第四十五話『貫徹』
ベッドの上に二つの影が乗っている。
半分起き上がった状態のゼントと、身を乗り上げて顔をまじまじと見つめるユーラ。
小さい椅子と寝具、
それ以外の家具が一切存在しない歪な部屋で、おかしな方向へとひたすらに続く。
一度歪んだ欠片同士が永遠に噛み合わないように、
彼らの会話が正常に行える日はもう来ないのだろう。
「――私の事好きなんでしょ?あんな大胆な告白してきたくせに。毎日私に“愛してる”って囁いてきたのに」
ゼントの心臓は、破裂しそうなほどに激しく動いていた。
目の前の少女が何を言っているのか本当に分からなかったから。
今までも理解は出来ていないのだが、その上信じられない言葉を聞くことになるとは。
唖然とするしかないゼントに、ユーラは更に詰め寄ってきて、
いよいよ顔と顔が接しそうなほどに迫る。
瞳は相変わらず濁っていて、押し込めた感情だけの輝きを放っていた。
「もしかして恥ずかしがってるの?だったら言えるまで、待ってるから…いつまでも……ね」
ゼントが何か答えたところで意味など無いのだろう。
相も変わらず、一方的な物言い。
「私今とっても幸せなの。形はどうあれ、あなたと一緒に居られるから。今までも、そしてこれからも……」
顔の前まで乗り出した身を一旦引いて、語りだした。
椅子に再び座ると神に祈るかのように、両手を結んで天を仰ぐ。
「俺とお前は冒険者の先輩と後輩だろ…?でたらめなことを言うな…!」
鼻白み、唯一の希望を信じて、だが必死に確かめるように聞いた。
「――本当に一体どうしたの?私たちは“恋人”同士でしょ?」
そちらが何を言っているのかとばかりに首を傾げる。
蕩ける甘い囁き、言葉は唯一の支えをへし折った。
ゼントは吐き気を催すほどに焦る。
少女は嘘をついているようにも見えなかった。
「恋人?誰と誰が……?」
「だから、私とゼントがだよ?もしかして忘れちゃったの?」
当たり障りのない笑顔で、面白おかしそうに真っ直ぐ見つめてくる。
まさか本当に……でもありえるはずがない。
なぜなら告白だなんて、ましてや愛してるだなんて、そんな事を彼女に言った記憶が無いからだ。
それに一見、意識を失った状態と今の状況は繋がっているように見える。
――記憶が欠落でもしていない限り、“彼女”を裏切った事実なんて存在しない。
つまりは全部彼女の妄言だ。戯言であるはずだ。あってくれと。
だというのに、ゼントの願いとは裏腹に、少女の瞳を見てしまうと自信が揺らぐ。
確かめるすべも、今の彼には無い。
「ユーラ、そんなことを言った記憶はない。別にお前の事なんか……」
「じゃあ今、また私に言えばいいじゃない?あの時の気持ちをもう一度味わってみてもいいかなって……」
最後まで言い切れることも無く、横やりを入れられてしまう。
――ああ、そうか……
彼はようやく理解した。
今この瞬間も、そしてこれからも、
彼女との対話は無意味であると、
自分が心変わりをするはずがない。
ならば、考えられる可能性は一つ。
ユーラの方がおかしくなってしまったのだ。
何を言っても自分の都合のいいように解釈をする。
どうしようもない時は聞かなかったことにされる。
ここまで来ると嫌でも理解させられた。
目の前の少女はユーラであってユーラでない。
少なくともこの現状も、彼女の意志ではないはずだと。
考えられそうなことは二つ。
記憶が書き換えられてしまったのか、
洗脳されて操られているのか、
どちらもこの世界では可能だ。
方法は稀であるが、絶対にできないということは無い。
きっと突然変わってしまったのも、今までの異様な言動も全てに説明が付く。
だが、目的が不明瞭だ。
そんなもの無いのかもしれないが、
とにかく、するべきことは決まった。まずはここから出ることだ。
カイロスにでも誰でもいい。ユーラを戻すために助けを求める。
戻せるかどうかは分からないが関係ない。
幸いなことに、手に繋がれている麻縄は強度がそこまでは無さそうだ。
解けたらのなら窓の外からでも逃げ出すのが先決。
それからの事は、後々に考えるべき。
「――どうしたの?どこ見てるの?」
考え込んでいると、少女が無垢な顔で再び覗き込んでくる。
対話は意味が無いと想定した。
だが言葉を返さなければ、不自然に思われてしまうかもしれない。
無難な言葉を返すのが最善だろうか。
「…なんでもない」
違和感を持たれない程度に口を開いた。
少女は淵に置いトレイを取り上げると、スプーンを手に取って料理を掬い上げる。
「ふーん、まあいいや。それじゃあ、朝食にしよっか。はいあーん!」
言わずもがな、口元に近づけて食べさせようとしてくる。
上に乗っているのは、一般的な穀物、
先程から香ばしい匂いを漂わせていた出所。
彼女の作った食事は、間違いなくおいしい。
だが今は脱出するのが先決で、彼女の目が邪魔だった。
「いや、俺の手は動くんだから一人でじっくり食べるよ……」
「やだ!私が食べさせないとなの!!」
遠回しに一人になりたいと告げたが、少女は感情的に阻止する。
その様子を見てゼントは一つの懸念が生まれた。
先程から垣間見える少女の実年齢にそぐわない子どもっぽさ。
もしや、精神が退行しているのではないかと。
「……もしかして、私の事嫌いになったの?」
下から見上げるように顔を上げて、瞳には涙が溜まっている。
少女が自我を失っていると分かっていても、
表情を見て、ゼントは素直に要求を受け入れることしかできなかった。




