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内なる小さな灯

 その日は、春のように穏やかだった。

 空気は澄み、石の家の窓から差し込む光は暖かく、部屋の埃までもが金色に見えた。

 クラウドは母ミリィの腕の中に抱かれ、静かに揺られていた。


「今日はいいお天気ね。クラウド……あなたはどんな夢を見てるのかしら」


 ミリィの声は、いつもよりも少し甘かった。

 その腕の中で、クラウドはふいに、自分の“内側”に耳を澄ませた。

 心ではなく—— 体の奥底のほう。肉と、骨と、血と、もっと奥、すると不思議なことに、そこに“微かな流れ”を感じた。

 まるで、温泉の湯が肌をなでるような、やわらかで、けれど確かに存在する何か。


(……これは……)


 呼吸を整える。赤子の身では難しいことだが、サウナで身につけた深く、ゆっくりとした呼吸の記憶が、彼の感覚を導いた。


 吸って——

 吐いて——


 すると、微かな“流れ”がはっきりと形を持ちはじめる。胸の奥から脊髄を伝い、手足の先へと広がっていく温かな感覚。


 冷たい水風呂に浸かっていると自然に肌を包み込む“羽衣”のような……。


(これが……魔力?)


 思考が震える。けれど、恐怖はなかった。

 むしろ懐かしいような、癒しのような、心がほぐれる感覚に包まれていく。


 


「クラウド……?」


 ミリィが不思議そうに彼を覗き込む。

 クラウドの手が、彼女の胸元に添えられた薄布の上で、微かに光ったのだ。


 淡い、金の光。


 それはまるで、小さな熾火のように明滅し、ミリィの手をそっと撫でた。

 驚いたようにミリィは息を呑み、しかしすぐに柔らかく笑った。


「……この子、もう魔力の流れを……? うふふ、すごい子ね……」


 その声の響きが、クラウドの中にすっと染み込んでいく。

 不思議なことに、意味が“直接”分かるというよりも、その言葉に込められた「感情」と「意図」が、彼の心にそのまま伝わってくる。


(……言葉も……感覚を通じて理解してるのか?)


 耳で聞き、心で感じ、そして理解が形になる——

 この世界の言葉は、まるで魔力と同じように、空気と心を通して伝わるような仕組みになっているのかもしれない。


 蔵田一人として生きたころの常識が、少しずつ塗り替えられていく。

 そこに怖さはなかった。今はただ、あたたかく、柔らかく、世界が自分を包んでくれていることが、嬉しかった。


 


 その夜、ミリィはガランドに言った。


「この子、魔力にすごく敏感よ。私の刺繍をじっと見てたと思ったら、自分の手から……光が出たの」


 ガランドは鍛冶槌を磨きながら、微笑んだ。


「ほう……俺の鍛冶より、お前の刺繍のほうが影響力が強かったんだな」


「ふふ、そうかもしれないわね。でも、まだ赤ちゃんよ。焦らせないであげて」


「わかってるさ。……それでも、あいつがこの家に生まれてきてくれて、本当にありがたいと思うよ」


 それは、静かで、確かな愛情の言葉だった。


 


 クラウドはその会話を、半分眠りながら聞いていた。

 言葉の意味まではつかめないが、そこに込められた感情だけは、はっきりと伝わってきていた。


 あたたかい。やさしい。ここにいてもいいんだ——


 そう思えた瞬間、彼の中で再び魔力の“灯”がふっと揺れた。


(ありがとう……俺、また、生きていいんだな)


 そう思ったとき、心のどこかで、玲の声が微かに響いた気がした。


 「……おかえりなさい」


 クラウドの瞼が閉じる。

 眠りの中で、小さな命は静かに、新たな世界への第一歩を刻んでいく。

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