第11話 〝見参、ドラゴン侍〟
「——。お初に御目に掛かる。拙者の名はウィリディス・武蔵。ウィリディス・武蔵・サギノミヤと申す竜族でござる」
「わあ! 竜族の人だ!」
翌朝、待ち合わせ場所である駅前にシオンが連れてきた存在を見てルナは瞳を輝かせた。
「わたし、竜族の人を初めて見たよ!」
「うむ。エルフ族ほどではござらんが、拙者たち竜族もこの街では少数派でござるからな。そなたと我らとの邂逅が初だとしても無理なからぬことでござるよ」
青年は慇懃な態度で頷くと、爽やかな美貌を風のように緩ませる。
その仕草によって青年の背中まで流れる碧色をした長髪が絹のように靡き、その長身や服装と相まって一枚の絵画の如きみやびさを醸し出していた。
実に様になっている。
悔しいことではあるが、青年の容姿を端的に言うと、イケメンである。
「それにそれに! わたし的に初めて見る格好! すっごくカッコいい!」
「そいつは〝和服〟って言うんだ、ルナ」
「あ、なんか聞いたことあるかも! 勇者が着てたってやつだよね?」
「ああ、その勇者がこの世界に広めたもんらしいぜ」
この辺りでは見慣れない服装に身を包んでいる青年の姿にルナの興奮はますます高まっていく。
青年の服装は〝和服〟と呼ばれるもので、ロックンロールと同じく勇者が伝えたものと言われており、勇者がライブ以外の場所で着ていた服装とかなんとか。
しかし現代ではほとんど着る者はいないそれを、竜族の青年は颯爽と着こなしている。甚だ遺憾なことではあるが、端的に言うと、色男である。
「竜族の人はみんなその〝わふく〟を着るの?」
「いや……」
と、ルナの疑問にシオンがそのまま答えようとしたところで、
「拙者個人の趣味でござるよ。ちなみにこの口調も拙者独自のモノゆえ、他の竜族とは一線を画すモノ。種族的特徴ではござらんゆえ悪しからず」
「どうしてそんなことしてるの?」
「フッ、簡単なことでござるよ。——その方がカッコいいでござろう?」
「わかる!」
「……わかるのかよ」
昔から青年と付き合いのあるシオンからしてもよくわからないのに。
類はなんとやら。
どうやらルナと青年の相性はすこぶる良いらしい。
「じゃあじゃあ! わたしたちの耳や瞳の色みたいにすぐ『あ! 竜族の人だ!』ってわかるような特徴は竜族の人にはないの?」
「否。この額にあるのがそうでござるよ」
そう言って青年は自らの前髪をさらりとかきあげ、額をルナからよく見えるようにさらした。
「わあ、すっごく綺麗だね! 森の中みたい!」
「フッ、〝森の中〟にござるか。独特な喩えでござるが、褒められるのは嬉しいでござるよ。これは拙者たちの〝誇り〟にござるからな」
服装や口調とは違い、純然たる竜族の特徴として挙げられるのは、その額に燦々と輝く宝石——〝龍石〟と呼ばれる魔力の塊だ。生まれた時よりその身に宿し、成長とともにその色合いが個人個人で変化していくという。
青年のそれは髪色とおなじく深い碧色をしていた。
「むふふ、いいねいいね! 〝竜族〟で〝わふく〟で〝森の中〟! わたし的にすっごくポイント高いよ!」
「フッ、拙者としてもそなたのような栄えし少女から、清らかな望月の如き笑みを向けられるのは悪い気はしないでござるよ」
「えへへ、ありがとー! 難しくてよくわかんないけど!」
ルナは青年、というか初めて出会った竜族の姿にしきりに興奮しているようだ。
青年の方にしても快活なルナの様子に好印象を抱いているらしい。
そのことにシオンはまずほっと安堵する。
これから三人で一時的だがバンドを組もうというのだ。
ファーストインパクトが良好のようで何よりである。
「わたしはルナ! ルナメルディ・ハイドランジア! よろしくね!」
