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裏エピローグ

彼女が、俺の全てだった。


「トルドレイク、どうかした?」

「何でも無いよ、ユーナリア」


 見上げてくる虹色の瞳が眩しいくらいにキラキラと輝いてるのを見るのが好きだ。彼女の前では、無意識に口元が弧を描く。


「じゃあ早速!”ちょこれえと”を…これどうしたらいいのかしら?」

「聞いて来なかったのか?」

「……早く教えてあげたくて、聞き忘れたわ」

「ユーナリアらしいな」


 少々そそっかしい所も、俺の事を大事にしてくれる所も、全てが愛おしい。

 両手で抱えるほどの大きさの茶色の実を眺めながら、ユーナリアはぶつぶつと呟く。


「これの中から出るんだから、割る?割っちゃう?でも、溶かすって言ってたような」


 悩みに区切りを付けたようで、ユーナリアがよし、と一つ頷く。くるりと後ろを振り向き、オアシスの泉の縁で遊んでいる俺の眷属へ呼びかける。


「ふわふわちゃ〜ん!これ燃やして!」

「俺がやろうか?」

「トルドレイクがやると火力が強すぎて炭になりそうだから、ふわふわちゃんにお願いするわ!」


 ユーナリアに呼ばれた眷属は、嬉しそうにその場でぴょんぴょん飛び跳ねている。

 あいつらは俺の力から溢れた存在で、ある程度こちらの感情を反映されている。

 だから眷属がユーナリアに頼られて嬉しそうに跳ねるという事、俺自身がそうされたら嬉しいというわけである。

 それを傍から見てる俺は、恥ずかしさから少々居た堪れない。


 ユーナリアが駆け寄ると、何かに躓いたのか突然バランスを崩して前のめりになる。


「あ」

「ユーナリア!」


 転びそうになるユーナリアの体を後ろから抱きとめるが、彼女の手からは茶色の実が勢いよく飛び出して泉に落ちる。


 ぼちゃん。


 物悲しい音と共に、二人と一匹はその光景を見ていた。


「ああああああぁぁぁぁっ!”カカオ”がー!私の”ちょこれえと”がぁっ!」


 ひぃという悲鳴と共に、ユーナリアの悲痛な叫びが耳を劈く。慌てふためくユーナリアを落ち着かせつつ、頭を撫でる。


「落ち着け。飛び込もうとするな。水の精霊なら力であれを引き上げられるだろ」

「はっ!そうだった。流石ねトルドレイク!賢い!」


 尊敬の眼差しでこちらを見てくるユーナリアに苦笑が漏れる。ずっと一緒にいても、彼女の天真爛漫な性格は飽きる事が無い。


 長い月日を生きる精霊だからこそ、一人には慣れていた。自我が芽生えても何にも興味を示さない俺は、ただ広大な砂しか無い土地で、火の精霊として役目を果たすわけでもなくただそこに存在していた。

 たまたま通りかかったユーナリアに声をかけられるまでその日は続いた。


『おーい、起きてますかー? あ、目が動いた。起きてるなら返事してくれてもいいんじゃないかしら。ここにいて暑く無いの?火の精霊って便利ねぇ。でも何にも無いとつまらないと思わない?』


 一人で話し続ける彼女を黙って見ていると、彼女はあっという間にその場に泉を作り出してしまった。それから、まだ足りないと木の精霊を連れてきて植物を生やし、美味しいからと、食事が必要無い精霊の俺に食べ物を差し入れてくれる様になった。

 彼女が訪れる日を待ち遠しく思うようになり、彼女と出会った事で、一人に慣れていたわけではなく、寂しいという気持ちを知らなかったと思い知った。




「終わりって、どういう事?」


 たまに訪れる日から、毎日顔を合わす様になった日、彼女は少しだけ寂しそうに笑った。


「終わりっていうか、代替わりっていうか。私より力の強い精霊が生まれるんですって。だから、お役目終了。トルドレイクと会えるのもあと少しかな」


 彼女の言葉がすぐには理解出来なくて、俺の頭の中は混乱しっぱなしだった。

 ずっと一緒にいられると思っていたのに、このまま二人で幸せな時間を過ごせると思っていた事が、こんなにあっさりと終わりを告げるだなんて思ってもみなかった。

 ユーナリアがいない世界では、俺の命など意味は無い。


「俺も、一緒に行く」

「トルドレイクはそう言うと思った。私にしか懐かないものね。貴方を一人にしてしまうのがとても心配だわ」

「一人にしないでくれ」

「周りに目を向けてみたら、案外楽しいかもしれないわよ?私を安心させると思ってまずは表面だけでも取り繕ってみる?」

「いやだ。ユーナリアが消えるなら俺も消える。君がいない世界なんて、耐えられない」


 ユーナリアの細い体を抱きしめる。頑なな俺の態度に、ユーナリアはふっ、と息を吐く。


「仕方のない人。だから、生まれ変わっても一緒にいてあげるわ」


 俺の胸に顔を擦り付け、背中に回した腕が優しく抱きしめ返してくれた。

 新しい水の精霊が生まれるまで、俺とユーナリアは穏やかな日々を、どんな世界に生まれたいかや、生まれ変わったら何がやりたいかなどを話して最後の日を迎えた。

 痛みは無く、意識が溶けるように消えていくが、彼女と繋がった手のお陰で怖くはなかった。


 生まれ変わった彼女を目にした時、歓喜に震えた。家族という切れない絆を手に入れた事が嬉しくて、自分だけが記憶を持って、彼女が忘れていても気にならなかった。


 記憶が無くても、水の精霊としての力は健在のようだ。昔から感情が分かりやすいとは思っていたが、彼女が激しい感情に襲われると決まって雨が降った。それに対して嘆く姿も可愛かった。


