情熱のクッキー
陽がだいぶ高くなって、春の陽光が家の窓から降り注ぐキッチン。
クラウドは食卓に腰掛け、フィーネとケイトは腕を組んで仁王立ちしている。
エレナは腕まくりをして台所の中央に立ち、まるで戦の前の将のように高らかに宣言した。
「さあ――始めましょう!“情熱のクッキー火魔法講座・第一回”!」
「わーい!」
リィンが手を叩き歓声を上げた。
「クッキーと火魔法講座って、並べる言葉?……」クラウドが呆れ気味に呟く。
「おやつづくり、じゃないんですの?」とケイトが小声で尋ねた。
「違うわ、ケイトちゃん!お菓子づくりとは“炎と心の融合”なの!」
エレナは熱弁を振るう。
「火魔法の基本は“温度”でも“火力”でもない、“感情”よ!――怒りで焼けば焦げる!欲で焼けば甘すぎる!愛で焼けば、完璧に焼けるの!!」
フィーネは目を瞬かせてクラウドに囁く。
「ねえ……これ、本当に火魔法の講義なの?」
「……んー」
首を傾けるクラウド。
「先生、これ……訓練のつもりですよね?」
「当然よ!料理こそ、最もおいしい火魔法修行!」
エレナは木べらを掲げて笑う。リィンがぱっと手を挙げた。
「リィンもやるー!」
「もちろん!あなたは“型抜きの精霊”担当ね!」
「わーい!」
ケイトが興味津々に前のめりになる。
「火魔法なら得意ですわ。焼き加減、見させてもらいます!」
「ふふっ、頼もしいわねケイトちゃん。じゃああなたは“火の守護者”よ!」
エレナは真剣な眼差しで言う。
「オーブンの温度を“感じ取って”調整してちょうだい。炎を支配するんじゃない、“共に呼吸する”のよ」
ケイトは少し驚いたように瞬きをした。
「呼吸する……?そんなふうに考えたことなかった」
「ほらね、理屈じゃないの。炎は生きてるのよ。あなたの心が乱れたら焦げるし、落ち着けばふっくら焼けるの。恋と同じ」
「恋っ!?」ケイトが真っ赤になる。
その横で、フィーネがクスクスと笑った。
「私は何をすればいい?」
「あなたは“彩りの魔術師”!飾り付けをお願い。美の魔力は、水のように静かで、でも全てを映すものだから」
「……なんだかすっごく詩的だね」フィーネが小さく微笑む。
クラウドはため息をつきつつ、生地をこねながら言った。
「これクッキー作りですよね?」
「違うわ、クラウド君!これは“魔力の共鳴実験”!火と水の創造行為よ!」
「……大げさなことですね」
ボウルの中でバターと粉が混ざり、リィンが星型の型で楽しそうに生地を抜いていく。
ケイトは小さな炎を指先に灯し、慎重にオーブンへ魔力を送る。
その火はまるで彼女の感情に応えるように、ふわりと揺れながらも安定していた。
「いいわねぇケイトちゃん、その炎……まさに職人の呼吸よ!」
エレナがうっとりとした声で言う。
ケイトは頬を少し赤らめながら、誇らしげに微笑んだ。
フィーネは出来上がった生地にハーブの飾りを添え、リィンは鼻歌を歌いながら粉をふりかける。
そして――
焼き上がった瞬間、部屋中に甘い香りが広がった。
「できたー!」リィンが歓声を上げる。
オーブンを開くと、金色に輝くクッキーが並んでいた。
「ほら見て!完璧よ!」とエレナが胸を張る。
「……ほんとに魔法修行になるんでしょうか」クラウドが苦笑する。
「なるに決まってるじゃない!心がととのえば、魔力もととのうのよ!」
「さあ、並べましょう」と、ケイトが言うと「クラウド、ジャムを準備して」と、フィーネが言う。
焼きたてのクッキーを並べる子どもたちの楽しそうな声が響いて、テーブルの上は香草入りのクッキー、ベリージャム、蜂蜜の瓶。まるでお菓子屋のような光景だ。
「完璧ね!焦がさず、香ばしく、見た目まで計算された焼き上がりよ!」
