第二百六十六話『衝撃』
セイラの目の前を本人により追い出されたゼントは、表の通りで途方に暮れていた。
これから残りの今日をいかに過ごそうか。昨日のように家に帰ってもいいが、カイロスの方を手伝った方がいいのか。
しかし完全に任せてほしいとも言っていた。であれば自分の仕事に集中した方がいいのか。
でも肝心の仕事の方から蹴られてしまっている。英気を養うという体で家に戻るか。
逆接が次々に浮かんできて思考の邪魔をした。行動を起こすにしても心の準備を付ける必要がある。
それにしても……彼女のあの様子がものすごく気になっていた。今までかつてないほどに混乱が襲う。
まるで突然人格が切り替わったみたいだ。星の瞬きのような刹那で何があったのだろうか。
その一つ前のやり取りを思い返してみても訳が分からない。変な質問だったが後との脈絡がないのだ。
何をするにせよとにかく、頭の疲労を回復しなければならない。気が付くと、また家の中で体がゆっくりしていた。
こんなにのんびりしていていいのだろうか、と焦りが生まれないわけではないが……
いずれにせよ明日が山場になるだろう。これ以上は伸ばせない。動くとすれば明日の夜か。今晩のところはセイラに考えがあるらしいので任せてみよう。
しかしながら心の奥底には言い知れぬ胸騒ぎがあった。原因は無論セイラの変わった態度だが、何を指し示すものかまではどうしても知りえない。心配しても損することが多かった。特に最近は……
明後日までにはすべて決着がつくだろう。そう思い至って、ゼントは眠りに就くことにした。
そしていつもより沈んだ夜を過ごし、寝て起きた時には案の定というべきか、状況が大きく変わってしまった。
しかも劇的に、濁流の如き悪い方向へ。事態が好転すればまだよかったものの、後戻りすらできない。
それは日が少し高く昇ってから発覚する。
昨夜、ゼントは久しぶりに深い快眠に至って、朝早く起きるつもりが寝過ごしてしまっていた。
一番の要因は奴が――あの赤い化け物がここに来る可能性が低いということ。もちろん警戒を緩めるつもりはないが。
しかし正直に言えば日常から身の危険は薄くなり、どこかに緩みも出てきていたのかもしれない。
そんなたるみかけた精神に痛烈な一撃を加えるかのような事態が起こった。
それはゼントが外に出る準備をしつつ、遅めの朝食を食べている時に発覚する。
多くは語らない。カイロスが突然勢いよく、無遠慮に部屋へ入り込んできたのだ。
ジュリは目を覚まし奥の部屋に逃げ込み、ゼントは何事かと思って咄嗟に足を立たせる。
「おいゼント! どうなってやがる! なぜ何も言わなかった!!」
「カイロス、一体どうしたんだ!?」
開口一番、耳に入るのは訳が分からない一言だった。
部屋に響き渡る怒声、目を塞ぎたくなる鋭利な眼光。ユーラはすぐ横で震えていた。
鼻白むゼントの様子を見て、カイロスは更に語気を強めて罵り交じりに続ける。
「どうしたもこうしたもねぇ!! 聞きたいのはこっちだ! 俺に何の知らせもなかったことについても!!」
「な、何を言っているか分からないカイロス、少し落ち着いてくれ。何があったのか俺は知らないんだ」
罵声に近い言葉を一方的に浴びせられて、訳が分からずも抗弁しないわけにはいかない。状況も何も分からないのに。罠に嵌められてたまるものか。
本当に分からないということを伝えると、カイロスは怒りの形相を崩すことなく、しかしゆっくり静かに尋ねてくる。
「……昨日、セイラのところへは行ったか……!?」
「もちろん、言いつけ通り。その前の日だって……」
「その時、セイラに変わったことがあったか?」
「いや、変というならずっと変だったし、それ以上のことは何も……」
「じゃあなんで……」
「何があったのか教えてくれ! まさか……?!」
正直に伝えた甲斐があってか、カイロスは理解してくれたようだ。しかしまだ分からないことが多すぎで混乱が解けたわけではない。
あるとすれば……処刑の日が決まってしまったこととか? だとすれば悠長にしすぎた。あと一日早ければ……
「いや、おそらくお前の想像よりずっと悪い」
「もったいぶらずに教えてくれよ!」
これ以上に悪い状況になるなどありえるのか、あったとしたらもう想像しえない領域だ。
回答を乞うとしばらく考え込んだ後、カイロスは腕を組み相変わらず鋭い眼光で答える。
だが状況が分かったところで、意味が分からないという現状は変わらなかった。
「――セイラが自白したんだ。一連の事件は全て自分がやったと……」