「うむ、ルナ殿。拙者のことはウィルと呼んでほしいでござる。武蔵と呼ばれるのはあまり好きではござらんゆえ」
「うん! よろしく、ウィル!」
互いの自己紹介が終わり、がっしりと握手を交わした二人。
「ふむ、あはれ大事なことを忘れていたでござるよ」
それから竜族の青年——ウィルは思い出したようにその手に持ったハードケース型の楽器ケースを開いて見せ、
「これは拙者の愛刀〝ドラゴニック・イエスタデイ〟。拙者と共に幾千もの道を歩んできた同胞にして戦友でござる。以後、見知りおきをば」
「ドラゴニック・イエスタデイ! カッコいい形のギターだね!!」
ウィルがハードケース型の楽器ケースから取り出したのはエレキギターだった。ルナのものとは随分と形状が異なるそれを見たルナは感嘆の声をあげる。
しかしその直後、ルナは不思議そうに顔を傾かせた。
「あれ? じゃあウィルってギター弾く人なの?」
「然り。拙者はこのギター、〝ドラゴニック・イエスタデイ〟と共に数多の戦場で響音を奏で続けてきた風来のギタリストでござるよ」
「んー? でもシオンの話じゃ……」
と、ルナは困惑した瞳をシオンに向けてくる。
無理もない。昨日のシオンの話では今日連れてくるのはドラマー候補ということだったのだから。
それが蓋を開けてみれば紹介されたのはギタリストであるのだ。
困惑するなという方が無理な話だろう。
「……。ま、その話は後にしようぜ。スタジオの予約時間もあるしな」
しかしシオンは疑問を含んだルナの視線には応えず、強引に話を打ち切って改札口へと歩き出した。
今日は顔合わせのためにスタジオの予約をしてあるのだ。
ここからは列車で二駅、時間にして三十分ほどの距離ではあるが、早く行くに越したことはない。
幸いルナも興味を移して、
「スタジオ! ロックンローラーぽいね!」
「ロックンローラーだからな」
「うむ、ロックンローラーでござるよ」
切符を買って改札を通り、折よくやって来た列車に乗り込むと四人掛けのボックス席が空いていたので、窓際にルナ、その横にシオン、対面にウィルという並びで座ることにする。
「ねえねえ、シオンとウィルって昔からの知り合いなの?」
「ああ、ウィルとは俺がこの街に来る前からの腐れ縁でな。いわゆる幼馴染ってやつなんだよ」
「然り。拙者とシオンは桃源の地にて盃を交わし合った身。此度は盟友の危機と知り、馳せ参じた次第でござるよ」
「盃! わわ、なんか大人っぽい!」
「……盃の中身は牛乳だったけどな。しかも腐ったやつ。あの時はマジで死にかけたぞ」
今でも時折りあの味を思い出して悶え苦しむことがある。
あれ以来、シオンは牛乳が単体では飲めなくなった。
ブラックコーヒーを好むのも遠からず影響しているのかもしれない。
「ふむ、拙者はなんともなかったでござるがな。シオンはもっと胃袋を鍛えねばならんでござるよ」
「ふん、お前と違って俺は繊細なんだよ。それにあの時は俺だけじゃなくてアオ……いや、ともかく間違ってたのはお前の胃袋であり、胃袋を鍛えられると思っているお前の頭だ」
「フッ、世迷い言を。なれば拙者だけが無事であったのをなんとする。日頃より胃袋を鍛えてきた拙者の考えが正しかったことの証左ではござらんか」
「馬鹿は風邪を引かねえって言うだろ? あれと同じだよ、〝馬鹿は腹を壊さねえ〟」
「こはいかに。シオンから学説を教授されるとは。ふむ……五月雨の季節にはまだ早いでござるが、明日は番傘を用意しておくでござるか。シオンとは違い、拙者は雨に濡れると風邪を引くでござるからな」
「……この野郎」
よく口の回るやつだ。
そのぶっ殺したくなるほどの美貌で言われると余計にぶっ殺したくなる。
