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ティーゲル外伝~奪われた母性と黒い野望~  作者: 4代目ている


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第四話:黄金の誕生祭と、血塗られし七尾の仔虎(前編)

 地下修練場の檻の中で繰り広げられた、地上の王者・アムールトラとの血塗られた交配の儀式から、六ヶ月の歳月が流れた。


 フェリディア王国の首都にそびえるトラ族本邸の私室には、穏やかで温かな人工太陽の陽射しが差し込んでいた。


 かつては研ぎ澄まされた大剣や無骨な武具ばかりが飾られていたその部屋の中央に、今は不釣り合いなほど柔らかく、最高級の白い羽毛とシルクで設えられた「特大の揺りかご(バスケット)」が置かれている。


「……ふふっ。どうだ、ハクレイ。これだけ分厚く羽毛を敷き詰めておけば、どんなに元気な子が産まれてきても怪我をすることはないだろう」


 ゆったりとした純白のマタニティドレスに身を包んだ黒髪の女将軍・ティーゲルは、すでに確かな丸みを帯びて大きく膨らんだ自身の下腹部を片手で優しく支えながら、揺りかごの中の毛布を不器用な手つきで整えていた。


 過去四度にわたる医療局での人工授精では、必ず妊娠五ヶ月目の夜――通称『魔の五ヶ月目の夜』に、内臓をノコギリで挽き裂かれるような激痛と大出血に見舞われ、宿した命を失ってきた。


 妊娠五ヶ月目といえば、胎内で育っていた命が単なる細胞の塊から、明確な「小さな子虎」の輪郭を持ち始める時期である。 ティーゲルの脳裏には、今でもあの四度の地獄の夜が鮮明に焼き付いて離れない。 真っ赤な血と羊水の海と化したベッドの上で、自分の股間からズルリと滑り落ちた、まだ目も開いていない手のひらサイズの小さな子虎の死骸。どす黒い血にまみれ、ピクリとも動かないその小さな我が子の亡骸を震える両手で必死に掬い上げ、ティーゲルは冷たくなっていく肉塊を自らの頬にすり寄せながら、「いやだ、行かないでくれ! 母さんを置いていかないでくれぇぇっ!!」と、王国軍参謀としての誇りも威厳もすべてかなぐり捨て、喉から血が出るほど号泣し、獣のように泣き叫び続けたのだ。


 あの魂を抉り取られるような喪失感。


 だからこそ一ヶ月前――五度目となる運命の「五ヶ月目の夜」を迎えた時、ティーゲルは恐怖のあまり一睡もできず、お腹を両手で抱え込みながら、ただ朝が来るのを震えて祈り続けていたのである。


 しかし、あの悪夢のような激痛はついに訪れなかった。


 野生のアムールトラが持っていた圧倒的な生命力と、ティーゲルが武人の誇りを捨て、糞便を垂れ流しながら自らの尻尾で直腸内を掻き回してまで引き起こした「極限のオーガズム」。その二つが奇跡的な化学反応を起こし、ピューレルが仕込んだ『遅効性・胎盤崩壊ウイルス』の活動を、強靭な魔道ホルモンの免疫壁によって完全に封じ込めていたのである。


 そして今、妊娠六ヶ月目。


 母体も胎児も完全に危機を脱する「絶対安定期」に入ったティーゲルの顔には、これまでの険しい参謀の面影はなく、ただ深い慈愛と安堵に満ちた「母の微笑み」が浮かんでいた。


「ええ、完璧ですわ、お姉様! こんなにフカフカのお布団なら、産まれてくる赤ちゃんも、きっと気持ちよくてスヤスヤ眠ってしまいますね」


 揺りかごの隣で、透き通るような銀髪を揺らしながら微笑んだのは、妹のハクレイであった。その足元では、ハクレイと同じ美しい銀髪と七本の尻尾を持つ幼い娘――ティーゲルの姪である『コトラ』が、揺りかごの縁に小さな両手をかけて背伸びをし、黄金の瞳をキラキラと輝かせて中を覗き込んでいる。


「ねえねえ、お母様、ティーゲル伯母様! 伯母様のお腹の赤ちゃんって、最初は私みたいな『女の子』の姿じゃなくて、ガオーって鳴く『トラさん』の姿で産まれてくるのですよね?」


 誇り高きトラ族の血を引くコトラは、最下層のイエネコ族(キャレット)のような訛りなど一切ない、鈴を転がすような愛らしくも気品のある声で尋ねた。 姪の無邪気な質問に、ティーゲルとハクレイは顔を見合わせて微笑んだ。


 フェリディア王国に生きるネコ科の獣人たちは、人間の赤ん坊のような姿で産まれてくるわけではない。 母体の産道を通ってこの世に産み落とされる瞬間は、羊水と生温かい血にまみれた純粋な『獣の幼体(種族ごとの赤ん坊)』の姿をしているのである。そこから母親の魔道力を含んだ母乳を飲み、約一年の歳月をかけて急速な細胞分裂と変態を繰り返すことで、骨格が組み変わり、体毛が抜け落ち、徐々に二足歩行の少女の姿へと成長していくのだ。


「ああ、そうだぞ、コトラ。私たちトラ族の赤ん坊はな、最初は立派な『子虎』の姿で産まれてくるのだ」


 ティーゲルは屈み込み、コトラの小さな銀髪の頭を大きな手で優しく撫でた。


「私が母上……お前のお祖母様であるアルティグラ様のお腹から産まれてきた時はな、鮮やかな『黄色と黒の縞模様』をした、それはもう元気で勇ましい子虎だったそうだ。産まれた瞬間から母上の乳房に噛みついて、血が出るほど力強くおっぱいを飲んでいたと、母上がよく笑って話してくださったよ」


