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ガールズバンド【KANADE-ZAKURA】 ~最強バンドのメンバーに、何故か紛れ込んでいる私~  作者: 猫野 にくきゅう
本編

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第17話 陰キャ、地獄の宴席に座す

 初めてのライブ演奏という、私の人生において最も致死率の高かったイベントをどうにか乗り越えた。


 私たちKANADE-ZAKURAは見事に観客を沸かせることができた。

 しかし、息をつく暇もなく、次なる試練が待ち受けていた。


 今日のメインアクトであり、私たちにステージを譲ってくれた格上の先輩ガールズバンド『Crimson Riotクリムゾン・ライオット』の人たちと、一緒に打ち上げをすることになってしまったのだ。


 * * *


 最初は、隙を見てライブハウスの裏口から脱兎のごとく逃げ出したくて仕方なかった。しかし、楽屋の隅でパイプ椅子に座って少し時間を置くと、荒れ狂っていた心臓の鼓動も落ち着き、わずかながら冷静さを取り戻してきた。


(大丈夫だ。落ち着け、私。こっちには、社交性の塊である才川さんがいるじゃないか。それに、幼稚園からの幼馴染である親友の凛ちゃんもいる。私が一言も発さなくても、彼女たちが適当に場を回してくれるはずだ)


 そう自分に言い聞かせ、私はすり減った精神力を必死にかき集めた。


 その後、私たちは皆で『Crimson Riot』のステージを見学させてもらうことになった。フロアの目立たない最後方に陣取り、先輩バンドのパフォーマンスを眺める。


 演奏は、流石の一言に尽きた。


 圧倒的な音の厚み、ボーカルの力強いシャウト、そして何より、フロアの熱を完全にコントロールしているステージング。これだけの数のお客さんを呼び込める集客能力があるのも、痛いほど納得できた。


(やっぱり、本物のバンドマンは違うな。それに比べて、私なんて……)


 と、いつもの自己卑下が顔を出しそうになったが、すぐに思い直す。


 確かに私はただの村人Aだが、私以外のメンバー――才川さん、凛ちゃん、金剛寺さん、小清水さんの実力は、決して『Crimson Riot』にだって引けを取っていなかったはずだ。


 そう思うと、少しだけ胸の奥が誇らしさで温かくなった。


 * * *


 その日のライブハウスでのすべての演目が終わると、私たちは打ち上げの会場となるお店へと移動を開始した。


 機材を店に残し、夜の街を歩く。

 どうやら、ライブハウスから歩いていける距離にある居酒屋兼飲食店らしい。


「桜、だっけ? やるじゃねーか。初めてのライブであんなに堂々と歌い上げるなんてよ」


 ビクッ!

 背後から突然声をかけられ、同時に私の肩にガシッと重い腕が回された。


 振り返らなくてもわかる。

 ベースのマキさんだ。


 派手な外見と、少し甘い香水の匂い。

 そして何より、初対面の人間に対する物理的な距離感がバグっている。


「……どう、も」


 私は、肩書きだけのボーカリストとは思えないほどの消え入りそうな声で、何とかそれだけを返す。


「ほんと、私も驚いたわ。リハの時からいい歌声だと思ってたけど、本番でその実力がどこまで出せるか未知数だったし、心配してたのよね。完全に杞憂だったわ」


 今度は、前を歩いていたボーカル兼ギターのレイさんが振り返り、真っ直ぐな瞳で私を褒め称えてきた。


「……」


 マキさんの腕の重さと体温だけでいっぱいいっぱいだった私の脳内メモリは、レイさんの言葉によって完全にクラッシュした。


 クールなカリスマボーカルからの、混じり気のない純粋な称賛。

 しかし、極度の自己評価の低さを誇る私にとって、それは「賞賛」というよりも「尋問」に近い恐怖だった。


(まずい、まずいまずいまずい! 何か気の利いた返事をしないと! 『先輩たちのステージも最高でした!』とか言うべき!? いや、そんな偉そうなこと言えない! どうしよう、このまま無言を貫いたら、生意気な無礼者として路地裏で殺される……!)


 私の強迫観念が暴走し、額から冷や汗が噴き出したその時だった。


「さっすが私の細川さん! 堂々とした歌声、本当に素敵だったわよね!」


 横からスッと入り込んできたのは、才川さんだった。


 彼女にとっては、純粋に私のことを自慢したくて自然と会話に入ってきただけなのだろう。しかし、今の私にとって、彼女は飛んできた銃弾をすべて弾き返してくれる最強の防弾チョッキにしか見えなかった。


(助かった……! 才川さん、一生ついていきます……!)


