ラグスの地下室
ラグスの家の地下室――というには広すぎる、魔法の実験室のような空間に、クラウドとガランドは足を踏み入れた。外の石段の中がここなのだろう、温度が一段下がった空間だった。
壁には魔法陣が描かれた羊皮紙が幾重にも貼られ、棚には薬草や鉱石が詰まった瓶が無秩序に並んでいた。中央の大机には金属製の円盤や、杖の先端に使われそうな結晶が転がっている。
「ここは俺の“仕事場”だ。お前みたいな化け物が興味本位で触ると爆ぜるぞ」
そう言ったラグスの口調は荒いが、どこか愉快そうでもあった。ガランドは壁際に腰を下ろし、「頼んだぞ」とひとことだけ言って黙った。
ラグスはクラウドを机の前に座らせると、鉛筆のような魔道具を手渡し大きな紙を広げた。
「まずはお前の“思考の形”を見せてもらおう。これで、円を描いてみろ。ただし、完璧な円だ」
クラウドは少し考えてから、紙の上に鉛筆を滑らせた。すうっと、柔らかく、そして正確な線を描いていく。描き終えたとき、ラグスはその紙を取り上げ、ぐっと目を細めた。
「やっぱりな。ほとんど歪みがない。……魔法ってのはな、力だけじゃない。思考の緻密さと均衡感覚がモノを言う。お前、魔力のセンスも思考の精度も、どっちも持ってやがる」
クラウドは素直にうなずいた。ラグスの言葉は、体感的に理解できたからだ。放出するだけの魔力の働きの、効率の悪さは身をもって知っている。力任せに魔法を振るうのではなく、いかに緻密に思い描き、正確に流すか。それが重要なのだ。
「……なあ、クラウドとか言ったか。お前、金属を出せるって言ったな。ちょっと見せてみろ」
ラグスは部屋にある土嚢袋の中から、机の上に適当な砂を広げた。言われて、クラウドは静かに机の上に掌を置いた。土の粒を集め、ぎゅうっと圧縮し、魔力を流す。淡い茶色の粒が、黒っぽい塊へと変わっていく。やがて、ぼそぼそとした質感の、金属に近いものが机の上に現れた。
「ふむ……これは、粗鉄だな。複数の鉱石成分が混ざってる。理論としては合ってる。けど、やっぱり精度が甘いな」
ラグスはルーペを取り出して分析を始めた。
「金属の純化は、並の魔術師じゃ不可能だ。俺だって無理だ。だが“理屈”を知れば、ある程度は近づける。土から金属を生むってのは、元素の再編成に近い。そうなると――お前には、“変質”よりさらに上“変換”の魔法適性があるってことになるな」
クラウドは興味深そうに頷いた。
「変質と変換の違いって、どういうこと?」
「変質は物体の性質を“似たまま”変える。たとえば水を氷にしたり、土を粘土にしたり。けど変換は、“根本的に”組成をいじる。たとえば、石を鉱石に、鉱石を金属に変える。魔力量だけじゃなくて、物の理解力と理論の正確さが要る」
ラグスは得意げに言った。
「だから、その辺の有象無象には無理だ。理屈で魔法を組み立てるのはぼんくらどもの手に余る。だが、お前なら――」
ラグスはしばらくクラウドを見つめ、にやりと笑った。
「――いいだろう。お前に俺の知る限りの“組成式魔法”を教えてやる。これはな、素材を“どう組み合わせて、どう並べ替えるか”を理屈で考える魔法だ。絵や形で考える魔法とは違って、頭を使う。たいていの奴はここで脱落する」
ラグスは古びた帳面を取り出し、手書きの魔法式を示した。
「たとえばこれは“鉄”を生成するための基本構成式だ。魔力の流し方は一定のリズムがある。最初に“地の構成”を意識して、それから“炭”と“圧縮”のイメージを重ねる」
クラウドは目を輝かせた。
「わかる……かも。いままで感覚でやってたけど、それって順番があったんだね」
「順番と構成比率、それに使う魔力の“温度”だな。魔力ってのは流し方次第で熱くも冷たくもなる。そいつが化学反応の触媒になることもある」
クラウドは頭の中に、今まで曖昧だった魔力の流れに、一本の道筋が見えた気がした。今まで気にしなかった魔力の温度。直感でしかなかった技術が、理論という骨組みを得て、揺るぎないものへと変わっていく。
「やってみろ。間違えてもいい。失敗しても、家が燃え尽きなきゃ大丈夫だ」
ラグスの冗談に、クラウドは静かに微笑み、両手を机に置いた。今度は、砂といっしょにさっき作った小さな石のかけらも使う。
魔力の流し方を意識する。構成を“組む”。順番に“並べる”。温度はほんのり温かく――
次の瞬間、机の上に淡く黒光りする金属が、かすかに音を立てて現れた。ラグスは驚きのあまり、身を乗り出した。
「こいつ……マジで化け物だな」




