念動力
日差しは日に日に傾きを増し、晩秋の町は赤と黄の彩りに包まれていた。木々は静かに葉を落とし、風は冷たさを帯びて家々の軒先をくぐり抜ける。
クラウドの魔力操作は加速度的に成長していた。最初は布切れ、次に小石、さらには暖炉の脇に積まれた薪まで――しかも、ひとつだけではない。一度に複数の対象を同時にコントロールしていた。
(重要なのは意識し過ぎず、集中し過ぎず。って感覚だな)
複数を同時に動かすときは一個の物にとらわれず、空間で捉えて動かす感覚が重要。また積まれた薪のように一つ一つは別の物だが、塊と捉えるとまとめて動かせる感覚も発見した。
ある日の昼下がり、クラウドは木製のベビーチェアに座り考える。
もう物を狙って動かすことはできる。だが、自分で自分を持ち上げてみるのはどうだろうか。いままで動かしてきたものは、特に壊れたらまずい物はなかったのであまり考えなかったが……いざ自分に力を向けるとなると少し怖い。
(ええい、ままよ)
次の瞬間、小さな足が床を離れた。
「わ、わわっ」
思ったより早くクラウドの体がふわりと浮いた。重力に抗うというより、何かに持ち上げられたような感覚。50cmほど上がった瞬間。
グルリと逆さに半回転してドサリと頭から落ちた。
「……っ痛〜」
まだ舌がうまく回らないその口から音が漏れた。ひっくり返りながら頭を撫でる。
(頭がっ!くそぅ……自業自得とは言え腹立たしい)
クラウドは自分の力を「魔法」だと思っていた。正確には、魔力操作という認識だった。けれど、この世界の人々が語る「魔法」は、水や火といった属性を伴うものばかり。浮遊や移動といった概念的なものは出てこない。
それでも彼は、この力が育っている実感を持っていた。
そしてこの力を、人前では絶対に見せないと決めていた。
それは両親、とくに母ミリィの目が鋭くなっていることに気づいていたからだ。「うちの子、少し変わってる」と思われるのはかまわないが、「異常」だと感じさせてしまうのは避けたかった。下手をすれば、それは不安や疑念につながる。
クラウドの訓練は、あくまで「密かに」進められていた。
しかし、家の中でできることには限りがあった。そんな折、ガランドが声をかけてくれた。
「たまには、外の散歩に行ってみるか? 天気もいいしな」
その日は風が穏やかで、上着を着れば外にも出られる陽気だった。クラウドはガランドに抱かれ、町の中心通りへと連れられた。初めて見る光景が次々に流れてゆく。石造りのパン屋が香ばしい匂いを漂わせ、靴職人の店では若い男が革を叩いている。小さな書店や染物屋が並ぶ中、見覚えのある服飾店の看板が目に入った。母の作業机の上に、同じ綴りの箱がよく置いてあったはず。
(あれは……フィーネの家かな?)
以前、誕生日のホームパーティで出会った少女のことを思い出す。まだ言葉もままならなかったが、あの時の目の輝きは印象に残っていた。こちらを「同じもの」として見ているような、そんなまなざし。
「ここが町の真ん中だ。昼時になると人がわっと増えるんだが、今はちょうど静かでいいな」
ガランドはそう言って、クラウドの頬にキスを落とした。ひげが少しだけ当たって、くすぐったい。そのまま抱き抱えられ肩に乗せられた。
「ここからあっちが西門、んで反対側あっちに行くと東門。今日は西門に行ってみよう」
西門へ向かう道路は幅広く馬車を停められるスペースも確保されている。ガランドの肩に乗ったまま西に向かって進むと町並みもよく見える。中心通りが日々の生活用品、食料品などの店が多いのに対し、こちらは宿屋や飲食店、問屋、倉庫が多い。道具や雑貨の品揃えも商人や旅人向けに見える。東門から西門を貫くこの道は、町の外の街道とまっすぐ繋がっているためだ。
しばらく進むと西門が見えてきた。あの門から先はもうクラウドが見知らぬ景色が広がっている。