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第六十七話『対象』

 



「――えーっと……それは、人間が怖いという事でいいのか?」



 ばつが悪そうに頭を掻いて、思わず聞きなおしてしまった。

 今彼女が何を言っているのか、感覚的に理解できなかったからだ。



「おにいちゃんはあれがこわくないの?」


「うん……別に怖くはない、かな……」



「やっぱりおにいちゃんはすごいね!」


「いや……すごくはないと思うけど」


 謙虚というわけでも、高慢になったわけでもない。

 ただユーラの発言に困惑し、首を傾げていた。


 それは幼い精神特有の感性だろうか。

 記憶になく見慣れない物を不気味に思ってしまうというあれだ。



「怖がる必要は無い。みんな俺と同じ人間だから」


「みためがぜんぜんちがうよ?」



「あとほら、だったら俺とかは怖くないのか?」


「おにいちゃんはあれとはちがう!ちゃんとひとのかたちをしてるもん!」


 問答にゼントは違和感を持つ。

 初めは顔や髪型の微妙な違いがもたらす、違和感による嫌悪かと思ったが、

 今彼女は“人の形をしている”と言った。

 それはつまり、人の形を認識したうえで他の者が人の形をしていないという事になる。


 しかし当たり前だが周りの人間も、ゼントと同じ人の形をしているはずだ。

 そこまで大きな差は無い。要はそれが表すところは……



「じゃあユーラには人間がどう見えているんだ?」


 これはだけは今後に関わる。何としても聞いておきたい。

 ユーラ視点では変な質問だと思うが、素直に答えてくれた。



「えっとね、なんか……ぶよぶよしてる?いきものみたいな……なにか、かな」


 何度か言葉に詰まっていた。

 それは語彙の問題か。言葉だけでは表現しきれないのか。


 そして会話だけだったが、ぼんやりと見てくるものがある。

 他人が傍に居る時に怯えている原因がゼントには分かった。


 幻覚、とでも言えばいいのか。

 どうやら彼女は、ゼント以外の人間が恐ろしい何かに見えている。



「じゃあこの家の中にあるもので、怖いと思うものはあるか?」


「ううん、ない」


 首を横に振り、否定の意を示す。

 人間以外ではどうなのか。例えば物や他の生物は?

 とりあえず状況は分かったので、これ以上の質問はやめておいた方が良い。


 おそらくというか、まず間違いなく、あの化け物に襲われたせいだろう。

 記憶や精神だけでなく、感性にも何かされたのだ。

 どうしようも無いと分かっていながらも、ゼントには憎しみが芽生える。



 本当に何がしたかったのか。生物が生きるために、他の生物を殺すというのは理解できる。

 だから人間とは言え、殺される側になることもあるだろう。無論抵抗はさせてもらうがそれ自体は仕方ない。


 だがあれは、自己が生きながらえるがためにとった行動とは思えない。

 ユーラ殺すでもなく、ただ彼女の人格と日常を奪い去って行った。

 完全に遊んでいるようにしか見えない。それとも他の理由があったのか。


 とにかく遭遇したら逃げることしかできない。

 幸いも動きは遅かったので、見つけてからすぐに離れれば逃げ切れるはずだ。

 異常な光景を見たら逃げる、それだけで回避できる。




 それも大事だが、今はこれからの事を考えねばならなかった。

 まずは、今いる場所を快適に住めるようにしなくては、



「分かった。じゃあ俺は各部屋を片付けてるから、ユーラはその辺でくつろいでいてくれ」


「いやだ!ゆーらもてつだう!」



「病み上がりなんだし。ゆっくりしてていいんだぞ?」


 気分を切り替えて、部屋に散乱した瓦礫や壊れている家具などを片付けようとする。

 すると、立ち止まっていたユーラも手伝おうと声を上げた。



「いやだ!おにいちゃんにみすてられちゃうから」


「へ?そんな事はしない」



「だって、ゆーらがやくたたずだから、あそこにおいていったんじゃないの?」


 何を言い出すかと思えば、

 思い違いによる強迫観念だった。


「教会での事を言っているんだったら、それは違う。ちょっと俺に勇気が無かっただけだから。そもそもユーラは役立たずなんかじゃないし、例えそうであっても、見捨てるなんてことはありえない」


「でも!なんでもいいからおにいちゃんのやくにたちたい」



「その気持ちだけで十分だ。右手も不自由なんだし、今は少しでも体を休めるんだ」


 強請る彼女をゼントは何とか諫めるも、まだ納得していない様子だった。

 ゼントだけが働いているのに、自分だけ何もしていないと不安に駆られるみたいだ。

 もう少し言葉を尽くして安心させるよりも、今度こそ行動で示そうと決意する。



 ずっと眺めてくるユーラを横目に、ゼントは一先ず寝室として使っていた部屋を片付け始める。

 一部屋だけでも今日中に何とかしてしまおうと思っていたが、これがまた難航した。


 壊れた家具はどれも大きく、固定されている物もある。おまけに動かすたびに埃が舞った。

 あまりの埃の量に、一旦ユーラにも退避してもらう。

 よくこんなところで生活できていたと、ゼントは他人事のように考えていた。



 ようやく、家具を全部外に追い出したかと思えば、今度は床に残った瓦礫や清掃などやることは山済みだ。

 ゼントの苦難はまだまだ続く。


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