第二百七十五話『権化』
「――あれをやった犯人はねー、セイラ。つまり私なの!」
称賛されるべきでもない内容を得意げに語った彼女。
人間ではないことを隠そうともせず、体は今も少しずつ変形しているようにも見える。
一方、ゼントの頭は麻痺してしまっており、もう真面な思考はできそうもなかった。
ただでさえ目の前の光景を受け入れていないというのに、これ以上の衝撃的な事実を認知することもできず。
「は? つまり全てお前の自作自演だったんだろ…!?」
返事としても単調で的外れな言葉を言ってしまう。しかし同時に該当する出来事を思い出してもいた。
返答に対して彼女の顔は少し歪む、口を尖らせながら間髪入れずに反論してくる。
「じゃあ、あの娘が自演した理由は何? その様子だと対して考えたこともないんでしょ」
そう言われてみれば確かに……攻撃が無ければライラの正体もきっと分からなかった。
あの日のずっと感じていた違和感。考えることが多すぎて後回しになっていたのだろう。
よく考えれば違和感の正体が分かったかもしれないのに。分かったところで真犯人まではたどり着けそうにないが。
だが、それが本当の事だとしたら、あの巨大な岩はセイラがやったというのか。
岩を剛速球で飛ばす? 道具か何かを使って? それに何の目的で? 自分を殺そうとしたのか? あるいはライラの正体を知っていた?
疑問は溢れることを知らず。そして同時に、どう転んでも変わらないたった一つの真実を察してしまう。
今目の前にいるのは、間違いなくセイラ本人なのだろう。
そして彼女、いやセイラはもう――
――人間をやめてしまっている。
その事実を理解した瞬間、ゼントの額には汗が噴き出した。構えようとしていた剣の柄からも自然と力が抜けてしまう。
考えてみれば勝てない相手と対峙できている自分が既に不思議で仕方なかったのだ。
しかし今さら恐怖に煽られたところで、ゼントにはこの場をどうにもできない。精々浮かび続けるある疑問をろくに動かない頭で精査していくだけ。
一体なぜ化け物に? 強要されたのか、人間の体を捨てて化け物になる必要はないのに。
そしてどうやって? 人間が化け物になる事例など聞いたことがない。
特徴を見るとライラと同じような肉のような形をしている。もしやと思ったがライラが関わっているとしか思えなかった。
「じゃあ、まさか今まで町で起こった殺人事件は……?」
「あはは、これで全部全部わかったでしょ!? この力を手に入れた私は、有象無象の中を強者として闊歩できる。力を試すにためにはちょうど良かったわねー」
希望的観測で漠然と否定を願った質問だったが、セイラは自信ありげに、そして狂ったように吐く。
だから粘り強く質問しても必要な情報を教えてくれなかったのだろう。襲撃の法則があるというのもそもそも出任せかもしれない。
「ねぇ、そんなことよりゼントぉー、私の首が切り落とされた時泣いてくれたぁ? 悲しんでくれたァ?」
「お、俺は何も……泣いてなんかいない」
図星を突かれたこととその内容が恥ずかしくて、つい違うと言ってしまう。
だがあの人混みの中でもセイラの目は誤魔化せなかったらしく、まるで近くで見ていたかのような自信で話を進められる。
「うふふっ、強がらなくても大丈夫っ、さっきあなたの瞳が濡れていたのは遠くからでも見えたから」
「……お前は本当にセイラなのか? だとしたらどうしてそんなことに。それになんで人殺しなんか」
見た目も去ることながら人格が大きく変わってしまっている。化け物になった影響で変化したのか、あるいは……こちらが本来の彼女なのかもしれない。
「私は望んでこうなっただけ。だからゼントが気にするようなことじゃない。それじゃあ行きましょうか」
衝撃の事実が続き、頭が追い付いてないゼント。高々望んでなった、という部分が印象に残っている程度。
そんな理解の追いつかない彼にセイラは圧力を掛けるように、考える余地を与えず詰め寄ってきた。
「はっ!? 行くってどこに?」
「えへ、旅の計画はもう決めてあるの。まずは海岸に沿って北上、帝都に行く。そこから大陸を一周するの!! 一緒にね!」
ゼントの疑問にはとうとうはっきりと答えず、独善的な語りを一方的に展開する。
声には投げやりというか、軸が折れて脱力しきったように。更に言えば人間としての理性も知性も感じられず、まるで違う世界の住人と会話しているようだ。
これ以上の対話はおそらく無駄、しかしそれが分かったところでゼントには打つ手がない。
無様に地面に転げて完全に腰が抜けている。しかしセイラはジリジリとにじり寄ってくるばかり。