「ふふっ、お姉様は赤ちゃんの頃から生粋の武人だったのですね」


 ハクレイがクスクスと笑い、懐かしそうに自分の胸に手を当てた。


「反対に、私がお母様から産まれた時は……トラ族としては珍しい、真っ白な毛並みに黒い縞模様が入った『ホワイトタイガー(白虎)』の子虎だったそうですわ。お姉様のように大きな声で鳴くこともできず、お姉様の子虎の後ろにいつも隠れて、ミィミィと小さく鳴いてばかりいる弱虫な子虎だったと聞いております」


「だが、ハクレイ。お前とコトラのその美しい銀髪は、気高い白虎の毛並みの名残だ。母上は『ハクレイは雪のように清らかな心の持ち主だ』と、誰よりもお前を誇りに思っておられたのだぞ」


 ティーゲルが優しい声で言うと、ハクレイは嬉しそうに頬を染め、「お姉様……」と目頭を熱くした。


「わあぁ……! じゃあ、伯母様のお腹から産まれてくる私の従姉妹(いとこ)は、どんな縞模様の子虎さんなのかしら! 私、お姉ちゃんとしていっぱい遊んであげますわ!」


 コトラが期待に胸を膨らませながら、ティーゲルの大きく膨らんだお腹へと小さな手をそっと伸ばした。


 その小さな手のひらが、マタニティドレス越しにティーゲルの下腹部に触れた、まさにその瞬間だった。


 ――ドクンッ!


「きゃっ!?」


 コトラが目を丸くして手を引っ込めた。


 ティーゲルのお腹の内側から、まるで「ここにいるぞ!」と主張するかのように、力強く、確かな『胎動』が返ってきたのである。


「……ふふっ、見ろ、コトラ。お前が撫でてくれたのが嬉しくて、お腹の中で元気に尻尾を振って跳ねているぞ」


 ティーゲルは愛おしそうに目を細め、自分の大きな手で下腹部をゆっくりと撫でさすった。


 これまでの五ヶ月目の流産では決して到達することのできなかった、安定期の力強い生命の躍動。


「ハクレイ、お前も触ってみろ。……ものすごい力だ。さすがは地上の王者の血を継ぐ子だ、私の腹を内側から蹴り破らんばかりに暴れている。これなら母体もこの子も、もう何の心配もいらない」


「まあ……! 本当ですわ、お姉様! なんて力強い鼓動……!」


 お腹に耳を当てたハクレイの瞳から、ポロポロと大粒の嬉し涙がこぼれ落ちた。 先日、屋敷の魔道測定器で調べた際、お腹の中の子虎には、母ティーゲルや祖母アルティグラと同じく、最高位貴族の証である『七本の尻尾』の魔力反応がはっきりと確認されていた。 この事実を知ったトラ族の長老衆も、これまでの冷酷な態度を手のひらを返すように軟化させ、今朝も最高級の栄養剤や祝いの品を山のように送り届けてきたばかりだった。


「……もう大丈夫だ、ハクレイ。この子が産まれれば、長老衆も二度とお前やコトラに『剣を握れ』などとは言わなくなる。お前たちの陽だまりは、私と、このお腹の子が永遠に守り抜く」


 ティーゲルは部屋の隅の棚――過去四回の流産で失った小さな子虎たちを供養する『四つの小さなオブジェ』が並ぶ棚へと静かに視線を向けた。


(母上。そして、五ヶ月目の夜に私の腕の中で冷たくなっていった、哀れな私の子供たちよ……。どうか見守っていてくれ。今度こそ、私はこの命を無事に産み落とし、母上が仰ったような、強くて優しい母親になってみせる……!)


 陽だまりの中、黒髪と銀髪の姉妹、そして幼い姪が互いに手を取り合い、新しい命の誕生を祝って微笑み合う。


 それは、これまで血と鉄の戦場しか知らなかった百六十歳の女将軍にとって、生涯で最も美しく、最も幸福に満ちた黄金色の時間であった。


 だが、彼女たちは知らなかった。


 その幸福な陽だまりの真下――光り輝く王都のさらに地下深くで、一人の白衣の悪魔が、嫉妬と憎悪の炎でハラワタを黒く焦がしていることを。


 同じ頃。


 王立科学開発局の地下深層に設けられた『特別貴賓獣舎』。


 そこは通常のジメジメとした実験動物の檻とは全く異なり、赤い絨毯が敷かれ、最高級の魔道空調によって常に快適な温度に保たれた豪華な区画であった。


 その中央の広大なケージの中で、体長三メートルを超えるあの雄のアムールトラが、黄金の首輪をつけて悠然と横たわっていた。


 フェリディア王国において、身分制度は絶対不可侵の掟である。 いかに地上の知性なき獣であろうとも、王国軍ナンバー2である七本尻尾のティーゲル参謀と交配し、次代のトラ族当主となる『七本尻尾の御子』の種を提供したこのアムールトラは、現在「参謀閣下の伴侶(種親様)」に準ずる極めて高貴な扱いを受けていた。 当然ながら、その地位は最下層の一本尻尾であるイエネコ族(キャレット)などよりも遥かに上であり、キャレットたちにとっては文字通り「雲の上の尊き御方」だったのである。


「ア、アムールトラの大殿様……っ。本日のお食事、最高級の特選霜降り肉でございますにゃ。どうか、お召し上がりくださいにゃん……っ」


「お、お水も聖獅子の湧き水に取り替えさせていただきましたにゃ! 大殿様のお毛並みに塵ひとつ付いてはにゃりませんので、ただいま丁寧にブラッシングさせていただきますにゃ……!」


