表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/309

第四十二話『序開』

 



 ――頭を過るは、文字通り最悪の結末。

 突然に、大切な人間が目の前から零れ落ちてしまう光景を、


 もちろん杞憂であれば、それ以上の事はない。

 しかし何か、何かがゼントを焦らせる。

 心の中が目まぐるしく騒いで、落ち着いてなどいられなかった。


 ユーラはゼントにとって大切な人間だ。

 一番とは言い難い。だが今の世界で、落ちこぼれた彼を気にかけてくれる人間はそう居ない。

 半年より前は、ほとんど交流が無かったというのに……

 単に同情を寄せられたのかもしれない。



 闇雲に、無作為に、町の中で視線を狼狽させ、徘徊する。

 無意味だと分かっていても、後悔の無いように全てを尽くしたかった。




 訳も分からず、立ち止まって考え込んでしまうこともあった。

 最後の彼女との会話を思い出す。


 唐突に抱きついてきて、“自分が渡した料理を食べたか?”と問われた。

 嘘をついて、食べたと答えた。


 丹精込めて作った料理を食べてほしかったのだろうか?

 だとしても様子がおかしかった。結局何をしたかったのだろうか。


 嘘をついた事がまずかったのか。無理やり対話から逃げ出したことが原因か。



 考えれば考えるほど分からなくなっていく。

 行動で解決するしかない、と言われているようだった。



 フォモスは言っていた。街中は“ほぼ”探したと、

 おそらくまだ探してない場所があるはずだ。


 町の外へも行ければいいのだが、一歩でも出れば魔獣の脅威が襲い掛かる。

 装備を整えたところで彼の腕では余計に時間がかかるだろう。


 ならば、まだ可能性が残っている町中を探すべきだ。



 未だに探してなさそうな場所。町はずれに点在する空き家や、隅にある路地裏など。

 歩き回り、時には駆け抜ける。ルブアという町は一日がかりでようやく回れるほどの大きさ。

 だが一向に状況は解決されず、時間だけが刻々と過ぎていく。



 やがて日が傾いて来ると、協会で起こした出来事が効果を発揮してくる。

 通りを歩いているだけで、町ゆく人から冷めた視線を浴びせられるようになった。

 理由は自明の理、彼が自分自身を卑怯者と喧伝したからだ。



「…って聞いたんだよ!みんな話してるぞ!」


「……それは本当?信じられない……」



 こちらを見つめては、微かに聞こえる声で話し合っている。

 朝の出来事について噂が予期した通り広まっているようだ。


 自らの思惑が、こうも裏目に出るとは思わなんだ。

 可能な限り、全ての場所を探したつもりだがいるはずもなく。


 心配なのは山々、だがこれ以上視線に晒されて精神的に困難だと感じてしまった。



 一切の成果が得られず、とぼとぼと家路に就くも、町中での白い眼は止まらない。

 むしろ強くなっている気がする。自意識過剰というわけでもなさそうだ。

 自らの意志で仕出かしたことなのに、耐え切れなくなり走って戻った。


 家に戻ったところで、胸騒ぎが落ち着くわけではなく、焦ってもいい事はない。

 だが苦悶が膨らみに膨らみ、頭痛や眩暈すらしてきた。

 こんな時は眠って、無理にでも体を休めよう。そう思って家の前まで来た。




 住処の周囲は相変わらず静まりかえっていた。

 耳を澄ましても、風の吹き抜ける音と木々の葉がさざめく音しか聞こえない。

 自然だけの雑音のない静けさと、夕日がもたらす揺らめく赤はゼントの心の不安を掻き立てる。


 自分は本当にこんなところに居ていいのか?

 増長した憂いが、理性が押さえつけている。


 何度も自らに言い聞かせたはずだ。

 できる事には限りがあり、焦っても仕方がないと、


 それによく考えるべきだ。もう日が暮れる。

 夜の暗闇でろくな明かりも無い中で捜索は無理だ。町の視線も耐え難い。

 それに………それに、まだ行方不明と決まったわけじゃない……



 彼自身にも、なぜここまで落ち着けないのかは分からなかった。



 焦りと苛立ちの中、部屋に入る足取りは重く、


 ふと、正面を見ると、




 ユーラが居た。





 ――あれ……?あれ?あれっ?あれ!?


 彼女を見た瞬間、

 背筋に凄まじい寒気が走った。

 全身が小刻みに震え、波打つ。



 こちらに気が付く様子はなく。

 亜麻色の髪を靡かせて、何事も無かったかのように佇み、ゼントに背を向けて部屋の中を物色している。

 後ろ姿も髪型も、間違いなく彼女のものだった。



 求め過ぎていたものが、幻覚となって目の前に現れたのだろうか。

 実際、半年前には頻繁にあった。


 そもそも彼女が失踪したということ自体が夢だったのだろうか。

 もしかして今も、覚めることのない悪夢を見てしまっているのかもしれない。


 しまいに、脳みそはまともな稼働を止めてしまう。



 足音を立てず、そっと近づいて、肩を持ってみた。

 しっかり掴めた。感覚も確かに存在している。

 夢や幻覚ではないという論証がそこにはあった。



「ユーラ!…ユーラ!いなくなったって聞いて心配してたんだぞ!!」


 どのように声を掛けたらいいか分からず、ただただ正直な思いを伝える。

 誰にも告げず三日も行方を眩ませて、何をしていたのか、何故ここに居るのか。

 疑問は全て、頭の中から零れ落ちた。


 いきり立つ声と肩への感触で、彼女もさすがに部屋へ入った存在に気がついた。

 ゆっくりと、首と体を声の方へと向ける。


 しかし――



 予想してなかったわけじゃないが、どこかで期待していた。

 目の前の彼女は、何の変哲もない、いつも通りで、ごく普通の可憐な少女であると、


 でも――振り返ったユーラの瞳には……

 残念ながらあの時と同じような狂気が混ざっていた。


 毒々しくも美しい、今にも壊れてしまいそうな、

 虚空を見つめるように輝きが無く、目の前の相手を見据えられているのか怪しい。



「私なんかを心配してくれたの……?ごめんなさい……新居を用意してたの。誰にも妨げられることのない、私たちだけの空間を……!」


 祈るように手を正面で組み、表情は歓喜に震えている。

 上目遣いで見つめられ、声色にもあらゆる感情が一緒くたになってしまっていた。


 同時に、相変わらず彼女の言動は意味不明だった。

 会話に脈絡があるように見えて、意思の疎通ができていない。


 ゼントの返事を待たず、訳が分からない言葉を続ける。



「じゃあ時間もいい感じだし、今すぐ案内するね。初めて入ったけど、こんな崩れかけたところに居たら危険だよ?」


 前のように危険は感じない。

 だが、何を言っているのか本当に理解できない。

 いい感じとはどういうことなのか?もう外は暗くなっているというのに。



 そして突然。あまりにも突然だった。

 ユーラが手の中に潜ませていた布を口元に押し付けて来る。


 何が起こったのかは分からなかったが、どこかで嗅いだような香りが鼻を突く。

 共に頭の先から力が抜け、意識が遠のいていくことだけは分かった。


 最後に見たユーラは、今まで見たこともない至上の笑みを浮かべて、

 目を瞑ったまま、甲高く乾いた笑い声を上げていた。




 頭の中で描いた最悪の結末は、どうにか回避できたとゼントは胸を撫で下ろした。

 だが唐突な再会から、再び彼の道筋は真っ黒に染まろうとしている。

 偶然か必然か、神なぞにも分かってたまるものか。


 苦痛を耐え偲ぶ彼の人生に、選択権など無い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