 内心で土下座しながら、私は思う。


(それにしても、マキさんもレイさんも、なんで私なんかに絡んでくるんだろう。才川さんや金剛寺さん、それに凛ちゃんや小清水さんみたいな、華のある子がいっぱいいるのに……)


 * * *


 飲食店に到着し、座敷の席に通された。

 私は目立たない一番隅っこの席を確保し、ひっそりとウーロン茶をすする計画を立てていた。


 しかし、現実は非情である。


「桜ちゃん、こっちこっち!」


 マキさんに腕を引かれ、私が座らされたのは、なんとマキさんとレイさんのちょうど真ん中という、オセロなら一瞬でひっくり返されて先輩色に染まってしまう絶望的な配置だった。


「いやー、近くで見るとほんと肌綺麗ね。やっぱり現役の女子高生は違うわぁ」

「あー、私ももう一回、学校に通いたい。あの頃は無敵だったわよね」


「……」


 両サイドから降り注ぐ、年上の女性たちによる『女子高生いじり』。

 彼女たちには微塵も悪気はないのだ。純粋に後輩を可愛がってくれているだけ。いわゆる「善意」である。


 しかし、陰キャにとってはこの「善意の圧力」こそが最もキツい。


 悪意があれば逃げたり拒絶したりできるが、善意を無下にすることはできないからだ。私はただ首をすくめ、愛想笑いとも引きつりともつかない表情で完全に固まっていた。


「ちょっと二人とも、学校行ってた時は『ずっと授業さぼりたい、ダルい』って言ってたのにねぇー」


 向かいの席から、ドラムのナナさんがのほほんとした口調で二人を茶化す。


「えー、三人は高校の時からの付き合いなんですか? すごいですね!」


 そこへ、才川さんが大人相手に全く物怖じすることなく、身を乗り出して会話に参加した。


 コミュ力のバケモノ。

 才川さんが間を持たせてくれているおかげで、私は相変わらず無言の置物でいられた。


「ほら、遠慮せずに食えよ、さくら。唐揚げ好きだろ?」


 マキさんが私の取り皿に、山盛りの唐揚げとサラダを取り分けてくれる。


「……はい」


 何とか一言だけ返事をして、言われるがままに唐揚げを口に運ぶ。

 美味しいお店だと聞いていたが、両隣から発せられるプレッシャーという劇物がスパイスとなって、味がまったくわからなかった。消しゴムを噛んでいる気分だ。


「さくらちゃん、ほんとクールだねぇー。度胸もあるし、声もいいしー」


 ジョッキを傾けながら、ナナさんがふにゃっと笑ってとんでもないことを言った。


「一度、うちらのバンドで歌ってみない?」


 ピタリ、と。

 それまで和やかに笑っていた才川さんの動きが、不自然に止まった。


「……細川さんを引き抜くのは、止めてください」


 冗談に対する返しとは思えない、絶対零度の笑顔。


「あはは、冗談だよぉー。奏ちゃん、怖い顔しないでー」


 ナナさんがヒラヒラと手を振って誤魔化すが、才川さんはしばらくの間、私の腕をギュッと掴んで離さなかった。


 どうやら、本気で警戒したらしい。


(どうしてこうなった……)


 私はウーロン茶のグラスを見つめながら、遠い目をした。


 私は隅っこでこっそりと、ご飯を食べて帰る予定だったのに。どういうわけか、この宴会の中心(物理的にも)に据えられ、精神をゴリゴリと削られ続けている。


 * * *


 永遠にも思えた地獄の打ち上げがようやくお開きとなり、先輩たちと別れ、凛ちゃんや金剛寺さんたちと一緒に、私たちはライブハウスに歩いて戻る。


 私と才川さんは隣り合って、夜の道を歩いていた。

 夏の夜風が、火照った(主に冷や汗で)体を冷やしてくれる。


「ねえ、細川さん……」


 不意に、隣を歩いていた才川さんが、ふらりと私の肩に寄りかかってきた。


「えっ?」


「んふふ……ちょっと、酔ったみたい」


 とろりとした声を出して、私に縋りつくように腕を組んでくる。

 密着した腕から、彼女の高い体温が伝わってくる。


(……いやいやいや。ジュースで酔うわけがない)


 私は心の中で猛烈なツッコミを入れた。


(私たち高校生だし! さっきまでオレンジジュースとジンジャーエールしか飲んでなかったじゃない!)


「……」


 しかし、悲しいかな。

 私は言葉を発することができなかった。


 これは冗談なのだろう。

 彼女なりのボケなのだ。


 陽キャ特有のコミュニケーションの一環。


 だが、このボケに対してどうツッコミを入れれば正解なのか、私にはまったくわからなかった。


 「ジュースで酔うわけないでしょ!」と明るく笑い飛ばすべきなのか? 

 それとも「大丈夫ですか?」とマジレスして介抱すべきなのか?


 対応を間違えれば、空気を凍らせてしまうかもしれない。

 才川さんから「ノリの悪い人」と思われて、ウザがられて、徐々に距離を取られて、終いには嫌われてクラスでのけ者にされる。


(どうしよう。どうツッコむのが正解なの?)


 結局、悩み抜いた私は、腕に絡みつく『嘘つきな重力』を感じながら、ただ無言で歩き続けることを選択した。


 チラリと盗み見た才川さんの横顔は、なんだかとても嬉しそうだった。

 どうやら嫌われてはいないらしい。


(よかった。セーフ!)


 ――それにしても腕が重い、歩きにくい。

 まあ、今日はいっぱい助けてもらったし、これくらいは……仕方ないか。


 私は小さくため息をつき、諦念とともに、彼女に腕を組まれたまま夜道を歩いたのだった。

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