 巨大なケージの中で、額を床に擦り付けんばかりに平身低頭し、ガタガタと恐縮しながら給仕と奉仕を行っているのは、人間齢にして七歳から九歳ほどのあどけない少女たち――一本尻尾の『奉仕係キャレット』の五匹(ミケ、タマ、シロ、クロ、チビ)であった。


 彼女たちは清潔な純白の奉仕服を着て、自分たちの命よりも尊い「参謀閣下の種親様」の機嫌を損ねぬよう、息を詰めて働いていた。もし自分たちの不手際でこのアムールトラ様に怪我でもさせようものなら、一族郎党が即座に処刑されても文句は言えない絶対的な身分差である。


「グルルル……」


 アムールトラが低く喉を鳴らして頭を動かすと、ブラッシングをしていたミケとシロは「ひゃっ! も、申し訳ございませんにゃ! 今すぐお背中の方をにゃでさせていただきますにゃん!」と真っ青になって平伏した。


 しかし、ティーゲルにねじ伏せられて以来すっかり穏やかになっていたアムールトラは、怯える幼いキャレットたちを傷つけることもなく、気持ちよさそうに目を細めて彼女たちの小さな手による懸命な奉仕を受け入れていた。


「ふぅ……よかったにゃあ。大殿様、今日もご機嫌でいてくださったにゃ……」


「これもすべて、ティーゲル参謀様のお腹の御子が無事に六ヶ月目を迎えられたおかげだにゃん。にゃーたちのような最下層の一本尻尾の種族が、こんにゃ高貴な大殿様のお世話をさせていただけるにゃんて、一生の誉れだにゃあ……」


 五匹の少女たちが、安堵の溜息をつきながら恭しく頭を下げていた、その時だった。


 カツ、カツ、カツ……。


 冷たい金属の床を鳴らし、純白の白衣を纏ったピューレル博士が、数匹の『医療キャレット』たちを従えて特別貴賓獣舎へと姿を現したのである。


「あ、ピューレル局長様! お、おはようございますにゃ!」


「アムールトラの大殿様は、本日も極めてご壮健でございますにゃん!」


 奉仕係の五匹が、慌ててケージの隅に並び、床に膝をついて深々と頭を下げた。


 ピューレルの背後に控えるナース服姿の医療キャレットたちもまた、白衣の主人の不機嫌なオーラに怯え、「ぴ、ピューレル様、いつでも処置の準備はできておりますにゃ……」と尻尾を股の間に巻き込んで震えている。


 ピューレルは少女たちの挨拶など耳に入っていないかのように、手に持った電子カルテのホログラム画面を睨みつけ、ギリッ……と奥歯が砕けんばかりに噛み締めていた。 彼女の眼鏡の奥の瞳は血走らんばかりに見開かれ、その背後では七本のピューマの尻尾が、激しい『妬み』と『憎悪』の感情によって毛を逆立てて荒れ狂っていた。


「……あり得ない。この私が、何千匹もの妊婦キャレットをすり潰して完成させた『遅効性・胎盤崩壊ウイルス』が……魔の五ヶ月目を越え、六ヶ月目の安定期に入ってもなお発症しないなど……ッ!」


 ピューレルの手の中で、電子パッドがミシミシと音を立ててひび割れた。


 今朝、トラ族の本邸に潜ませているスパイから、「ティーゲル参謀は五ヶ月目の危機を完全に突破して安定期に入り、お腹の中の七本尻尾の子虎は極めて健康に育っている」という決定的な報告が上がったのである。


 なぜだ。あの時、修練場の換気口から散布したピンク色の毒ガスは、確かに絶頂を迎えたティーゲルの肺の奥深くまで吸い込まれたはずだ。


 ピューレルは先ほどまで、このアムールトラから採取した精液および血液サンプルと、交配直後に回収したティーゲルの愛液・血液データをスーパーコンピューターで徹底的に再解析していた。


 そして導き出された結論は、科学者である彼女のプライドをズタズタに引き裂くものだった。


「あの野生の獣の異常なまでの生命力と……あの筋肉だるまが、己の尻尾で尻穴を掻き回してまでひり出した『極限のオーガズムによる超高濃度魔道ホルモン』……。その二つが子宮内で結合し、私のナノウイルスを分厚い免疫皮膜で包み込んで『完全な休眠状態』に封じ込めたというのか……ッ!!」


 科学の結晶である完璧な毒が、トラ族の野蛮で原始的な「交尾の本能」と「尻穴を使った下劣な快楽の熱量」ごときにねじ伏せられた。


 二百五十年生きてきたピューレルにとって、それは絶対に許すことのできない最大の屈辱であった。


「おのれ、アルティグラの娘め……! 母に続き、娘のお前までが、私の計算を狂わせるというのですか! 私が、この私が、どれほどの思いでナンバー2の座を狙い、どれほどの血を流して研究を重ねてきたと思っているのですか……ッ!」


 ピューマ族の突然変異『ビーストモード』の引き金である『妬み』の感情が、彼女の胸の中でどす黒いマグマのように渦巻く。 だが、理性の塊である彼女は、醜悪な獣の姿に変異する寸前でその感情を冷徹な「狂気」へと変換した。


「……ウイルスは死滅したわけではありません。ただ、強力なホルモン皮膜の中で『眠っている』だけ。ならば、外部から特殊な周波数の『高出力・魔道神経パルス』を子宮へ直接照射し、皮膜を粉砕してウイルスを強制的に叩き起こせばいいだけのこと。それも、眠っていた分だけ一気に増殖して胎盤と胎児を内側から食い破る『劇症化モード』としてね……!」


