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火に強く水に弱い

 ギィ……と静かにドアが閉じた途端、三人を包み込んだのは――熱せられた空気と、木の香り。


「っ……!なんなの、この……生きてる熱……!」


 エレナは両腕を抱きしめるようにして一歩踏み出す。


 クラウドが笑う。


「まだ序の口ですよ、エレナ先生。座ってください」


 サウナ室は三段の座面。煉瓦で囲われたストーブの上で黒灰色の石が静かに熱を帯びている。


「……このストーブ、ほんとにあなたが作ったの?」

「はい。あえて鋳鉄製です。蓄熱性が高いし、なんだか暖かい感じがして僕は好きなんですよね」

「ふむ。俺もサウナのことはまだまだわからんが……この分厚い鉄の感じが良いよなあ」


 ラグスが目を細め、炉の火を見つめる。

 エレナは二人を交互に見て息を呑んだ。


「クラウド君、あなた……水の才があると思ってたけど……建築も、炉も、何でもできるのね……?」


 ラグスが糸目になって言う。


「……言っとくが、コイツは化け物だぞ?」

「……師匠。余計なことは言わないでください」


 訝しむような、妙に納得したような顔をしてエレナが言った。


「水魔法だけでも充分化け物って感じだったけど…」

「まだ勉強中の身です。ただ……サウナだけは人生で一番こだわってます」


 その言葉に、ラグスが鼻を鳴らす。


「はっ!そうじゃの、こやつのサウナへの執着はちと異常だからのう」

「へぇぇ……」


 エレナは熱に蕩けるような目で炉を見つめる。


「ここの熱……ねっとりしてるのに、どこか優しいわね……」

「やっぱりエレナ先生は火に敏感ですね。じゃあ、そろそろ初ロウリュ、いきますよ」


 クラウドが柄杓を手に取る。


「ロウ……?なにそれ」

「サウナストーンに水をかけて蒸気を出すんです。サウナの醍醐味ですよ」


 エレナは顔を近づけすぎて、クラウドに真剣に止められた。


「近いです!ちょっと下がって!」

「だって見たいんだもの!」

「もう。すぐ離れてくださいね?」


 クラウドは苦笑し、石に水をすーっと注いだ。


 ――ジュウウウウウッ!!