エレナが両手を腰に当て、満足げに頷く。
ケイトとフィーネは得意げに笑い合い、リィンは「おみせみたい……」と感嘆の息を漏らした。
「にーに、もうたべていい?」
「まだ熱いから、少し冷ましてからね」
クラウドが言うその声に、玄関の扉がノックされ聞き慣れた声が重なった。
「クラウド!おるか?」
エレナがクッキーを手に振り返る。
「お客様?クラウド君にだね」
「師匠?……なんで今日に限ってこんなに人が来るのやら」
クラウドが小さくため息をついた。
「なんだか、えらく良い匂いがしてきおるな」
扉が開かれると、杖を片手に大きな荷を背負った老人――ラグスが立っていた。笑みを含んだ灰色の瞳が穏やかに光る。
「ラグスじいじ!」
リィンが弾かれたように駆け寄る。
「おう、小さなリィン。元気そうじゃの。……おや、見慣れぬ顔があるな」
エレナがくるりと振り向いた。
炎のような髪を陽光に揺らし、じっとラグスを見据える。
「あなた……妙ね。魔力の流れが穏やか過ぎる。呼吸が、自然そのものに近いわ」
ラグスは片眉を上げる。
「妙な挨拶をする娘じゃな。で、お前さんは誰だ?」
「エレナ・アルヴェーン。火魔法専門の教師よ。今はこの家の子――リィンちゃんとクラウド君を見ているの」
「ほう……教師、か。ずいぶん派手な教師じゃ」
ラグスがそう言って微笑むと、エレナはすかさず腰に手を当てた。
「派手って言うのは褒め言葉よ?情熱は魔法の燃料だもの」
「ふん。燃やしすぎて灰にならんようにな」
クラウドが慌てて割って入る。
「師匠、この方はギルドから紹介されたリィンの先生です。少し変わり者ですけど、魔法の腕は確かで――」
「失礼ね、少しじゃなくて“だいぶ”変わり者よ」
エレナが胸を張って言い切った。
その調子にラグスは思わず吹き出す。
「はっは、面白い女じゃ。……なるほど、ただの教師には見えん。“火”の匂いを感じるわい」
エレナの目が鋭くなる。
「あなた、火魔法を使えるのね?」
「むかし少しばかりな。冒険者をやっとった頃の名残じゃ」
「冒険者、ふぅん。あなた、炎に好かれてるわ」
「好かれとるかは知らんが、うまく付き合ってはおるかの」
ラグスが言うと、クラウドがクスッと笑った。
「ラグスさんは火魔法の第一人者だよ、エレナ先生。理論も実践も、ぼくの師匠です」
クラウドの口から出た一言が、和やかな空気を一瞬で張りつめさせた。
「……なんですって?」
エレナの瞳がカッと見開かれた。
まるで薪に油が注がれたかのように、空気が熱を帯びる。
「第一人者?誰が?このおじいちゃんが!?」
ラグスが眉を上げる。
「おじいちゃん言うな、娘っ子。火を扱う者は口より呼吸を整えろ」
「呼吸!?私は炎そのものよ!火に愛された女、エレナ・アルヴェーンに向かって“呼吸”ですって!?」
エレナは腰に手を当て、炎のような髪を揺らして吠えた。
「炎は理屈じゃないの!情熱と感性で掴むのよ!」
「感性で火を扱うのは間違っとらん。だが、気性に問題があるから焦がすんじゃろうな」
「な、なにを――!」
クラウドは慌てて間に入る。
「ま、まあまあ……ここで喧嘩しても……!」
だが二人の火花は止まらない。
「第一人者?いいえ、今日からは私がその座を奪うわ!」
「勝手に決めるな。俺は誰とも争っとらん」
「そんな悠長なこと言ってるから、時代に取り残されるのよ!裏庭で勝負よ!」
「はぁ……」ラグスは大きくため息をつくと、杖を軽く突いた。
「……勝負って、何じゃ?まさか火魔法で?」
「もちろん!」
ケイトとフィーネが顔を見合わせる。
「な、なんか始まっちゃったね……」「え、勝負ってどういう……」
ラグスは頭を掻きながら呟く。
「……クッキー食べるんじゃなかったのかの……」




