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運命のバイオレーター  作者: タクモ蕣
帝都デッパリア編
15/20

(15)異邦.1

 あっさり宿屋に着く。未来視で視えていた通りに、あまりに呆気なく――。

「なんか、すんなり盗み出せちゃいましたね」

そう共感を求めずにはいられない。だって、何の歯応えもないのだ。別に歯応えを求めている訳ではないが、何というか、こう……、拍子抜けというか……。だけど確かに虛空の欠片は僕の手の中にある。

「順調で何よりだよ~!この調子でガンガン行こう!」

トモエさんは上機嫌そのものだった。帰宿中も緩い表情で、浮き足立ってあっちに行ったりこっちに行ったり、ちょくちょく僕の肩に背後から手を置いて、僕の身体を前後に揺すってきたり。それはそれは鬱陶しかった。

 部屋の戸の前、黒猫が佇んでいた。澄んだ青い瞳に、紫色の丸い飾りが吊された首輪、シュレディンガーだ。シュレディンガーは僕らの姿を確認すると、開けろと言わんばかりに不貞不貞しく部屋のドアを前肢で触れた。

「シュレじゃん。どうしたのドアの前で?」

「どう見ても開けられずに困っておるだろう!何故に御主は開けた扉をわざわざ閉める?これでは我が入れないではないか!」

相変わらずの渋い声。昨日振りだが、この感じ胸焼けしそう。

「開けっぱで行ける訳ないでしょ。頭使えクソ猫」

そしてトモエさんの流れるような暴言である。

「ふん、気の使えぬ奴め……。――おい小僧。早う戸を開けよ」

「ぼ、僕ですか……?」

「そうだ。早うしろ。我は眠いのだ」

「……分かりましたよ」

大変不服であったが、仕方なく扉を少し開けてやる。すると猫は一言感謝を述べ、隙間風のように音もなく部屋に流れ込んだ。

「リオ、あんな奴に優しくしなくたっていいのに」

後ろからトモエさんが、僕の両肩に手を置いてそう言った。

「まぁ、癪ですけど、困っているのなら、まぁ……」

「ふーん。リオがそう言うならいいけど、あんま調子乗らせたらダメだよ。ちゃんと上下関係分からせないと」

トモエさんは追い抜き様に握り拳を見せ付ける。

「上下関係……」

何かこの人、凄い物騒なことを言っているな……。トモエさんはニコッと笑った後、先に部屋に入っていった。僕もトモエさんを追って部屋に入った。


 机の上に虛空の欠片を置く。木製の机にコンと乾いた音が響く。その瞬間軽い頭痛、虛空の欠片を手放したことで再び未来が視え始める。と言っても、もう身近な未来しか視えないのだけれど……。

 ――だが、僕は凍り付く。未来の視界にあの男が、ラルレインの姿が映っているのだ。屋内で、どれくらい先の事かは分からないけれど、そう遠くない日、再びあの男が僕らの前に現れる。それに、それだけじゃない。眼帯の女、誰だか知らないけど、眼帯の女がラルレインの隣に立っている。小柄で細身で、目深に帽子を被った眼帯の女。そいつは凍て付くように鋭い碧い瞳で僕らを捉えていた。未来視はその一場面だけを明確に映し、それ以前以降は何も教えてはくれなかった。

 ……何で?まだ続くのか……?僕は張り詰めた表情のままトモエさんの姿を探す。トモエさんは上の服とスカートを脱ぎ捨て、シャツに赤い半ズボン姿でベッドで暢気に寛いでいる。どうしよう、伝えるべきか?でも、そもそもどう説明するって言うんだ。その為には、僕には未来が視えるという事を話さなくちゃならない。……でも、未来視の事を打ち明けたら、トモエさんはどんな反応をするのだろうか?今まで通りでいられるのか?何かが変わってしまうくらいなら……。今日まで隠してきた訳じゃない。いや、最初の方は間違いなく意図的に隠していたけど、でも……。今日まで伝えずに過ごした時間が人質のように感じる。別に今は隠す必要もないのだ。だけど聞かれることがなかったから、話す機会もなくて、……当然だろう。誰が未来視なんて絵空事を話題に上げるだろうか。卑しい言い訳だ。それに、話題に上がったとして、僕は告白できただろうか。出来るイメージが湧かない。結局は僕が、自分の事を曝け出せない臆病者だという事なのだ。それなら今、伝えてしまえばいいのではないか。そう思い立ってはみたものの、僕の心は全くそれを受け入れなかった。……だって、黙ってたって時は進むのだ。

「リオ、どうした~?」

「えっ!?」

トモエさんに急に話し掛けられる。顔を上げると、トモエさんは寝転がりながら、真っ直ぐ僕の方を見ていた。

「そんな驚く?」

トモエさんはそう言って誘うように微笑む。

「すみません……」

誘いに乗って、口角を上げてみる。

「別に謝らなくたっていいけど。てか、どうしたの?何かいつも以上に暗い顔してるぞー?」

「いや、それは……」

どうしよう。今なら自然に会話の流れを引き寄せられる。だけど、だけど、言ってしまえば、楽になるのに……。口角が保てない。

「何かあるなら言ってみなさい。私はリオよりお姉さんなんだから」

「……。――いえ、本当に何でもありません。お気遣いありがとうございます」

「あ、そう?じゃあ、お姉さんの無防備で魅力的な姿に目を奪われてたってことにしといてあげるよ」

「何でですか?」

「そう顔に書いてあったから」

「そんな訳ないでしょう」

「そっかぁ。そうだねー」

トモエさんはそう言ってから寝返りを打った。僕はトモエさんの視線から解放される。そうだ。運命は揺らぐ。まだ未確定な事をトモエさんに伝えるべきじゃない。まだ、まだその時じゃないんだ。僕は机上に転がる虛空の欠片を握り締めた。