 ピューレルはゆっくりと顔を上げ、ケージの中で悠然と構えるアムールトラと、その足元で平伏している五匹の幼い奉仕係キャレットたちを見つめた。


 すでにティーゲルが安定期に入った今、表向き「念のための健康診断」と称してこの種親のトラを解剖・処分しても、上層部から怪しまれることはない。


 眼鏡の奥の瞳が、三日月型に歪む。


「ちょうどいいところに、素晴らしい実験材料が揃っていますね。……野生のトラの頑強な神経網を破壊し、休眠ウイルスを強制起動させるための『最適な破壊パルス周波数』。それを割り出すための生体実験を、今すぐここで始めましょうか」


「……にゃ?」


 ピューレルの冷たい声に、床に額をつけていた奉仕係のミケが恐る恐る顔を上げた。


「お前たち、日々この高貴なる『種親様』に誠心誠意お仕えしているようですね。感心ですよ」


 ピューレルは一転して、聖母のように優しく、甘ったるい声色で少女たちに語りかけた。


「は、はいっにゃん! アムールトラの大殿様は、ティーゲル参謀様の尊き御子のお父上様でございますにゃ! にゃーたちのような下賤な一本尻尾は、この命に代えてもお仕えするのが務めだにゃん!」


「素晴らしい忠義です。ならば今日、私が特別に、お前たちがその尊き大殿様と『神経の奥底までひとつに結ばれ、究極の奉仕を捧げることができる神聖な儀式』を執り行ってあげましょう。大殿様のお身体の健康状態を測るための、極めて栄誉あるお仕事ですよ」


「えっ!? にゃ、にゃーたちが、大殿様とひとつに結ばれる儀式、ですかにゃ!?」


「そ、そんにゃ恐れ多いこと……でも、大殿様のお役に立てるにゃら、にゃーたち喜んでお受けいたしますにゃあ!!」


 七歳から九歳の幼い少女たちは、身分の上の者からの命令と「栄誉ある奉仕」という言葉に感激し、瞳を輝かせて深々と頭を下げた。


「医療キャレットども。この大殿様に麻酔を打ち、五匹の奉仕係とともに深層ラボの中央処置室へ運びなさい」


「「「は、はいっにゃん! ただちに運搬いたしますにゃ!!」」」


 ピューレルの絶対の命令を受け、部下の医療キャレットたちが機械のようにキビキビと動き出し、麻酔銃で眠らせたアムールトラと五匹の少女たちを地下最深部へと連行していく。 奉仕係の少女たちは知らなかった。白衣の悪魔が口にする「ひとつに結ばれる儀式」という言葉が、文字通り彼女たちの最も大切な部位を切り裂き、地獄の苦しみの中で命をすり潰す猟奇処刑を意味していることを。


 三十分後。


 深層ラボの中央処置室には、身の毛もよだつような異様な光景が広がっていた。


 部屋の中央の巨大な鋼鉄製拘束台には、麻酔で一時的に動きを封じられた三百キロのアムールトラが、腹ばいの状態でガッチリと固定されていた。


 そして、そのトラの巨大な『お尻(尻尾の背後)』を取り囲むようにして、五匹の奉仕係キャレット(ミケ、タマ、シロ、クロ、チビ)が、純白の奉仕服も下着もすべて剥ぎ取られた一糸纏わぬ全裸の姿で、床に四つん這いの姿勢のままお尻をトラの方へ突き出す形で拘束具に固定されていたのである。

「にゃ、にゃあ……ピューレル様、これ、ほんとに神聖にゃ儀式にゃのでしょうか……? 大殿様の前でスッポンポンにされて、おしりを突き出すにゃんて、不敬にあたるのではにゃいかと……」


「ミケちゃん、にゃー、にゃんだかおしりのほうがスースーして怖いにゃあ……」


 いつもとは違う冷酷な鉄の拘束と、周囲を取り囲んで無言でメスやワイヤーを準備する医療キャレットたちの姿に、ようやく異常事態を察知した少女たちが、恐怖で猫耳を伏せてガタガタと震え始めた。


「不敬だなんてとんでもない。今から、お前たちのその賤しい『尻尾』と、尊き大殿様の『尻尾』を直接繋いであげるのです。……さあ、医療キャレット、レーザーメスをよこしなさい」


「は、はいっにゃん! どうぞですにゃ、ピューレル様……っ!」


 部下の医療キャレットが、恐怖に顔をひきつらせながら、赤く発光する超高周波レーザーメスを両手で恭しく差し出した。 ピューレルは白衣の袖をまくり上げると、まず拘束されているアムールトラの長く太い尻尾の先端部分を、躊躇なくスパッと切り落とした。


 ジュウゥゥゥッ!!


 肉が焦げる匂いとともに、トラの尻尾の断面から、太く強靭な『脊髄神経束(馬尾神経)』が白く剥き出しになって露出する。麻酔が効いているにもかかわらず、トラの巨体が激痛でビクンと大きく跳ねた。


「ひっ……!? だ、大殿様のおしっぽから、血がいっぱい出てるにゃ……! ピューレル様、にゃにをにゃさるんですかにゃ!?」


 少女たちの顔から血の気が引いた、次の瞬間。


 ピューレルは後ろを向き、四つん這いで固定されている五匹の少女たちの背後から伸びる、細く愛らしい『一本の尻尾』を乱暴に鷲掴みにした。


「ひゃうッ!? い、痛いにゃ! しっぽはダメにゃ、強く引っ張らにゃいでくださいにゃ……!」


 フェリディア人にとって、尻尾は魔道力や生命エネルギーを司る『第二の脳』であり、全身で最も神経が密集した絶対の急所である。そこを乱暴に掴まれ、少女たちは本能的な恐怖でパニックに陥った。


「黙りなさい、下等な一本尻尾ども。今から、お前たちのその細い神経と、野生の巨獣の神経を直結する『テイル・シナプス・オーバーロード(尻尾神経直結実験)』を開始します! 医療キャレットども、この子たちの尻尾が動かないよう、根元をしっかり押さえつけておきなさい!」


