とある報告
式典が終了したホテル・ハービンジャーのロビーが騒がしくなり始めた。
内装工事中だった高層階で騒ぎがあった為、地元警察や連邦警察が慌ただしく動いているのだ。
静謐な環境を求めるゲストたちが眉を顰めて、その様子を遠くから眺めている。
一方で、そんな騒ぎからは離れた空間があった。
ロビーの端。六台の電話機が設置されたラウンジの壁際。
やり手の営業マンのように涼しい顔をした男が電話をかけている。
「——はい。対象ジョン・コントレラスは死亡しました」
『————、——?』
「いえ、ハッタリではありません。実際に爆弾が仕掛けられていたようです。処理班が先ほど到着しました——えぇ、驚きです。ただの資金係が爆弾を持っているとは」
『————————、————』
「自分の担当ではない件に強引な方法で介入した点は認めます。ですが、自爆テロの危険性もあった、という点はご理解いただきたい。我々は合衆国を守る為に存在しているのです」
『————』
「——はい。ホミアの方の連絡によりますと、パトリック・ホール巡査部長を元妻の自宅で発見、拘束したそうです。消されたのではなく逃げ出したようです。はい、詳細はこれからですが、不良少年らを脅し、ジョンが経営する警備会社に斡旋していたようです。——えぇ、手下を集めて金を受け取っていたようです。かなり深く関わっていたようなので、まだまだ情報を絞り取れるはずです。資金係のネットワークを押さえるのも時間の問題かと」
『——、————、————』
「では、担当の報告を。——王室職員との接触を複数回確認、また、要人専用のヘリコプターに搭乗し屋上に着陸していました」
『——』
「対象イーサン・グレイはハーネリアの工作員です」
『——、——』
「ローザ・ミドルトンの監視と保護だと思われます——はい、それだけならば身分を隠す必要はありません。外交官として堂々と見張れるにもかかわらず、あえてスパイのように活動しているのは、このような事態を想定しているからだと思われます——つまり、王のワガママです。いかなる無理難題であっても王の要求を必ず満たす。そんな特殊な人員を王室は独自に配置しているものと思われます。王女が友人と会いたいと望んだなら、連れてきて会わせるのが彼の役割。誘拐事件が重なろうとも巧みに事態を処理して目的を達する。単なる浸透工作員とは大きく異なる非常に特殊な職員、言うなれば王様の便利屋。現代の王室にそんなものが存在するとはにわかには信じがたいですが、それがイーサン・グレイなのです」
『——————————、——————、——————————』
「はい、モーテルで接触を試み、コリン・クロフォードによってカーチェイスの末に崖から落とされた連邦警察どもは無事です。負傷させられ、ここでも突入直前にストップをかけられた彼らは怒っているのでしょうね。まぁ、イーサン・グレイの調査の為だったと懇切丁寧の説明してやるつもりもありませんが」
『——、——、————?』
「……はい? 所感ですか? 承知いたしました。現場の一人でしかない私の感想でよろしければ——イーサン・グレイ個人が我が国の国益を損なう可能性は低いかと。彼が脅威となる時が来るならば、それはフリスカ王女がとんでもないワガママを言った時でしょう。えぇ、王女が核ミサイルを欲しがらないよう祈ります。彼が基地に潜入してしまうかもしれませんから」
『————』
「無論、危険度は総合情報局上層部が決定するものですし、命令が下れば始末いたします」
『——、————?』
「いいえ、工作員と言えどもイーサン・グレイは諜報技術を叩きこまれた精鋭ではないようですし、相棒はただの新人警察官ですから……偶然居合わせた大学生と思っていることでしょう。彼らが列車で拾ったFk26は、私が意図的に置いたものであるとは思いもしないでしょう。私が総合情報局のスパイだとは誰にも気づかれていません」
『————?』
「では、コリン・クロフォードをホミア市警に復帰させてください。どういうわけか、イーサン・グレイは彼女が大事らしいのです、はい、その方が把握が容易いので。その辺りも徹底的に調べ上げます。今回のダリア・ライツ襲撃事件に関わった全ての人間を調査します。えぇ、陸軍情報部あたりにヒント、あるいは答えがあるかと——」
『————、——』
「ありがとうございます。失礼いたします。局長」
男はそっと受話器を下ろした。
後ろからやって来た厳めしい顔の連邦警察の捜査官が男の肩を乱暴に掴んだ。
「ここにいたか! おい、トイレに行っていいとは言ったが電話をかけてもいいとは言ってないぞ! どこにかけていた⁉」
「ひ、ひぃっ⁉ す、すみません! そ、祖父に電話を……か、帰るのが遅れると連絡をしただけです。事故のことは言ってません! 本当です! あぁ、おじいちゃんの車で人を撥ねたなんてバレたらぼ、僕は殺されてしまいますっ、お巡りさん! どうしたらいいですか⁉」
「ったく……とりあえず取り調べるから来い。おい泣くな……特殊な事情でお前さんは起訴されんだろうから大丈夫だ、とりあえず話聞くだけだから」
男は、電話をしていた時とは別人のように狼狽えた。
「ほ、本当ですか……よ、良かった! 僕、新聞社の内定があって、もう人生詰んだかと」
「はいはい。それじゃあまず名前を教えて」
男は痩せ型で猫背。ボサボサのくせ毛で大きなメガネをかけ、汚れたスニーカーに暗い色の長袖シャツという姿。
首にかけたカメラのストラップを握り、臆病そうに目を泳がせて答えた。
「メルヴィン・サンダースです」