「――リオ」

トモエさんが僕の名を呼ぶ。

「はい?」

「ほら。私の隣、おいでよ。何なら抱き締めてあげるよ?」

トモエさんは自分の傍らを手招くように叩く。

「大丈夫です」

「遠慮すんな。早く来なさい」

「……、――はい」

僕はベッドの縁に腰掛ける。すると、トモエさんは起き上がって僕を背後から包み込んだ。こうなる事は事前に視えていた。視えていて、ここに座った。けれど、なにも満たされない。落ち着かない。前みたいに心地よくない。包まれているのに、縛られているみたいに痛い。

「リオはガキの癖に、ホントに生意気なんだから……」

僕は何も言わなかった。するとトモエさんは両膝と両腕で僕の身体を挟み、左右にユラユラ揺すり始める。

「ちょっと、うわぁ――!?」

思いのほか揺さ振られて、僕は反射的に脱出を試みるが、トモエさんの拘束からは逃れられない。

「意地悪だよ。言ったでしょ?上下関係は分からせないとね~」

そう言ったそばから僕の首元をトモエさんの手が通り、僕の頬を下から鷲掴んでぷにぷにし始める。僕の唇は縦に歪む。

「為れるがままだね。私に包まれて、リオはなーんにも出来ない。逆らえないし、逃げられない。それでいいんだよ。リオはまだそれでいいの」

トモエさんがどんな顔しているのかは分からないが、その声は何故かやけに真剣に聞こえた。

「……?何なんですか?」

「だから意地悪だって」

「そうですか……」

釈然としない。僕に上下関係を分からせて何になるって言うんだよ。そんな分かりきった事を……。

「――リオ、なに握ってるの?」

そう言うトモエさんの声はいつもの声色に戻っていた。

「これ、ですか?虛空の欠片です……」

僕は手を開く。真っ黒な宝玉が、僕の手の平の窪地に転がっている。

「まだ持ってたの?」

「まぁ、はい……」

「さすが石コロ担当大臣だね。職務を全うしててエラいぞ~」

トモエさんは僕の頭を撫でる。別に職務を全うしていた訳ではないけれど……。っていうか、石コロ担当大臣になった覚えもないし。

「――あの、この宝玉って何なんですか?明らかに普通じゃないですよね?異能も使えなくなるし……」

「ああ、それね~。それは――」

「それについては!」

急な渋い声。気付くと、僕らの脇にシュレディンガーが現れていた。シュレディンガーは自らの出番であると言わんばかりに得意げに、且つ、非常に鼻に付く澄ました様子で背筋をピンと立て、頭を高くして僕らを見つめてくる。

「それについては、この我が説明しよう」

シュレディンガーは僕らの視線を絡め取ってベッドから音も無く降りると、金銀財宝が山を成す机の上に飛び乗った。そこでくるりと身を翻して腰を下ろし、僕らを偉そうに眺めた。

「虛空の欠片とは、実空間に漏れ出した非空間“虛空”そのものである」

頼んでもない説明が勝手に始まる。空気が妙な寒気を帯びる。しかし、諸悪の根源たるシュレディンガーのみがその事に気付いていない。

「虛空とは、我らが存在している実世界の外の概念であり、非空間と呼称されるだけあって、存在がない。つまり“無”であるという事である。“無”である虛空には何も無い。無限に何も無い“何か”。それが非空間、虛空である」

しかし、シュレディンガーは僕らの視線を物ともせずに話を続ける。

「実空間、御主らの言葉だと宇宙というが、宇宙はそんな虛空を押し退けて絶えず膨張し拡大している。実空間と非空間は互いに相容れず、明確な境界線が存在するが、その宇宙と虛空の境界線を越え、実空間に紛れ込んでしまった非空間それこそが、正しく虛空の欠片という訳だ。理解出来ておるか?」

シュレディンガーは尚も止まらない。

「御主らでも分かるように分かり易く例えると、空気を非空間、水を実空間だとして、水中に紛れ込んでしまった空気・水泡こそが、虛空の欠片だという事になる訳だ。どうだ?御主らでも分かり易い例えだろう?」

シュレディンガーは目を瞑って気持ちよさそうに散々講釈垂れた後、ベッドに座る僕らに漸く鼻に付く顔を向けた。

「ん?何だその干上がった鯉の亡骸でも見るような目は?」

「いえ、別に……」

僕は目を逸らす。

「マジで直したほうがいいと思うぞ、そういうトコ」

トモエさんは優しい批判を投げ掛ける。

「ほう……?何の話だ?」

だが、シュレディンガーの表情にはいまいち届いていないようだった。

「まぁ、いいや――」

トモエさんは僕の頬を再びむにむにし始めた。何だろう、つまらない話のあとだからだろうか、随分と心地よく感じる。

「リオのほっぺたはホントにぷにぷにだね~」

「ん?」

机の上のシュレディンガーの毅然とした姿勢が、僕の視界にうら寂しく映る。まぁ、自業自得だろう。

「――あの、それで、トモエさんは何故この虛空の欠片が欲しかったんですか?」

僕は手の上の虛空の欠片を見つめながら質問した。

「ああ、それね~」

トモエさんの手が一瞬止まる。

「私ね、こことは違う宇宙から来たみたいなんだよね~」

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