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第二百十四話『相反』

 



 二人の逢引はまだ午前であるにも関わらず、もう帰路へと就いていた。

 無論、ゼントから言い出したのだ。これ以上一緒にいても間柄に好転ないと。

 感じていた恐怖も霧散して、しかし後にくるはずの安堵もなく、唯一残っていたのは若干の罪悪感だろうか。



 道中確認するまでもなく、距離感がおかしくなっている。彼の少し後ろをとぼとぼとついてくるライラ。

 本を正せば彼女が元凶なのだが、彼も少し言い過ぎたか。いや、あれくらいしないと何を仕出かすか。

 全ての要求を無条件に受け入れるのではなく、ある程度は妥協せよ。でないと嘗められる。越えてはいけない一線は引かねばならない。


 帰ろうとした理由を付け加えるなら予定が無さすぎる。組んだ上で北の町まで行けば二日は堪能できたであろうに。これでは依頼に出ていたほうがまだましだ。

 更にはこのまま夜まで居ると流石にユーラたちに心配をかけてしまうと思った。飛ぶように出てきてしまったから。



 こんな考え至るようになったのは、全部彼女のせい。あの場で近づいて来なければよかった。そうすれば午後もあの落ち着いた場所で過ごせたはずなのに。

 ゼントはただただライラの愚行を嘆く。しかし同時に、どういうわけか自分の心の声が言い訳がましくも聞こえる。

 なにより、後ろを一定の距離を保ってついてくるだけの存在が哀れに思えた。


 だが例えライラに気がある人間がいても、先ほど相対した時の恐怖を見れば考えも須らく捻じ曲げるべきだ。

 逆になぜ今後ろから何も感じないのか、不思議で仕方がない。自分の気持ちの在処がどこから来るのか知ることもできずに。




 でも――町に戻っても、この状態で解散すると何にせよ今後の関係に支障が出る。それだけはどうしても避けたかった。

 そこで一つだけ場を和ませる案を思いつく。彼は胸に手を当てて固い感触を確かめる。

 羽織った服の胸の裏にしまってあった例の贈り物。服は今朝嵐のようにやってきたライラが無理やり着替えさせたもの。


 家にはいくつか着替えが置いてあるのだが、そう、ゼントはまるで計算されていたかのように髪留めの入った服を引き当てていたのだ。

 ライラはきっとこれが欲しいはず。だがこんなやり方は汚いような気もする。幼心を物で釣っているようではないか。


 それにもっと時機を見計らうべきとも思う。このような時に渡されても気分が上がるわけがない。

 しかし、だからと言ってこのまま放っておくわけにも……だからここは一回、良心の叱責を丸く収めて手渡してしまおう。



 ゼントは少し大きな石橋に意を決して、懐に手を突っ込む。

 そして何事もなかったかのように振り返って気楽に話しかけた。



「ほら、ライラ……その、さっきのお詫びってわけじゃないけど……」


「ありがとう!」


 後ろにいるライラを視界に入れようとして、手を僅かに差し伸ばした瞬間、明るさの伴った感謝が近くで聞こえてきた。

 先程まで少し距離を開けていたはずなのだが、今見るともうお互いの体がくっつきそうなほど接近している。

 不意に手の中にあった髪飾りは消え失せ。だがそのあまりにひたむきな態度に、ゼントは驚くというよりは感心すら覚えた。



「……そんなにこれが欲しかったのか?」


「うん、ゼントが私のために()()()()()()()()()()()()()だから」


 よく分からないが、喜んでくれたのならそれでいい。無駄に悩む必要もなかった。

 彼女が単純でよかった、と思うのは甘い考えだろうか。いや、この際どうでもいい。




「ありがとう、じゃあこれは大切にするね」


 そしてライラはそう言うと半ば奪った髪留めを――

 身に着けるのではなく、大事そうに懐へとしまった。



「あ、いや……」


 予想外の言動にゼントは咽ぶように声を漏らす。気が付くとライラの懐へ消えゆく銀の髪留めを手で追って伸ばしていた。

 大切にしてくれるというのは大変ありがたいのだが、道具にはそれ相応の用途というものがある。

 本来の使い道から外れて飾ったりするのは宝の持ち腐れというもの。そんな物がゼントの住処にもあるのだが。


 要は、せっかく覚悟を決めて贈ったのだから大切に扱うのではなく使ってみてほしいということ。言い方を変えれば身に着けた姿を見てみたいということでもある。

 未だ純真なこの心は何だろう。そして、だとすれば先程感じていた恐怖は一体……



 これらが何より不思議だった。殺されるかもしれないという恐怖を感じておきながら、今は可憐に焦がれている。

 そのどちらの感情も、得も言われぬ似たような性質を、同じところから生み出しているのだから異様だ。



 冒険者とは本来自由な生き物だった。なのに今のゼントは、本人は意識していないだろうがライラという鎖に繋がれている。

 特に仕事に関しては彼女がいなければ何もできない。奇しくも以前と全く同じ形。


 それは幸せなことでもあれば、不幸せなことでもある。




 唯一違う点があるとすれば、今のライラの足りない部分をゼントが補っていることだろう。

 手綱さえ握れるのなら、彼女は単騎でこれ以上ない優秀な人材になりうる。


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