテスクな実験廃棄物として無残に消費され尽くしたのである。


 そして数日後。


「……見事です。ついに、完璧な均衡(バランス)に到達しました」


 累々たる妊婦キャレットたちの死体の山と、ドロドロの血肉の汚泥を踏みつけながら、ピューレルは歓喜に打ち震える手で、一本の小さなガラス試験管を天高く掲げた。


 その中には、淡いピンク色をした、透き通るような美しい気体(ガス)が封入されている。


 合計二千匹の母体の犠牲の上に完成した、悪魔の結晶。


『遅効性・胎盤崩壊ウイルス(空気感染型)』。


「交尾の極限の絶頂時に散布すれば、このガスは強力な媚薬として母体の肺から一瞬で血中へと溶け込みます。母体には一切の害を与えず、最高のオーガズムとともに受精・着床を成功させる。……そして、希望に満ちた妊娠三ヶ月後。このウイルスは正確に胎盤のみを内側から腐死させ、宿した命を黒い血の塊へと変えて排泄させるのです」


 ピューレルは、足元に転がる、腹が破裂して顔面が苦痛に歪んだキャレットの死体の頭を、冷酷に踏みつけながら、インテリジェンスな眼鏡の奥の瞳を三日月型に歪めた。


「フフッ……アハハハハハッ!! 待っていなさい、ティーゲル。お前がどれほど誇り高く、野生の獣を組み伏せて強靭な命を宿そうとも、すべては無駄です。お前が絶頂の歓喜に泣き叫ぶその瞬間、私はこの最高の『絶望』を、お前の子宮の最奥へとプレゼントしてあげましょう」


 血の海と、無数の無残な死体に囲まれた深層ラボ。


 白衣の悪魔の高笑いが、誰にも届くことなく、狂気の底で響き渡り続けていた。


 その頃。


 王宮の地下修練場では、ティーゲルが漆黒の甲冑を脱ぎ捨て、己の肉体一つで巨大なアムールトラと対峙する『血塗られた闘争の交配』が、いよいよ始まろうとしていたのである。

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