「「「は、はいっにゃん! ご、ごめんにゃさい、動かにゃいでにゃ……っ!」」」


 命令に絶対逆らえない医療キャレットたちが、涙目で同族である五匹の少女たちの尻尾の根元をガッチリと押さえつける。 そしてピューレルは一切の慈悲もなく、ミケの細い尻尾の先端五センチほどの皮膚と毛皮を、レーザーメスで生きたまま「皮剥ぎ」にした。


「ぎにゃあああああああああああっっ!!? い、痛いいぃぃぃっ!! しっぽが、にゃーのしっぽの皮が剥がれてるにゃあぁぁぁっ!!」


 麻酔など一滴も使われていない。


 脳髄に直結する尻尾の神経束を、生きたまま焼き剥がされるという、想像を絶する激痛。ミケは目が飛び出さんばかりに絶叫し、四つん這いのまま股間から黄色い尿をプシャーッと勢いよく噴き出して失禁した。


「いやだあぁぁっ! やめて、やめてにゃあぁぁっ!!」


「次は、タマの番ですよ。ほら、医療キャレット、しっかり押さえていなさい。手が滑ったらお前の尻尾も剥ぎますよ」


「ひぃっ! は、はいっにゃん! しっかり押さえますにゃあぁっ!」


 ピューレルは泣き叫ぶタマ、シロ、クロ、チビの尻尾の先端も、次々と無慈悲に皮を剥ぎ取り、赤く脈打つ生々しい神経の束を剥き出しにしていった。


 処置室は、幼い少女たちの喉が裂けんばかりの絶叫と、恐怖と激痛で垂れ流された小便と脱糞の悪臭で瞬く間に満たされた。


「さあ、縫合します。特殊伝導ワイヤーと生体縫合糸を用意しなさい」


 ピューレルは、五匹の少女たちの剥き出しになった尻尾の神経束をひとつに束ねると、それをアムールトラの太い尻尾の断面から露出した神経束へと直接押し当てた。


 そして、電気信号を100%伝達する極細の特殊金属ワイヤー針を、少女たちの生の神経へと「ブスッ、ブスッ」と直接突き刺し、トラの神経と強引に縫い合わせ始めたのである。


「ア゛ガァァァァッ!!? んぎゃあぁぁぁぁっ!!」


「脳みそが! 頭の中がバチバチするにゃあぁぁっ!! お許しください、ピューレル様、やめてえぇぇっ!!」


 針が神経を貫くたび、少女たちの脳内で白い火花が散り、彼女たちは白目を剥いて口の端からカニのような泡を吹き出した。


 わずか数分で、一頭の巨大なアムールトラの尻尾の先に、五匹の幼いキャレットたちの尻尾がタコの足のように直接縫い合わされた、おぞましくも猟奇的な『神経連結体』が完成した。


「はぁ、はぁ……っ、い、痛いにゃ……しっぽが、大殿様とくっついて、離れにゃいよぉ……ママぁ、たすけてにゃ……」


 少女たちは涙と鼻水、そして自分たちが漏らした汚物にまみれながら、ピクピクと痙攣してすすり泣いている。


「素晴らしい。見事に神経回路が同期しましたね。……では、ここからが本番です。野生のトラの頑強な神経が、極限の薬物暴走を起こした際、どのような周波数のパルスを発生させて崩壊するか。お前たちの小さな脳髄を『生きた計測器(ヒューズ)』として、しっかりとデータを取らせてもらいますよ」


 ピューレルが白衣のポケットから取り出したのは、毒々しい紫色に発光する粘着質の液体が詰まった、通常の五倍サイズの超巨大シリンジ。 かつて軍議でティーゲルに「外道の所業」と糾弾され、女王ライアライアによって凍結を命じられたはずの脳髄破壊・戦闘用強化薬剤『バーサーク・キャット』の超高濃度原液であった。


「これほどの巨獣です、致死量の十倍を一気に脊髄へブチ込んであげましょう。……医療キャレット、私が注射を打ち込むと同時に、トラと奉仕係どもの拘束具をすべて解除し、お前たちは強化ガラスの外へ退避しなさい」


「え……? ピ、ピューレル様、拘束を解いたら、暴れた大殿様にこの子たちが引きずり回されて……っ!」


 医療キャレットの一匹が思わず声を上げるが、ピューレルは冷酷に言い放った。


「それが目的です。死の恐怖と物理的な破壊が加わってこそ、最高の神経パルスが採取できるのですから。口答えするならお前もあそこへ繋ぎますよ?」


「ひぃぃっ! も、申し訳ございませんにゃ! ただちに解除スイッチを準備いたしますにゃん!」


 ピューレルは満足げに頷くと、アムールトラの背後へと歩み寄った。


「さあ、最後の仕事ですよ、高貴なる種親様!」


 ブスゥッッ!!!


 ピューレルは、アムールトラの尻尾の付け根(仙骨の脊髄神経)へ極太の注射針を根元まで突き立て、紫色の狂気の薬液を一気に全量注入した。 同時に、ピューレルと医療キャレットたちが強化ガラスの観察室へと退避し、スイッチが押されてトラと五匹の少女たちを固定していた鋼鉄の拘束具が「ガシャン!」と一斉に外れた。


 ドクンッ……!!