「むふふ! 電車ってすっごいね、景色が風みたいに流れていくよー!」
しかし最初に話を振ってきたくせに、ルナは早々にシオンたちの話から興味を失くしたらしい。
キョロキョロと車窓から流れていく景色を楽しそうに眺めている。列車という存在が物珍しいのだろう。もちろんエルフの森にはなかっただろうからな。
「ねえねえ! 窓って開けていいのかな?」
「ん? ああ、構わねえよ。今は俺たち以外に乗客はいねえみたいだしな。待ってろ、開けてやる」
「ありがとう!」
窓を下ろした途端に入り込んでくる春風。
列車の速度が上乗せされた風はそよとは無縁に激しく吹き付けて来る。
が、そんなことはお構いなしとばかりに、ルナはるんるんと鼻歌交じりで窓枠に腕を付いて景色を謳歌し始めた。マイペースなやつである。
「してシオンよ。拙者にそなたらのバンドの助っ人を頼みたいとのことであったな」
「ああ、一ヶ月後のライブに参加するためにな」
「ほう、ひと月後というとロック・バイ・ニュービーズでござるか」
「話が早くて助かる。ウィルは参加したことあったか?」
「否。生憎と拙者はまだ一度も出場したことがないでござるな」
みやびな仕草で顎をさするウィル。
そんな旧友の様子にシオンは肩をすくめて、
「……お前、まだバンドメンバーが見つからないのかよ? この街に来て何年になると思ってんだ? 俺が言えたことじゃねえが、そろそろ真面目に探してもいいんじゃねえの?」
「ふむ。しかしこればかりは拙者の裁量ではどうにもならんことでござるからな。此度のように人の波を流浪しながら、綺羅星が拙者の頭上で微笑むことに期待するしかないのでござるよ」
「……。はぐらかすような言い方はやめろ。もっとわかりやすく言え」
「む、はぐらかしたつもりはござらんが。シオンの頭には少々難しいことでござったか」
「……」
「フッ、そう怖い顔をするでない。冗談でござるよ」
「……お前の冗談はまったく冗談に聞こえねえんだよ」
薄ら寒い笑いを浮かべたウィルは、風に靡く前髪をふぁさりとかきあげて、
「——。つまるところ、拙者の腕を振るうに足る存在がどこにもおらぬのでござる」
「……」
「拙者にとってロックンロールとは歌い手との調和を示すもの。いくら拙者の腕だけが達者であっても、その歌い手が十人並みでは伝わる熱意も伝わらんでござる。ゆえに拙者がまだ固定のバンドを組まぬのは、未だ拙者が仕えるべき主君が見つからないだけのことでござるよ」
「……」
なんとも傲岸不遜なセリフだ。
自分の腕に見合うボーカル以外とは組まないとウィルは飾ることなく言い切った。
普通ならシオンもなんだこの与太者はと思うが、しかし口先だけでないのがこの男。
——ウィリディス・武蔵もまた天賦の才を持っている者のひとりだった。
ウィルのギターの腕前はユグドラシティをあまねく知られており、今の若手の中には右に出る者はいないとさえ言われている。
にもかかわらず、これまで幾度となく有名なバンドを含む勧誘を断り続け、孤高の旅路を貫いている。
一時的な助っ人には応じるが、正式なメンバーとして加入することは頑なに拒む。
朝にのみ立ち込める霧のように長く続かないその様子に、誰が言ったか【朝霧の一匹竜】として有名な男であった。
しかしまさかそのような理由からだったとは。
いや、確かに昔そんなことを聞いたような気もするがシオンは覚えてはいなかった。
「……。まあいいや。今回は協力してくれんだろ?」
ウィルはまだルナの歌声を知らない。
先の話通り、お眼鏡に敵うボーカルを見つけるというウィルの目的からすれば、少なくとも今回は力を借りることはできるのであろう。
