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運命のバイオレーター  作者: タクモ蕣
カピバ・セナ海編
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33/33

(31)共犯.2

 作戦決行前に着替えたいというトモエさんの要望により、僕らは奥まった通路の袋小路まで移動して、揃っていつもの装いに着替える。

「いいんですか?こんな所で……」

僕は袋小路の奥のトモエさんに背を向けたまま尋ねた。

「何が?」

返答よりも早く、背後からは躊躇のない布が擦れる音が聞こえている。

「着替えですよ!こんな、普段は人が行き交っているような場所で服を脱ぐなんて、恥ずかしくないんですか?」

かく言う僕はかなり躊躇っていた。

「だって、恥ずかしがってる場合じゃないでしょ?早く準備して、アイツらを迎え撃つ為に準備しないとじゃん?――ていうか、リオも早く着替えて!私もう着替え終わるよ!」

「えっ?……。――わ、分かりましたよ!」

恥ずかしいけど仕方ない。意を決し僕は服を脱ぎ始める。

 ――その時。

「ありゃー。リオの服、凄い汚れちゃってるねー」

確かに服は汚れていた。通気口の中を通ったせいで所々かなり汚れていた。だが問題はそこではなく、その声が明らかに僕に向かって真っ直ぐに言い放たれていることであった。

 僕は振り向く。始めはチラッと、そしてゆっくりと――。

 目が合う。すっかりいつも通りの、海兵のような服を着た、実に暢気な顔のトモエさんと目が合う。トモエさんは僕と目が合うと、悪びれもせずにニカッと微笑んだ。

「やっぱりJKの正装と言えば制服だよねぇ~」

じぇーけー?とか言っている意味がよく分からないが兎も角、僕が目と目で伝えたかったのはそんな間抜けなことではない。

「着替えているんですからコッチ見ないでくださいっ!」

するとトモエさんはつまらなそうな顔をした。

「何よ、クソガキの癖に一丁前に恥ずかしがっちゃってさ~。そんな大層なモノぶら下げてるワケでもあるまいし……」

「ぶらっ……!?そういう問題ではありませんっ!っていうか下品ですっ!」

「はいはい。いいから、早く着替えて着替えて~」

なんだよ。あなたがコッチ見てくるのが悪いのに……。

「――すぐに着替えますから、絶対にコッチ見ないでくださいよ?」

「もう、分かったってば――」

僕は一度トモエさんの方を見て、僕のことを見ていないのを確認してから急いで着替える。

「――しかし、どうしようねコレ。私のドレスも所々破れちゃってるし、リオのスーツは汚れちゃってるし、どっちもあの家族に返せなくなっちゃったね。代わりに何か財宝でも送っとく?」

急かしたのだから話し掛けないでほしいのだが……。

「……それも盗んだ物ですけどね」

「それは、そうだけど……。まぁでも、弁償する手段もないし、お気持ち程度になんか宝石でも送っとくかぁ~」

トモエさんはパチッと指を鳴らす。恐らく今のを合図にあのご家族の部屋に宝石が送られたと思われる。

「――でもまぁ、見るからに金持ちっぽかったし?ドレスの一着二着無くなったってまぁ分からないでしょ?」

それはもう弁明の余地がないほど完全な泥棒の台詞であった。開き直るようなその言葉に、僕の中に何処からともなく身勝手で身の程知らずな憤りが湧き上がる。

「じゃあそれでいいんじゃないですか?」

僕は憤りに任せてトモエさんに冷ややかな声でそう言い放った。

「えぇー、リオ冷た~い。あんまり冷たくされたら、お姉さん傷付いて泣いちゃうよ~?」

人の物を盗んでおいて実に調子の良いことである。僕は思わず無反応を貫く。するとトモエさんは珍しくバツの悪そうな声で何かボソボソと言い始めた。

「――いやその、これでもちゃんと反省してるって。だってこんな事態になるなんて思わなかったし……。……ていうか、そもそもドレスとか盗む必要なかったし……。私、豪華客船でちょっと浮かれてたみたい……」

