フィーネの魔法
秋風が木々の葉を金色に染め、落ち葉の絨毯が小道を覆い始めていた。クラウドの家の裏庭で、ふくれっ面のフィーネが小さな拳を握って振るっていた。
「クラウド、最近ぜんぜん遊んでくれない!」
ついに堪えきれず、本人の目の前で文句をぶつけた。クラウドはひっくり返した木桶に腰を下ろしながら、読みかけの本にしおりを挟んで顔を上げる。
「……ごめん。ラグスの家に行ったり、図書館で調べ物してたりで、ちょっと忙しかったんだ」
「つまんない!クラウドばっかり、なんかすごいことしてるって感じでずるい」
フィーネは膨れながらも、どこか寂しげで、クラウドは少し胸が痛んだ。
ラグスの家では高度な組成魔法を学び、図書館では錬金術の知識や、歴史、言語、地学まで多岐にわたって読み漁っていた。フィーネとは違う方向に、確かに自分は歩みを進めている。それでも――
「じゃあ、今日はフィーネに魔法を見せてあげるよ。……ちょっとだけ教えてあげる」
フィーネはぱっと顔を明るくした。
「えっ、ほんと? クラウドが魔法を!?」
「ただし、危ないから簡単なのだけね。ちゃんとぼくの言うこと、聞ける?」
「聞くーっ!」
近くの空き地に移動すると、クラウドは小さな平らな土の上に手をかざした。土の粒がふるふると震え、やがて淡く光を帯びて、ぎゅっと凝縮される。数秒後、そこに現れたのは、小指ほどの金属片だった。
「うわあ……キラキラしてる! これって、クラウドが出したの?」
「うん、土の中にある成分を組み替えて、こうやって金属にする。最初はすごく集中が必要だけど、理屈がわかればそこまで難しくないんだ」
フィーネは目を輝かせていた。クラウドは試しに、簡単な“土の凝固”の魔法を見せてやった。
「たとえば、これ。柔らかい土を、少しだけ固くする。ほら、ここに魔力を流して、円を描くようにイメージして……」
「んー、まかせてー!」
フィーネは両手を広げ、小さく「えいっ」と声を上げた。もちろん、最初は失敗だった。土がふるふると動いただけで終わる。
「うーん、むずかしい……」
「いいよ。失敗して当然。むしろ、少しでも動いたのはすごいことなんだ」
もう一度教えながら、クラウドは彼女の手の動きや魔力の流れ方を観察した。明らかに雑ではあるが、直感的な動きの中に、不思議と“筋の通った流れ”があった。
(これは……才能があるかもしれない)
数回目の挑戦で、フィーネが触れた土の一部が、ほんのわずかだが、硬く変質した。クラウドは目を見張った。
「すごい……本当にできたね」
「えへへっ! わたし、魔法つかいになれる?」
「なれるよ。ちゃんと練習すればね」
フィーネはその言葉を宝物のように受け取ったようで、満面の笑みを浮かべて飛び跳ねた。
「じゃあ、わたしもラグスの家に行くーっ!」
「うーん、それは……もうちょっと大きくなってからかな。あそこはちょっと、危ないものも多いから」
「ちぇー……でも、今日の魔法、もっと教えてね?」
「うん、また時間作って教えてあげるよ。今日は、ちょっと遊びすぎたかな」
クラウドは、日が傾いた空を見上げながら思う。人と人の間には、才能の差がある。けれど、それが距離になる必要はない。共に学び、共に笑えるなら、どんな道でも歩いていける。
————
「ただいまー!」
レインツ商会の一階の裏手は商品の搬入口でもありフィーネの通用口でもあった。そこはカルラ服飾店の応接室が隣にある。先刻まで来客があったのか、広げた生地を片付けていたカルラが顔を上げた。
「あら、おかえり。またクラウドくんのうちにお邪魔してきたのね?」
カルラのお小言もどこ吹く風。元気いっぱい「うん!楽しかった!」と、返すフィーネ。
「リィンちゃんもいるんだから、あんまりミリィさんに負担になるようなことはやめてね?」
「今日はクラウドに魔法教えてもらったー。フィーネ、土を固くしたんだよ!」
それを聞いたカルラは目を丸くして言った。
「え!土魔法?あなた水属性じゃない」
夕暮れの風が落ち葉をさらい、秋の深まりを告げていた。虫の音が軽やかに鳴り、鳥たちも残照を背に塒に帰る。朗らかに笑ってフィーネは言った。
「そうだっけ?でもできたよー。ママ、フィーネすっごくお腹空いた」