果たして竜族の青年はみやびな美貌を百合のようにほころばせ、
「フッ任されよ。拙者と〝ドラゴニック・イエスタデイ〟にかかればどんな難曲であろうと児戯。天つ風が叢雲を払うが如く、拙者たちが奏でる旋律は天元をも超えるでござるよ」
「……。ま、期待してるぜ」
ただ一つ。
問題があるとすれば、シオンたちがいま求めているのはドラマーでありギタリストではないということ。ウィルが親友のように信頼を寄せるドラゴニックなんたらの出番はないということだ。
——ウィルにはドラムをやってもらう。
それがシオンの考えであり、今日ここに連れてきた理由なのだから。
だがそのことをまだウィルには告げられずにいた。
「……。素直に言ったら怒るだろうしな」
「む? どうしたでござるか?」
「……いや、なんでもねえよ」
しかしいつまでも黙っているわけにはいかない。
結局はスタジオに着いた時点で事情を話す必要があるのだから。
「……。ま、とりあえずスタジオに着くまでは保留だな。逃げられても困るし」
嫌なことは先送りにするのが人間の常だ。
シオンもまた面倒なことは先延ばしにする。
そう。面倒なことなのだ。
ウィルにドラムをやらせるというのは。
しかしそれでもウィルにドラムをやって貰う方が優勝に近づくとシオンは判断したのである。
実のところ、ウィルの才覚はギターだけにとどまらない。彼の師匠の教育方針により、ロックンロールで使われる主要な楽器の全てでギターと同等とまではいかないが、一角の演奏者としてやっていけるだけの力量をウィルは有している。
なにより、その人となりをシオンが十分に理解していることが大きい。
おなじリズム体を組む者としてはやりやすさこそが肝要である。
現時点でシオンが切れる手札から選ぶのならば、ウィル以上のドラムは考えられない。
なんとしても説得しなければ、とシオンが計略を考えている裏で、友を呼んだ類たちの会話は弾んでいき——。
「あっ! 見てみてシオン、ウィル! あっちに大樹が見えるよ! えへへ、やっぱりすっごく大きいね!」
「真でござるな。いやはや、拙者もいつかはあの頂へと至りたいものでござるよ」
「違うよ、ウィル! わたしたちは行くんだよ! あそこに! ヘブンズ・オブ・ロッカーに!!」
「ほう、ルナ殿も頂を目指しておるのでござるか」
「うん! だからウィルもわたしたちとずっと一緒にやろうよ! 助っ人じゃなくてさ!」
「ふむ、此度の縁が呉天に有り明けを輝かせるものなれば、さような未来もあり得るやもしれぬでござるな」
「むぅ、ウィルの言い方は難しくてよくわかんないよ」
「これは失礼。ルナ殿の歌声が拙者の琴線を震わせられればあるいは、ということにござるよ」
「あ、なるほど! じゃあ大丈夫だね!」
「……ほう、随分と自信があるようでござるな。言っておくが、拙者はそなたが旧友の友人であろうと耳を曇らせるつもりはないござるよ?」
「ふふん! ウィルこそ覚悟しておいてよね! わたし、歌には結構自信があるんだ!」
「……フッ、楽しみにしておくでござるよ」
——はてさてどうなることやら。
兎にも角にも、スタジオに着くまでの三十分で妙案が浮かべば良いのだが。
「ねえシオンも見てよ! ユグドラシル!」
「……ん、ああ、そうだな。綺麗だな」
「むぅー! 適当なんだから!」
「ふむ、シオンに風流を期待しても無駄でござるよ。昔から花より団子、花より音楽でござるからな」
「あ、わたしとおんなじだ!」
「フッ、実のところ拙者もでござる」
「……はあ、どうすっかな」
そうして三者三様の思惑を乗せて、開け放たれた車窓から覗く風に導かれながら、列車は軽快に目的地へと進んで行くのであった。