 高校に入った途端、彼氏が出来たと喜ぶ彼女を見て胸が痛んだが、楽しそうにはしゃぐ姿が可愛かったので、見守る事にした。

 予想はしていたが、案の定デート当日に雨が降り、台風にまで進化していた。

 どれだけ楽しみにしていたのかと呆れてしまう一方、お陰で兄妹水入らずで過ごす事が出来る。


 彼女が好きだってココアを淹れて、幸せな時間を過ごそうと思っていたのだが、いつの間にか彼女はいなくなっていて、そのまま帰らぬ人となった。


 待ち合わせ場所に向かっていたのだろう。

駅の近くで、台風で吹き飛ばされた看板が頭を直撃したのだと言う。

 両親や、医者や、周りの言葉は何一つ入ってこなかった。泣き叫んで冷たくなった彼女の体に縋り付いたが、俺を置いて行ってしまった。

 それからは、廃人の様な生活をしていたと思う。食欲も失せ、最後に覚えてる光景は病院の一室だったように思う。


 気がつけば、見覚えのある景色でまた精霊として生まれ落ちていた。

 もしかしたら彼女もこの世界で生まれ変わってるかもしれないと思い、世界中を探し回った。

 何年も、何年も。何処を探しても彼女はいなかった。


 彼女と過ごしたオアシスに戻ってくると、砂漠だった場所に一つの国が出来ていた。


 鬱屈として気持ちが俺の感情を消し去り、眷属達は彼女の気配がある泉で嘆き、求めて飛び込んでいく。泉が枯れたら、もしかしたら彼女が「しょうがないな」と言って泉を満たす為に現れてくれるかもしれない期待もあった。


 そんな時、砂漠の国の王が俺の元を訪れた。


「君は精霊だろう?オアシスを枯らすのをやめてくれないかな?」


 精霊だと見破った王は、前世の世界の俺と似ていた。何となく、自分の言葉の様に思えて俺は王の言葉に耳を傾けた。


「水の精霊がいれば解決しそうだ。君、知り合いに水の精霊はいないのかい?いたら呼んできてくれよ。元はと言えば、君の子達が枯らしちゃったんだからさ」


 そう、喚べばいいのだ。


 ユーナリアがカカオを持ってきた時、異世界の人の子から貰ったと言っていた。

 それから俺は砂漠の王にも手伝わせ、異世界から、事故に遭う前のユナをこちらの世界に呼び寄せる事に成功した。

 名を聞かれた時には、一度目の世界でユーナリアに呼ばれていた名を名乗った。

 精霊だと公言されるのも面倒で、それならばと王が「魔術師」と周りに紹介してくれた。


 魔術陣の真ん中で、きょとんとした顔で立ち尽くすユナを見て、痛いくらい心臓が鼓動する。


 あぁ、やっと会えた。俺のユナ。


 それなのに、ユナは王を兄と呼び見つめている。俺が側にいるのに、何故こちらを見ない?俺が喚んだのだ。その男に笑いかけるのはやめてくれ。俺の名を、呼んでくれ。


 俺は長い年月を二度目のこの世界で過ごしていたが、ユナは何も変わっていない。

 どう言えばどう反応するのかも分かり、懐かしさが込み上げては嬉しくなる。

 その反面、名前さえ呼んでくれないユナに不満が溜まる。妹のくせに生意気だぞ、と思うのは前世の意識がユナに会った事でぶり返したせいだろう。


 王が雨を望んでいるのは本当だが、オアシスの消失については真実を知っている。異世界人で精霊という存在を素直に面白がっている節がある。

 ユナと再会した事で、眷属が無作為に水場を求める事が無くなった。


 慌てるユナが面白くてつい、兄である時を思い出して悪ノリしてしまった自覚はある。

 庭の池の前でポーズを取った時など、王と二人で吹き出しそうになっていた。

 だから、水面下で俺の心があげていた悲鳴を聞き溢した。


 眷属が、ユナの中にいるユーナリアを求めて彼女の体の中に入り込んだ。ユナの体がぐらりと傾いていくのを見ながら、手を伸ばす。

 ユナの手を掴み落下を防ぎ抱きしめる。意識を失っているユナの体はぐったりとしていて、嫌な記憶がフラッシュバックし、バクバクと心臓が鳴り続ける。

 意地を張らずに、最初から抱きしめておけば良かったと後悔し、胸が苦しくなる。

 暫くそうしていると、ぽつりと空から水滴が落ちてくる。次から次へと落ちてくる水は、すぐに雨へと変わる。


「…寂しい?」


 気を失ったユナが微かに囁いた言葉に、先程入り込んだ眷属が感応してしまったと分かる。


 これは、素直な性格のユナの、心の隙に入り込むチャンスなのではないだろうか?


 もう二度と、彼女から離れない為に、彼女が俺から離れないように仕向けるには、彼女の庇護欲を刺激すればいいのだろう。

 最後にはしょうがないなと、きっと笑う。


 眠るユナを抱きしめ、冷たい雨の中、俺は一人ほくそ笑んだ。



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