第12話 〝お前しかいないんだ〟
「ここがスタジオ! 凄いすごい!!」
念願のスタジオにたどり着いたルナの興奮は初っ端から天元を突破。
あちこちに視線を彷徨わせながらわちゃわちゃとその腕を振り回している。
「ねえねえシオン! これはなに?! なんかいっぱいぐるぐるしてるけど!」
「そいつはスピーカーだな。色んなもんに配線が繋がってるからぐるぐるしてんだよ」
「この黒い箱みたいなのは?!」
「アンプ。音をでかくするやつ」
「なるほど! あの魔法の箱か!」
ふむふむとしたり顔で頷いているが、現象を魔法と表現するあたりおそらく何もわかっていない。
「……ま、それでもいいけど。ってかその調子じゃお前、ミキサーも知らねえだろ?」
「むう、馬鹿にしないで! ミキサーくらい知ってるよ!」
ルナは頬をぷくっと膨らませて、
「いちごジュース作るやつでしょ! あとスープとかパフェ!」
「……。へー、知ってたか。やるじゃん」
「ふふん! あんまり舐めないでよね! わたし、エルフの森にいたときはちゃんと自炊してたんだから!」
ルナは薄い胸を張るが、もちろんシオンが言いたかったミキサーは音をいい感じに調整したりする方のミキサーである。
「……話の流れでわかりそうなもんだけどな」
「え、何が?」
「……なんでもねえ」
訂正するのもめんどくさい。
まあ音楽やってたらいつか気づくだろう。
せいぜい大恥をかいて火傷する前に頑張ってくれ。
「パフェと言えば、拙者は抹茶パフェが好きでござるな。舌に触れて雪解けるクリームのふわりとした食感。たるんだ甘味とほのかな苦味との融合はまさに青天霹靂。あれは神の……否、悪魔の御業にござるよ」
「わかる! あの苦味がいいよね!」
「うむ、話してると食べたくなってきたでござるな。この後みんなで行くでござるよ。演奏後の疲れた身体には甘味がいちばんでござるからな」
「わかる! あ、そうだ! せっかくいっぱい楽器があるんだから、わたしピアノ弾いてみたいな! ちょっと弾いてみよっと!」
「うむ。それはそうと、やはりここの壁鏡は良いでござるな。ここでなら拙者と〝ドラゴニック・イエスタデイ〟の姿もより映えるでござろうよ」
好き勝手な言動を繰り出すボケ担当たち。
シオンがツッコミを放棄した結果、世界は確実に混沌へと歩みを進めて行く。
ボケ二人にツッコミ一人のバランスはトリオとしては最適解だが、ツッコミが職場放棄をすると話が宇宙の果てまで飛び出してしまう危うさを秘めている。
世界のカオス化を防ぐためにも、ツッコミを担当する者は鋼鉄の意志と気概をもってその役目を遂行しなければならないのだ。
……。何の話してんだ?
「してシオン。早速合わせるでござるか? 拙者たちはいつでも良いでござるよ」
「……そうだな」
現実逃避の時間は終わりのようだ。
ふざけた会話をしながらもドラゴニックなんたらのチューニングを終わらせていたウィルはべろんと弦をかき鳴らす。繋がれたアンプによって増幅された音がスピーカーから飛び出してスタジオ内に響いていった。
結局、妙案が思い浮かぶことなくここまで来てしまった。
今より時間を止められない己の未熟さを恨んだことはない。
しかしもうどうしようもない。時が来てしまった以上、話さないわけにはいかなかった。
「あー」
と、意を決したシオンは頬をぽりぽりと掻いて、
「……意気込んでるとこ悪いんだが、今回のお前の相棒はこっち。で、これがバチな」
「…………ほよ?」
よほど想定外の言葉だったのだろうか。
その唇からマヌケな空気を漏らしたウィルの手からドラゴンなんたらを取り上げてバチ——ドラムスティックを握らせたシオンは、その腕を引っ張りドラムセットの前まで連れて行く。
そしてそのままウィルの肩をぽんと押し、椅子——ドラムスローンに座らせた。
「おー、思った以上に似合ってるな。さすがウィル、なんでも様になるのはお前しかいないぜ!」
「……」
「よ! 竜族一の演奏家! ドラム界の新星麒麟児! そこに痺れる憧れるぅ!」
「………」
「……」
「…………」
「……。いやなんか言えよ、俺が痛い奴みたいだろ」
「………………」