 一瞬の静寂。


 直後、薬液によって麻酔が強制的に吹き飛ばされたアムールトラの眼球が、血の色に染まってカッと見開かれた。


『ガアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!』


 鼓膜を破るような、狂乱の咆哮。 『バーサーク・キャット』の効果により、トラの脳の扁桃体は完全に焼き切られ、痛覚と恐怖が消滅すると同時に、脳内麻薬が致死量を遥かに超えて大爆発を起こしたのだ。


 そして――その三百キロの巨獣の脳と脊髄で発生した「超高圧の狂乱神経電流」が、縫い合わされた尻尾の神経ワイヤーを通じて、五匹の幼いキャレットたちの脆弱な脳髄へと、一切の減衰なくダイレクトに逆流した!!


「「「「「ア゛ッ――――――――♡♡!?!?!?」」」」」


 五匹の少女たちの身体が、同時に電流を浴びたカエルのようにピンと跳ね上がった。 小さなイエネコ族の脳が処理できる限界を数千倍も超えた、暴力的なまでの「快楽と激痛と狂気の電気信号」。


「あ、あひィィィッ♡ あたまが、あたまが焼けるにゃあぁぁっ♡♡ いたいのに、きもちいいにゃあぁぁっ!!!」


 一番小さかった七歳のチビは、最初の一撃の電流だけで脳の血管がすべて破裂した。


「あはっ、あははははっ♡」

 

 彼女は満面の笑みを浮かべて白目を剥いたまま、両目と両耳、そして鼻の穴から真っ赤な鮮血を噴水のようにピューッと噴き出し、股間から最後の小便を垂れ流しながら、糸が切れた人形のようにその場で即死した。


 だが、本当の地獄はそこからだった。


『グルアアアアアアアアアッッ!!!』


 脳を薬物で破壊され、完全な狂戦士(モンスター)と化した三百キロのアムールトラが、処置室の中で狂ったように暴れ回り始めたのである! トラが猛スピードで部屋の中を疾走し、長い尻尾を鞭のように激しく振り回す!


「ぎにゃあああああああああああっっ!!?」


「しっぽが! しっぽが千切れるにゃあぁぁぁっ!!!」


 トラの尻尾の先に自らの尻尾を縫い付けられている五匹の少女たちは、逃げることも離れることもできない。


 三百キロの巨獣が跳躍し、走るたび、少女たちの小さな全裸の肉体は、まるで紐の先に括り付けられた空き缶のように宙を舞い、冷たい金属の床や分厚い壁へと、凄まじい遠心力で次々と叩きつけられたのだ!


 ドガァンッ! ベチャァッ! ゴキバキィッ!!


「ぐぶッ!? あ、あばら骨が……っ、止まって、大殿様お鎮まりくださいにゃあぁぁっ!!」


 先ほどまで平身低頭して敬っていた雲の上の存在によって、尻尾だけで肉塊のように引きずり回される絶望。 八歳のクロは、振り回された勢いで処置室の鋼鉄の柱に顔面から激突した。 メシャァッ! という音とともに、愛らしかった顔の半分が陥没し、折れた肋骨が肺を突き破って口から大量の血反吐を撒き散らす。それでも尻尾から流れ込み続ける『バーサーク・キャット』の快楽電流のせいで、彼女は死ぬことすら許されず、砕けた顎をガクガクと鳴らして笑いながら床を血みどろで引きずり回され続けた。


 そして、九歳のミケには、さらに残酷な結末が待ち受けていた。


 狂乱したアムールトラが天井近くの壁を蹴り、部屋の反対側へと全力の大跳躍を見せた瞬間。


 ミケの身体が医療用の大型機材に引っかかり、トラの跳躍の力と、機材の間に挟まったミケの『一本の尻尾』に、数百キロの牽引力が一気に集中したのだ。


「あ……っ、いやだ、抜ける……! にゃーのしっぽが、おしりから抜けちゃうにゃあぁぁぁっ!!!」


 ミケが絶叫した、次の瞬間。


 ミチミチミチッ……ブチィッ!! ズルルルルルッッ!!!


 おぞましい、生木を引き裂くような音が響き渡った。


 ミケの尻尾が千切れたのではない。尻尾の付け根であるお尻の仙骨ごと、背骨の中を通る『脊髄神経の束』が、彼女の背中から白い紐のようにズルリと根元から引っこ抜かれたのである!


「ア゛ガッ……あ、あぁ……っ?」


 機材の横にボロ布のように落下したミケの臀部には、ソフトボール大の巨大な風洞(大穴)がポッカリと空いていた。


 そこから、砕けた骨盤の破片と、行き場を失った直腸や子宮といったピンク色の内臓、そして大量の動脈血が、まるでダムが決壊したかのようにドバドバと床へ溢れ出していく。


「しっぽ……にゃーの、しっぽが……にゃい……っ、あ、あは……つめたい、にゃ……」


 ミケは自分の背骨と尻尾がトラの尻尾の先にぶら下がって揺れているのを、光を失っていく瞳でぼんやりと見つめながら、自らの血と臓物の海の中でビクビクと痙攣し、やがて動かなくなった。


「あはははははっ♡ 大殿様、はやい、はやいにゃあぁぁっ♡♡」


 一方、八歳のタマは、すでに正気を完全に失っていた。 床を猛スピードで引きずり回されたことで、彼女の柔らかいお腹や胸の皮膚はヤスリで削られたようにズル剥けになり、真っ赤な筋肉と白い骨が露出していた。 さらに、暴れ回るトラの丸太のような後ろ足が、引きずられていたタマの小さな下腹部を、全体重を乗せて無慈悲に踏みつけた!


 グチャアァァァッ!!