 熱石が蒸気を吹き上げ、むん、とした濃厚な熱気が一気に部屋を満たす。


「っ!!!?っっっあああああああ!!!」


 エレナの金色の瞳が見開かれ、叫びにも似た声が出る。


 ラグスが横目で見ながら呟いた。


「…いつまでも顔を近づけてるからじゃ」

「……軽めにロウリュしたんですが……」

「これで軽め……っ……はぁ、はぁ……!!」


 エレナは胸に手を当て、じっと蒸気の流れを感じ取っていた。


「クラウド君……あなた……魔術師より魔術師ね……この蒸気、ただの蒸気じゃない……“均一な熱の流れ”を作ってる……!」

「え? そんな大層なものじゃ……」


 ラグスが口元を緩めた。


「ほれ、言ったじゃろ。こやつは変態だと」

「変態じゃないわ!」


 エレナは両手をそっと胸の前に浮かせ、蒸気に触れようとする。


「……見える……火じゃないのに……“火の流れ”が見える……こんな感覚……私、初めて……!」


 息を吐くたびに、声が震える。


「火の精霊じゃない……熱でもない……なのに、私の魔力が……踊る……!」


 クラウドはぽかんとした。


「え?サウナってそんな効果……?」

「いんや、クラウド。おぬしは無自覚すぎるんじゃ」


 ラグスがあぐらをかいて目を閉じ、静かに言う。


「サウナは火と水の混合術よ……エレナの才を刺激しても不思議じゃない」

「……わ、私……泣きそう……」


 エレナが目頭を押さえる。


「火を “使わず” に、火の性質を見せてくるなんて……こんな……こんな芸当、世界に何人できるのよ……!」

「クラウド、おまえ……やっぱり化け物だな」

「えぇ?……褒められてませんよねそれ……」


 その瞬間エレナは――目を潤ませたまま、クラウドに向かって叫んだ。


「クラウド君ッ!!」

「は、はいっ!?」


 突然、名を呼ばれてビクリとするクラウド。


「私!!サウナを一生研究する!!」

「なんで!?」

「だって……これは……火の魔法の未来よおおお!!」


 クラウドは頭を抱え、ラグスは腹を抱えて笑っていた。


 その後ひとしきり騒いだあと、エレナはだいぶ熱が身体に回ったようだった。


「はぁっ……っ、これ……すごっ……!!」


 座面に片膝をつき、エレナはまるで陶酔したように天を仰いでいた。

 炎のような赤髪はしっとり汗を吸い、頬は真っ赤。

 その金色の瞳は熱と快感でとろけかけている。


「エレナ先生、そろそろ……限界じゃないですか?」


 クラウドは心配そうに声をかけた。


「ま、まだ……いける……!この熱……火の精霊が耳元で囁いてくるみたいで……!」

「いや、おぬし完全にのぼせておるぞ」


 ラグスが呆れたように眉を下げる。


「のぼ……せ……? 違うわよ、これは……境地……!」と言った直後、ふらりと前のめりになる。


「はい、出ますよ先生」


 クラウドが冷静に、エレナの肩を支えた。


「ちょ、ちょっと、もう少し……!」

「いやもう駄目です。いきます」


 クラウドとラグスは息を合わせて立ち上がり、エレナを両脇から抱えてサウナ室の扉を開け放つ。


 冷たい外気がどっと流れ込む。


「ひゃあっ!? な、な!急に寒いっ!」

「外の空気です」


 外気の清冽な冷たさに、エレナは少しシャッキリしたようだ。


「まずは汗を流しましょう。先生、じっとしていてください」

「なにを……え、ちょ……!?」


 クラウドが手を軽く振ると――頭上にふわりと温かい水玉が浮かび、柔らかな“お湯の雨”として降りそそいだ。


「きゃっ……!? ……あったかー……」

「身体が冷える前に汗を落とします」

「おぬし……サウナ師か何かか?」


 ラグスもお湯を浴びながら感心の唸り声を上げる。


「気持ち良すぎる……」


 エレナは両手を胸に当て、ぷるぷる身を震えさせて恍惚としていた。


「エレナ先生。まだです。次、泉に入りますよ」

「え……泉……?」

「冷やしてととのえるんです」

「い、い、い、いやあああ冷たいのはムーーリーーーッ!!」


 ものすごい勢いで拒絶する。


「大丈夫ですよ。僕が支えますから」


 クラウドが優しく声を掛けると。


「……っ…な、なら……い、行く……」


 エレナはなぜか少しだけ顔を赤くしていた。


 泉の水面は陽光を受け、きらきらと透き通っている。

 けれど――足を近づけた瞬間、エレナは飛び退いた。


「っ!!? ちべたぁぁぁ!!!」

「先生、まだ足先だけですよ」

「無理無理むりむりむりむり!!!」


 クラウドが肩をそっと押す。


「ほら……手、つなぎますから。ゆっくり行きましょう」


「……っっ!!」


 エレナはクラウドの腕にしがみつき、肩に顔を埋めながら震えた。


「ひ、ひんやり……ひんやりしすぎ……っ!!クラウド君ぅぅ……私ここで死ぬかもしれない……!」

「死にません。大丈夫です」

「ラグスさぁん……クラウド君が私を殺そうと……!」

「殺さんわ。ええい覚悟を決めろ!入るぞ」


 ラグスが軽く押す。


「ひゃぁぁぁああああああああああああ!!」


 ――ザバッ


 エレナは、クラウドの腕にしがみついたまま泉に肩まで沈んだ。


「つ、つめ……つめ……っ……!!!」

「深呼吸しましょう先生」

「ひ、ひぃぃぃい……!くぅぅぅ……あ、あれ?…でも……なんか……さっきより冷たくない……かも……?」


 エレナの震えが徐々に止まり、瞳がふっと和らいでいく。


「身体が冷たさに慣れるんです」

「……っ……うん……!たしかに……!これは……すごい……!」


 エレナは泉の縁に手を置き、冷たさをゆっくり味わっていた。

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