しかしウィルはぽつねんと放心した様子でドラムセットを見つめたまま動かない。
スタジオ内に響くのはエルフの姿をした猫がいたずらに鍵盤を踏みつけたピアノのむなしい音だけ。
切り離された世界からの救援は望めそうにない。
「……き」
「き?」
が、やがて竜族の青年はその身体をぷるぷると震えさせ、
「——き、貴様ぁああ……!! せ、拙者に……拙者に剣を捨てろと申すかッ!!」
眉を逆立たせ、怒号と共に、天を衝かんばかりの勢いで立ち上がった。
その予想通りの反応に、シオンはため息を吐きたくなる気分をぐっと堪えて、
「……んなこと言ってねえだろ。人数が足りねえんだ。今回だけでいい、ドラムやってくれ」
「慮外なことを! 拙者はギタリストでござるぞ! なぜドラムをやらねばならぬ!」
「お前だって知ってるだろ? スリーピースバンドを組むためには最低でもギター、ベース、ドラムが必要だ。そしてベースは俺、ギターはルナで埋まってる。だから残りのドラムをお前にやってほしいんだよ」
「たわけたことを! 拙者の腕は棒を振るためにあるのではござらん! 剣を、刀を振るうためにあるのでござる!」
「……今も剣なんて振ってねえだろ」
エレキギターは楽器であって剣ではない。
それにシオンにしてみればバチを振り回すドラムの方がよっぽど剣に近いと思う。
「話にならぬ!」
が、ウィルにとってはそうではないらしい。
逆立てた眉をさらに尖らせたウィルはその青藍の着流しを翻して、
「——。ルナ殿には悪いが、此度の話はなかったことにさせてもらうでござるよ!」
「あ、おい待てって」
肩を怒らせてスタジオを出て行こうとするウィル。
その背中に向けてシオンは呼びかけた。
「頼むウィル。お前しかいないんだ」
「否や! 拙者とて旧友からの頼みを蔑ろにしたくないのは山々! しかし拙者にも〝誇り〟というものがある! 此度の件はその誇りを踏み躙る所行! 到底容認できるものではござらん!」
「頼む、ウィル。お前の力が必要なんだ」
「くどい! いくら言われようと、拙者は武士である! 武士に刀を捨てよとは死ねと言うも同じ! どうして受け入れられようか!」
「……あーもう、めんどくせえなぁ」
頑ななウィルの態度に、今度こそシオンの口からため息が深く飛び出していく。
「いいからやれって。俺はお前にドラムをやって欲しいんだ」
「何度言われようと同じこと! 拙者にドラムをやるつもりはないでござる」
「……ちっ」
やはりこうなってしまった。
苛立ったシオンは頭をかく。
しかしここで諦めてみすみす帰すわけにはいかない。シオンたちがロック・バイ・ニュービーズで勝つためには、ウィルの力は必要不可欠なのだ。
いったいどうすればこの男を説得できるのだろうか。
シオンがウィルを説得する手立てを思案していると、
「——。ねえねえ、ウィル」
不器用なピアノの音を響かせていたルナが、いつの間にかウィルの元までやってきており、きらきらとした瞳をもって怒れる青年に話しかけた。
「ウィルとシオンは昔からの友だちなんだよね?」
「う、うむ。シオンとは悠久の縁を結んだ仲でござる。ここ最近は少々交流が途絶えてはござったが、拙者たちの絆は〝久遠の絆〟。しみらに消えゆくものではござらん」
「じゃあとっても仲良しなんだねっ! シオンがいちばんに頼るくらいに!」
「う、うむ。それはそうかもしれぬな。だがそれとこれとは……」
「じゃあじゃあ! わたしとも友だちだね!」
「むぅ、それはそうでござるが……」
ウィルがたじろいでいる。
邪心の見えないルナの言動にさしものウィルも困惑しているらしい。
しかしその心の隙を流さないのがルナメルディ・ハイドランジア。無意識のことだろうが、エルフの森で育った野生児は相手の心を蹴破るための攻め所を弁えている。
「——ねえウィル! わたしたちと一緒にロックンロールをやろうよ! きっと楽しいよ!」
「し、しかし……」
「わたし、ウィルのギターが聴いてみたい! シオンはドラムをやって欲しいみたいだけど、ウィルはギターがいちばん好きなんだよね! だったら、ウィルはギターをやろうよ! 大丈夫! ドラムの人はまた探せばいいよ!」
「る、ルナ殿……」
「それにね——」