「ひぎゃひぃッ♡♡!?」


 タマの華奢な骨盤と下腹部が一瞬でペシャンコに踏み潰され、破裂した腹の裂け目と股間の両方から、すり潰された腸と赤い血肉のペーストがチューブの絵の具のようにブチュウゥッと絞り出された。 それでも、尻尾から脳へ直結された麻薬電流が痛みを極上の快感へと変換し続ける。


「おにゃかが♡ にゃーのおにゃかの中身、全部出ちゃったにゃあぁぁっ♡♡ きもちいいにゃん! 大殿様、もっと踏んでにゃあぁぁっ!!」


 下半身が完全にミンチになり、内臓を引きずりながら狂乱して笑うタマの頭部を、振り向いたアムールトラの巨大な前足が、二度、三度と容赦なく踏み砕いた。


 パシャァッ! とスイカが割れるように頭蓋骨が弾け飛び、白い脳漿と赤い血が混ざり合ったスープが床一面に広がって、ようやく彼女の狂った笑い声は止んだ。


 そして、最後に残された一匹――九歳のシロ。


 彼女の周囲には、すでに即死したチビ、顔面が砕けて絶命したクロ、背骨ごと尻尾を引っこ抜かれたミケ、そして頭と腹を踏み潰されたタマの無残な肉塊が転がっていた。


「ひっ……ひぃぃぃぃぃっ!! いやだ、いやだにゃあぁぁっ!! 死にたくにゃい、しっぽから、あたまのにゃかにバケモノが入ってくるにゃあぁぁぁっ!!」


 トラの尻尾から流れ込み続ける狂気の電流と、仲間たちが目の前で次々とミンチにされていく極限の『恐怖』。 その二つがシロの小さな脳内で臨界点を超えた瞬間――フェリディア王国の歴史において「嘘か誠かも定かではない都市伝説」とされていた、最下層イエネコ族の奇跡にして最悪の突然変異が引き起こされた。


 ドクンッ!! バキバキバキバキッ!!!


「え……っ!? ピ、ピューレル様、あの子を見てくださいにゃ!! あれは……っ!?」

 

 観察室のガラスの向こうで、医療キャレットたちが目を見開いて悲鳴のような声を上げた。 あの冷静沈着なピューレルですら、眼鏡の奥の瞳を極限まで見開き、「なっ……!? あり得ない……複数の尻尾をもつ貴族にしか発現しないはずの突然変異が、魔道力すら持たない最下層の一本尻尾に起きたというのですか!?」と愕然としてガラスに張り付いた。


 処置室の中で、九歳の少女・シロの肉体が、おぞましい音を立てて急激に膨張・変貌していたのである。


 白い柔肌を内側から突き破るようにして、全身から灰色の剛毛(猫の毛)がブワァッと一斉に噴き出した!


 さらに頭蓋骨と顎の骨がメキメキと前に突き出して醜悪な『化け猫の顔』へと変形し、愛らしかった瞳は黄金色の獰猛な獣のスリットへと変わり、指先からは鋼鉄の拘束具すら引き裂く鉤爪が飛び出した!

『恐怖』の感情が極限を突破したことで引き起こされた、紛れもない本物の『イエネコ族のビーストモード』の発動であった!


『――ギャアアアアアアアアアアアアアアッッ!!! シャアアアアアアアアッ!!』


 ビースト化したシロの口から飛び出したのは、もはや「にゃん」という愛らしい言葉ではなかった。 知性と理性を完全に喪失し、ただ純粋な殺戮と恐怖の暴走に支配された、耳を劈くような化け猫の咆哮!


 戦闘力が十倍に跳ね上がった醜悪な獣人(シロ)は、自分を引っ張り回していた三百キロのアムールトラの後ろ足に逆に飛びかかり、その剛毛に覆われた腕と鉤爪でトラの分厚い太ももの肉をズタズタに引き裂き、さらには隣に転がっていたタマの死体の肉塊を獣の顎でガツガツと食い荒らし始めた!


「す、すごいにゃ……! 一本尻尾のキャレットが、本当にビースト化するにゃんて……都市伝説は本当だったにゃあ……っ!」


 医療キャレットたちが恐怖と驚愕に震える中、処置室では狂乱したアムールトラと、ビースト化した化け猫(シロ)が、互いの尻尾を縫い合わされたまま血みどろで噛みつき合い、引きずり合う地獄絵図が繰り広げられていた。


 しかし、本来魔道力という「器の制御機能」を持たないイエネコ族の肉体が、ビーストモードの異常なエネルギーと、トラの尻尾から逆流し続ける電流の負荷に耐えられるはずがなかった。 言葉を失い、完全に獣の本能だけとなったシロの脳髄が選んだ最後の行動――それは、自分をこの無限の苦痛と恐怖に繋ぎ止めている「元凶」を、物理的に断ち切ることであった。


『グルルルルァッ!! ギャウゥゥッ!!』


 化け猫と化したシロは、獣そのものの柔軟性で自らの上半身を後ろへとグキバキッと捻じ曲げ、自分のお尻――『自分自身の尻尾の付け根』に、凶悪に伸びた自らの猫の牙を思いきり突き立てたのである!


 ガアッ、グチュッ、ゴリゴリゴリッ、ブチブチブチィッ!!


「あ、ああっ……! 自分のしっぽを、自分で噛み千切ってるにゃあぁぁっ……!!」


 シロは獣の唸り声を上げながら、自分自身の急所である尻尾の根元の肉を、仙骨の骨ごと、自分の鋭い牙でバリバリと噛み砕き、力任せに引き千切り始めた! 剛毛に覆われた猫の顔面を、自分の尻尾の断面から噴き出す大動脈の鮮血で真っ赤に染め上げながら、シロは首を激しく振り回し――


 ブチィィィィンッ!!


