第六十八話『姿勢』
「やっと、終わったか……」
ゼントは疲労の表情を前面に出し、息を切らしながら声を零した。
苦労のかいあって、大小問わず、全て部屋の家具を外に出し終える。
崩れた壁や天井の瓦礫はもちろん、中空を舞う埃と格闘しながら清掃も完了した。
時刻はもう夕方になってしまっている。
ユーラもなんだかんだで、小さい瓦礫を運ぶなど、少しだけ手伝ってくれた。
彼が住処としている廃墟は本来二階建てだったのだが、上は完全に吹きさらし状態なので使えない。
だから一階部分だけ何とかするだけで済んだのは幸いだった。
何もない殺風景な空間に爽快感と、これからの生活の不安とに駆られながら、二人で夕食をとる。
誰かと一緒に食事をするのは久しぶりだった。
ただ、今家には保存の効く食料しかなく、はっきり言って味は不味い。
そんな食事をユーラにも摂らせるのは忍びなく、早急に改善しなくてはならなかった。
「おいしい物を食べさせられなくてごめん」
「ゆーらはべつに、いいくらしがしたいわけじゃない。おにいちゃんといっしょにいられるなら、それだけでいいの」
彼女はそう言うが、本心ではどう思っているか分からない。
気を使わせてしまったことに心を痛め、明日までに何とかしようと決めた。
就寝時、ユーラにはゼントがいつも使っている寝床を使うように言った。
ベッドと比べたら硬いが、床で寝るよりはまし……
「――なにこれ!?すごい!ふかふかしてるよ!?おにいちゃん!ここでいっしょにねよう?」
……そういえばと、ゼントは寝床が謎に柔らかくなっていることを完全に失念していた。
だが良かった。これでユーラの寝床を作らなくて済むし、安眠できるだろう。
「さすがにここで二人寝るのは無理だろう。俺は近く床で寝るよ」
「じゃあ、ゆーらもゆかでねる!」
「床は硬いし冷たい。俺の事はいいから、上で寝ていいぞ」
「やだ!おにいちゃんといっしょにねたいの!」
彼女はどうしても傍に居たいようだ。
両手をバタつかせて、右腕の固定がぐらつく。
眠っている間に、また何処かへ行ってしまうと疑っているのか。
突飛な発言に、さりげなく離れて眠るようにと促すも、
そのように言われてしまっては、ゼントはどのように対処すればいいのか分からない。
「分かった。ユーラのすぐ下で寝るから。それでいいだろ?」
「じゃあ、てをにぎって」
「……分かった。それくらいなら」
あくまで精神衛生の問題だが、ゼントは少し恐れていた。
ユーラとのこれら一連のやり取りが浮気になるのではないかと、
彼女の事を恋愛対象として見たことは無いが、異性であることには変わりない。
もし、今は亡き彼女が目の前に居たのなら、癇癪を起こして地獄を見るだろう。
それ以上に婚約した相手がいるのに、異性と寝たり、手を繋いだりなど不道徳だと考える。
一番の問題は周りからどう見られるかだ。
今日町中を歩いていた時も、ずっと体を密着させてきていた。
少なくともいい印象は持たれないだろう。彼の事を深く知っている人間であれば尚更。
ユーラ側がゼントを、恋愛的意図を持って見ているかは定かではない。ならば普通は子供として接するべきだ。
だが彼女の精神は幼いが、体は言うまでもなく成人している。
できる事と言えば精々、これは良心の呵責故、仕方のない事だったのだと、自分に言い聞かせることくらいだった。
――かくして、二人手を繋いで固定差こそあれ、近くで眠ることとなった。
そして翌日、またもやゼントは厄介な問題に遭遇する。
「いやだ!ゆーらをひとりにしないっていったのに!」
静かな森の傍、小さな家に叫ぶ幼い声が響き渡った。
可愛らしいともいえるが、その内容はひどく深刻だ。
朝の食事、味よろしくない保存食品を二人で食べた後の出来事だった。
ゼントが一人で外に買い出しに行くと言いだしたのだ。
ユーラは孤独を拒絶する。彼の行動に猛反対してきた。
「――それじゃあ、一緒に買い物へ行く?」
「やだ!外はきもちわるいのがいっぱいいるから!」
「だって、食料も買い込まないといけないだろ。お金もそのうち無くなるだろうから、働きにも出なくちゃいけない」
「まだたべものはのこってるんでしょ?なくなったら、またそのときかんがえればいいでしょ!?」
ユーラは離れたくないようで、それはもう必死と一言で形容できた。
ならばと忍んで、一緒に行こうと言っても拒絶する。
どう選択肢を提案しても全力で拒否されてしまっていた。
ゼントが出すほとんどの指示には従ってくれるのに、こればっかりは譲れないらしい。
だが、ずっとこのままでは餓死してしまう。
今後のユーラとの生活を成り立たせるために、彼にも優先すべき事がある。
「ほんの少しの間だけでいいんだ。それか、ずっと下を向いて、昨日みたいに付いて来てもいいから」
「いやだ!あれがちかくにいるだけでこわいの!」
彼女は今にも泣きだしそうな勢いだった。
話はずっと平行線で、終わりが永遠に訪れないのかと予感した時、ふとゼントの視界に影が入り込んだ。
そして全く同時に、ユーラの動きが完全に固まる。
驚くでも恐怖するでもなく、ただ目を見開いたままの状態で静止した。
「――ゼント、私が手を貸してあげようか?」
後ろから掛けられた笑みを含んだ声は、今の彼にとっての救いだったに違いない。