トモエさんは今までにないくらい歯切れ悪く切実にそう零した。確かにトモエさんには少し反省してほしいとは思っていたが、だけどまさかこんなに弱々しい反応が返ってくるなんて思いもしなくて、僕は何故か落ち着かなくて、着替えも終わりの頃だったし、慌てて振り向くと、トモエさんはガッツリ僕の方を向いて座り込んでいて、その上で本当に申し訳なさそうに目線を逸らしていた。

「今後は不必要に物を盗んだりしないよ。約束する」

ふっとトモエさんは視線を上げて、拙い子供のように真っ直ぐに僕のことを見上げてくる。その馴染みない窄んだトモエさんの様子に僕は掛ける言葉が見当たらず、開いた口を持て余していたが、ふとトモエさんの顔を見て、ある言葉が浮かんだ。

「……トモエさん、ずっとコッチ見てました?」

「あ、いや……、……見てないよ?」

トモエさんの目が泳ぐ。

「嘘ですね?」

「……」

トモエさんはいつも通り悪びれもせずに目を逸らした。僕はその様子に安心して、目一杯の不満を表情に表した。

「だって暇だったんだもん」

「見ないでくださいって言ったのに」

「ごめんって。ついね、つい」

「あなたって人は、本当に仕方のない人ですね」

そうは言っても僕は、トモエさんの顔がいつも通りに戻ったのが嬉しくて、思わず微笑んでしまっていた。

「――約束、守ってくださいね」

「分かってる。絶対守るよ。……ごめんね」

「――僕の方も、冷たくしてごめんなさい……」

「なんでリオが謝るの?リオは悪くないよ」

「でも……、僕も同罪なのに……」

「まったく、リオったら……」

するとトモエさんは僕の頭をぽんぽんと撫でた。

「さぁ!私たち今から決戦だよ?急いで着替える!」

「……はい!」

トモエさんの快活な声に、僕は目一杯の返事をした。


 いつもの装いに着替えると、僕はトモエさんから作戦の全貌を告げられ、そして一枚のコインも手渡された。

「――と言うワケで、リオはコレ持ってデッキまで移動しててね!」

「トモエさんは?」

「私はその前にちょっとやることがあるから、先にそっち行くよ。んで、用事が済んだら合図を送るから、そしたらそのコインをポイッと投げて。そうしてくれたら私そっちに飛ぶから」

「わ、分かりました。……あの、でも、さっきの作戦、そんな上手くいきますかね?」

「大丈夫!上手くいくって!」

トモエさんはいつもの如く自信満々な様子だった。

「初めっから失敗ばっかり考えてちゃ、上手くいくもんもいかなくなくなっちゃうよ!大丈夫だって!リオには私が付いてるんだから!大船に乗った気持ちで不貞不貞しくしてればいいの!」

そして、そのやけに自信満々な様子に僕の不安は却って増大した。泥船じゃなけりゃいいけど……。

「は、はい……」

「デッキの行き方は分かる?そこ曲がって、あとは真っ直ぐ行けば――」

「わ、分かりますよ!僕はもう九歳ですよ!それくらい――!」

この期に及んで強がりを言ってしまう。ついさっき迷ったばかりだと言うのに……。まずい、全然冷静でいられない。

「分かった分かった。じゃあ任せたよ!んじゃ、またあとでねっ!」

トモエさんは手を振ると、振り向くことなく走り去っていった。

 僕はその背中を見送る。そして喉の奥から吐き出そうになる様々を深呼吸で鎮める。

 ……作戦は、上手くいくだろうか?

 指の間から溢れるように、不安が根を伸ばして広がっていく。トモエさんは上手くいくって言っていた。理屈も分かる。でも、成功のイメージがまるで湧かない。分からない。こんな事で大丈夫だろうか?