 ついにビースト化したシロは、自らの尻尾を根元から完全に食い千切り、暴れ回るアムールトラから自らの身体を切り離した。


『ギャ……ウ……ッ、ゴボッ……』


 血の海に転がった化け猫(シロ)の獣の顎には、まだピクピクと痙攣している「自分自身の血まみれの尻尾」がしっかりと咥えられていた。 しかし、第二の脳であり生命エネルギーの核である尻尾を自ら食い千切った代償は絶対的だった。 お尻の断面から噴水のように血液が失われ、神経の完全遮断による激烈なショック症状が彼女の全身を襲う。シロは獣の姿のまま手足を不規則にビクビクと痙攣させ、口から大量の血の泡を吹き出しながら、数秒後にピクリとも動かなくなり、伝説の通りに絶命した。


 そして、五匹の「生きたヒューズ」をすべて破壊し尽くしたアムールトラもまた、十倍量の『バーサーク・キャット』の負荷とシロに負わされた傷によって心臓が限界を迎え、口から滝のような血反吐を吐き出して、ドォォン! と床に倒れ込んで息絶えた。


 嵐のような暴走が止み、深層ラボの処置室に、重苦しい静寂が戻ってきた。 そこにあるのは、巨大なトラの死骸と、その尻尾の先にまだ縫い付けられたままぶら下がっている「五本の細い尻尾(うち一本は背骨付き、一本はシロが食い千切った根元部分)」。そして、床一面に広がる血と尿と脳漿の海の中に散乱する四匹の少女たちの肉塊と、自らの尻尾を咥えて死んでいる『毛むくじゃらの醜悪な化け猫の死体』だけであった。


「……奇跡です。いや、天が私に与えた最高の贈り物としか思えませんね……!」


 血しぶきが飛び散った強化ガラスの向こう側で、ピューレルは驚愕から立ち直ると、歓喜に全身を震わせながらモニターの数値を凝視した。


「見なさい! 最下層のキャレットが恐怖の極限で真のビースト化を果たし、自らの尻尾を食い千切った瞬間に発生した、この規格外の超高周波神経パルス! これこそが、トラの生命力と魔道ホルモンの免疫皮膜を内側から共振・粉砕し、休眠しているウイルスを『強制劇症化』させるための完璧な黄金の周波数です!」


 ピューレルは興奮に頬を紅潮させながら、後ろで腰を抜かして震えている部下の医療キャレットたちへと鋭く振り返った。


「お前たち、何をボサッとしているのですか! ただちに処置室へ入り、あの『ビースト化したキャレットの遺体』と、あの子が口に咥えている『千切れた尻尾』を回収しなさい! 細胞が劣化する前に、最高ランクの液体窒素槽と培養液で厳重に保存するのです! 最下層のイエネコ族がいかにして魔道力の壁を超えてビースト化したのか……そのメカニズムを解明すれば、私の生物兵器開発はさらなる神の領域へと

到達します!」


「は、はいっにゃん! ただちに回収・保存いたしますにゃ!!」


「それと、そこの死んだアムールトラの尻尾も、根元から綺麗に切断して回収しなさい。ティーゲルの子に圧倒的な生命力を与えたその強靭な野生の尻尾の細胞は、私の悲願である『テイルクローニング技術(多尾化計画)』の極めて貴重な研究材料になります。一滴の髄液も無駄にするのではありませんよ!」


「「「かしこまりましたにゃあ!! すぐに切断作業に入りますにゃん!!」」」


 医療キャレットたちが慌てて処置室へと駆け込み、血の海の中でシロの異形の遺体の回収と、アムールトラの尻尾の切断作業を開始する。


 その凄惨な後処理の様子をガラス越しに眺めながら、ピューレルは採取した「黄金の破壊パルスデータ」を小型のメモリチップに保存し、部屋の隅に表示されている王国のカレンダーへと視線を向けた。


 そこに記されているのは、二ヶ月後に控えた国最大の祝祭――『十本尻尾の王女・ライオニア様の誕生祭』。 本来であれば、ティーゲルの出産予定日は、その誕生祭のさらに一ヶ月後である。


 だが、ピューレルの口元は、悪魔のような冷酷な弧を描いていた。


「……ティーゲル。お前がどれほど六ヶ月目の安定期を喜んでいようと、お腹の『七本尻尾の子虎』は、本来の予定日まで生かしてはおきません。あえて一ヶ月早い、あの『王女ライオニアの誕生祭』の当日に、このビースト化のパルスを使ってウイルスを劇症化させ、強制的に早産させてあげますよ」


 ピューレルは、医療キャレットたちによって運び出されていく化け猫の死体を見下ろしながら、独り言のように甘く囁いた。


「ただ腹の子を殺すだけでは、もはや私の気は済みませんからね。……忠義心の塊であるお前が、身重の身体に鞭打って王女の誕生祭の警護に就く。その任務の最中に腹の子が蝕まれ、しかも『誕生祭の華やかな演出に王宮の魔道エネルギーと医療リソースが独占されていたせいで、虫の息で生まれた未熟児の我が子が救えなかった』と知ったら……お前のその誇り高き王家への忠誠心は、一体どうなるでしょうか?」


 女王ライアライアと王女ライオニアが祝祭の笑顔を振りまくその真下で、誰にも知られぬまま密室に運ばれ、虫の息で産み落とされる七本尻尾の子虎。


 そして、すべてを「王族のせい」だと刷り込まれ、愛する我が子を奪われた母親の悲しみが、王家へのドス黒い『復讐の業火』へと反転する瞬間。


「ククク……アハハハハハハッ!! 楽しみですねえ、ティーゲル参謀! お前が崇拝してやまない黄金の獅子(ライアライア)の喉元に、お前自身が怒りの牙を突き立てる日を、特等席で見物させてもらいますよ……!!」


 少女たちの血と肉の臭いが立ち込める地下深くのラボで、白衣の悪魔の狂気に満ちた高笑いが、いつまでもおぞましく木霊し続けていた。

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