ルナは揺れるウィルの瞳を見つめて微笑むと、
「——わたし、ウィルと一緒に出たい! シオンとウィルと一緒に、ロック・バイ・ニュービーズで優勝したい!」
「——」
「お願い、ウィル! わたしたちと一緒にロックンロールをやろうよ!」
その一言がとどめだった。
「ぐぅッ! な、何たる邪気のない目! 何たる曇りなき眼ッ! シオン! この者の台詞はそなたの計略でござるか!」
「……知らねえよ」
「グッ、て、天然でござるか……!」
エルフの少女の無邪気さに当てられて胸を抑えて苦しみだす竜族の青年。ウィルは生まれたばかりの子鹿のようにぷるぷると足を震わせ今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
そのまましばらく耐えていたが、しかし遂に限界を迎えたようでがくりと片膝をつく。
「く、拙者にここまでの手傷を負わせるとは! いつ以来でござろうか! 不覚!」
「…………」
馬鹿としか思えないが、まあ、気持ちはわかる。
ルナの純粋さはこの街で汚れちまった心にはさぞや辛いことだろう。
「くっ……ぬぬぬ……」
竜族の青年はしばらく膝をついて呼吸困難に陥っていたが、やがてすくっと立ち上がると、
「——。ええい! よかろう! 今回ばかりはルナ殿に免じて夕闇の使徒になるとしよう! 〝ドラゴニック・イエスタデイ〟にはしばし暇を出すでござる!」
「やったぁ! ありがとーウィル!」
「……いいのか?」
「フッ、武士に二言はないでござる! これもまた女神が定めし試練。この春霞が晴れた暁には、拙者はまたひとつ頂への階段を登っているでござろうよ」
そう言ってウィルはドラムセットまで戻り、その椅子に腰掛けると、両手に持ったドラムスティックをくるくると回した。
「——。拙者の名はウィリディス・武蔵・サギノミヤ! 風来のギタリストにして転生せしドラマー! 安心めされい! 拙者と拙者の新たなる相棒——〝エクス・ドラゴニアスティック〟の手にかかれば、そなたらのバンドは今この時より生まれ変わることは必定! ニューエイジが始まるでござるよ!」
「……まだ生まれてもいないけどな。いや、でも助かる。ありがとう」
「フッ、これは貸しでござるからな。抹茶パフェ百人前で許すでござる」
「んなもん、優勝したら腹壊すまで食べさせてやるよ」
「その言葉、忘れぬでござるよ!」
「あ、わたしもわたしも! 忘れぬでござる!」
「……。お前はまず俺に借金を返してから言え」
「え、なにそれ?! わたしシオンにお金なんて借りてないよー!」
「……。初めて会ったときパン買ってやったろ。あの代金、利子つけて返せよ。ちなみにトイチだからな」
「あれ奢りじゃなかったの?! というか〝といち〟ってなに!?」
財布を取り出して涙目を浮かべたルナ。
ウィルはリズミカルにドラムを叩き始める。
「……。お前にかかればどんな楽器だろうと形なしだな。この街のほとんどのやつが泣くぞ?」
「フッ、幼少のみぎりより数多の研鑽に励んだ賜物でござるよ。それはシオンとて同じであろう」
「……俺はお前ほど器用じゃねえからな。ベースだけで精一杯だったよ」
そのベースだって目の前の男に勝っているかわからない。
怖くて確かめる気も起きないが。
「技量が全てではござらんよ、シオン。ロックンロールにとって最も重要なのはその〝魂〟。師の言葉、忘れたわけではござらんな?」
「……ふん」
「? ねえねえ、なんの話?」
「……。つまんねえ昔話だよ」
しかしこれでひとまずの問題は解決。
せっかくの推薦がメンバーが集まらずに出場辞退で終わる、なんてことにはならなくて済みそうだ。
となると、残す問題はひとつ。
こちらも同じくらい、いやそれ以上に難題だが。
「ん? なになに? わたしの顔に何かついてる?」
「……。いや、とりあえず一回楽器だけで合わせるか」
「フッ、ようやくでござるか。シオンが惚れ込むルナ殿の技量。期待して良いのでござろう?」
「……ああ、きっと開いた口が閉じられないだろうぜ」
「ほう、そこまででござるか。楽しみでござる」
ウィルは片眉を上げて笑う。
嘘は言っていない。
……せいぜい吠え面をかくんだな。