 トモエさんが立案した作戦は僕ありきで、僕がしくじればトモエさんは無事では済まないかもしれない。トモエさんは、こんな僕に背中を預けてくれようとしているのだ。トモエさんの期待に応えられるのか?正直自信がない。怖いし、こんな大役なんて出来ればやりたくない。今からでも音を上げて、逃げ出してしまいたい。諦めてしまいたい。

 ――未来を視れば、この胸に吊り下がる虛空の欠片を肌から離せば、これから作戦が成功するか失敗するかを今知ることが出来るかもしれない。もしどうしたって失敗する運命なのなら、失敗した後の絶望的な未来が視えるだろうから、踏み留まったり作戦を変更したり出来るし、成功が殆ど約束されているようなら、このまま今の作戦に、それこそ大船に乗った気持ちで挑める。だがその場合、成功の結末を知った僕が、無意識的に成功する運命から逸脱するような行動を取ってしまいかねず、それによって掴め得る筈だった成功の運命を取り逃がしてしまうかもしれない。もしそんなことになったら、嫌だ、怖い……。

 ……駄目だ。未来視に甘えていては駄目だ。きっと良くない。僕はちゃんと今を生きなきゃならない。何も知らないまま突き進まなきゃいけないんだ。虛空の欠片を胸に押し当てる。胸の奥から、心臓が激しく鼓動する感触が指先に触れる。こんなにも心臓が力んでいるのを僕は初めて感じる。乱れた呼吸は肩を揺らし、視界からは色素が薄まっていく。思考もぼやけ始める。駄目だ。一度冷静になるんだ。思いとは裏腹に顎の震えは激しさを増していく。

「……駄目だ。……兎に角駄目だ。今のままじゃ――」

冷たい手を握って左胸を叩く。よく前を見詰め、見据え、奥歯を食い縛る。震えで歯と歯がぶつかって、小刻みな音が弱々しく鳴る。

「デッキ……、まずはデッキに行かなくちゃ……!」

そう自分に言い聞かせて、引き摺るように一歩を踏み出す。気を抜いたら意識が飛びそうな中、トモエさんの顔を強く意識する。やるしかない。トモエさんとこれからも旅をする為に、そしてアイツのもとに連れ戻されない為に、僕は僕の足でヨタヨタとデッキへ走り出した。



 ――軽快なチャイムののち、船内放送が流れる。

『~~~。えー、コチラしがない美少女JK怪盗でーす!只今、放送室をちょびっと乗っ取らせてもらってまーす!』

船内下層にて通路を駆け回るラルレインとマヨイは、その奇っ怪な放送に揃って足を止め、顔を上げた。

「この声は――?」

「あぁ、間違いない。奴の声だ」

二人は顔を見合わせる。尚も船内放送は続く――。

『さて、早速ですが本題に入らせて頂きますね!……えー、馬鹿騎士と眼帯野郎!両者に告ぐ!私は一階船尾側のデッキにて諸君等の挑戦を待つ!ボッコボコにしてやるから、首洗って待っとけ!ってか、来てね!――以上、美少女JK怪盗からでした!あっ、あと、関係ない人はデッキから離れててね~。今から私が占拠しますので!ご迷惑お掛けしますが、ちょっとのあいだだけ、何卒宜しくお願いしまーす!』

放送はやはり軽快なチャイムの音で締め括られた。

「ちっ……。まったく、巫山戯た真似してくれますね……!」

マヨイは眉を吊り上げ、攻撃性を全面に剥き出す。

「行こうトコヨノ!奴はデッキって所にいるらしいぞ!」

「いや、待って下さい!」

マヨイは今にも走り出しそうなラルレインを制止する。

「こんなもの十中八九“罠”です。それに、我々の目的はバイオレーターの確保ではなく、異能無効化の宝玉と子供の回収です。相手の誘いに乗る必要はありません」

「そうか。では、引き続きあの子供を探そう」

「いや、ですが……」

マヨイは顎を抓んで考え込む。

「これは、まだ子供がバイオレーターと接触していないという希望的前提の話にはなりますが、今の放送は船内の何処かにいる例の子供も聞いている筈です。もしそうなら、子供はバイオレーターとの合流を目指してデッキに向かうでしょう。……いや寧ろ、まだ合流出来ていないからわざわざ船内放送を利用したとも考えられるか……」

