第二十四話『状況』
――剣も装備も失ってしまった。
ボロボロだったが、無かったら即死だっただろう。
最低限でも整備しておいてことが功を奏した。
ここは協会に設置された簡易的な医務室。
明るい色の木で誂えた部屋、暗い入口付近と違って、驚くほど清潔感がる。
そのうちのベッドの一つをゼントが占領していたのだった。
窓から差し込む橙色の光は、夕方の時刻であることを示す。
体の痛みが酷く、疲労が体に蓄積していた。
出血は無いが、血にまみれた服装も記憶のままで、違和感がある。
てっきり何日か昏睡状態で居たのかと思ったが、どうやら違うようだ。
「大丈夫?ゼント?」
一呼吸おいて、悲痛な顔を浮かべていると横からライラが話しかけてきた。
聞こえてきた声に、一瞥もせず前を向いたまま、
「眠い。少し寝かせてくれ」
起き上がった直後だったにも拘わらず、様々な要因で疲れてしまっているゼントは力なく答えた。
どうやって、あの場から生き残ったのか。
何故、目の前の少女は無傷で居るのか。
考える余裕も無かった。
「ちょっと待って!何があったのか教えて!」
突然、凛とした声と共に迫られる。
手を掴まれ硬く握られた。
「――あがっ!!」
触られた箇所に痛みが走る。
思わず声を上げ、手前に手を引く。
勢いよく動いたため、また体に痛みが走り負の連鎖が完成する。
安静を妨げられ、ゼントは露骨に嫌な顔を作った。
後ろで怪訝な顔をする者もいるが、今は置いておく。
隠さず明け透けた態度に、傍に居たもう一人の人物が、我に返った表情で謝罪してくる。
「あっ……ごめんなさい!でも、これは重要で急を要するの!眠いのは分かるけど、あなたの身に起こったことを教えて!」
そこに居たのは、
銀の短髪を揺らし、同じく銀と黒の瞳を持つ椅子に座るセイラだった。
いつもの気だるげな表情を捨て、剣呑さを醸し出している。
普段の落ち着き、大人びいた声だが、焦りを隠せていない。
そう言われたところで、眠いのだから仕方がないだろう。
幸いなことに、近くに彼より分かっている適任者がいるではないか。
「俺は気絶していた。ライラが全部知っているはずだ。彼女に聞いてくれ」
するとセイラは口籠り、ゼントに目配せをして、心配そうな表情で恐る恐る聞く。
「えっと、そのライラ……さんが言ったの。ゼントと一緒じゃないと話したくないって……」
ライラを見ると、ただこちらを見つめ返されるだけだった。
表情を作らず、頑なに言葉を掛けようとしない。
「ライラ、重要な事らしい。意地悪せず話してやれ。俺もどうなったのか知りたい」
「じゃあ、ゼントから話して……」
棒立ちになり、こちらに言って来た。
彼女は気絶していたゼントと違って、一部始終を見ているはずだ。
最初から全て話していれば、面倒なことになっていなかった。
眠い。とにかく眠い。体が疲れているのか?
会話すら億劫だ。早く終わらせたい。
頭の中で思考を巡らせながら気だるげに答える。
「分かった。知っている限りで簡潔に伝える……
大洞窟で依頼をこなしていたら、竜が現れた。不意打ちを受けて気絶しちまった。以上だ」
「という事は!?大洞窟に竜が居たってこと!!?大変!今すぐ討伐依頼を出さないと……!!」
目を見開き、驚きながら声を上げるセイラ。
すぐさま立ち上がり、どこかへ行こうとしている。
おそらく、協会が依頼主となる緊急依頼の手配をしに行くのだろう。
そう、これも冒険者協会の役割の一つ。
異常事態や奇怪な現象が起こった時、解決の役割を担うのだ。
各地に起こる問題を解消できれば、地域への貢献とみなされ、協会の評判も良くなる。
ならず者が多いという印象を払拭して、多様な人を協会に取り入れる目的がある。
「ねえゼント。竜ってあの大きい緑色の?」
横にいるライラが、きょとんとした顔で聞いてくる。
そう言えば、あの窮地からどのように脱したか、まだ聞いていない。
「そうだが……?」
「それならもう動かなくなってるよ?」
首を傾げ、言った。
「はっ?」「え…?」
二か所から同時に声が聞こえて来た。
何枚かの紙を纏めていたセイラが問う。
「それは、罠にでもはめたってこと?」
「いいえ、ゼントを助けるために邪魔だったから殺したの」
平然とした顔でライラは言う。
同時に、こちらに微笑みかけてくる。
「「…………」」
その言葉に、
残りの二人は絶句することしかできなかった。
セイラは状況が呑み込めないとばかりに、茫然としている。
一方、ゼントはライラの表情を見て、体は完全に静止し、思考はねじ切れてしまっていた……
悪夢を見ているかのように、呼吸は乱れ、瞳孔は開き、めまいがする。
頭の中では一つ一つ情報を整理しようとしていた。
殺した……??あの竜を……??
命からがら逃げたとかではなく……??
どうやって……??剣で太刀打ちできるような相手ではない。
思考がままならず、混乱するゼント。
彼女は虚栄を張るような人間ではない。
それは、ここ数日見て来たから、断言できる。
間違いなく真実なのだろう。
ただ一つ言えたのは、彼女が竜を単騎で倒せるほどの実力があるという事だけだった。
「………と、とにかく!急ぎ調査隊を派遣します。状況が分かり次第追って説明するわ!」
一歩引き目に見て、扉から出て行こうとした。
突拍子もない発言に狂わされたゼントは、思考を止め、本能に従った。
少し、横になろう。時間をおけば、頭がはっきりするかもしれない。
――だが、
瞬間、扉が大きく音を立てて開いた。
同時にでかい図体の人間が、部屋の静寂を冒す。
「おい!大洞窟で竜が死んでたぞ!!ゼント!お前がやったのか!?」
部屋にいた一人だけは、固まった声を上げた。
「支部長!いないから探してたんですよ!!」
――どうやら、まだまだ彼は眠らせてもらえないようだった。