「うむ……。では、デッキに行った方がいいのか?」

ラルレインは尋ねる。

「……そうですね、はい。一先ずデッキには向かうべきでしょう」

「分かった。では、デッキに行こう。それで、そのデッキとは何だ?どこにある?」

いつもの如くラルレインの表情は非常に真剣であった。そんなラルレインにマヨイは、もはや攻撃性を帯びた呆れ顔を向ける。

「――説明は省かせて頂きます。貴方は兎に角、私の後を従順に追い、決して逸れないようにして下さい。それだけです。いいですか?私の後を追う。判りましたか?」

「うむ。了解した」

マヨイとラルレインはデッキに向かって走り出した。



 娯楽エリア一階層・船尾側デッキ――。

『~~~』

 地平線まで続く満天の星空の下、軽快なチャイムの音で船内放送は締め括られた。

「と、トモエさんっ……!」

トモエさんの船内放送を聞いた僕は、何だかよく分からない異様なむず恥ずかしさを掻き立てられ、一人で内心悶えていた。

 デッキには僕以外既に誰もいなかった。デッキには必要最低限の照明器具しか設置されておらず、また何があるという訳でもなく、故にトモエさんの注意喚起虚しく、そもそも人の姿など一つもなかった。

 放送終了と同時に僕はコインを投げる。するとコインと置換して目の前にトモエさんが現れる。

「――っしと。リオ~、ナイスタイミング~!」

トモエさんは置換早々に手の平を僕に向けてきた。

「ほらっ、リオも手出して」

「え?こう、ですか?」

僕は言われるがままトモエさんの真似をして、開いた手を立てて手の平をトモエさんに向けた。すると、トモエさんは僕の手の平を同じく手の平で軽く叩いた。僕はちょっと驚く。

「いぇ~い!」

「何ですか?コレ……」

「ハイタッチだよ。嬉しさの共有!」

「成る程……」

「もう一回やる?ほらっ――!」

トモエさんは先程と同じように手の平を僕に向けた。

「で、では――」

僕はトモエさんにされたように、トモエさんの手を叩こうとする。するとトモエさんはその手をひょいと僕の手の届かない高さに上げた。

「ほらほら~、届いてないぞ~ガキんちょ~」

トモエさんは悪戯っぽく微笑む。その微笑みにイラッときた僕は、跳んでハイタッチしようとするが、僕が跳ぶ瞬間に合わせてトモエさんは更に手の平を高く掲げた。僕は意地になって更に何度も何度も跳ぶが、その度にトモエさんは手を僕の届かない場所まで引き上げられる。

「……ッ!いったい何のつもりですか……!」

僕は息と痺れを切らしてトモエさんの顔を睨み上げた。

「えぇ~?ただのリオ遊びだよ~」

トモエさんは一切悪びれるつもりのない蠱惑的な笑みで僕を見下ろした。

「頑張っても頑張ってもまるで歯が立たないいじらしいリオくんの姿が、可愛くっていじめ甲斐があるなぁって思ってね~」

「あぁそうですか……!」

僕は不満げな顔をトモエさんに向ける。するとトモエさんは、高く掲げていた手を僕の頭に乗せた。

「さてさて、リオの可愛いを摂取した所で、早速準備始めますか~」

トモエさんは両腕を高く伸ばしてから、ふっと腕を下ろすと、今にも起爆しそうな締まった顔になる。

「早速って、どこが早速なんですかね……?」

「細かいコトはいいのいいの。それより下拵えだよ!作戦、絶対成功させようねっ!」

「……。はい、成功させましょう」

話を逸らされた感は否めないが、兎も角……。

 僕らの決戦が始まる――。

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